短冊
見回り中の一人の警官が短冊を読んでいた。駅前にある七夕飾りが施された竹を見ると、つい立ち止まって読んでしまう。市民の願いを知ろうという警察官の責務などは一切なく、ただの好奇心で読んでいる。
[新しい携帯が欲しい]
[沢山の人が教団によって救われますように]
[ドッペルゲンガーがこれ以上増えませんように]
[青いひもがほしい]
[前田君の求めるひもが見つかりますように]
[隣人の奇行が落ち着きますように]
[公園の時計をなおしてくれ]
[羊男が事故にあいませんように]
[世間のウイルスについての正しい知識が広まりますように]
[ない]
警官も何かをかこうかと思ったが、願い事は何もなかった。願い事を考えることも面倒だった。
「お疲れ様です」
気が付くと、警官の隣には箒を持った駅員の制服を着た男が立っていた。警官が一礼すると、男は困ったように眉を下げて話し出した。
「短冊、ピンクと水色だけじゃ少し寂しいですよね。黄色い短冊も用意していたのですが、なぜか全て盗まれちゃったみたいで。補充してもすぐに跡形もなく消えちゃうんです。だから、他の場所にある七夕飾りにある黄色の短冊を見ると、盗まれたものじゃないかと思ってちぎっちゃうんですよね」
ため息をついた男に警官は尋ねる。
「この七夕飾りはあなたが用意したものなのですか」
「そうですよ」
「手先が器用なんですね」
褒められた男は謙遜しながらも嬉しそうに「ありがとうございます」と一礼した。
「あなたも願い事を書いたのですか」
「もちろん、私のものはこれです。字が下手で恥ずかしいのですが」
男は恥ずかしそうに水色の短冊を指さした。
[駅員さんになれますように]
警官が交番に向かって歩いていると、麦わら帽子をかぶり、サイズの大きすぎるマスクをつけた女に声をかけられた。
「あれを見てください」
警官は言われたとおりに女性の指さす方向、空を見た。飛行機雲が二本伸びている。女は警官の言葉を待たずに矢継ぎ早に語り始めた。
「また薬が撒かれていますよ。政府が撒いているんです。あれには頭の動きを鈍くする作用があるんです。私たちを鈍感にして、何も考えられないようにしているんです。なぜだか、わかりますか」
警官は空を見上げたまま、目を細めていた。その姿に女は呆れたように大きなため息をついて、来た道を戻って行った。
交番に戻った警官は、日誌に「異常なし」と記した。椅子に腰かけると大きく伸びをした。固まった肩や足腰が少しだけ軽くなる。警官は姿勢を正すと、自分のデスクの引き出しを開け、中から大量の黄色い短冊を取り出し、一枚一枚に黒いマジックペンで「KEEP OUT」と書き始めた。