アンドロイドは幼女としてやってくる①
受信したメールには、「商品がお客様の最寄り駅に到着しました」とあった。
私はそのメールを開いた。
「ご自宅に到着するまでのライブ映像がご覧いただけます」とあったので、私はURLをクリックする。
映像は鮮明だった。見慣れた最寄り駅の構内が画面に映し出されている。「商品」はちょうど駅の階段を降りて、改札口を出るところのようだ。映像の位置がかなり低いような気がしたが、そこで私は「商品」の内容を思い出した。
映像は駅前の様子に変わった。ファストフード店・カラオケ店・クリーニング店・コンビニ・不動産屋など、散歩のときに前を通りかかる、いつもの風景だ。今日はとても過ごしやすい、春の日のようだ。「商品」はゆっくりと歩きながら、私の自宅に近づいてきた。街を歩く周囲の人々も映像に入っているが、「商品」を不審な目で見るものはいない。高齢の女性が「商品」に向かって優しく微笑んでいた。
しばらくすると、私の自宅マンションが見えてきた。ホラー映画の殺人鬼に追い詰められるようなシーンを連想し、私は少し怖くなった。本当に家に入れていいものかどうか、ここで私が逃走したらどうなるのだろうか、今更キャンセルはできないだろうなと、この期に及んであれこれ考えた。
私はもうライブ映像の配信を消していた。「商品」がエレベーターに乗り込み、私が住む階のボタンを押したのが見えたからだ。あと数秒で到着する。私はインターホンの前に立って、その瞬間を待っていた。
やがてチャイムが鳴った。「はい」という私の声は少しかすれていた。
「こんにちはー!ドリーム社から来ましたー!アンドロイドでーす!」
小学生女子のような、女児の間延びした声だった。
私は気が抜けた。コントのように、その場にずっこけそうになった。その声からは、危険な匂いは感じ取れなかった。聞くものを和ませるような、不思議な声だった。
私はドアを開けた。
そこには5歳ぐらいの幼女「商品」が立っていた。
身長は120㎝くらい。黒いワンピースを着ていた。当然だが、靴や靴下もきちんと履いている。キラキラとした瞳で私を見上げるその顔は、人間にしか見えなかった。
「こんにちは。あなたが私のマスター、高梨陽子様ですね。スマホはお持ちですか?登録を済ませてしまいましょう」
私は幼女がスラスラと淀みなく話すので驚いたが、要求は正当なものだった。はい、と私は持っていたスマホを彼女に向けた、ありがとうございます、と言い、アンドロイドはスマホを受け取ると、自分で操作を始めた。事前に説明されていた、マニュアル通りの流れだった。
少しすると、アンドロイドから、人工的なメッセージが発せられた。
「高梨陽子様、この度は弊社商品をご購入いただき、誠にありがとうございます。弊社アンドロイドの操作により、高梨様とのご契約は完了致しました。私どものアンドロイドが、高梨様の生活をより豊かにさせることをお約束致します。ご不明、ご心配な点がございましたら、アンドロイドに直接お尋ねになるか、弊社サイトまでお尋ねください。24時間対応しております。それでは、アンドロイドとともに、素晴らしい人生を」
我が家に新しい「家族」が増えた瞬間だった。
「マスター、お家に入っていいの?」
アンドロイドが興味深々で尋ねた。声は最初の幼女に戻っている。
「あ、ええと、それなんだけどね」
私はアンドロイドに対して、最初に言おうと思っていたことを思い出した。
「私はいつもこの時間は散歩に行っているの。慢性的な運動不足だからね。と言っても、隣駅まで行って、帰ってくるだけだけど。今日はあなたがさっき降りてきた駅とは逆方向のコースにしようと思ってるんだけど、一緒に来てくれるかしら?」
アンドロイドはにっこりと笑った。
「お散歩ね。とても素敵だわ。私もマスターと暮らしていくこの街が、どんな世界なのか知りたい。行きましょう行きましょう!」
アンドロイドは嬉しさを表現しているのか、その場で少しジャンプした。
その様はいかにも子供っぽく、私は噴き出してしまった。
とりあえず駅前まで行ってみることにし、私とアンドロイドは外に出た。
「マスター、ちゃんと施錠しないといけないわよ」
はいはい、と頷きながら、私はそれが厳密には人間ではないとしても、誰かと一緒に行動するのは久しぶりなことだなと気づいた。
アンドロイドは小走りでエレベーターに向かっていた。その走り方も人間そのものだった。私は待ちなさい、ゆっくり行きましょうと声をかけて、アンドロイドの後に続いた。