母となりけり。
2025-5-22 誤字修正実施
ノノカは、目覚めると家に学校で見た女子が居ることに困惑した。
「さちぃ。あのひと、なんでここにいるの…?なにちてるの…?」
ノノカは、寝起きでテクテクと幸の所に行くと、静かな声で幸に聞いた。
「俺もわからん…。なんで家にいるのか俺が聞きたいくらいだよ。勝手にうちのキッチンで料理してるし…。」
癒菜は、部屋の改造を終えると、そそくさとキッチンに行き、エプロンをつけて料理をし始めていた。
ノノカと幸は、その後ろ姿をリビングで隣合って見ている。
やがて、料理が終わった癒菜は、リビングに料理を運びに来た。
「あら!ノノちゃんおはよう♡起きたのね!今ママが夜ご飯作ったから、一緒に食べようね。」
そういうと、ノノカ用の離乳食も持ってきた。
ノノカに自分で持ってきたと思われる、赤ちゃん用のよだれ掛けを付けて、フゥフゥしながらノノカにあーんと言いながら離乳食を与えた。
ノノカは、その瞬間目を見開く。
「おいちぃ!!いつものミルクとちがう!!」
ノノカは、突然立ち上がるとバタバタと離乳食の前で足踏みをしながら、目を輝かせていた。
「ほらほら…暴れないの!美味しかったならよかった。ノノちゃんは、よく見たらもう歯が生えてきてるもの。ミルクから離さなきゃね。」
癒菜は、バタバタするノノカを自分の膝の上に座らせてフゥフゥしながら少しずつ食事をさせる。
(すごい…手馴れてる。育児の経験でもあるのか…?赤ちゃん用の道具も持ってるし…)
幸は、癒菜の手馴れた動きを見ながらそんな事を考えた。
そして、目の前にある料理にも感動していた。
この方、何年もここの家に住んでいたが、1人で住んでいる幸は、料理というものをやってこなかった。
基本はコンビニのお弁当でやり過ごしてきたのだ。
そんな幸の目前に広がるのは、お味噌汁に、キンピラ。それと卵焼きとサーモンのムニエルである。
もはや、よだれ掛けが幸にも欲しいくらい、幸もヨダレが出始めていた。
(美味そうすぎる。こんな手料理いつぶりだ?ヨダレが止まらない!!)
幸の目には、料理が黄金に輝いていた。
癒菜は、幸の方をチラッと見ると、ヨダレを垂らしながら、料理を食べずに見ており、驚く。
「なにしてるの?食べないの?せっかく作ったのに。」
癒菜は、動きの止まった幸に声をかけた。
幸は、ハッとなり、お箸を手に取るとご飯とおかずに手をかけた。
「あまりの料理の輝きに、動けなくなっていたよ。作ってくれてありがとう。いただきます!」
幸は、ご飯を食べ始めるとあまりの美味しさに「美味い」と言う言葉と同時に涙が止まらなくなっていた。
癒菜は、そんな幸の様子を伺いながら
「フフ…大袈裟ね。」
と呟きながら、クスクスと笑った。
その日から、癒菜は朝昼晩と毎回食事を作ってくれるようになり、幸の生活水準がかなり向上した。
ノノカも次第に、癒菜の事を受け入れるようになっていき、3日も経つ頃には「ママぁ〜!!」
と癒菜にくっつきにいっている。
もはや、これまでも一緒に暮らしていたのではないかというくらいの順応だった。
そして、幸の容姿も、次第に変わっていく。
負担が減ったおかげか目のクマもなくなり、肌ツヤも良くなってきていた。
髪型も、癒菜に言われて、散髪に行くことになり、サッパリとイカした少年の様な髪型に様変わりしていた。
その姿に癒菜も「おぉ…!?」と少し感動する。
学校での評判にも、少し変化が訪れていた。
一時は、不潔そのもので、急に存在感が出だした山姥のような見た目をしていた幸を、皆気持ち悪がっていた。しかしそんなクラスメイトが、癒菜と幸の見た目と雰囲気の変化をきっかけに悪口を言うことも少なくなり、あからさまに、距離を置くこともしなくなったのだ。
幸は、目立つことが嫌いで存在感をこれまで究極に無くして、気配を気取られないようにして生きてきた。ただ現在は、ノノカの影響で、もはやそれは出来ない事を察していた。
