始まり
「営業の成績が芳しくないぞ、先月の半分だ」
部長はいつものように、俺達部下に対して当たりが強い。
この会社は販売の仲介業をやっているのだが、まわってくる仕事によっては全然契約が取れないことも結構ある。
例えば今やっている消化器の販売とか…
「消化器なんてそう滅多に使うものでもないしな…」
そんな事を考えていると、部長からの呼び出しをくらった、
「鈴原消化器が全然売れてないじゃないか!
どうなっているんだ!」
「部長、消化器は頻繁には使いませんよ。せいぜい一生に一度使う程度です。森と深谷も営業をかけていますが、だいぶ厳しいかと…」」
「言い訳は聞きたくない!早く営業に行ってこい!」
部長に言われ渋々得意先の自営業の店を周るも空振り…
どこも「消化器はもう持ってるから大丈夫」と言われるだけだった…
確かに店を開く時に必ず消化器は置くよう義務付けられているし、火事になったという話も聞かない。
(まぁ、必要ないよな…消化器は)
そんな事を考えながら会社までの帰路についていると…
「ん?」
前方に老人がしゃがみ込んでいる。なんだか辛そうだ。
「大丈夫ですか?」思わず声をかけてしまった。
「いやぁ、道がわからなくなってしまって…」
話を聞くと老人は入り組んだ路地裏の先にある漢方屋に行きたいのだと言う。
腕時計を見ると時刻は午後4時になろうとしていた。
(まだ会社に戻るまで時間はあるな…)
心の中でそう呟き、その漢方屋を探す事にしたが、よく見るとその老人は杖を持っていて一緒に歩き回るのは難しそうだ…。
(仕方ない、一人で探すか!)
とりあえず老人から漢方屋の店名と特徴を聞き、近くの公園のベンチに老人を座らせ、探しに向かった。
――――――――――――――――――――――(み…見つけた!)
路地裏を走り回りなんとか見つけたその漢方屋は老人から聞いた通り一見すると営業しているかもわからない寂れた外観をしていて、看板には「漢方・異」と書かれていて、玄関に大きな招き猫がおいてあった。
だかこの招き猫、両手を上げていて、笑い顔が守銭奴の欲深さを連想させる。
(気持ち悪…)
老人は寂れた外観に大きな招き猫としか言っていなかったが、こんなに特徴的ならもっと具体的にいってくれてもいいのに…。
(でも、多分ここだよな…)
ふと時計を見ると午後4時50分になっていた。
(マズイ、早く戻らないと!)
慌てて公園まで戻り老人と合流すると開口一番「見捨られたと思ったよ」と言った。
(見捨てられたと思っていたのに律儀に待ってたのか?)
内心戸惑いながらも、俺は老人を連れてさっきの漢方屋へ向かった。
「おお!ここだ!ありがとう」
老人は漢方屋に着くなり喜びだした。どうやらあっていたようだ。
(一安心したな…)
「ありがとう、お陰で助かったよ…ところで」
「なにかお礼をしたいんだけど…!ちょっと待っててくれ!」
老人はそう言うと急いで漢方屋に入っていった。
(…元気だなあのじいさん)
最早付き添う必要もなかったのではないか…、そう思わせる動きに若干感心しつつ、ふと疑問が浮かんできた。
(漢方・異ってすごい名前だな)
どういう由来なのか想像もつかないし、そもそも営業しているのか外からは全くと言っていいほどわからない。
(というかヤバい薬とか売ってないよな?)
なんだか近くにいる事が不安になり始めていると老人が戻って来た。
「おまたせ、これをあげよう」
老人は青くぼんやり光る雫の形をしたパーツのついたペンダントと差し出してきた。
「………これは?」
「お前さん、他人をひがむことはないのか?」
「アイツにはあれができて羨ましいみたいなことですか?」
そんなの……
「ええ、もちろんありますよ!」
何故か、ハッキリと明確に自信を持って答えることが出来た。
「そういった欲望を叶える為に必要なんじゃよ」
「ただし、自分の力でな」
「とりあえず夜にそのペンダントをつけて寝るんじゃ。
そしたらわかる」
老人はそう言うと急ぎ足で俺のもとから去ってしまった。
(あれ、杖をついてない……ん?)
