もう1人の私
広大で青く澄み渡った大空。
足元にはチョロチョロと美しい水が流れており、美しい草原が広がる。
そんな世界に、1人の女性の姿があった。
女性は見た目が10代くらいで、目は空と同じく青く澄んだ色、髪は美しく輝く桃色の髪の毛をしていた。
「ここはどこでしょうか…?私は、知的生命である人間に肉体を変えられて、人間の赤子としての生活を余儀なくされていたはず…。」
女性は辺りを見渡す。
どこもかしこも自然に囲まれた場所、生命の息吹を感じないが、見たこともないのに落ち着く場所。そんな不思議な場所に困惑する。
「ここの場所も調査したい気持ちで溢れますが、今はこの場所から出る方法を探さなくては!私は、あの人間という種を見て、胸に何か熱いものを感じました。これらの事象の原因も知りたいですし、人間ももっと知りたい!!」
女性は、なにやら思い立ったかのように目の前に向かってとりあえず走り出した。
途方もなく続く世界に胸をワクワクさせながら。
走っても走っても道は続き、次第に疲れた女性は、息を整える為に立ち止まる。
荒れた息を整えながら、少しづつ歩み出すと、目の前に明るく光る光の玉が現れた。
光の玉は、女性と遭遇するとゆっくりと進み始めた。
「…?これは、魂体…?一体誰の…。私に着いてこいと言っているの?」
女性は、ゆっくりと浮遊する光の玉のあとをつけた。
何かを伝えたい意思があるのか、女性は魂体にテレパシーを送るもなんの反応もない。
【心話で問いかけたけど、なんの反応も帰ってこない…魂体自体が幼いように感じる。】
しばらく黙って着いていくと、丸い鏡のような物が宙に浮いている湖のような場所につく。
先程まで案内をしていた光の玉は、突如、鏡の周りを円を描くように回りはじめた。
「それはなんですか?あなたは、私に何を伝えようとしているのでしょうか?」
しばらく周囲を回っていた光の玉は、そのまま鏡の中にゆっくりと溶け込んで行ってしまう。
すると、鏡の下にある湖から声が聞こえてきた。
「さち…。さち…。。だい…すき…。ノノ…カ…わたしの…なまえ…」
(え…。)
次に湖の色がどんどんと変化していく、湖は誰かの視点を映すもののようだ。
ぼんやりとした視線の映像は、次第にクッキリとある景色を移し始めた。
それは、横で寝ている竹取幸の映像だ。
映像を移しているのは恐らくノノカの視点であるが、ノノカ本人はその自覚も話している意思もなかった。
「あれは…竹取幸さん…?なぜ、私の身体は私の意思とは違う動きを…。これは、身体が幼児化して魂体に影響を受けているとかっていう問題ではないですね…。まさか、私自身は身体が少し成長をした段階で追い出されたと言うの!?」
信じられないことだった。これまでに高度知的生命体であるノノカにも共有されていない事象が今起きている。
本体であるノノカが自分自身の身体から追い出され、謎の人格がノノカの身体を操り始めたのだ。
人間という種への身体の再構築、それに伴うデメリットのような副作用。
ノノカはとても興味深い内容だと感じる。
「このような事象は、星父様からの共有情報には存在しない。うぅ〜!これだから、他種族の調査はおもしろいですね!!なんで、家族のみんなは、こんなに胸が熱くなるのにやらないんでしょうか。」
1人興奮を抑えきれないノノカは、湖の前で腰を屈むと、湖に映り込む自分の身体の視点を面白そうな眺めた。
「とりあえず、この事象について一旦様子を見ることにしましょう。」
1日、1週間、1ヶ月…月日は流れ続ける。
ノノカによる謎の人格への観察は続いていた。
「彼女は、私が人間として再構築された段階からの記憶のみを共有されている…。クロノアの知識はないようですね。ふむふむ…。それに、心話なども使えないと…。そういえば、私自身も人間として生き始めた初期の段階から言動が徐々におかしくなっていた。これは、実際には再構築された段階で今の彼女と同化・同調しかけていたということなのでしょうか。」
湖の畔に座りながら、ずっと恐ろしい集中力で考察していた。その集中力足るは、何日経ったかも自分ではもう分からなくなっているくらいだ。
「他生物への身体変化に伴う症例として、幼児退行化に似たものは事例として存在する。でも、私自身のそれとは似て非なるもの。身体変化を例えしたとしても、本来は記憶や理性はそのままあり、身体の完全なコントロール権を握られることは無い。なにより、魂体が新たに生まれるなんて聞いたこともない。」
ここまでの観察で、ノノカが導き出したいくつかの答えがある。人間の身体を動かしている魂体は、人間の身体に派生した本来の人間の身体の持ち主のノノカらしい。
そして、その人間のノノカとクロノア人であるノノカの魂体は異様に似通っていて、ほぼ同一の魂とおなじようなのだ。
「不思議。実に不思議。まるで、私の足りない部分が人格として形成されたみたい。」
何日も何日も観察する中で、ふとノノカの集中力が切れる時があった。
その時にふと声が漏れる。それは、ノノカにとって無意識の中で出た声であり、本心であった。
「どうしてでしょう、私はもう1人の私の生活を見るのがやめられません…。人間の私は、いつも私の見たことの無い顔をしてます。あの顔は何なのでしょうか…」
ノノカは、静かに湖に映し出される映像を見続けていた。もはや、身体の主導権を取り返そうともせずに。
そして、湖に映し出される映像で最も多かったのは幸の映像だ。
様々な場面の幸を見ることで、ノノカには心境の変化も起こり始める。
「竹取幸さん。人間の私があなたから受けている、私の知らないもの。それは、とても気持ちが良く、私の心を満たします。あなたを見ていると、最近、胸の鼓動が早くなるのです。これは、何かの病なのでしょうか…あなたに聴きたい…。」
音もない不思議な世界で1つの心が変わり始めた。




