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35.鬼教師は戦闘力も鬼強かった


 金曜日、アトリエの復旧状況を確認すると、大体は復旧出来たものの、細かな部分の復旧は未だ目途が立ったくらいで完了とはいえず、肝心なところだとマナランプも納品待ちのようで、来週の半ばくらいまでは時間がかかるとのことだった。

 これで、【火魔法】が使える鈴はともかく、私はしばらくの間調合できないことが確定してしまった。

「鈴は、調合していてもいいんだよ?」

「マナランプの方が、便利。【火魔法】でやると、やっぱり火力が安定しない」

「そうなの?」

 コクコク、と鈴は二回頷いて、だから私と同行するのだという。

 これを見ていたリスナーさん達の中にも薬師のプレイヤーが混ざっていたらしく、

『そうなんだよなぁ』

『資金に余裕が出てきたら、始まりの調合器具にマナランプを組み込んで駆け出しの調合器具にランクアップするのがベター』

『俺達が頓挫しているところへ颯爽と鈴ちゃんの配信で新技披露。そういった意味ではハンナちゃんは俺らの師匠』

『いや、師匠はミリスさんだろw』

 というような声がちらほらと上がっていた。

「それなら、止めないけど」

 そんなわけで、鈴も鈴なりに今の状況ではあまりいい調合はできないということで、今日は昨晩話し合った通り、冒険に出ることにした。

「あ、そうだサイファさん。今更だけど、私のことはハンナでいいですよ? わざわざMtn.ハンナっていうのも煩わしいでしょ?」

「Mtn.ハンナ様がそう仰るのであれば、そうですね。以降は、ハンナ様と呼ばせていただきます」

「うん、それでよろしくお願いします」

 さてと――出発前のお話もそこそこにしないと、冒険の時間が無くなっちゃうね。

 そろそろ出発しよう。

「それじゃ、早速準備して別の町に向かいますか。ミリスさん、準備お願いね」

 いつも通り、ミリスさんに外行きの準備をお願いする。

 隣で、サイファさんも自分の準備をし始めた。

「【側仕え召喚】――来なさい、セシリア」

「――お呼びですか、サイファ様」

 サイファさんが腰に挿していた鞭をビュンッ、と音を立てて振るいつつ、一人の侍女をすぐ近くに召喚すると、きびきびとした声で彼女に指示を出し始めた。

「今からハンナ様の冒険に同行します。狩りの道具一式を直ちに」

「御意。直ちにご用意いたします」

「では一旦送ります。準備で来たらイヤリングを介して報せるように」

「はっ」

 おぉ、すごい貫録を感じる。

「お嬢様も、いずれはあのようになっていただけると、私としても侍女の冥利に尽きます」

「あはは……まぁ、それなりにね……」

「期待しております」

 苦笑しながら、ミリスさんは私の準備を整えていき――そして、それから数分後にサイファさんも準備が完了した。

 その出で立ちを見た私は、思わず言葉を失ってしまった。

 なんと、あれだけ淑女云々とうるさかったサイファさんが、パンツスタイルになっていたのだ。

 それに髪をポニーテールに纏めたことでサイファさんの魅力は『美しい』から『カッコイイ』に塗り替えられ、ブラウスにベルト、ロングスカートを着ていた先ほどまでとは正反対の、勇ましさすら感じさせる印象を感じさせた。

 髪を纏めている細いリボンには、なにかの紋章をかたどった飾りがぶら下がっている。どうやら私の髪飾りと同じ、身分を表すための髪飾りの役割も担っているようだ。

 最後に大きい弓と矢筒を身に着けると、お待たせしました、と私に歩み寄ってきた。

「……おや。意外そうな顔をされていますね。何かおかしなところでもありますか?」

「あ、えっと……ずいぶん、印象が変わるんだなぁ、と」

「あぁ、そういう……。ハンナ様もお分かりかと思いますが、耐久性に乏しい衣装ではすぐにほつれて着れなくなってしまいますからね。狩りの時は、馬上から矢を放つこともありますし、スカートでは何かと不便なのです」

