86.VS拠点ラッシュ
馬車の車窓からは、いつものようにどこからともなく野盗やら冒険者崩れやら暗殺者やらが数分おきに現れて襲撃をかけてきた。
野盗や冒険者崩れが多い傾向にあるのは、おそらく今私達がやっているクエストに絡んだことなのだろうけど、それでも外で守りを固めている樹枝六花のみんなにとっては相手が何であれ、絶え間なく敵が襲ってくる状況に変わりはない。
けれど、出現する敵性NPC達はほとんどが私の今のPCレベルでちょうどいいくらいの強さでしか出てこない。
そんなわけでよく常日頃からゲーム内でフィールドを探索している樹枝六花たちの敵ではないらしく。
危機感を感じさせないような、安定した戦闘を繰り広げているのが車窓からの限られた視界の中でも見える。
クエストになったということもあって、もしかしたらクエストボスが出てくる可能性も……などと考えたりもしたけれど、結局最後の最後までそんな危なげない行程は続き、トラブル一つなくルーカッドへと到達してしまったのであった。
ルーカッドの門前で、馬車から降りる。
馬車から降りる際には、フィーナさんかヴィータさんが手を貸してくれるので、動きづらい【フォーマル】対応のドレス姿でも少し安心だ。
ずっと座りっぱなしだったので、伸びをする。
ゲーム内だし、実際に体が凝る、ということはないのだけれど、なんとなくだ。
ややあって、樹枝六花のみんなが来たので道中の振り返りを始めた。
「いやぁ、思ったより敵が攻めてくるのなんのって……」
「全方位からやってくるからいくら警戒しても足りないよ……。クエスト失敗のキーが、ハンナちゃん達自身が戦闘に参加すること、ていうのじゃなければもう失敗してたと思うよ、まねきねこのクラスアップ」
「だよねー。私やサイファさんの護衛なら参加してもいい、ていう感じの内容で本当によかったよ」
まねきねこさんが、しみじみとそう言葉をこぼす。
そう、実は今回のクエスト、私達馬車内にいたメンバーは一切の手出し無用だったのだけれど、私の護衛NPCであるフィーナさんやヴィータさんの戦闘への参加はOKだったのだ。
クエストやまねきねこさんのクラスアップ条件は、『護衛対象』が戦闘に参加したり、サポートしたりしてはいけないというもの。
私の従者が戦闘に参加するのなら、当然私のサポートが入った――と思われるかもしれないけれど、実際には事情が異なる。
フィーナさんやヴィータさんにとって、もともと私は護衛対象なのだ。つまり、彼女達もまた、樹枝六花のみんなと一緒に私達を護衛する側の立場なので、戦力としてカウントして差し支えないということになるらしい。
ちなみに、ここには斥候三姉妹の内、カチュアさんとエルミナさんがいるが、二人は戦闘行為もそれなりにはできるがシステム上では【側近召喚】側の枠で登録されている。
【側近召喚】はどちらかというと非戦闘員タイプが登録される枠なので、こちら側に入っているカチュアさんとエルミナさん(ついでに一番年下のカリナさん)に手を借りるのはNGライン。同じく護衛として馬車の外で守りを固めていたものの、デッドラインというか、成否判定ラインというべきか。二人の手が出てしまうようなところまで敵に入られてしまったら失敗、という感じだった。
「私達が手を出すようなことにならずにようございました」
「樹枝六花の皆様も、安定した戦いぶりでしたね。おかげで私達も楽な行程でした」
満足げな顔でそう評価をするカチュアさん達。
二人の言葉を聞いたサイファさんも、実際に戦闘風景を見ていた二人がそう言うならばと文句なしの最高評価を出してくれた。
もちろん、まねきねこさんのクラスアップ条件も達成。
他のみんなはというと、トモカちゃんは道中で真っ先にクラスアップ条件を達成したことを確認している。
25人以上を同時にバフというと、把握しきれないようにも思えるが、馬車の中ではやることもなかったので、『チーム編成』から全員の情報を見ていたのだ。
その時に、たまたま『激励』バフが乗ったのが確認できたので、それでわかった次第だ。