授業中でも、どんな時でも幸とノノカは離れず、癒菜も担任によって幸の隣の席に座らせられていたので、もはや存在感の塊となっている。
だからこそ、幸はうれしかったのだ。
いじめられることもなく、穏やかに過ごせる日々が戻りつつあることに。
朝起きて、通学から家に帰って寝るまで3人は常に一緒にいることから、影で3人の事を竹取一家と呼ぶものまで現れていた。
そんな穏やかな日常が戻りつつあった頃に、
不穏な空気が流れ始めた。
クラスメイトである1人の男子児童は、この状況が気に入らなかった。
「面白くねぇな。」
ある集団の中で、中心となっていたその人物は、幸達の方を見て、唾を吐きながら呟いた。
その男の名前は、石作光明という男だ。
石作は、クラスのカースト層の上位におり、素行の悪さで学校内でも有名な男だった。
常に誰かを標的にすると、金を巻き上げたり、喧嘩をして相手を跪かせたりする様な危険人物で、教師陣の中でも要注意人物だ。
幸が1番関わりたくない人物ランキングの中でも最上位人物であり、この男が同じクラスという事もあって、幸は目立つ行為を普段よりも更に注意して避けていた。
この人物に目をつけられてしまった生徒の末路を沢山見てきたから、恐ろしいのだ。
石作は、幸達3人の目の前に経つと、幸の机の上に立ち、幸の顔に自身の顔を近ずけた。
「誰だよてめぇ。急に現れたかと思えば、なんだよ、そのガキ。有名人気取りか?陰キャ野郎が。気に入らねぇんだよ。」
物凄い形相で、クラス中に響く程の大声だった。
幸は、恐怖の権化だったその男の凄みで、体が震え上がる。
ノノカも急に現れたその男を見て、びっくりして幸の背後に隠れた。
とっさに、癒菜が立ち上がり石作に対して言い返す。
「石作さん。急に大声出して威嚇して、他の人に迷惑です。前にも注意しましたよね。子供も居るんです。やめてください。」
癒菜は、学級委員長として問題児である石作とは何度も揉めていた。結局現在に至るまで解決には至らなかったが、対等にやり合える程にお互い肝が座っている。
「うっせぇんだよ。このアバズレが。真面目そうに見えてコソコソ、ガキがガキなんて作ってんじゃねーぞ?普段偉そうな事言う割には、やる事やってんじゃねーか。なぁ、お前らもそう思うだろ?」
石作の取り巻きが、「そうだそうだ!」「アバズレくそビッチ野郎が!」と癒菜に言われのない悪口をゲラゲラ笑いながら大声で叫ぶ。
癒菜は、次第に顔が赤くなっていき、頭に血が上っていく。
「ママぁ…こわい…」
ノノカは、怖くて震えていた。
ノノカの震えた姿を見て、更に癒菜は、怒りが頂点に達した。
何かを癒菜が言おうとした時に、石作は、癒菜の服を掴んで、癒菜を突き飛ばした。
「きゃあ!!!」
癒菜は、隣の席の机をガラガラと倒しながら、倒れ込む。
「アバズレは、すっこんでろ!!俺はコイツに話があんだよ。」
そういうと、幸の方に向き直した。
幸の服を襟元を掴んで、座っていた幸を立ち上がらせると、ニヤっと笑った。
「てめぇ、嫁がこんな目に合わされてるのに、知らん顔かよ?皆見てみろよ、このクズ野郎の事。最低だよなあ。みんなぁ。」
嫌な顔をしながら、そういうと、クラスの中から微かに「最低だな。」とボソボソとそんな声が出始める。
石作は、その声に満足すると、幸のお腹を一発殴り、突き飛ばす。
「ぐはっ…!!ゴホゴホ!!」
幸は、これまで殴られる経験がなかった為に、ものすごい勢いできた拳の威力で、立ち上がることが出来なかった。
「さちぃ!!!ママぁ!!!」
ノノカは、倒れ込んだ2人の元に駆け寄ると、大泣きした。
「調子に乗った罰だ。竹取、明日の放課後に運動場に来い。てめぇ1人で十分だ。焼き入れてやる。こねぇとその2人もどうなるか分からねぇからな?」
石作によって、静まり返った教室は、石作の取り巻きの笑い声と、ノノカの泣き声だけが、轟いていた。