「なるほど……私も、できればパンツスタイルがよかったんだけど……」

「であれば、新調するのも一考でしょう。冒険の最中に淑女の礼節云々を持ち出していては、いざというときに対応できなくなってしまいがちですしね」

 意外だ……。

 冒険の時にも、令嬢らしさは忘れないように、とか言い出すものかと思ったんだけど、実家では定期的に狩りをしているだけのことはあるのかな。

「…………意外と、メリハリはつけるんですね」

「何度も申し上げますが、実家では定期的に狩りをしていますので。荒事をする際の心得も、多少なりとも持っています」

 なんというか、こうしていろいろな面を見ると、頼りになる人だなぁって認識を改めさせられちゃうな。

 悪いことではないけど、最初の印象があれだっただけに、なんだかものすごくギャップを感じてしまう。

「それじゃ、早速行こうか」

「はい」

 とりあえず街道沿いを進むのは前提として、私は街道沿いのランドマークは未だにヴェグガナークの西門しか解放していなかったので、ひとまずはそこにファストトラベルすることにした。

 ん~、とりあえず街道沿いを進んでみるとして……。

「まずはポトルガっていう町を目指してみよっか。トモカちゃんが言うには、宿場町みたいだけど」

「そうですね。貴族向けの高級宿もセキュリティがしっかりとしており、休息地としては申し分ない町です。私も、ヴェグガナークに訪問する際は必ずあそこに立ち寄りますよ。馬車を使わないと半日はかかるかと思いますが、たまにはのんびりと歩くのもいいものだと思いますしね」

 サイファさんがそう言いながら、再び鞭を手に取る。

 護衛召喚をするのだろう。

 私もサイファさんが召喚するのに合わせて、護衛二人を呼び出した。

「お待たせしました、お嬢様」

「本日はどこへ赴かれますか?」

 三人はすでに、私が呼び出すときは冒険に出かけるときという認識が定着しているらしく、召喚されて早々にフィーナさんがそう聞いてきた。

「とりあえず、ポトルガっていう宿場町を目指して、街道を歩いてみようかなって」

「なるほど。それなりの距離ですが距離ですが、途中にランドマークらしきものがいくつかありますから、異邦人であるお嬢様なら問題ないでしょう」

「だね」

 それから、私はサイファさんが召喚したと思われる、三人の護衛に目を向けた。

 一人は切れ長の目が冷徹そうな印象を与える、細剣を携えた剣士さん。

 もう一人は、たれ目と後ろにそのまま流した長髪がおっとりとした印象を与える魔法使いらしき人。

 白い服だから、神官系、もといヒーラーという線も捨てきれない。

 最後の一人は、ラウンドシールドと長剣を持った人。

 いずれも女性だ。

「ハンナ様、私の護衛三人を紹介します。剣士のルシアーナ・ベルモンド」

「よろしくお願いします」

「魔法使いのオフィーリア・クレスティン」

「オフィーリアです。神聖魔法と回復魔法、支援魔法による後方支援を任されています。よろしくお願いしますね」

「防衛担当、アリスティナ・ゴルドレイ」

「タンクを担当しています。よろしくお願いします」

「それから、いつもの狩りの際は、私が現物の矢と魔法矢で牽制と遠隔攻撃を担っています。改めて、よろしくお願いします」

 うん、結構バランスが取れてる。

 というか、かなり整った陣形なんじゃないかな。

 サイファさんを呼び出すスキルは、彼女自身がガヴァネスだからか【側仕え召喚】になってるけど、その実戦闘スキルもいい感じみたいだし、なんならサイファさん自身が貴族だからか【護衛召喚】で補強までするし。

 昨日も思ったけど、これかなりの強キャラじゃないかな。

 絶対、後日ナーフされそうなんだけど。

 とにもかくにも、これでメンバーもそろった(召喚しきった?)ので、私達は早速ポトルガに向かって出発することにした。


 ――敵性NPCが【空間把握】に引っかかる。サイファさんの矢が飛翔する。

 ――クリーチャーが【空間把握】に引っかかる。サイファさんの魔法矢が迸る。

 ――野生のMPKerが飛び出してきた。サイファさんが魔法矢で一網打尽にする。

 なんか、ヴェグガナークを出立して以降、サイファさんしか戦闘に参加していない気がするんだけど、気のせいかな?