他の人達は……微妙な顔をした人とそれを慰めている人がいるから、達成できたかどうかはまちまちのようだ。
達成できたのはマナさん、まねきねこさん、トモカちゃんとメリィさん。
達成できず、今後に期待となったのはノアールさんとマリナさん。まぁ、ノアールさんはパーティ全体で先制攻撃を連続して成功させないといけないらしいし、最も難易度が高かったっぽいから仕方がない。
「私もまだクラスアップはお預けですね……。条件に合ったアビリティはNPCから教えてもらえる特殊なアビリティなんですけど、信仰系のスキルのレベルが足りないので、まだ教えてもらえないそうです……」
「そうなんだ……ちなみになんていうアビリティなの?」
「リヴァ・タール……最大VTダメージを受けて、最大VTごと0になったPCを回復させる魔法ですね」
「あぁ~……あれに対処できる魔法だったのかぁ……」
最大VTにダメージを与えてくるような敵、例えばこの前の公式イベントのボスがやってきたような攻撃は確かに怖い。が、その手の攻撃の最も怖いところは、それで最大VTが0になると、リゲインポーションだったり蘇生魔法だったりと、通常の戦闘不能解除行為では回復できない点にある。
なにしろ、最大VTが0で、VTを回復させようにもできない状態なのだ。
だから、それを解除できる魔法とあれば、クラスアップミッションでなくてもぜひとも覚えたい魔法であることに違いはない。
「まぁ、ヒーラー系のビルドなのである程度信仰系のスキルも育てていますから、そう遠くないうちに習得できるでかもですけどね」
「そうなんですね。まぁ、それならあわてる必要もないんですかね」
「クラスアップしたら、PCレベルが1に戻ってしまいますからね。リカバリー力をしばらく維持できる、という意味ではむしろよかったのかもしれません」
「ものは考えようですね」
「まぁ、最終的にはクラスアップした方が総合力では上ですから、どのみちそう遠くないうちに達成するつもりではいますけどね」
ちなみに、本当にあと一歩届かなかった、という感じだったようなので、クラスアップ条件を達成するだけならもうあと数日以内には達成できそうな感じらしい。
めどが立っただけでも役には立てたのかな。
樹枝六花のみんなは、このまま王都に戻って、クラスアップできる人は神殿へクラスアップしに行くらしい。
「私達は、どうしますか? もうそろそろいい時間になってきていますし、王都かヴェグガナークの屋敷に戻るのもいいのではないかと思いますが」
ん~、そうだねえ。
この辺りはまた、違った素材が手に入りそうだし、それらを探してみたい気もするんだよねぇ。
「この辺りで手に入る素材は、基本的にはヴェグガナーク周辺の草原で手に入るものと変わりありませんね。少し街道から外れた場所にある丘陵地帯や森などであればまた違ったものも手に入るでしょうが」
「そうなんだ……」
今からその場所に行くのは、ちょっと時間が足りなさそう。
ここは、一旦ヴェグガナークに戻って暇をつぶして、夜にまた来るのがよさそうかな。
というわけで、私達はルーカッドのランドマークを登録後、ヴェグガナークに戻ってログアウトすることにした。
そうして夜になって、私達は再びルーカッドに戻ってきた。
今夜はここから話にあった丘陵地帯――ルルキアの丘に向かう予定だ。
ルルキアの丘にはフィールドボスはいないものの、そこそこ拠点の数が多く、意外と探索難易度が高いという話が上がっている。
探索推奨レベルは30以上。アスミさんも私達と一緒にいることで一種のパワーレベリングをしているような感じになっているから意外とレベルが上がってきているし、装備もこの前のイベント報酬でがっぽり稼いだお金と自前の生産スキルでそこそこの武器や防具に更新出来たらしいので、装備品にも問題はなし。
私達ももちろん問題ないレベルと装備なので、探索には何も問題はないだろう。
「ルルキアの丘はこの先ですね。……モンスター達の気配が多数感じられます。探索するのならば注意しなければなりませんね」
「みたいだね」
