素敵なお嫁さん
幸が気がつくと、リビングの電気は暗くなっており、椅子の上で意識を失った幸には、上から布団が被さっていた。
「うっ…胃がムカムカする…。気持ち悪い…。俺何時間気絶してたんだ…?」
幸が時計を見ようと立ち上がった所、リビングのドアが開いた。
ドアの先には癒菜がおり、起きた幸を見ると、幸の所に走っていく。
「竹取くん!大丈夫だった?無理して食べちゃったんだね。ごめんね、しっかり料理見てあげられてなくて。もうノノちゃんは寝ちゃったよ。」
癒菜は心配そうな面持ちで、幸の様子を伺う。
幸は寝て多少回復してはいるものの、顔が真っ青になっていた。
時間を確認すると既に夜中の12時半、幸が帰宅したのが17時程だった為、約7時間半もの長い時間気絶していたのだ。
幸は時間の経過に驚きつつも、今日のノノカのおかしな言動について聞いてみることにした。
「夢坂さん…。今日のあれはなんだったの?ノノカのあの言動とか、あの料理とか…。」
「あっ…!えっと、そうだよね。あれは実は…。」
癒奈は、今日の出来事について事細かく説明をした。自身の持っている漫画を見たノノカがお嫁さんについて初めて知った事、幸が大好きだから幸のお嫁さんになる為に頑張ると意気込んでいた事を。
料理については癒奈と一緒にやっていたらしいが、癒奈が一瞬離席した時にノノカが色々混ぜ込んでしまったようで、捨てようにもノノカが頑張って作ったものを捨てることが出来ずあのような形で幸に出すことになってしまったようだ。
全てを聞いた幸は、あの行動全てに納得する。
「そういう事だったのか。まさかそんな事考えてたなんて…。そういえばノノカはどこに?」
幸が周囲を見回してもノノカの姿は見当たらない。
「ノノちゃんはもう寝ちゃったよ。竹取くんの心配してずっと居たんだけど、眠気が勝っちゃったみたいでね。ネンネさんがベッドに連れてってくれてそのままって感じ。」
「そっか…。」
確かにいつものノノカの寝る時間は夜の9時辺りだ。今の時刻まで起きてたら逆に心配するだろう。
幸は癒奈の話を聞いてる間に、少しずつ体調が回復していた為、そのままお風呂に入ってその日はもう一度寝る事にした。
翌朝、目覚めた幸が寝癖でボサボサの髪の毛をしたままリビングに行くと、そこには元気の無いノノカとネンネが座っていた。
気まずい空気の中、リビングのテーブルの椅子に座ると、キッチンに居た癒奈はテーブルに作った料理をどんどんと並べはじめた。
「ほら!ノノちゃんもネンネさんも竹取くんも!朝から元気ないぞー!ご飯食べて、元気だしな!」
癒奈は昨日の事で若干気まずい空気になる事が分かっていたので、無理やり空気を明るくしようとしていた。
ノノカは、癒奈に食事を促されると静かに幸の隣に座って食事を始めた。
いかにもズーンとした重い空気感を感じた幸は、深いことは考えずに、ひたすら黙々と食事を食べ始める。すると隣に座っていたノノカが幸の方を見ることなく幸に謝り始めた。
「さち…。昨日はごめんね。ノノ…もう、お料理しないから…。」
ノノカはやはり、昨日の事がかなりのショックで、よく見ると食事もあまり進んでいないようだった。
自分の為に頑張ってくれた事を知っている幸は、ノノカをなんとか元気づけたいと考える。
不器用ながらに、慎重に言葉を選んでノノカに伝えた。
「ママの料理はさ、なんて言うのかな。美味しいんだけど、なんか足りないんだよな。」
「…え…?」
突然の言葉に、先程まで机を見ていた視線は、幸に向けられてキョトンとした顔になるノノカ。幸は続ける。
「おかしいだろ?俺も言ってることおかしいって思う。ママの料理は美味いからな。けど…昨日のノノカの料理が俺は忘れられないよ。俺がずっと求めてた料理がそこにあった気がする。」
幸は恥ずかしそうになりながら、顔を若干赤らめて、頬をポリポリとしている。ノノカはその様子をまじまじと見つめていた。
「美味しくなかったのに…?」
ノノカは真顔で問い詰める。自身が作った料理が美味しくなかったという事は幸の反応で分かっていたからだ。
求めていたものって?美味しくないのに忘れられない?それはあまりにも不味すぎてトラウマになってしまったから?ノノカの頭は混乱する。
「美味しさでいえば、まだママには勝てないと思う。でも不味く無いし、俺の好きな料理だったよ。初めてであれは…凄いと思う。」
人の事をこれまで褒めたことが1度もなかった幸は、これで合っているのか分からないが、自分の思ったことを、ありのまま伝えた。
幸の感想を聞いたノノカの口元は、先程までとは違い、少し口周りがニヤついている。
それに、指をモジモジしながら、何か言いたげな様子だ。
顔を赤らめて、言うことが自体が恥ずかしそうだが、勇気を振り絞って言い始めた。
「えっとね……。ノノね、さちには秘密にしてたんだけどね、将来ね、素敵なお嫁さんになりたいの。」
「うん。」
幸は、その様子を黙って聞く。馬鹿にすることなく、笑うことなく、ただ真剣に聞いた。
「ノノ…お料理も下手だし、ママみたいに綺麗じゃないけど…なれる……かな…?」
ノノカは目を伏せて、緊張しながら聞く。
自信をなくしたノノカにとって、この質問に対する答えは、ものすごく重要な物だった。
それを知ってか知らずか、幸は何も気にせずに答えた。
「ノノカはその…なんて言うのかな、可愛いし、優しいから、素敵なお嫁さんってのは、俺にはよく分からないけど、きっとなれると思う。料理はこれからもっと上手になるさ!」
ノノカは、それを聞いた途端に幸の頬にキスをする。
突然の事に驚く幸。その様子を遠くで静かに見つめる癒奈とネンネ。
テンションの上がったノノカは、そのまま椅子から降りて癒奈の元へ向かった。
「良かったね。ノノちゃん。」
癒奈は、嬉しそうなノノカの頭を撫でてあげた。
「ママ!!ノノね、明日から毎日ごはん作りたい!一緒にやってもいい?!」
「…エッ!??」
幸は思わず声がでた。
まさか、これから毎日ノノカの料理を食べることになるとは思いもよらなかったからだ。
心配そうな目で癒奈の方を見つめると、癒奈は幸に目でサインを送った。
「良いよ。じゃあ、私がしっかり教えるから、私の言う通りに頑張ってね!」
「うん!!!」
幸は毎日不安を抱きながら、3日に1回程度のペースで来るノノカのハチャメチャ料理を食べ続けることとなるのであった。




