すっれもん
もしこんな巡り合わせがあればどんなに奇跡で、ある意味幸せなのかも。
でもそんな奇跡は自分が思い続け信じることで、起こる可能性が生まれる。
私はユマの婚約者と会うためクリスマスイヴ前日、出雲に帰ることになった。ユマは3才離れた私の妹だ。まさかユマが私より先に結婚するとは予想外だった。
新宿バスタに足早で向かう途中、クリスマスイヴ前日の恋人達とよくすれ違った。カラフルな笑顔が何度も私のモノトーンの笑顔に襲った。その度冷え込んだ夜空まで一段と寒く感じてしまう。
ユマの結婚といい、この世でひとりぼっちは、私ぐらいなのか錯覚までしてしまいそうだ。久しぶりに日本に帰り、いきなりこんな洗礼で出迎えだ。
バスタ入口のエスカレーター越しから百貨店の出入口が目に止まった。クリスマスイヴ前で誰もが絶え間なく溢れる笑顔だ。楽しそうな人混みばかりが目に焼きつく。その残骸が脳裏に残こりながらバスタの自動扉が開いた。バスタには大きなスーツケースと忙しなく動く人で混みあっていた。クリスマスムードから一転する零囲気だった。私は乗車時間を見上げ確認した。
本来は新幹線か飛行機だ。だがタイミングの良い時間帯は今日に限って満席だった。ならばあえて夜行バスにした。値段も良心的で大学時代は決まって夜行バスで帰省していたからだ。館内に出雲行きバス到着の放送が流れた。出雲からの帰りは飛行機の予定だ。しばらくバスタに来ることもないだろうと思い荷物を持った。乗場方面の自動扉が開くと、真冬の凍風が肌に刺さってくる冷え込みだった。
明日から東京も雪が散らつくようなニュースが待合室のテレビで流れていた。
まさしくホワイトクリスマスで恋人達には盛り上がるシチュエーションだ。でも私は出雲で、しかも家族とのシングルベルだ。私はマフラーで口元まで覆い乗車番号に向かった。目の前に当時と変わらないスサノオ号の夜行バスが停車中だった。何だか側面のデザインが妙に懐かしい。当時は何かあるたびに、このバスで出雲まで帰省したものだ。
最後に乗車したのは確か大学3年の年末だ。あれから6年の月日が経過し今や27才になった。
結局、私は地元で就職せず東京に残った。変わりにユマが出雲で就職し結婚まですることになった。
地元には縁結びの神、出雲大社が祀られてあるはずなのに、私は出雲を捨てたせいか良縁に恵まれなかった。いま考えると大学4年の時がターニングポイントだった。当時交際していたリョウタに誘われ同じインテリア会社を受けた。皮肉なことに私が偶然採用された。この会社が本命だったリョウタは落ち込んだ。その後もリョウタは首都圏の企業が全て全滅だった。そこから気まずくなり自然消滅してしまった。
リョウタは首都圏の企業を諦め、地元青森に帰り公務員になった。
卒業後も時々リョウタからLINEが届いた。私に彼氏がいないことを知るとリョウタは復縁を望んできた。
でも私はその気がなかった。
それから私は入社してから3年後コロナが流行する前にスペインに異動になった。その後コロナ禍で3年スペインから出国出来なかった。今回3年振りの日本に帰国だ。
「あの・・・・・・その席、僕の席ですけど」
息を切らし両腕には荷物を下げた青年が声をかけてきた。私は、その声で我に返った。
「えっ!」
座席番を確認するとA15だった。私の席はA16で間違えて座っていた。
「・・・・・・すいません」
せっかく席に座り一息ついていた矢先だった。私は慌てて立ち上がり座席を1つ後に下がった。
新宿駅周辺は夜でも明るかった。まるで日中と変わらない。バスの車窓から笑顔までが鮮明に見えてしまう明るさだ。
決して私はスペインで過ごした3年間が空虚ではなく充実していたはすだ。日本と違いスペインはコロナ禍でも規制が緩く普段通り外出していた。
取引先のフレンドと美味しい料理の食べ歩きや観光、芸術なども堪能した。本業のインテリアも資格習得し、それなりにこなした。
それなのに車窓から幸せオーラの人ばかりに、注目してしまう。昨日、日本に帰国した時から私の何かが動いてた。ユマに先に結婚されるのが羨ましいからか? 頼りにならない姉を持ち逆に頼りにしていた妹だ。
そんなユマには幸せになってほしいと心底思う。だからユマに対してとはちょっと違った。
それなのに、この何か動くのは何だろうか?
