美しき湖
あれから、数週間の時が経った。
数日に1回のペースで、貴公子の誰かが訪れては月夜に追い返されるといった事が続いている。
皆、月夜を手に入れるための宝玉をそれぞれ探すのに夢中になり、咲命の国の宮中は若干荒れる結果となっていた。
「月夜。あれからもずっとワシらとは会おうともせんな。ワシの家の周囲は兵で囲まれておるし、何回か会って話そうと頑張ったが、もう手がないのぅ…。造や、すまんな。」
村長は、家が占拠されてからというもの、造の家に居候という形で衣食住の世話になっていた。
家族を失った造のメンタルケアを献身的に行い、友として造が沈まないように陰ながら支えていたのだ。
造は、そんな村長のおかげか事件当時よりもかなり心身ともに回復へと向かっており、まだ表情は暗い事が多いものの生活する上で正常な判断が出来るまでには戻っている。
「村長、ありがとな。本来であればワシが月夜をどうにかしないといけないのに…。」
造が申し訳なさそうに言うが、村長は気にしていなかった。
自分の家がどうなろうと彼にとってどうでもいい事だったのだ。それよりも、造と月夜をなんとかしてあげたいという気持ちが先行していた。
それが、亡き紫への償いだとも考えているからだ。
2人は夕食を一緒に食べて落ち着くと、造は夜遅くに竹取に出かけようとしていた。
造は、最近衰弱して竹取に行けていなかった事もあり、気晴らしに散歩と一緒に竹取に行きたいと村長に進言した。
村長は最初聞いた時に、まだ回復しきっていない造が登山して竹取なんて危ないのではないかと心配していたが、どうしても行きたいという造の希望を聞いて、快くそれを許す。
「では、行ってくるぞ。あんたは早めに寝とくんじゃぞ?明日も貴公子達の奴らが来るかも知れんからな。」
「わかっとる。造やお前は足元、気をつけろよ。久々の夜の山は危ねぇーぞ。怪我なんてさせたら月夜や紫に合わす顔がねえ。」
こうして、造は久しぶりの山を登りはじめる。
久しぶりとはいえ慣れた山であるから、登山自体はなんなく進む。
これまで通り険しい道や獣道も全く気にせず進む姿は流石と言えるものだった。
どんどんと進み、1時間半ほどでいつもの竹林に着くと竹取を始める。
静寂に包まれて1人行う竹取は、余計なことを考えなくて済む。造にとってはそれがとても心をリフレッシュ出来るものだった。
1時間ほど竹取を無言でせっせとやると、近くにある大きい岩に座り一息つくことにした。
風がなびいて竹の笹が揺れる音はなんとも言えない心地良さを感じる。
「ここは本当に良いな…。」
造がふと呟いた時、遠くの方でガサガサと複数の足音が聞こえてきた。
複数の足音は少しすると止まり、1人(?)の足音へと変わる。
(複数人…こんな夜更けに山へ…?一体誰が…)
時刻は丑の刻(夜の2時)になるところ。
村の者がそんな時間に多人数で山奥に入るのはそうそうない。
造は、もしかしたらまた何か良からぬ事が起きているのではないかと感じる。
ここ最近の出来事を思うと心配してしまうのだ。
思考よりも先に身体が動いてしまった造は、未だ歩き続けていると思われる1人の足音の元へ足音を立てずに近づいていく。
山に慣れている造が足音の主の元へ追いつくのは容易なことだった、足音の主が居ると思われる場所に着くとそこは造も知らない美しい湖のある場所だった。
「おぉ!?こんな所にこのような美しい湖があったんか…!?こんなに長く生きておるのに何故気づかなったか。紫にも見せてあげたかった。月夜にも…。」
造が美しい湖に感動していると、足音の主と思われる人間が湖の前で空を見上げて立っているのを発見する。
距離が少し離れており、暗闇で誰なのか判別がつきにくかったが、暗闇は雲に隠れていた月が出てきたと同時に月明かりによって照らされた。
そして月明かりの先に居た人物は、月夜だった。
近くにあった木に隠れながら様子を伺っていた造だったが、正体がまさかの月夜であった為に、驚いて木から出てしまう。
(月夜か…!?どうしてこんな所に1人で…!?一体何を…。)
造が黙って様子を伺うと、空を見上げていた月夜はその場でしゃがみこみ、顔を伏せた。
距離が遠かったのもあり、表情自体がよく見えなかった造だったが、月夜の身体が小刻みに震えていることに気がつく。
なにやら様子がおかしいと感じた造は、遠回りしながら少しずつ近づいていくと、月夜のすすり泣く声が聞こえてきた。
月夜はなんと、湖に1人で来て泣いていたのだ。
造は、まさかの事実に困惑を隠せない。
(月夜…泣いておるのか…?)
造はしばらく黙って見ていたが、一向に泣き止みそうにない月夜を見て心が苦しくなっていく。
辺りを確認して、兵士が居ない事を悟った造は心配になったからか、そっと月夜の隣まで歩いていき、月夜に話しかけた。
「月夜や…。こんな所でなにをしとる?夜の山は危ないと教えたじゃろ?どうして泣いておるんじゃ?」
造から突然話しかけられた月夜は驚いて、顔を上げて造を見つめた。
上げられた顔は大泣きしていたのか、涙でぐしょぐしょになっており、目は腫れて鼻は赤くなっていた。
造の顔を見ると、月夜の瞳には更に大量の涙が溢れてきて困惑する造を他所に月夜は思い切り抱きついてきた。
「月夜?!一体何があったんじゃ?変わり果てて感情を失ったと思っておったのに、こんな…。なにか嫌なことでもあったのか?」
造が問いただすと月夜は更に声を出しながら大泣きしはじめて、話が出来る状態では無くなった。
その後、長い時間を造の胸で泣き続けた月夜は疲れたのかその場で目を閉じて静かになる。
造は、そんな月夜の頭を撫で続けていた。
月夜が泣き終わり、湖は再び静寂に包まれる。月夜は静かに黙っていたが頭を撫でられながら造に話しかけた。
「こうやって頭を撫でられるのも久しぶりですね。お父様。まるで昔に戻ったみたい…。」
その姿、話し方、様子、全て造の知っている月夜そのものだった。
まるでこれまでの月夜が全て造の妄想だったのではと思うくらいに月夜はかつての姿に戻っていたのだ。
「お前、戻ったのか!?月夜!ワシの知っておる月夜じゃ…!!今までのは、なんじゃったのか?貴公子達を欺くためにやっておったのか?」
かつての月夜が戻ってきて嬉しくなった造は、久しぶりに笑顔で溢れた。
娘が戻ってきた事が造に光を与える結果となったのだ。
しかし、造の笑顔も数分後に消えることとなる。
「貴公子ですか…?いいえ、違います。私が本来の私の姿へと戻らざるを得なかったのは、そんな小さな存在の為では無いのです。もっと、もっと上の存在が私を見ていました。そして、脅威が今この惑星に迫っています。お父様だけは、それらから救いたいのです。」
ここから造が聞かされた内容は、にわかには信じがたい話だった。




