36.宿場町ポトルガ
その日はやはり、サイファさんが言った通りポトルガにたどり着くことはできずに終わり、ポトルガ訪問は翌日に持ち越すことになった。
そんなわけで日が明けて土曜日。宿題は昨日で終わらせてしまったため、私は午前中から悠々とゲームにログインすることができた。
ちなみに、日中にログインできたのは私だけ。鈴は、なにやらVR空間でミニライブの予定が入っていたらしく、夜以降でないと時間が取れないとのことだった。
「それでは、本日もよろしくお願いしますね、ハンナ様」
「はい、こちらこそ」
サイファさんは抑揚に頷く。
すでにパンツスタイルになっている上に護衛まで一緒にいるあたり、今日も一緒についてくる気満々のようだ。
私もミリスさんに指示を出して準備を終わらせると、フィーナさんとヴィータさんを呼び出してパーティに加える。
そしてサイファさんが(半ば強引に)パーティに加わってきたところで、私は昨日登録したばかりのランドマーク――『ヴェグガニア街道・ポトルガ南キャンプ場』へと転移した。
「……領都にいるときも思いましたが、大地の日はずいぶんと異邦人の方たちが多いですね」
「まぁ、土曜日――こっちで言うところの大地の日は、学校や仕事が休みの人が多いですからね。ログインする人も多くなるのだと思います」
それでも、今はまだダウンロード版が配信されてない分、絶対量が限られているから少ないとは思うんだけど。
「もう数週間したら、おそらくたくさん異邦人が来るようになるんじゃないかと思います」
「それは、確かなことなのでしょうか」
「はい。もうその準備は整いつつあるみたいですね」
「そうなのですね……。今以上に、大きな波紋が起きる、ということですか……大混乱にならなければよいのですが……」
あぁ、ね。その心配はあるよね。
人が多ければそれだけ、よからぬことをたくらむ人だって出てくるだろうし。
「異邦人の知識を狙っているのは私達のような秩序を重んじる者達だけではありません。犯罪組織もまた、より効率の良い活動の仕方を見出すべく、異邦人たちに働きかけている、とのうわさも聞きます」
「やっぱりかぁ……」
「はい。特にヴェグガナークの南にはその手の組織がいくつもあるようです。十分にご注意なさってください」
「もちろん気をつけてます」
といっても、実際に一回ほど、妨害クエストという形でかなりやばい感じの状況に出くわし多っぽいんだけどね。
「ところで、ポトルガにはだいぶ近づいてはいるんですよね」
「そうですね。このままレトナ平原の街道を西へ進めば、宿場町ポトルガへ到着いたします」
「そうなんですね……あれ? ここ分岐がありますけど、南って何があるんでしょうか」
プレイヤーにデフォルトで備わっているマップ機能には載っていない、謎の街道との分岐に突き当たって、ちょっとだけ困惑する。
『ポトルガへはこちら』『この先ヴェグガナーク』という標識があることで、二つの町の方角はすぐにわかるのだけれど、南へ続く道にだけは行先表示がなかった。
「この先は……確か、ヴェグガモル旧道に通じていたはずです。途中にあるイダ村までは手入れされているようですが、その先は草が生い茂っており、獣道と化していると図書室の資料で見た覚えがあります」
「へぇ……この先が……」
旧道には一回だけ言ったことがある。
あの時は夜だったから、ゴーストしかいなくて……。
ちょっと怖かったから、すぐに引き返しちゃったんだよね。
攻撃手段にしたって、霊体系の敵には物理が利かないみたいだし、魔法はヴィータさんしか使えなかったしさ。
「行ったことがおありなのですか?」
「夜に一回だけ、ね」
「そう、ですか……。あのあたりは旧ヴェグガニア皇国時代の名残が多く存在しています。ただ、そのせいか……その、よく出るという情報をエリリアーナ様から聞いた覚えがあります」
「そうなんですか!?」
なにやら有力情報の予感!
