傷跡
ある日の朝、自宅のベッドにて飛び起きた癒奈は混乱した頭を落ち着かせる。全身には汗をかいていて、自身に起きた状況が読めない。
(…みんなッ!!ってあれ!?ここって私の家…?)
とりあえず、リビングの方へ向かうと母親が朝食を用意していた。
「お…がぁざん…?おア゛よう…。」
挨拶をしようとするも、うまく声が出ない。
喋ろうとすると、喉に猛烈な痛みを感じる。
「…!癒奈!!あなた!!癒奈が!癒奈が起きたわよ!!」
母は、癒奈の姿を見ると驚いて別の部屋にいた父親を呼び始める。
呼ばれた父親も慌ててリビングに走ってくると、勢いよく癒奈を抱き寄せた。
よく見ると2人とも泣いており、よっぽど心配していたのだと感じる。
「癒奈…!癒奈…!!よかった。本当によかった。お前2日間も眠りつづけてたんだぞ!一体何があったんだ?病院の先生も詳しく状況は知らないって…!」
「もう!癒奈!!本当にお母さんもお父さんも心配したんだからね!ずっと家にも帰ってこないし!」
2人の様子を見て落ち着いた癒奈も、その場で号泣してしまう。
家族3人で抱き合い、少し落ち着くと食事をとりながら、これまでの経緯を全て近くにあった紙に書き記した。
全てを読んだ癒奈の両親は、難しい表情を浮かべながら目を閉じている。
「…2人の力を貸して欲しい。みんなどうなっちゃってるのか分からない。私、みんなを助けないといけない…か。」
もはや、最後の綱である両親に頼むしかない。
癒奈は深く頭を下げてお願いするが、両親から良い返事は貰えなかった。
「癒奈。事情はわかった。だがな、まず、お前がそんな危険な事に手を突っ込むんでたなんて、俺も母さんも知らないぞ。お前は家を出ていく際に、しばらく友達の家で勉強をしてくると言って出ていったよな。」
(うっ…それは…!)
癒奈は同級生の男子の家に泊まるなんて行為が、両親から許可されるとは思っていなかった。
最初は同級生であり、同じクラスの男性生徒の竹取幸の事を、学級委員長として見張るのが目的で行動したものだった。
しかし、幼いノノカを見た時に母性のようなものが徐々に癒奈に芽ばえてしまう。
何とかしてあげたいという気持ちが、癒奈の行動力への推進力となり、これまでの人生で1度もなかった、両親への嘘に繋がってしまっていたのだ。
【ごめんなさい。お父さん、たしかに私は嘘ついたけど、お説教なら後にして…。そんな事より今は時間がないの!!】
癒奈は自分のやった行為がどれだけの事か理解している。
両親に罵倒されるのも仕方の無い事だとも理解している。
しかし、現在はそんな事を話している時間はないのだ。
一刻も早く、みんなの状況を確認してノノカを救出しないと、取り返しのつかないことになってしまう。
そんな思いで、メモ帳に癒奈の気持ちを書き記す。
しかし、飛んでくるのは叱責の言葉のみだった。
「そんな事ってなんだ!お前は俺達にとって何よりも大切で愛している娘だ。そんな娘が、ある日突然に病院へ意識不明の状態で運ばれてくる親の気持ちが分かるか!!お前は親に嘘をついたんだ。そして、命の危険のある行為を勝手にした!それをそんな事なんて軽々しく口にするな!!」
癒奈の両親は、癒奈が病院に運ばれた日に病院側から連絡を受けた。
娘は意識不明の状態で、火事などの現場にいた時に起こる気道熱傷を身体に負っていた。
命の危険もある状態の娘を見て、彼らは何度も何度も神に、娘である癒奈を救うよう願う毎日を過ごす事になる。
だからこそ、もはや、癒奈の行動を見逃すことは出来なかった。
「お前は、もう家から出さない。身体の傷が完治するまでは自宅で謹慎してもらうぞ。傷が治ったあとは、以前と同じように学校に通う事だ。いいな?二度とその男性生徒と関わるな。全て忘れなさい。」
(!!?)
「どぅ…じ…で…!!!な…んで…わがっで…ぐれない…の!!」
「癒奈!言うこと聞きなさい!!それに、あなた気管をやられてるのよ!?無理やり話したらダメよ!!」
両親は、自宅から癒奈が外に出ることを許さなかった。
癒奈達の状況を聞いて尚、そんな危ないことに加担させないという家族として、両親として、当然の判断を下したのだ。
癒奈は両親の表情を見て、その本気さを感じ取る。
(お父さんもお母さんも、本気だ…。気持ちは分かるけど、私が動かなきゃ、皆のことを見捨てられない。仮初だったとしても、家族として過ごした時間は確かにあった。私はその時間を否定したくない!!)
優等生で真面目な癒奈にとって、両親に嘘をついたり、心配をかけたり、学校を休んだりする行為は、耐え難いものだった。
それでも尚、彼女はノノカ達を救う為に行動する。
「わがっ…だ…。もぅ…ねる…。」
癒奈は、両親の居るリビングを後にすると2階の自身の部屋に大人しく戻って行った。
両親はその姿に安心すると、癒奈が部屋に戻っていくのを見守った。
「これでいいんだ。これで。もう二度と危険な行為はさせない。」
「えぇ。あなた、強く言ってくれてありがとう。それにしても…まさか、あの子があんな事してたなんてね…。今思い返しても、信じられない。」
大人しくなった癒奈を見て、安心した2人は、それぞれ家事や仕事への出勤という日常に戻るのであった。
しかし、そんな中、癒奈は少しずつ家から出るために準備を始めていた。
(竹取くん…!あれから全く連絡が取れない。今どうしてるのかしら…?紫ちゃんにも連絡手段を残しておくべきだったわね。)
両親が部屋に来た時に備えて、隠しながら身支度を整えつつ、幸に連絡をしようと試みる。
しかし、何度電話しても、メールをしても、まったく連絡が繋がる様子がなかった。
(とりあえず持てるものは全て持った。あとは、ここの窓から服を繋げて作った、このロープを垂らして、ここから降りていけば完璧ね。)
癒奈は自身の服を結び、とても長いロープ代わりになるものを作り出していた。
玄関から出られない以上、こうするしか外へ出る方法がないのだ。
服で作ったロープを部屋のドアノブに結びつけると、部屋の窓から勢いよく外に投げ出した。
(まるで、スパイみたいね。よしっ、紐はしっかり結ばれてる。じゃあ、降りてみよう。)
癒奈は窓から身を出すと、ロープを掴んでゆっくりと自宅の庭に降り立った。
自作ロープは、かなり丈夫だったらしく、何事もなく降りることを可能にした。
「ま…っでで…ノ…ノぢゃ…!!!」
それから癒奈は走り出すと、幸の自宅にまず向かうのであった。




