大統領の決意
張り詰めた空気が議場を覆っていた。
ただ一人、大統領の声だけが静寂を切り裂いていく。
「我々の方でクロノア人が地球に来たのを確認したのは、数ヵ月前地球に小惑星が近づいているのを確認したときです。小惑星は、すでに我々が検知出来た時には、地球から僅か8万5000㎞という驚異的な距離にいました。我々は驚くと同時に最悪のシナリオーー地球滅亡を想定しました。しかし、そうはならなかった。」
議員たちの背筋がぴんと伸びる。
大統領の低く響く声が、マイクを通じて議場の奥底まで染み渡った。
「突如現れた小惑星と思われたものは、地球への衝突軌道上から突如として消滅したのです。突然のあり得ない事態に現場は混乱しましたが、NASUの最高指揮官であるマック・カーター長官は、それがなにかしらの地球外生命体の可能性があるとして、地球の領空内の測定できる範囲をレーダーで確認し続けました。」
重い沈黙。
誰かが椅子を軋ませ、緊張に満ちた空気を壊す。
スクリーンに、マック・カーター長官がリモコンを操作する音が響いた。
映し出されたのは、夜の森林地帯。
次いで赤外線映像が重ねられ、視覚には映らない“何か”が、空中に存在していることを示していた。
「肉眼では捉えられませんが、温度センサーは確かに異常な熱源反応を検知しています。」
長官の声が低く、乾いていた。
「我々はその物体を監視し続け、やがて――会話の断片から、それが“クロノア人”であると確証を得たのです。」
再び映像が切り替わる
次に流された映像は、赤子の状態のノノカとクリオネロボットが上空を滑空している映像だった。
ざわめきが走る。
議員たちの間に“あり得ない現実”が波紋のように広がっていく。
「それからも、観察を常にやめることなく続け、これ以上の放置は危険だと判断し、今回の捕縛作戦の実行に至りました。」
「現在、作戦は被害者を出しながらも成功を収めており、対象のクロノア人と宇宙船、そして人形兵器の回収へと至っております。」
スクリーンの映像は再度変わり、白衣を纏ったノノカと、巨大な母船の内部構造が映し出される。
静まり返った議場の中で、大統領が重々しく言葉を落とした。
「彼らに対抗する為に、彼らの技術を盗む。それが、我々にできる唯一の道なのです。今回の件はチャンスでもありました。なので、皆様には理解と協力のほどをお願いしたい。」
長い沈黙ののち、誰かが震える声で問う。
「現在…クロノア人の調査の方は進んでいるのですか…。」
その問いには長官が答えた。
「進行中です。しかし、未知の素材ゆえに解析は難航している。
だが、我々は必ず全てを解明し、人類の手に収める。」
徐々に、議員たちの表情に希望の色が差した。
恐怖のあとに訪れる、わずかな光明――。
「そして、我々は最終的に得た知識と技術を持って、クロノア人含めた敵性地球外生命体達から、美しい我々の母なる地球を守ってみせるとここに宣言をします!閣僚や野党の皆様もご協力のほど、よろしくお願い申し上げます。」
最後の大統領の宣言には、多くの閣僚達がその場で立ち上がり大きな拍手が巻き起こった。
国家と人類の未来を懸けた「戦いの開幕」を、誰もが錯覚していたのだ。
「他に皆様、質問等はありますか?なければ、これで議会を終了します。メディアにはくれぐれも流れないように各自注意を払ってください。」
「無さそうですね。では、これにて議会を終了する。皆、解散!」
質疑応答の場では、質問する者は居らず、そのまま議会は終了した。各閣僚達が次々と退出する中、議会にはマック・カーター長官と大統領、副大統領の三名がその場に残った。
「大統領、助かりました。詳細の説明などあっぱれです。私には難しかったかもしれない。」
長官は頭を搔きながら申し訳なさそうに呟く。
スピーチや閣僚達が苦手な彼にとって、今回の議会は苦痛そのものだ。
これまでに何度も閣僚達と揉めた過去もある為、今回の議会もその危険性を秘めていた。
「カーター君、君は喧嘩っ早い。メディアや閣僚相手は、少々荷が重いだろう。」
「大統領には適いませんね…。どうもポンコツ共を相手にするのは性に合わないたちでして…。」
「そうだろう。君は閣僚相手よりも、敵艦相手の方が向いている。」
長官と長い付き合いの大統領は、全てを悟っている様子で、手元にある資料をまとめて議会を後にする。最初から交代する予定だった大統領にとっては、これは通常運転だった。
「ハッハッハ!大統領が居てくれてよかったな!カーター君」
「そうですね。では、議会も終わったことですし、私はこれで。」
副大統領に肩を叩かれながら、その場を後にしようとする長官を副大統領は笑顔を絶やすこと無く、叩いていた手で肩をつかんだ。
「そういえばカーター君、今回の件だが、調査状況はどうだね?」
「…クロノアの件、ですか?それが…依然としてクロノア人である検体の情報は人間と相違ないという結果と、大統領が話した通り、人形兵器や宇宙船についても未だに難航してる状況です。」
突然の質問に若干違和感を覚える長官だったが、ありのままの現状を報告した。
副大統領は口角だけを保ったまま、目を細める。
「そうか。……ならば、まだ公表はできんな。だが――」
声が低く鋭くなる。
「必ず成果を上げろ。これは命令だ。」
「ええ。もちろんです。」
副大統領は軽くうなずき、笑顔を消した。
「もし期待を裏切れば……誰が責任を取るのか、分かっているな?」
沈黙。
二人の視線がぶつかり、空気が重く凍りついた。
「………」
「くれぐれも、失望させないでくれよ。」
副大統領は冷ややかに肩を叩き、議場を去った。
残された長官はしばらくその場に立ち尽くす。
(……失敗すれば、俺が処分される。そういうことか。)
長官は無言のままNASU本部へ戻る。
その途中で、ふと記憶の断片が蘇った。
『ち、違うなんてもんじゃありません! 完全に別物、だと思います!』
――クロネの声だ。
彼女は言っていた。今回の“人形兵器”は、前回のそれとは全く異なる構造だと。
もしそれが真実なら、これまでの前提が崩れる。
だが、それを認めることは、すなわち自らの失策を認めることに他ならなかった。
「チッ……そんなはずはない。」
長官は唇を噛み、拳を握りしめる。
「奴らの兵器だ。進化しただけに決まっている……俺の判断は、間違っていない。」
だが、その言葉の裏で、
わずかに揺れた胸の奥の“不安”だけは――どうしても否定できなかった。