他に何かあるのだろうかと考えれば考えるほど、頭がグチャグチャだ。車内のカーテンを閉めカップホルダーからミネラルウォーターを取り出し飲んだ。
生温な液体が体を通過すると思わず鼻から息がもれた。私はポケットからイヤホンを探したたが見つからなかった。足元のバッグも探してみたが見当たらない。スーツケースに入れた記憶もない。もしかしてと座席のネットを後方から私は覗きこむように確認した。イヤホンは青年が座る座席前ネットの中に入っていた。慌てて声をかけられ移動した時、取り出しすのを忘れて置いてきたのだ。
「••••••ついてない」
ぽつりと小声が漏れた。私は気になると何も手につかなくなる性格だ。スマホでゆっくりお気に入りのAKBを聞こうと思っていた。何せ思い出の曲だ。高校時代よくAKBで踊っていたからだ。
大学入学したての時ホームシックにかかった。その時この歌と高校時代の卒業アルバムを見て、1人アパートで踊り乗り越えた。私にとっては大切な歌だ。
それからは出雲に帰る時は、夜行バスで入学当時を思い返し聴いたものだ。
今もその曲がスマホに残ってたのも奇跡に近い。なのにいざ聞けないと思うとショックだ。あの頃を懐かしむ余韻さえ味わえなかった。
私は少し冷静になるため窓ガラスのカーテンを開けた。賑やかだった新宿の街並みから首都高速に乗りビルの隙間を走っていた。窓にはボタン雪が当たってはすぐに消えた。新宿の頃よりも首都高速では雪の粒子が大きくなっていた。時間が経つにつれ、やはり気になるものは気になった。
私は座席の間から青年に声をかけた。男性は左右確認してから私に気づいた。
「あのーー、すいません。座席前のイヤホン取ってもらってもいいですか?」
「ああ、これね」
青年は座席前のイヤホンに気づいた。
「はい」
「すいません」
「それとこれも足元に落ちてましたよ。ハルキナルミさん」
「どうして私の名前を••••••」
私は動揺した。ユマから届いた手紙まで落とした事にすら気がついてなかった。
「俺だよ。モリヤマモルだよ」
「モリヤくん!」
私の記憶は一気に高校時代にタイムスリップした。
「ナルミとは成人式以来じゃない」
「モリヤくん。何でここにいるのよ」
「いたらダメなのかよ」
「そうじゃなくて」
「おれは一足先に帰省だよ。ナルミは何で出雲に」
私はユマの婚約者と会うため帰省する話しをした。
「へぇ、ユマちゃんが結婚するんだ」
バスは車内放送で浜松のドライブインで、1度目の休憩で停車した。私はバスから降りた。降りた瞬間から東京以上に風が冷たく、もはや全身が氷つきそうだ。
私は素早く小走りでトイレに向かった。素早くメイクを落としたいからだ。
メイクしたまま寝ると大変な目に合う年齢だ。発車まで20分ある、できる限りのメイクを落とした。幸い辺りは暗い。私はジャスト8分で仮面を外した。本来ならすっぴんで歩く勇気はない。
最終兵器のマスクとチューリップハットで顔を覆う作戦だ。これなら安心だ。
「ナルミ待てよ」
マモルが簡単に変装した私を見つけた。
「何か飲むか?」
「いらないから、先にバスに戻るわよ」
新宿でのボタン雪が、浜松では絶え間なく降り、私はダウンジャケットの雪を両手ではらってからバスに乗った。運転手が前方から乗車人数を数えていた。まだマモルは席に戻ってなかった。
「すいません」
マモルは上着のポケットに手をツッコミ慌てて席に戻って来た。マモルの髪に真っ白く雪が積もり顔も赤らみを帯びていた。
「あのーー、席移動してもいいですか?」
乗車人数を数える運転手に確認した。
「よろしいですよ」
「ありがとうッス」
マモルが3列シートになった私の隣に移動した。
「これ」
マモルがポケットからコーンスープの缶を取り出し私にくれた。
「ありがとう。あったかい」
高校時代に私がハマった飲みものだ。缶の底に溜まるコーンの粒を全部食べきったことがなく、いつも残ってしまう代物だ。缶の中に舌を入れたり、缶を振ったり叩いたりしたこともあった。結局高校時代にコーンが全部缶の底から出ことはなかった。
「何だか懐かしいわね。高3の受験勉強の時は、よく買ってたなぁ」