ワクワクしながらサイファさんに話を聞いてみると、サイファさんに話をしたエリリアーナさん自身も、イダ村の視察に行った際に伝え聞いただけだったらしく、情報のソース的には大したことはなさそうだった。
――いやでも待てよ。
確か、エレノーラさんから出されてたクエストの中に、イダ村への定期視察の仕事もあったはず。
有力情報目的で、受けてみるのもいいかもしれないな、と心の中でメモしつつ、私はポトルガへ進む道を再び歩き始めた。
それからしばらくたち、そろそろお昼時かな、というような時間が近づいてきたところでようやっとポトルガの町にたどり着いた。
「ふぅ……たどり着いた」
「お疲れさまでした。ランドマークを、登録……でしたか? それをしましたら、一旦休憩を入れてもよさそうですね」
「ですねぇ」
「ただし。街の中では、令嬢教育にてお教えしました作法に従って行動していただきますから、注意してくださいね」
「わかってますって」
町などの公共の場では、令嬢らしく振舞う。
サイファさんから言いつけられていることだし、逆らっていてもランクアップは一向にできないので従うほかはない。
私はスッと背筋を伸ばし、ゆったりとした歩調で門へと近づいていった。
「こんにちは」
「あぁこんにちは。ポトルガへようこそ。ギルドの会員証をお持ちであればご掲示を……って、その髪飾りにイヤリングは、まさか公爵家の方っ!?」
「あ、はい。Mtn.ハンナ・ヴェグガナルデです。一応、冒険? 旅? まぁ、そんな感じで来ました」
「門の見張り、ご苦労様です。先日ぶりですね」
「うわっ、ロレーリン侯爵家の方まで……と、とにかくどうぞ、お通りください」
そう言って、門番さんは詰所らしき建物へとあわただしく入っていった。
そして私達が門をくぐり終え、その建物の前に差し掛かろうか、というタイミングで、再びバタバタッ、と騒がしくなる。
「お嬢様っ、サイファ・ロレーリン様っ、ようこそポトルガへお越しくださいました! ごゆるりとおくつろぎくださいませ!」
「え、えぇっと……」
いきなり豪快な歓迎を受けて虚を突かれた私。に、サイファさんは耳元で、
「お役目ご苦労、引き続き励みなさい、と言えばよろしいかと」
とアドバイスをしてくれたので、声を張り上げて言われた通りにしてみた。
「お役目ご苦労様。引き続き、励みなさい」
「身に余る激励、ありがたき幸せにございます!」
なんか、感激してみんな揃って敬礼をし始めた。
やっぱりちょっと、こそばゆいよこれ……。
「あなたはそれだけ高い地位にいるということです。実感しましたか?」
「ありすぎて困ってますよ……」
こちとら一般庶民なんですよ、中身は。
こんなVIP待遇やっぱりなかなか慣れませんって。
それから私達は、とりあえず満腹度がかなり減ってきているということもあって、食事処を探してみることにした。
ちなみに少し前までは、街中でも敵性NPCが現れたら私も応戦したんだけど、今はサイファさんから、
『冒険中で町の外にいるということでもない限り、また至近距離まで詰められたということでもない限り、極力戦闘は控えること。護衛の仕事を奪うことにもなりますし、間接的に彼らの仕事に酷評を与えるということにもなってしまいます。なにより淑女は直接手を汚してはなりません』
と咎められているので、街中で敵性NPCが現れても私は一切関与してはいけないことになっている。
「ん~、いい匂い……。屋台で売ってるものもなんかおいしそうだなぁ……」
「そうですね。普段は高級宿に直行して、その中で食事をとるのがほとんどですが……たまにはこうして、お忍びで町の人に紛れて食事をするのもいいものです」
「髪飾りとかイヤリングがあるから、全然忍べないけどね」
「たとえそうであっても、その時の装い次第で大体民は察してくれますよ。……ほぅ、なかなか食欲をそそる匂いですね。店主、ちょっといいかしら――」
私と会話しながらも、サイファさんは気になる屋台を見つけては、串物を購入して護衛の人と分けて食べている。
――と思ったら、護衛の人は毒見らしい。
なんか物々しいな。
「お嬢様は、いかがいたしますか?」
「う~ん……あ。あそこの屋台、なんか焼き鳥っぽいの売ってる! おいしそう!」
「でしたら、購入してみましょう。お毒見は私がいたします」
「えっと……」
ちらっとサイファさんを見て、それじゃあお願い、とフィーナさんの提案を飲むことにした。
「せっかくだからみんなも一緒のものを食べよう!」
「よろしいのですか?」
「うん。私が許可します!」
「ありがたき幸せにございます」
ということで焼き鳥のようなモノを売っている屋台で、四本の焼き鳥串のようなモノを購入することに。
私の分は、先にフィーナさんが宣言したとおりに一口食べて、問題ないことを確認してから引き渡された。
――うぅ、せっかくの焼き鳥が食べかけになっちゃった……。
システム上でも、『串焼きコカトリス(食べかけ)』として認識されちゃってるし。
ちょっとだけショックを受けながらも、それでもせっかく買ったものを食べないのはもったいないので、私はたれでドレスを汚してしまう前に食べきってしまうことにした。
「よく、我慢しましたね」
「サイファさん……」
「私達は常に、手段を問わずに狙われる身ですからね。例え好ましくないと思ったとしても、他者から饗される料理はこうして、毒見をしたものしか食べてはいけないのです」
「まぁ、理解はしました」
「ならば結構です。……継続するのですよ?」
「善処します」
――印象値:サイファ・ロレーリン 20上昇 現在-25
若干不満顔だけど、それでもサイファさんを手本に毒見をしてもらったことが功を奏したのか、印象値はかなり稼げたらしい。
それでも、食べかけの焼き鳥しか食べさせてもらえなかったことで素直には喜べなくて、やけ食いするように私は近くの飲食店で大盛りのパスタ料理を注文した。
なお、この日はこれ以降、特に特筆すべきことは何も起こらず、
ポトルガ周辺のランドマーク探しをしつつ、のんべりだらりとした一時を過ごしたのであった。