間違えた選択
2025-5-22 誤字修正
今週は9話と10話の更新になりますー!
これまでのエピソードで、何度も修正を加えています。より良い作品にしていくので、応援してもらえると嬉しいです。おまけ回もどうぞ!
殴られた腹部が痛む。
幸には、これまでの人生で一度も感じたことの無い痛みだった。
(いってえええ!!これが、人から殴られる痛みかよ…!息が止まりそうだったぞ…。)
激痛の走る腹部を抑えながら、先に倒された癒菜を見る。
彼女も、暴力を恐らくこれまで振るわれた経験がない。
崩れた机に覆い被さるように倒れており、小刻みに震えて、その目には涙を浮かべている。
彼女は、その性格からかプライドが人よりも高い。
おそらく、現在悔しさやら痛みやら色々な感情が爆発したようで、まったくその場から立ち上がろうとしなかった。
ノノカは、幸が立ち上がるのを見て、
喜びと悲しみの表情を浮かべつつ、抱きついてきた。
そして、涙ながらに幸を抱きしめる。
「うわぁあん!さちぃ…。よかったあ。だいじょうぶ…?ノノは、さちとママがしんぱいで!」
ノノカの身体も小刻みに震えていた。石作らに恐怖を感じながらも、幸達の事をかなり心配していたのが伺える。そんなノノカに紙くずが丸められて投げられた。
先程の石作の取り巻きの1人だ。笑いながら、「うるせぇんだよ。がきんちょ。泣くんじゃねぇ。」と呟く。
そうこうしてると、さっきまで倒れて動かなかった癒菜が勢いよく立ち上がった。
「あなたたち、よくもノノちゃんにまで…!!」
癒菜は、唇を噛みながら石作達の元へ行こうとする。
幸は、これ以上奴らを刺激したら、不味いと感じ、癒菜の手を引いて止めた。
「夢坂さん少し…落ち着いて!奴らをこれ以上刺激しない方がいい!!」
幸は、とにかく今にも石作達に掴みかかりそうになっていた癒菜を落ち着かせようとした。
そんな幸の姿が、癒菜の怒りを助長したのだ。
「落ち着け?落ち着けって何!?あなた、こんな目に合わされて、ノノちゃんまで傷つけられて、なんで落ち着いていられるの!?」
癒菜は、幸の手を振りほどいて、幸に詰め寄る。
「ムカついたりしないわけ?あなたを想う人が傷つけられてなにも感じないわけ!?ノノちゃんは、今はもうあなたの家族なのよ!?子供と同じなのよ!?わかってんの!?」
癒菜の怒りは、止まらなかった。怒りのあまり口調が強くなっていく。
そのまま人目を気にせずに、クラスの注目の中、幸に怒号を浴びせた。
「いや、そんなこと…無いよ。でも、一旦落ち着いた方が…。」
幸は、とにかくこの場を沈めたくて仕方がなかった。
奴らの目にいずれ止まってしまうことは予想していた。だからこそ、幸はこういう場面になった際は、とにかく刺激をせずに乗り切ると考えていたのだ。
(奴らには適わない。クラスのカースト上位層だぞ。なにかこちらからアクションを起こせば、嫌がらせやイジメに発展する可能性もある。)
幸は、これからの生活も考えての行動だった。
癒菜は、そんな幸の姿を見てがっかりしていた。
「カースト上位…?なによそれ。…もういい。あなたの事、少し理解しようとしてきたけど、実はこんな臆病者だったなんて。情けない。」
そう吐き捨てると、戸惑うノノカを抱っこして、教室の出入口に向かう。
「本当にガッカリよ。あなたなんて、もう顔も見たくない。二度とわたしに話しかけないで。」
癒菜は、怒りで顔が赤くなっている。
幸のノノカに対しての想いや、行動が、癒菜からしたら、いつまでもどこか他人行儀でいるように感じていた。それが心から許せなかったのだ。
「あなたなんかに、この子を預けさせられない。私があなたの代わりに育ててあげる。嬉しいでしょ?じゃあね。さよなら。」
癒菜は、教室を後にした。
幸は、呆然と立ち尽くす。
その後、カースト上位の連中に笑われながらもぐちゃぐちゃになった机達を元に戻して、自分の席に静かに座った。
その後、授業が始まるも、全く頭に入らなかった。
幸は、生まれて初めてムシャクシャしていたのだ。
これまでは、誰かから干渉されるのを防いで、目立つことなく静かに生きてきた幸にとっては、初めての気持ちだった。
人と関わり始めると、こんなに苛立つものなのかと感じる。
(夢坂さんめ…。あんなに言うことないだろ…!!大体俺は、ノノカを急に変なロボに預けられて、無理やり親をさせられてるんだぞ!!こっちは被害者なんだよ。俺の人生めちゃくちゃにしやがって…。)
苛立つ幸は、授業中、ずっとシャーペンの芯を出しては折り、出しては折りを繰り返す。
普段はしないような、貧乏ゆすりすら出ており、落ち着かない様子が続いていた。
(大体もう、本当に目立ちたくないんだよ!!これまでの人生は順風満帆だった。目立たずに、ひっそりと生きることで、トラブルなく過ごしてきた。それなのに、、!!)
