平和な生活は来ない
幸と癒菜が喧嘩をしたあと、しばらくの間沈黙が続いた。
長い時間が過ぎ去ったのち、沈黙は破られる。2人を気にせずに勉強を進める幸へ癒菜は重い口を開いた。
「じんじて…たのに…。」
癒菜の目に涙が滲む。その表情には悔しさと悲しみが浮かんでいた。
家族であるノノカを救う唯一の希望であった幸。
そんな癒菜の希望が変わり果ててしまっていたのだ。
どんな事があっても、何かしらの奇策で窮地を救ってくれる。
そんな淡い期待をしていたからこそ、この状況に絶望を感じてしまうのは仕方のないことだった。
「だげどり…くん…じんじでだのに!!!」
「………」
幸は振り返らない。癒菜の声は、もう幸には届かないようだった。
もはや、なにを言っても響かない。そう思った瞬間、癒菜は幸の部屋から走り出していた。
「ママ…ッ!」
紫は癒菜の後を追っていく。
(竹取くん。君の気持ちは分かったよ。私達にはどうしようもないほど大きな存在と対峙して、私達は無力さを痛感した。確かにそれはそう。)
「………グス…ッ…わがっでる……!わだじ…だっで…わがっでる…!!」
(でも、本当にそれでいいの?)
癒菜もいつかくると思っていたノノカとの別れ、しかしその日は平和で笑顔で送り出してあげたいと思っていた。
それは、ノノカの星のクロノア人に捕まる未来でもなく、諸外国や利益しか考えの無い人間達の手によって拉致される未来でもない。
家族皆で揃って、ノノカの乗ってきた船の場所へ行き、ノノカの意思で自分の惑星に帰る。
その姿をみんなで笑顔で送り出す。それが、地球で出来た仮初めでもいい"家族"としての最後の役目だと考えていたからだ。
「ざいッ…でい……!!うぅ……!」
リビングに戻ってきた癒菜は、膝から崩れ落ち、その場で声にもならない声をあげて泣いてしまう。
その泣き声は、2階の幸の耳にも確かに届いていた。
「ママ…!私も頑張るから、一緒にお姉ちゃん助けよ!!」
泣く癒菜に後ろから抱きつく紫。
溢れ出る様々な感情が癒菜の心を壊しかけていたその時、癒菜の頬にそっと手を優しく添えられる感覚があった。
癒菜がゆっくりと目を開けると、そこには幻覚なのか分からないが、優しく微笑む幼いノノカの姿と家族の温かい光景が広がっていた。
癒菜がその光景に手を伸ばした瞬間、それはゆっくりと消え去っていった。
「………」
癒菜は、今のが現実ではない事を理解していた。
しかし、この瞬間、癒菜の気持ちは切り替わっていく。
(…ノノちゃん…。そうよ…。いいわけがない…。こんなのいいわけがないよ!私はノノちゃんを見捨てられない。絶対に。)
涙を拭う癒菜は、ゆっくりと立ち上がる。
先ほどまでの表情とは違い、力強い眼がそこにはあった。
(…私は負けない。絶対に取り返す方法はあるはず。)
癒菜は改めて、強い決意を胸に戦っていく覚悟を決めた。家族を守るために。
そして、静かに幸の方がいる2階を振り返る。
(竹取くん、私は行くよ。ただ…一つ伝えたい事がある。…あなたの心の奥底で、あなたはきっと戦い続ける事になるよ。どれだけ推し殺そうとしても、どれだけ幸せを感じようとしても、それはあなたを蝕み続ける。あなたは優しいから。)
(きっとあなたのこれからの人生に平和と安定は訪れない。あなたの心と記憶にあの子がいる限り。)
癒菜は思う。幸の本心は本当は別のところにあるのではないかと。
だからこそ、一緒に動いて欲しかった。しかし、それは叶わなかった。
ならば、自分自身で行動するのみ。
「むらざぎぢゃん…!ぜっだい…たずげよう…!わだじだぢで!」
「ママ…!!うんうん!!それがいい!私達ならきっとできるに決まってる!頑張ろう!!」
癒菜の心強い変化に、紫は喜ぶ。
「じゃあ…ざっぞぐだげど…ノノぢゃんの…じっでるじょうほうを…おじえて。」
この後、紫は癒菜に自分の全ての情報を伝えた。




