42.ヴェグガモル旧道
翌日水曜日は素材採取の予定を立てていたが、ログインしたらホーキンさんから鞭が出来上がったというメッセージが入っていたので、まずはそれを受け取りにいくことになった。
「ホーキンさん、ごきげんよう」
「おうハンナちゃん。相変わらずお嬢様やってるな」
「まぁ、それなりにね。……それで、出来上がりはどんな感じです?」
「おぅ。こんな感じだ」
「おぉ……結構長いですね」
「まぁな。ベースは注文通り騎乗鞭だが、ちょっと改良して長くして見た。システム上はきちんと指揮鞭ってなってたから問題ないはずだ」
指揮鞭、このゲーム独自の分類だ。
名前の通り、使役系クラスが従魔(私の場合は従者)に指示を出すために使う鞭で、武器としての性能はほとんどないに等しい。
……の、はずなんだけど。
「まぁ、この長さだからな。改良の結果、味方にはデバフを与えずバフ効果のみを付加して、敵にはきちんと武器にもなる。俺達レザークラフト組の研究の成果は、ばっちし出せたぜ」
「お~……何気に、私のこれがその研究成果のデビュー品ですか?」
「そんな感じだな。試作品はこっちだが……まぁ、系統付与効果でデバフが付いちまうっていうんで、お蔵入りになったな」
「どれどれ……お~、こっちもすごい。デバフにさえ目をつぶれば、確かにいいですね。なんか、いろいろ頑張ってくれたみたいでありがとうございます。……でも、予算とか大丈夫だったんですか?」
「いやいや、礼には及ばんよ。もうじきDL勢も来るから、それに向けた改良をしてみたかったっていうのもあったしな。予算についても問題はない。きっちり50万程度の性能だぜ」
なるほど。そういう事情もあったか。
なら、タイミング的には私が依頼したのはちょうどいい時期だったのかもしれないね。
私は思った以上にいい武器と出会うことができて、ほくほく顔で一旦屋敷へ戻った。
それから改めて冒険の準備を始める。
今日はイダノア丘陵の西部へと赴くつもりだ。
鈴との相談で、ハイポーションも在庫を抱えておきたいという話になったので、その材料であるヒルアベリーを集めに行くためである。
鈴がいない状況下での素材採取は、最初はちょっとだけ効率は落ちると思ったものの、いざ始めてみるとミリスさんのほかに、サイファさんの従者の一人である剣士のオフィーリアさんまで手伝ってくれたので、むしろいつもよりも効率よく集まってしまった。
荷物持ちも、ミリスさんもそうだがサイファさんの侍女さんであるセシリアさんもサイファさんの指示により手伝ってくれたので、結果としていつもの1.5倍の効率で素材が集まってしまった。
そうして素材を集めつつ、冒険者ギルドで受けたクエストのノルマもこなしていると、ふと遠くに見える森が目に入った。
「……そういえば、この先はヴェグガモル旧道に繋がっているんですよね」
「そういえば、そうでしたね」
それがどうかしたか、とサイファさんは視線で問いかけてくる。
ミリスさんが言うには、この辺りでもヒルアベリーは見つかるけど、ヴェグガモル旧道の方がより多くのヒルアベリーが見つかるらしい。
それに、治療薬素材や魔力の源泉についても、より品質が高く効能の強いものが手に入る可能性もあるようなので、この際に一度足を運んでみようかな、などと思ったのだ。
「……まぁ、今のメンバーであれば、危険はさほどないでしょう」
「私はこの辺りには明るくないのですが、資料で見る限りでは私も同意見です。調合に使いたい素材があるのであれば、足を運んでみてもよいのではないでしょうか」
フィーナさんとサイファさんがそう言うなら、私も悩む必要はなさそうだね。
というわけで、ヴェグガモル旧道をに本格的に探索することにした。
「……う~ん、やっぱり歩きづらい……」
「それもそうです。この草の背丈と量ですからね」
とはいえ、実は私には【散歩】スキルの恩恵が働いているので、これでもあまり苦労していない方だったりする。
他のプレイヤーは、剣とかナイフとかで草やツタを切り払いながら、あくせくして道を文字通り切り開いて探索するらしい。
草や木が生い茂り、普通なら足元もおぼつかない悪路を、それでも私達はスキルの効果もあって難なく(?)進んで行く。
やがて、ちょっとした遺構のある開けた場所で、旧道の一つ目のランドマーク――『ヴェグガモル旧道・東端遺構』まで到達した。
ここまでは、すでにもう一回到達しているのでランドマークに触れる必要はない。
少しだけ休んで、それから再び旧道の探索をすることにした。
「……定期的に、人の通りがあるのでしょうか。やけに道が整っていますね」
「イダ村で聞いた話と、関係ありそうですね」
「そうですね。遺跡を根城にしているという者の仲間がいつ襲ってくるとも限りません。慎重に移動しましょう」
「ですね」
人の手が入っていない、という資料の文言に反して、やけに手入れのされているあぜ道を通り、私達は旧道を進んで行く。
この謎のあぜ道に関しては、他のプレイヤーも便利に使わせてもらっているらしく、それなりの人数とすれ違う。
鈴の配信を見てくれている人が結構多いお陰か、私がNPCを大勢連れて行動していることに関しても、珍しいものを見るような目を向けてこそ来るものの、クエストか何かと勘違いしてくるようなプレイヤーはほとんどいなかった。
そういう風に絡まれることがなければいちいち説明する手間が省けるし、鈴の配信様様だ。
結構そういうプレイヤー多かったんだよね、仕方ない話だけど。
それから、敵性NPCについてはいつもと変わりない。
イダ村で聞いた話もあるし、遺跡があるというここに来れば顔ぶれも固定なり比率が変わるなり、何かしらの変化があると思ったんだけど、今は特に何も変化が見られない。