幸の怒りも止まらない。
心の中で、愚痴がずっとでてきた。
(今では、学校中に注目されて、クラスのみんなや地域の人達の認知度も高く、しまいには、ヤバいやつらに目をつけられる始末。勘弁してくれよ!!くそ!!!)
1日学校内に居る間、モヤモヤとした気持ちでいると、幸は次第に別の考えを持つようになる。
自分から、厄介な赤ん坊を代わりに育ててくれると宣言した学級委員長。
自分よりも遥かに育児が上手いと思われる女子生徒に育ててもらう。
それが、1番ノノカにとっても自分にとっても良いのでは無いだろうか?
そんな結論に至っていた。
(夢坂さんの家には、俺ん家と違って夢坂さん以外に両親も居るだろうし、ノノカの事預かりやすいよな。)
幸は、総合的に考えて癒菜にノノカを完全に預けることを決める。
そう結論すると、とても気持ちが楽になった気がした。
これで、もう睡眠が邪魔される心配もなく、色んな各方面で目立つような事も起こらずに、また静かに過ごすことが出来る。
ようやく、普段の生活を取り戻したと思ったことで、幸は次第にテンションが上がってきていた。
「よしよしよし…!!これで、ようやく俺は自由だあー!!なんの足枷もない!!最高じゃないか!ハハハッ!!!」
その日は、スキップしながら家に帰って行った。
家に帰りつくと、ここ数日の賑やかさは無い。
もぬけの殻だ。
頻繁にくっついてきたり、トイレをせがんだり、泣いたりするようなちびっこい女の子も居ないし、料理や家事をしてくれて、話しかけてきたりする女子も居ない。
久しぶりに今まで1人で住んできた家に戻った感じがした。
「……。」
「…し、静かでいいじゃねーか!!腹減ったし、カップ麺でも食べながらテレビでも見るかー!」
これまで慣れていた1人での暮らし。
静かに穏やかに過ごす暮らし。
それをようやく取り返したのにも関わらず、モヤモヤした気持ちは心の中から取り除くことが出来ていなかった。
その日1日、幸の心は常にモヤモヤしていた。
お風呂に入る時も、食事する時も、テレビを見ていた時も、常に心に大きな重りを乗せられたような、そんな苦しさがあった。
なるべく気にせずに、考えることなく過ごそうとしたが、ふと無意識の時に言葉が出た。
「……寂しいな」
それは、幸自身も気づいていなかった本当の気持ちだった。
静かで誰からも干渉されない世界を好んでいた幸からしたらとんでもない事だ。
彼の心は、ここ数日の間でかなり変わった。
1人という事に喪失感を感じるほど、ノノカの存在は大きかった。
ノノカは、常に迷惑ばかりかけてくるような、幸にとっては邪魔な存在でしか無かった赤子だった。
しかし、常に笑顔で幸を照らしてくれる存在であり、次第に幸の心の支えになっていた事に、幸本人は全く気づいていなかった。
「ノノカ…泣いてないかな。寂しくしてないかな…。今日…怖かっただろうな…」
ノノカの事を思い出す内に、ノノカの事しか考えられなくなっていた。
そして、ノノカの別れ際の顔が浮かぶ。
あの時は、癒菜に大声で叱責されて、考えることも出来なかったが、思い出してみると、静かに涙を流して悲しい顔をしていたのを覚えている。
「俺は…間違ってたのか…。」
幸は、心のモヤモヤが何なのかがようやく分かる。
自分にとって、2人が本当にどれだけ大きな存在になっていたのか自問自答して行くうちに気がつくことが出来た。
仮初の家族の時間。
そんなに多くの時間を過ごした訳では無かったのに、それが壊れたと思うと、心が締め付けられるように痛かった。
そしてなにより、その2人を傷つけた石作らに対しての怒りと憎しみがフツフツと湧き始めていた。
(やっぱり…。これは俺がやらないといけない。2人には謝っても謝りきれないけど、これは俺がやるべき事だ。やっぱアイツらの事、絶対に…許せねぇ!!)
次の日の学校、幸は覚悟の決まった表情になっていた。
幸の精神面での成長が、ノノカとの出会いから、ものすごい速度で進んでいる。