サイファさんと共有している【空間把握】スキルには、確かに話に合った通り、拠点があるであろう密集したモンスターの気配が複数ある。
「これは、先に拠点を潰して回った方が早いかもしれないね……」
拠点の周辺には、どうやら偵察を行っているらしいモンスターもいるらしい。
見つかれば、周囲の拠点から一目散に発見されたプレイヤーのもとに多数のモンスターが向かっていく……というのが、このルルキアの丘にいるモンスター達の特徴で、そのため一体あたりの敵のレベルはかなり控えめだが、数の暴力で推してくるので結局はレベル30くらいはないときついということになっているのだとか。
というわけで、早速ながら拠点の殲滅作戦に入った。
いつも通り、サイファさんに援護射撃をしてもらいながら、前衛をフィーナさんやヴィータさんに任せつつ魔法で各個撃破していく。
拠点に入れば不意を突かれた敵達が侵入者である私達を始末しようと猛攻を仕掛けてくる。
その密集しつつある敵の集団に、
「〈トリプル・バーニングウェイブ〉!」
拘束時間が長く、継続ダメージも入るバーニングウェイブをお見舞いする。
もちろん、範囲を広げるために三発同時に放つ。
モンスター達は、魔法を受けて悲鳴を上げながら硬直モーションに入った。
「よし、硬直入ったよ!」
「〈トリプル・バーニングショット〉!」
火属性の継続ダメージが入っているところへ、同じく火属性の中位クラスの攻撃魔法。
鈴が放ったのは、着弾地点周辺にいる敵に一番大きいダメージを与え、そこから周囲に拡散して周りの敵にも少なくないダメージを与えるという範囲攻撃。
中心部にいる敵数体はそのまま即死し、さらに周囲の敵も私が放ったバーニングウェイブの継続ダメージで最早倒れる直前。
「〈アロースコール〉」
そこへサイファさんがとどめに弓矢の範囲攻撃を放てば、瀕死状態にあった敵は一網打尽。
のみならず、その後ろに控えていた第二ウェイブの敵にも被害を及ぼす。
そして、それにぎょっとして足を止める敵の第二陣に対して、今度はアスミさんが毒魔法の範囲攻撃で足止めをする。
「〈ラクリメイトブリーズ〉!」
そんなアビリティがコールされると同時に発生した、紫がかった怪しげな霧。
それは走り寄ってくる次の敵集団に対し、ゆったりとした速度で、しかし横方向にどんどん範囲を広げつつ向かっていく。
やがて、敵集団の戦闘がその紫色のガスに触れた瞬間――
「ぐぎゃぎゃぎゃぎゃ――――」
と、再びの悲鳴がそこかしこで上がる。今度は硬直モーションとはちょっと違い、ゴブリンやリザードマン達は目をおさえて苦しんでいる。
「あれ、なに?」
「ラクリメイトブリーズ……直訳するなら、催涙効果のある風?」
「そんな感じですね。発生させたのは催涙ガスそのものですけど」
怖いな!? アスミさん、本当に敵に回しちゃいけないキャラになってなくない!?
ちなみにこれも一応攻撃魔法なので、FFが存在しないゲームシステム上、私達が触れても問題なし。
フィーネさん達前衛組が、敵が悶えている隙をついてサクサクと各個撃破していく。
私もまた、〈バーニングウェイブ〉で継続ダメージを重ね掛けしていく。〈ラクリメイトブリーズ〉の継続ダメージもあるから、これでさらに敵の殲滅速度が上がっていく。
しかしこれ……索敵方法が視覚とはまた別にありそうなリザードマンでさえ苦しんでいるのだから結構な毒性なのだろうけど……これでFF判定があるシステムだったらと思うと本当に怖いな、これ。
「おや……これは、周囲の拠点のモンスター達にここのことが気づかれたみたいですね。どんどんここの拠点に向かってきています」
「ありゃ~……こりゃ、ここで迎え撃たないとかなぁ」
ここの拠点だけ攻め落とそうとしてもそうは問屋が卸さないってことね。
一つの拠点が落ちそうになると、周囲の拠点の敵がまとめて攻撃モードになって、その拠点に密集してくると……。
こりゃ、本当に厄介だね。
事前情報の通り、一体あたりは本当に雑魚いんだけど……全体でみると手ごわいというかなんというか……面倒くさいね、ここって。