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おちる

Remember That Summer

作者: 花都

 この世界は、カラフルだ。十人十色、一人十色、散歩に出れば、色とりどりの景色が飛び込んで来る。

 ……と、そう見えるなら、あなたはとてつもなく健康な人だ。たぶん幸せに生きてるだろう。悩みごとがあっても心配はいらない。その強烈なカラフルに、灰色の入る余地はないから。次の日にはカラフルに染め上がり、彩りの一つになって塗りつぶされる。


 たとえそれが、朱殷色と空白でも。


 これでも一応、幸せな人生を歩んできた。友だちがいて部活もやって、勉強はまあ、それなりに。行きたい学校もなんとなく決まって、ここなら別に心配いらないって先生や親にも言われて。まさに順風満帆、そんな外身。きれいな殻の内側に、隙間風が吹き抜けていくことは、それとなく見ないふりをした。センチメンタル(子ども)のままで生きられないことは、さすがの未成年でももう分かっているから。

 日が昇り息が続くから、わたしは、生きなくちゃならない。座る人のいない席を見ないように卒業式を終えて、花びらの吹雪くなか、あの日を塗りつぶすように真新しい制服に袖を通す。

 ……あの子にはどう見えているんだろうか。

 

 先生の声を聞くともなく聞いて、遅れない程度に板書を写す。窓の外は快晴で、散り損ねた桜が時々風にさらわれていく。そんな景色をぼんやり見て、あの花はどこ行くんだろうなんて考える。

 そんなことをしながら、教科書の一文に赤文字を書き足す。高尚な感性のない人間にとっては、近代文学なんて退屈だ。

 まっさらな教科書に書き込まれた文字は、「作者の暗い人生観」。その横に小さく、「悪事を働かなければ生きられない」「絶望感」と文字が増えていく。

 芥川龍之介は、遺書同然の暗い本を書いたあとに自殺したって先生が言った。羅生門の解説なんて聞いたって、底なしに気分が沈んでいくだけだ。

 買ったばかりの大学ノートは、あの朝と同じ色をしていた。


 やかましく鳴く蝉の声。


 夏の匂いがする。


「作者の芥川は、23歳で羅生門を書きました。この歳で人生そのものに絶望を感じていたと言われています」

 ……人生に、絶望。

 脳のうちがわにこだますサイレンが、頭の骨を揺さぶって叩く。遠くなって脳が揺れ、近くなって耳鳴りがする。

 芥川龍之介って賢かったんだっけ。

 ……あの子はもっと、賢かったんだろうか。

 絶望しないで生きてる人は、――わたしたちは、救えない馬鹿ってことなんだろうか。それともあの子たちが、救えないくらい賢かったんだろうか。なにも考えない馬鹿じゃないと、この世は生きていけないってこと?



 最悪なことに、わたしの通学路からは「あの場所」が見える。あの子のお気に入りだったって、風の噂で聞いた場所。ほんとは、あの子の口から聞きたかった話。

 あの子がいたのも嘘みたいに、ペンキで塗り直されて染み一つなかった。命がけで散らした赤い花は跡形もなくなってしまって、薄い色の花びらが何食わぬ顔で横取りしてる。


 悲しくて、哀しくて、……これは悲しいということ?

 分からない。「悲しい」なんて言葉じゃ足りなさすぎて、どんな言葉でも足りる訳なくて。

 痛い、痛いよ。体じゃないどこかが痛い。痛くないはずの何かがきつい。怖い。日常で飽和した、わたしのこれからが怖い。人生が怖い。あの子がいないのが当たり前になってくなんて。

 そういえばそんな事あったねって、言えてしまう日が来るなんて。同じ痛みを知ってるはずの同級生は卒業してバラバラになって、先生たちだってどこかへ転勤して。触らないようにビクビクしてるうちに、何にもなかったくらい当たり前に日常が流れてく。

 ねえこれで良いの?このおかしな、不文律のタブーに押し流されて本当に良いの?教えてよ、あなたの口から。ねえ、空にいるんでしょう?

 おかしい、これじゃ何かおかしい――


 差し込んだ西日に目を瞑ると、まぶたの裏までオレンジに染まる。夕陽から逃げて見た東の空は、水色にすこし黒を混ぜた色。

 ふいに見たその色は、息を忘れるほど美しかった。そんなこと、普通に感じてしまうのが嫌すぎて泣きたくって。あの子の名前を呼びたくても、朧げに顔を思い出すだけ。


 会いたい。話したい。わたしを、あなたの人生の脇役にして。あなたのことを教えて。

 ……あの子は、ここから飛んだ。


 まぶたに映るは白と赤。色のない朝、毒々しいほど強烈な朱殷。……わたし、閉じ込められていたんだ。普通に息をしてるつもりで、もうずっと、……あの朝からできてなかった。

 

 ……母さん、ごめん。わたし分かっちゃった。


 水平線と交わる空に、星が輝いている。黒一色だと思っていた空は意外と暗くなくて、それどころか勿忘草の色フォーゲット・ミー・ノットを十重二十重にした色で。想像よりずっとカラフルな星々は、デパートの宝石を撒いたみたいだ。

 わたしも、この空に溶けてしまいたい。電子になって、このうつくしい空を自由に、永遠に飛び回りたい。

 うずくまったこの身体が、原子くらいバラバラになればいい。


「……は、はは。わたし、きっと」

 気が狂ったんだ、わたし。あの子の最期にあてられて、壊れちゃいけないどっかが壊れた。

 わたしきっと、あの子とおんなじこと感じてる。


「空が」

 わたしの真上、真っ赤な星が輝いている。

 この青い碧い空は、きっとお菓子みたいに甘いんだろう。

「綺麗なので――――」



 ……なんてね。冗談だよ。

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