ふとスマホが鳴っていることに気付いた、部長からだった。
「鈴原、いつまでかかってるんだ!早く戻って来い!」
時計を見ると時刻は午後6時半になろうとしていた。
「急いで戻ります!」
――――――――――――――――――――――
急いで会社に戻り成果のなさを報告、部長の怒りを一身に受け、家に帰ると体は満身創痍だった。
帰りのスーパーで買ってきた半額の弁当に最後のストックのビールを胃袋に流しながら、ふと老人からもらったペンダントのことを考える。
(そういえば、森は部長に怒られてる所見た事ないよな…)
老人の「他人をひがむことはないのか?」という言葉が頭の中を何度もよぎり、その度に今までの嫌な思い出が蘇る。
小学生の時、足が早くてモテてた奴、高校で出会ったイケメンというだけで学校一の美女と付き合って、彼女の人気のおかげで生徒会長になり、推薦で有名大学にいった先輩、そして同期入社で仕事の出来は同じぐらいなはずなのに、いつも部長から褒められる森。
(みっともなくて、心の中に留めているんだけどな…)
だんだんとビールの味がしなくなってきた。
(……早く寝よう)
こんな時は早く寝るに限るし、それにあの老人はペンダントをつけて寝ればわかると言っていた。
(まぁ、つけて寝ればいいだけだし)
ペンダントをつけ布団に入り、目を閉じる。
(…落ち着くな)
なんだかペンダントのほうから爽やかな風のような、それでいて川のせせらぎのような、穏やかな気配が漂ってくる。
だんだんと力が抜けていく…すぐに寝られそうだ。
――――――――――――――――――――――
(う…うぅ…)
つむった目の隙間から朝日が差し込んでくる…。どうやらどっぷり寝てしまったみたいだ。
(さて…今日も仕事か…)
いつものようにまた仕事が待ち構えている…そう思ったその時、ふと疑問が脳裏に浮かんだ。
(なんだか小刻みに動いてる?)
それによく聞くと水が流れるような音が近くで聞こえてくる…。
(いや違う!俺が流されてる!)
慌てて飛び起きると俺はボートに乗って川を下っていた。
かなり川幅の広い川で対岸までは両方とも5メートル以上はありそうだ。
そしてその先には見渡す限りの草原が続いていて、奥に鬱蒼とした森林と富士山とは全く違う見た目だが標高が高そうな山が見える。
(ここは日本?、いや夢?)
目を覚ますには顔を洗うのが一番だろう…。俺は川の水を手ですくいゆっくりと顔を洗った。
(…いや!顔を洗えているってことは夢じゃない!)
なんて当たり前なことに気づかなかっただろう、自分が恥ずかしい。
そうこうしているうちにもボートはどんどん流されていく、しかしよく見ると進行方向にボートの発着場のような場所が見える…しかも
(…!人がいる!)
遠目に微かに人影が見える。助けてもらうチャンスだ!
俺は声を振り絞って
「助けてくれぇぇぇーーー」
もう何年もだしたことのない大声で必死に助けを求めた。
するとこちらに気付いたのか、発着場からボートを出してこっちに向かって来た。
しばらくすると、その人は自分が乗ってきたボートにおいてあったオールを俺に渡し、ついてくるよう指示した。
さっきは遠目だったので気づけなかったが、その人は俺が住む東京では見ないような服をしていた。
――――――――――――――――――――――
「…………あんた、新しく来た人?」
「新しく?…というかここはどこなんだ?」
俺は半分混乱しながら尋ねた。
――――――――――――――――――――――
「ここ?ここは……」
「ここは欲望を努力で叶える場所。
ディアルフォートよ」