「それでいつも缶の底に粒が残っていじけてたよな」
「そんなことないですーー」
2人は懐かしみながら笑った。
「ウサギの形をしたお守りだ」
マモルが偶然私の化粧ポーチのウサギに気づいた。
「懐かしい、これって高1の夏休み出雲大社行った時に買ったやつか?」
「うん」
「まだ持ってたのかよ」
「神社に返すタイミング逃して、それから何となくずっと持ってるの」
「おれ、このお守りどこ行ったか消息不明だぞ。これ随分年季が入ってるなぁ。このウサギ確かピンクだったよな」
「私がピンクがいいって言ってみんなピンクで、そろえて買ったのよ」
「そうだっけ? もうほぼ白ウサギじゃん」
「それだけ大事に持ってるのよ」
「ふーん。そうだ!」
マモルがお守りをナルミの座席前の手すりにくくり付けた。
「これよくふざけてやったよな。テストの時は机横フックにひっかけてたり」
マモルがウサギを左右にゆすった。
「私は大学受験の時は首からさげてたのよ。そのかいあって第1志望に合格できたもん」
「マジかよ! ひと昔前の高校球児じゃん」
「だってタスクが、そうしたら安心するって、教えてくれたんだもの」
「案外タスクは古風だなぁ。おれたち3人結局ずっと3年間同じクラスだったなぁ」
「偶然にもね」
「ナルミ、今、東京いるの?」
「最初の3年間だけね。今はスペイン」
「スペイン! かっこいい。できる女だな」
「モリヤくんは確か大学早稲田だったわよね」
「一応ね。3年の時1年留年して、何とか卒業して今は海上保安庁で仕事してる」
「海猿だ。当時流行って、本当になったんだ」
「まあな。そんで来月から第八管区山口県から兵庫県の日本海側が担当ってわけ」
「ある意味地元みたいなものじゃない」
「地元にしては半径が広いな」
「そっか、あの時の夢を叶えたんだね」
「高校時代おもろかったなぁ」
マモルが高校時代を思い返す。
「そうだ! これ」
マモルがスマホから懐かしいムービーを見せてきた。
「これ高2の時の学校祭じゃない」
私は妙に懐かしさがよみがえった。
「これナルミ達が有志で踊ったAKBのダンスだ。ナルミはこの中央より右側だ」
「ほんとだ若っ!」
高校時代は人生で1番眩しい生活だったのかも知れない。あんなステージ上の笑顔、今はしたことあるのだろうか? あんなに一生懸命自分の存在をアピールを今はしているのだろうか? 大人になったからだ、と言ってしまえばそれまでだ。
だけどもそれだけじゃない気がしてならない。
「またダンスしてるの?」
「してないわ。モリヤくんサッカーしてるの?」
「一応大学でもサークルで。今は遊び程度かな」
「さすが小中高サッカーひとすじだね」
「体を使う仕事だからね。そう言えばナルミはサッカー部のマネージャーだったよな」
「懐かしいーー。よく購買で部員のために、焼そばパン買いに行ってたわ」
「焼そばパン懐かしいーー、よくあんなに炭水化物ばかり取ってたよなぁ」
私は一瞬にして高校時代の忘れていたことまで記憶がフラッシュバッグした。
もう10年月日が経ち、今はおばさんまっしぐらだ。
「そう言えば、タスクどうしてる? 何か聞いてる」
タスク? フワタスクを私は思い返した。よくマモルとつるみ1番の親友だったはすだ。
「モリヤくん親友だったじゃない? 現役東大合格だめだったんだよね」
「そうそう。再度浪人して再度東大目指してたはず」
「そこまでなら私も知ってる」
「次の年も確か東大だめで、また浪人だよってLINEが来たよ」
「やっぱり東大じゃないとだめなの?」
「そうみたいだなぁ」
「フワくん成人式で顔見なかったわね」
「そう言えば、あいつ成人式に来てなかったなぁ」
「それよりタスクと、いつ別れたんだよ?」
マモルが古傷を抉った。確かにタスクとは高1の冬から付き合っていた。一緒に図書館で勉強もした。ある意味タスクに勉強を教えてもらえたから青山学院に合格できた。タスクと出会ってなければ、今の私はこんな
生活していないだろう。ユマに変わって今頃、出雲にいたかかもしれない。
「大学入って7月頃までは遠距離してた」
「卒業してから結構すぐじゃん」
