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ある町  作者: にぼし
4/8

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 誰も信じないんです。実際に自分の身に起こるまでは。

 私だって、はじめはただの噂だと思っていましたよ。こっくりさんや口裂け女のような、子どもが好きそうな都市伝説だと。でも、本当に見るんです。

 初めて見たのは、妹でした。仕事の帰り道、駅のホームで妹を見たんです。すれ違う時に、すぐに妹だと気付きました。高校の制服も、癖のある髪も、背丈も妹だったんです。声をかけようとした時には、妹はもう電車に乗っていました。あれは確かに妹でした。でも、妹のはずがないんです。だって、妹は新幹線で二時間以上はかかる実家にいますし、この町にも来たことがありません。妹に連絡したのですが、もちろんこちらには来ておらず、その時間は部活に行っていたそうです。

 それから、何度も同じ経験をしました。地元の友人や先輩、従兄弟や学校の先生まで。この町にいるはずのない人ばかりを見るんです。はじめは、ホームシックによる幻覚か何かかと思っていたんです。でも、彼らはみんな、そこにいるんです。人とぶつかりそうになれば、お互い避けて歩き、買い物をしている人までいました。会社の同期にも見えるかを聞いたところ、はっきりと見えていました。

 彼らは確かにそこで生活をしているんです。私はたまに、目の前の人間や自分と話している人が本当にその人本人なのかが分からなくなるんです。そして、自分もまた、自分のドッペルゲンガーがどこかで生活しているんじゃないかって、本当に、怖いんです。

 これは病気なんかじゃありません。彼らはいるんです。


 医師は「そうですか」とつぶやくとカルテに視線を落とした。

 女は医師の反応に不満だったのか、隣に立つ看護師に同情を求めるような視線を送る。看護師は小さく頭を下げて目を逸らした。医師の反応が薄くなるのも仕方がない。毎週のように同じようなことを言う患者が来るとこうなってしまう。今週はこの女で二人目だ。この調子だと、一か月後には毎日同じような話を聞かなければいけないだろう。

 医師は女に薬を処方し、事務的に診察を終わらせた。医師のそっけない態度にはじめは苛立たしそうにしていた女も、診察室を出るときには諦めたような表情になっていた。

 「誰も信じないのよ。自分の身に起こるまでは」

 そう、看護師の目をみて言った。女の口角は少し上がっていた。


 「最近多いですね」

 女が出てすぐに看護師は医師に話しかけた。

 「この前脱走した入院患者も言ってましたよ。その人はそれを自分の弟だって言ってましたけど」

 医師はカルテもパソコンも看護師も見ずに、「そう」とだけ呟いて席を立ち診察室を出て行った。

 看護師は医師の態度に違和感があった。普段なら、もう少し気さくに話してくれるのに、と。流石に、最近のドッペルゲンガー騒ぎで疲れているのだろう、医師も人間だからな。看護師がそう考えていると医師が診察室に戻ってきた。

 「あれ、まだお昼食べに行ってないのか」

 医師は笑顔できく。看護師は不審そうに顔を歪めた。

 「先生が昼食前にあと一人だけ診察するって言ったんじゃないですか。今診察が終わったばかりですよ。そんなすぐに行けませんよ」

 医師は不思議そうに言う。

 「そんなこと言ってないぞ。それに、さっきまでカップラーメン食べてたし。佐伯さんに聞いてみなよ。さっきスープの匂いが気になるって言われたばかりだから」

 看護師の頭の中には女の声がよみがえる。看護師は思う。きっと先生にこの話をしても信じてもらえないんだろうな。実際に先生の身に起こるまでは。

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