第1話 エルフ、文明の風にふれる
森は今日も、変わらず緑色だった。
鳥のさえずり、葉のざわめき、遠くで魔法の泉がしずくを跳ね上げる音。
何百年も続くエルフの村は、まるで時間が止まったような静けさに包まれている。
けれど、その中心にある小さな家――いや、家というよりも、奇妙な機械がくっつきすぎて原型をとどめていない工作小屋の中では、いつだって何かが爆発していた。
「ふぎゃっ! また失敗ぃ~!? うう、爆発はしたけど、飛ばなかったかぁ……」
煙の中から現れたのは、くるんと巻いた銀髪に、ちょこんと長い耳。
発明好きのエルフの少女、リリィである。
彼女の部屋には、飛ぶホウキ型バイク、しゃべる木の杖、勝手に踊る洗濯かごなど、"文明のにおい"のする失敗作が山ほど積まれていた。
「森の暮らしって、退屈すぎるんだよね~。もっとピカピカでビリビリで、すごいの見てみたいなぁ……」
そんなある日。
風に乗って、ふわりと舞い込んできた一枚の紙。
リリィの目の前に、ゆっくりと落ちてきたそれを、彼女は興味深そうに手に取った。
2025年 日本国際博覧会
ようこそ、いのち輝く未来社会へ!
「……に、にほん!? こくさい……はくらんかい!? なにこれ、超たのしそう!!」
見た事のない文字だったが不思議と内容が理解できたその瞬間、リリィの心の中で、何かがビビッと弾けた。
森を飛び出し、文明の渦へ――それは、彼女にとってきっと運命だった。
「決めたっ! わたし、行くよ。ニホンってとこに! そしてこの目で、“未来”を見るんだっ!」
こうして、
エルフの少女リリィの、大いなる――そしてちょっぴり迷惑な冒険が始まった。
……と思ったのだが
「……で、ニホンってどこ?」
場所が分からなければ始まらない。チラシに載っていたのは日本という国と大阪という地名だ。聞いたことがない。
それと目の多い花のような生物。なんなんだろうかこれは。
分からない事は村の生き字引に聞いてみよう。
そう決めたリリィはすぐさまエルフの村の長老の家を訪れていた。
さっそく拾ったチラシを見せ、行きたい! と大興奮で説明する。
長命ゆえまだ若く見える長老は落ち着いて答えた。
「ふむ、にほんとな。これは異世界にある人間たちの国じゃな。遥か次元の彼方……空間を越え、世界を渡ったその先にある東洋の島国よ」
「え!? 長老知ってるの!?」
「ふむ、その昔異世界から勇者を招こうと召喚の儀が行われた時期があったのじゃ。じゃが、魔王が倒され世界が平和になったので今は行われなくなった」
「じゃあ、どうやって行けばいいの!?」
「今は行けんなあ。エルフは人間達との交流も断っておるし」
「ええー!? 行けないのおー!?」
楽しい冒険が始まると思ったのに。リリィはがっくりと項垂れながら長老宅を後にする。
心地いい川のせせらぎ、風が揺らす森の葉音。落ち着いたリリィはガバッと顔を上げて考え直した。
「方法が無いなら自分で見つけるしかないよね!」
発明好きのリリィである。もうくよくよしていない。手掛かりはある。あのチラシだ。
「あの万博のチラシはきっとニホンから来た物に違いない。だからあれをきちんと調べればきっと世界を渡る手掛かりが掴めるはず。よーし、わたしはやってやるぞ!」
そうと決めたリリィは颯爽とした風のように自宅に飛び込み、再び森に騒がしい音を響かせていくのだった。