「フワくんこのままじゃ成績下がるって。そこでスマホも解約したはずよ。それから連絡がつかない」
「どうせならタスク、東京の予備校に行けばよかったのにさ」
「私も誘ったわよ。けど東京には合格したら行くって言ってたわ」
「わが校サッカー部、始まって以来の東大生になるはずだったのに。判定もAランクだったのに佐藤」
「1日18時間は勉強してたみたいだよ」
「すげーーおれなら頭が腐ってしまうわ」
『積雪の関係で渋滞なので暫くこのまま停車します』
車内放送後バスは徐行運転から停車した。
「マジかよ」
マモルが首だけを動かす。私はカーテンを開けた。テールランプが真っ赤に規律よく綺麗だ。その周囲は雪で真っ白だった。
「岐阜の辺は大雪注意報が出てるよ」
マモルもスマホで確認した。2人が心配することなくバスはすぐに走行を始めた。それでも名古屋を通過する時は多少雪は弱っていた。
「こんなに雪が降ったら、明日イヴの東京は大変だ。まぁ俺の知ったことじゃないけど」
マモルはつぶやきながら缶ビールを飲み始めた。
「マモルお酒飲めるようになったの?」
「基本無理だけど、何だか酒が飲めないと損した気分になるから練習してるんだ」
「そう?」
「ナルミは飲めるからいいじゃないか」
「たしなむほどよ」
マモルは500mlの一口飲んだ。
「うめぇ」
マモルが顔をしかめながら飲む姿は相変わらず笑ってしまった。
予定通り11時に車内は暗くなった。3時間過ぎてまだ岐阜だ。よくよく考えるとスペインから成田までが8時間。新宿から出雲までが10時間。出雲の方が長い。私は今頃後悔した。
これなら飛行機かJRで帰れば良かった。余韻にふけようと思ったことがそもそも間違いだった。
寝ようとしても自立神経が刺激され余計に目がさえてしまっていた。逆にマモルの目は鉛筆の0.3ミリより細くなっていた。
ウサギのついたお守りを握りしめた。沢山思い出のあるお守りだ。私をいつも守ってくれていた。私の忘れていた過去をマモルが沢山掘りおこした。そんなことおかまいなしに座席横のマモルは、すっかり口を開けて寝ているようだ。
窓に当たる雪の勢いも今までとは違う音だ。カーテン越しから冷気が流れるのか指先に伝わってきた。
その冷気で目がさえ眠れなくなった。顔半分カーテンを開けた。雪は深々と降り路肩はすっかり銀世界だった。規則正しい速度のバスが徐々にスピードダウン後やがて停止した。私は眠れそうで眠れなかった。久しぶりにAKBの音楽を聞いた。ヘッドホンから伝わる聞き慣れた音楽だ。この曲を聞くのも実に大学1年以来だ。バスは徐行を繰り返しながらも進んだ。口を開けているマモルの鼻をつまんでみた。マモルは苦しそうに顔を左右に揺り手で振り払おうとした。その瞬間に手を離す。タスクに高校時代教えてもらった悪戯だ。マモルは風船がしぼむように座席に丸まった。何だか忘れていた懐かしい仕草だ。
「お休みのところすいません。大雪の為、高速で立ち往生が発生しております。滋賀のインターチェンジで2時間停車して道路の様子を見ます」
運転手から車内放送が流れた。
知らないうちに、私はうたた寝をしていたようだ。
バスは停車した。スマホの時刻は深夜0時だった。
私は急にトイレに行きたくなりバスから降りた。降りた瞬間ホワイトバーンで前方の視界はゼロだった。履いていたスニーカーは足首まですっぽり埋まった。
前が見えず、かぶっていたチューリップハットまで風で飛んでしまった。私はマフラーで顔を覆いながらトイレに向かった。
想像以上の吹雪は視界が1メートル先までしか見えなかった。私は足が埋まりながらも引き戻せずにトイレにひとまず向かった。
その時、黄色のライトが目の前に突如現れた。一瞬の出来事で頭は真っ白で声さえも出なかった。
私は身動きできず目を閉じるのが精一杯だ。車のブレーキ音が遠くから耳鳴りのように聞こえた。
「危ない!」
私はその声の方向に強い力で倒された。
雪が顔を覆い息苦しい。顔を上げると私の背中に人の気配を感じた。
私は間一髪助かったのだった。
「大丈夫ですか?」
私を助けてくれたのは若い男性だった。
「私は何ともないです。助けて下さりありがとうございました」