「……いつもと同じちょっかいを出してくるような者達しかいないようですね。今は息をひそめている、といったところでしょうか」
「多分ね。なにか、きっかけがあれば違うと思いますけど……」
「ハンナ様、お願いしますから自らそのきっかけに飛び込もうとは思わないでくださいよ」
「わかってますって」
その辺りの信用はやはり、まだ得られていないようだ。
まぁ、そりゃ令嬢教育がないときはほとんどが素材集めも兼ねた冒険か、調合三昧しかしていないから、そうなってもおかしくはないか。
「その代わり、といっては何ですが、あちらの方角からモンスターが近づいてきているようです」
「そうみたいですね……」
「相手は……オクタウロスのようです。拠点を築いているようですが、いかがいたしましょう」
「……オクタウロス」
このゲーム版の『オーク』だったよね、確か。
ミノタウロス、ケンタウロスとは三すくみの関係にあるらしく、オクタウロスはタフなかわりに動きが遅い。ただ、ATKはそこそこあるのでダメージはそれなりにもらってしまう、というバランスだったはず。
「プレイヤーの反応はややずれた位置にありますし、とりあえず狙ってみましょう」
「わかりました。では、ここから気を惹きますので、ハンナ様は陣形を整えてください」
「わかりました」
腰から鞭を外して、私の従者やサイファさんの従者たちに指示を出していく。
陣形が整ったところで、サイファさんは矢筒から矢を引き抜くとギギ、と弓に番えて一息で放った。
「…………外しましたね。やはりここは、私にとっては戦いにくいです」
「森の中ですから、仕方ないです」
遮蔽物が多いと、やはり矢は通りづらくなる。
途中の枝やツタで遮られないような射角で放ったみたいだけど、敵には当たらなかったようだ。
「オクタウロス、来ます」
「ウィザードもいるようです。フィーナ、盾の用意」
「えぇ、できているわ!」
「アリスティナ、あなたも前に」
「心得ております」
フィーナさんとアリスさんが、手前に出る。
「【鼓舞激励】魔法が来ます、各方、気を引き締めなさい――〈アロースコール〉!」
「〈サークル・フロント・ブースト〉〈サークル・マギア・ブースト〉」
サイファさんが言いながら、名前からして【激励】の上位にあたるスキルを使用しつつ、流れるように弓のアビリティまで使用する。
私も負けじと、補助魔法で、戦闘にまつわる4つのフィジカルに対するバフを付加した。
向こうから放たれた魔法が飛び出してきたのは、その直後のことだった。
「思ったよりウィザードの数が多い!?」
「く――っ、お嬢様、お気をつけて!」
言われるまでもなく、火の魔法や水の魔法が向かってくる。
フィーナさんとアリスさんが盾のアビリティで、オフィーリアさんが防御系の魔法で守りを固める。
向かってきた魔法は、その大半がサイファさんの放ったアビリティにより相殺される。
そしてそれを潜り抜けた魔法も、オフィーリアさんが張ったバリアによって防がれたり、フィーナさんやアリスティナさんが盾で防いだりして、私やサイファさんには一切流れてこなかった。
――いや、凄すぎでしょ。
「ハンナ様、こちらからも反撃を。雷の魔法が使えたはずですよね?」
「あ、はい。〈ワイド・スパークショット〉!」
お返しとばかりに、私は【雷魔法】で、サイファさんは弓矢や弓アビリティで遠隔攻撃を放ち、敵の前衛たちに着実にダメージを与えていく。
私の魔法で痺れて動けなくなったところへ、サイファさんが放った矢が的確にあたり、あるいはフィーナさんやヴィータさんの攻撃によってあっという間にVTが削られていく。
そうしている間にやがて放たれてくる、魔法の第二波。
ヴィータさんやルシアーナさんにダメージが及び、二人のVTはそこそこ減らされたが、それは私が、そしてオフィーリアさんがカバーする。
「ハンナ様はサポート能力に秀でているのですね。フィーナさんとヴィータさんを支えるのに、とてもよいことだと思います」
「あはは……」
ランダム設定で運よく引けたものなので、何と答えていいのかはわからないけど、褒められたのなら悪い気はしない。
若干デレデレしながら、私は残った敵に対して再び『スパークショット』の魔法を放ち、VTを削り切った。
「残るはオクタウロスのウィザードばかりですね」
「そうですね。全員、一旦盾持ちの後ろまで下がって、魔法を防ぎながら突撃しましょう」
「それがいいかと」
ウィザードを遮る壁がいなくなったのなら、もうあとはそれで十分だ。
パラパラと跳んでくる魔法をフィーナさんとアリスティナさん、そしてオフィーリアさんに防いでもらいつつ、私達は着実にオクタウロス・ウィザードへと近づいて行き、そして敵の拠点の壁際まで追い詰めたところでさっくりと刈り取った。
ちなみに拠点には見張り台まで設けられていて、その上からも敵の魔法や矢が飛んできたけど、それに関してはサイファさんが真っ先に対処してしまっていた。
う~ん、やっぱりこの人頼りになるなぁ。
私だけだったら、きっと拠点は迂回してたよ。
「お疲れさまでした、ハンナ様」
「はい。サイファさんも、お疲れ様です。拠点を探索し終わったら、付近のランドマークを探して、一旦屋敷に戻りましょう」
「そうですね。今の戦い以前にも、すでに丘陵でそれなりに消耗しています。無理をしないうちに戻るのがいいかと」
デスペナルティは特に設定されていないので、そのあたりは安心できるこのゲーム。
でも、リスポーンしてしまうのはやはり、うれしいことではないからね。
好感度的にもあまりいいとは言えないだろうし。




