探し人
人探しを職業とする男が一人。駅を出て、もう一度ターゲットの写真を見返した。肩まで伸ばした艶のある黒髪に、くっきりとした目鼻と眉、意志の強さを感じられる固く閉ざした口。とても失恋が原因で心身を喪失するような女には見えなかった。行方不明ではなく、一人旅をしているのではないだろうか。男ははじめて写真を見たときにそう考えた。しかし、依頼人の母親が頑なに行方不明だと言い張った。依頼されたからには探さなくてはならない。男は様々な調査をし、この町での目撃情報に辿りつき、足を運んだ。
初めて降りる駅ではあったが、男はおおよその地図を頭に入れてきたため、さっそく女が目撃された公園に向かって歩き始めた。
平日の昼の町は静かで、住人の姿も見かけない。唯一会ったのは、駅の前を箒で掃いていた駅員の男性だった。念のため、駅員にも女の写真を見せたが、見覚えが無いようだった。
目的の公園に女性の姿はなかった。代わりに、ジャングルジムの上に腰かけ、空を見ている若い男がいた。男は素通りしようと思ったが、念のために、若い男に声をかけた。
「すみません。人探しをしています。この写真の女性に見覚えはありませんか」
男はジャングルジムを見上げながら出した声は、ちゃんと届いているのか不安になった。若い男は下を向き、少し考えてからジャングルジムから降りた。若い男の顔は想像よりも幼く見えた。
「どの人ですか」
「こちらの女性です」
若い男は顔を横に傾けながら顔をしかめた。
「見たことないですね。僕、すぐそこの喫茶店でバイトしているんですけど、お客さんでも見たことないです」
「喫茶店のお名前をうかがってもよろしいですか」
若い男が口にした喫茶店は、男が次に尋ねようと計画していた店だった。なんでも、ターゲットの趣味がカフェ巡りだったので、この町にあるカフェや喫茶店をチェックしていたのだ。話は聞けたので、わざわざ喫茶店へ行く手間が省けた。
「ご協力、ありがとうございます」
男はお礼を言うと、次に向かうカフェの場所を頭に描いていた。
「あの、この町の噂は聞いていますか」
若い男は気まずそうに話しかけた。
「ドッペルゲンガーが出るって話ですか」
男は事前に調べてきた情報を口にした。若い男は小さく頷いた。
「それ、本当なんですよ。実際に見るまでみんな信じないんですけれど」
男は次の目的地に向かいたい気持ちとオカルト話は信じない性格から、若い男の話が心底煩わしかった。
「そうなんですね。あなたは、見たことがあるんですか」
男ができるだけ丁寧にきくと、若い男は笑って、ゆっくりと答えた。
「僕はまだ、ありません」
女は案外すぐに見つかった。公園を出て、目的のカフェに向かう途中、バス停のベンチで座っている女性を見つけたのだ。女性は手荷物は持っておらず、行方不明になったとされている日の服装で、まっすぐ前を向いて座っていた。
男は女を刺激しないよう、やわらかい声で挨拶をした。
「こんにちは」
女は男に視線を向けたが、すぐに前を向きなおした。写真より覇気のない女をみて、男は失恋のあまり意識が朦朧としているのではないかと考えた。男はゆっくりと女の隣に腰かけた。女は変わらず前を見ている。隣に座り、何かがおかしいと男は感じた。手荷物もなく、行方不明になった日と同じ服装、なのに服の汚れが一切見られない。それどころか匂いもしない。行方不明になった日から二週間は経っているというのに。男はすぐに考え直した。近くで宿泊していて、今日着た服がたまたま同じだっただけかもしれない。
なんと声をかけようかと考えていた時、男の携帯が震えた。画面には依頼人の母親の名前が表示されている。ちょうどいい、女を見つけたことを伝え、そのまま女に電話を代わろう。男は通話ボタンを押した。
「もしもし、ちょうどよかったです。たった今」
男の言葉は興奮した母親の声でかき消された。
「娘が帰ってきましたっ。一人で傷心旅行に出かけていたんですって。大変お騒がせしました。料金はしっかり振り込ませていただきます。あ、よかったら娘が買ってきたお土産、お渡ししますね」
電話の奥で、「お母さん、大げさなんだからあ」という若い女の声が聞こえた。