車から慌てて運転手が降りて来た。
「2人とも大丈夫ですよ」
その若い男性が運転手に声をかけた。
「ご無事で良かった。どうもすいません」
運転手は頭を下げ安心した。
「これほんのお気持ちです。中であったかい物でも食べ下さい」
「こんなことされたら困ります。私が左右確認しなかったのが悪かったので・・・・・・」
私は運転手にお金を返した。しかし運転手は気が済まないらしく受け取らない。
「しょうがない受け取ろうよ」
若い男性が素直に受け取ると、運転手は車に乗って走り出した。
「これどうする?」
3枚の千円札を広げ小さく左右に千円札を振った。
「私はいりませんので、よかったら」
「弱ったなぁ」
男性は考えこんだ。
「まだ時間あるの?」
「・・・・・・多少なら」
2時間もあるのに、私は嘘をついた。
「なら、ひとまず店内に入ろう。ここは寒いから」
男性はポケットにお金をしまい、半ば強引に私を誘いひとまず店内に入った。
サービスセンター内は積雪を避けるため、結構な人で埋まっていた。
「あそこが空いてる」
男性はポケットからチューリップハットをテーブルの上に置気場所とりをした。
「これ私の帽子」
「そうなの? 歩いてたら飛んで来たんだ。オレちょとコーヒー買ってくるから、何がいい」
「カフェオーレのホットをお願いします」
若い男性は券売機に向かった。
私はチューリップハットをテーブルから取り上げた。すると一緒に指先に引っかかった。それはウサギ型のお守りだ。私のと同じ物だった。若い男性は紙コップを両手で運んで帰って来た。
「これ、帽子の下になってましたよ」
「これいつも持ち歩いてるんだ。はいカフェオーレ」
「ありがとうございます」
「ちょうど1000円だったから。はい」
カフェオーレの前に1000円札を置いた。
「もう1000円は、僕が貰うからこれで折半だ」
私はウサギが気になり、素直に1000円を受け取った。奇遇と言えば奇遇だ。どうしてこの若い男性が同じウサギを持っているのか気になってしょうがなかった。でも初対面の人に図々しく聞けなかった。
喋ろとしてもうまく喋れない。好きな人の前で、喋れない感覚だ。何を喋っていいのか分からない。
こんなの久しぶりだ。全くの初対面なのにどうしてだろうか?
「あの、助けてくれてありがとうございます」
お礼の声かけで精一杯だった。
「たまたま通りかかっただけです。ケガしなくてよかった」
この不意に出る若い男性の笑顔に安らいだ。
「それじゃ気をつけてね」
若い男性はコーヒーを飲み終えると立ち上がった。
「元気でね」
「はぁーぁ」
「こんな言葉へんだね」
若い男性は照れ笑いをしながら手をふった。私も思わず、自然に手をふり返した。立ち去ってから私は名前を聞くのを忘れていた。
カフェオーレを飲み終え、若い男性が向かった出口に行ってみたが、もう姿は消えていた。
先程までのホワイトバーンは、すっかりおさまっていた。バスの座席に座ると何だか落ち着かなかった。
隣のマモルは、いびきまでかいて熟睡中だ。
私は不思議な感覚だけが残った。結局ウサギの件が聞けなかったからだ。バスは再び走り始めた。
サービスエリアを離れて行くたび、後ろ髪をひかれる思いだけが残った。
「うぅーう、よく寝た」
しばらくしてからマモルの声で目が覚めた。色々な感情がわきながらも私は眠っていたようだ。
「ナルミ寝てる?」
マモルがカーテン越しから声をかけてきた。
私は気がつかないうちに、座席を仕切るカーテンを閉めていたようだ。
「今、目が覚めた」
「カーテンを開けてもいい」
「うん」
一瞬にしてスッキリしたマモルの顔が目についた。
「モリヤくんよく寝てたね」
「これのおかげだよ」
マモルが缶ビールを指差した。
「どうしたの?」
マモルが私の顔をじっと見つめた。
「ナルミ大丈夫か?」
「何が?」
「泣きごえが聞こえたから」
「えっ!」
「何かあったら相談にのるぞ。頼りないけど」
「ありがとう。でも大丈夫よ」
私が泣いてた? 自分でも意識がないことをマモルに言われた。あれから座席に戻りマモルのいびきがうるさいから座席の間のカーテンを閉めた記憶まである。
そこから泣いた? 私は驚いた。
すっかり記憶がないからだ。
目覚まし代わり車内放送が流れた。もう出雲市内に入っていた。私は車窓のカーテンを開けた。
眩しい日差しが車内を照らした。昨日からの大雪は名古屋近辺だけで出雲は積雪もなく晴れていた。
「いつまで出雲にいるんだよ?」
マモルが背筋を伸ばすしながら聞いてきた。
「26日、昼の便で東京に帰る予定」
「正月休みじゃないの?」
「27、28日は東京の本社なの」
「正月は帰って来るのかよ?」
「ユマの結婚式まで帰らない予定」
「春?」
「秋の予定らしいわ」
「そんなに! だったら明日暇かよ。せっかくだから飲み行こうぜ」
「そうね」
「また連絡する」
バスは出雲駅前に到着した。久しぶりに出雲に帰って来た。何年経っても変わってない風景が妙に心落ち着かせてくれた。
「お姉ちゃん!」
私は声のする方向に、振り向くとマナが手を振って待っていた。隣の短髪男性も頭を下げてきた。
「お帰りお姉ちゃん! 久しぶり」
マナは無邪気に手を握り抱きついた。
「はじめまして」
短髪男性があいさつしてきた。近くで見ると体が筋肉で引き締まっていた。
「はじめましてセトオサムと申します。現在陸上自衛隊出雲駐屯地に勤務しております。よろしくお願いします」
まるで昭和の体育系のように、はきはき喋ゃべた。
マモルは海上保安部で海を守り、義弟は日本か。
私も誰かに守ってほしい気分だ。
「お姉ちゃんランチ行こう。出雲にも美味しい店、たくさんできたから」
「ランチじゃなくてモーニングでしょ」
時刻は午前9時だ。私は天然ボケのマナに突っ込みを入れた。
「あっそっか! ならモーニング行こうよ」
マナは舌を出してオサムの方を見た。オサムも優しくマナに笑い返した。何とも幸せビームが2人を包み込んだ。
「車に行きましょう。荷物もお持ちします」
オサムが荷物を持ってくれた。天然ボケの妹には、こんなしっかり者がお似合いだ。
私は滋賀のバーキングで出会った若い男性のウサギのお守りが気になっていた。名前を聞けば良かったと今頃まだ後悔してる。そんなモヤモヤした気分で1日は過ぎた。
「もしもしナルミ。出雲に帰った気分はどう?」
私はマナのフィアンセと会ったり両親の早く結婚してほしい言葉の節々を感じる話しをした。
マモルは笑うだけだった。
「こんなクリスマスイヴに言うのも何だけど、タスク亡くなった」
急に違う部類の話しで聞き返した。
「昨日の深夜に亡くなったらしい。今日通夜で葬儀は明日家族葬らしいよ」
タスクが死んだ? 私は耳を疑った。
「病気か何か?」
タスクは4浪しても結局東大合格はできなかった。
その後青年海外協力隊でアフリカに行き3年の満期を終え帰国した。帰国前にアフリカで、ケガで出血した動物助けた。その動物から感染しエボラ出血熱にかかった。帰国後大阪の病院で闘病生活を繰り返し、そして昨夜実家で亡くなった。
「死ぬ間際までウサギのお守り持っていたらしいぞ」
「ウサギのお守り? タスクが亡くなったのは何時頃なの?」
「深夜1時頃らしい」
「まさか・・・・・・タスク」
私は息が止まりそうになった。滋賀のインターで助けてくれたのはタスクだ。あの時生死を彷徨い助けに来てくれた。私がバスで泣いていたのも本能で無意識で泣いていた。日本に戻って来た時の何かとは、タスクが今も好きだと言うことだ。
タスクは今でも私のことを思ってくれていた。
そして最後に会いに来てくれたのだ。ウサギは1匹だと寂しくて死ぬと前にタスクに聞いたことがある。
クリスマスイヴに最高のプレゼントに感謝した。
私は出雲大社に参拝に行った。そして最後の最後にタスクとの縁にお礼を言いたかったからだ。
そして私はタスクの分まで生きようと誓った。甘酸っぱい青春の思い出がアップデートされたからた。
閲覧していただきありがとうございます。
誰もがこの小説を読んで、誰かを好きになり続けることは、何に対しても優しくなったり前向きな気持ちになります。
また、その熱量はとてもすごいことです。この小説で少しでも前を向いて歩けていけたら幸いです。