 サイファさんをパーティに入れてすぐに気付いたのだけど、彼女が持っている気配察知系のスキルは【気配察知】ではなく、その二つ上の上位スキルにあたる【空間把握】らしい。

 そのせいか、普段の索敵範囲をはるかに上回る範囲で敵の位置が開示されている。

 これは【指揮】スキルによる索敵・探知系スキル効果の共有効果によるものだからまぁいいとして、問題なのはそれに連動したサイファさんの迎撃能力にある。

 彼女の高すぎる空間認識能力と弓矢の威力が、襲い掛かってくる連中をことごとく殲滅してしまい、私達の出る幕がなくなってしまうのだ。

 すでに現状のレベルキャップである30に到達してしまっている私はともかくとして、鈴が参加できないのは少々問題と言えた。

「サイファさん、強すぎないかな」

「そうでしょうか。実家のあるロレール高原では、狩猟期に入るとオクタウロスやミノタウロス、コカトリスなどの素材がよく市場に流れますし……私も、その程度でしたら余裕を持って狩れるのですが」

 いや、それらのクリーチャーも気になるけど、そもそもそんな強そうな敵を余裕で狩れるっていうサイファさんの実力に驚きなんだけど。

「継続は力なり、とよく言いますよね。私のこれは、幼少期より常に継続してきた努力の賜物。一時期は現国王陛下の妃候補として選出されたこともありましたが、その時も時間を見繕っては狩りを継続していましたからね」

 へぇ~、妃候補にまで選ばれたことがあったんだ。

 ということは、弓術の名門なのにエリリアーナさんの教育係に選ばれたのは、もしかして妃教育でかなりいいところまでいっていたから、なのかな。

 それでも家格とかその他諸々の事情で競り負けて、最終的にはその経歴を買われて妃教育の教育係を任された、とか。

 でも、妃教育って大変そうなのに、その合間の時間を見繕ってまで狩りに時間を割くっていうのにも、凄さを感じるなぁ。

 なんというか、執念みたいなものを感じるよ。

「はぇ~、すごい頑張ったんですね」

「そうですね。ハンナ様も、今は未熟かもしれませんが、努力すればいずれはいかなる高みにも至れるはず。決して、希望を捨ててはいけませんよ」

「えっと、善処します」

「期待していますよ。……あら。また招かれざる客人がいらしたようですね。まったく、この手の輩は湯水のごとく湧いてきますね」

 おぅ、だから会話の片手間に敵性NPCを射貫くって、どんなけ索敵能力と迎撃能力高いのよこの人は。

「それはそうと気になったのですが、ハンナ様は鞭をお使いにはならないのですか?」

 そして当たり前のようにまた私に話を振ってくる。

 ……どんなけ完璧なの、この人は。もう絶対ナーフ対象だよねこれ。

「鞭かぁ……最近、気にはなりだしてきてるんだけど……私、『始まりの鞭』しか持ってないんだよね……」

「始まりの鞭って……あれ、確か貴族の子女が子供の時に与えられる、玩具だったと思うのですが……」

 玩具って……。

 あれ、玩具だったんだ……。

「きちんとした鞭は、使い方次第では相手の堅い守りすら貫く武器にもなり得ますし、私達にとっては支配階級であることを示す象徴にもなります。これを振るうことで、部下たちを効率よく指揮したり、鼓舞したりすることもできます」

「うん。その辺りはトモカちゃん――テイマーやってる友達も、そんなこと言ってた」

「あら。すでにそのあたりの話は他の来訪者の方から聞いているのですね。でしたら、話は早いです。私達、この世界の住民でも構いませんし、来訪者の方々でも構いませんが、革職人に頼むのがいいかと」

「そのあたりはまぁ、簡単に予想はできますが……」

「革を使っていますから、当たり前のことですしね。……あと注意すべき点は、形状でしょか。武器として使用したいのであれば、やはり一本鞭には敵いません。しかし下に付く者には余計な重圧をかけてしまい、結果的に逆効果となってしまいますので使役者にはあまり好まれませんね。私の使っているこの系統の鞭は、あくまでも使役者としての象徴ですので、武器としての性能はあまりよくありません。が、部下たちを鼓舞するには適しています」

 なるほどねぇ。

 そう言った違いがあるんだ……。

 鞭にもいろいろとあるんだねぇ。

 ところで、こうして話している間にも、サイファさんは片手間に近寄ってくる敵をどんどん射殺しているんだけど……。

 そろそろ、私達も戦いたいんだよね。

 さすがに、これ以上はストップをかけさせてもらわないと、冒険じゃなくてキャリー(しかもされる側)になっちゃうよ。

「あの、サイファさん。そろそろ、私達にも戦わせて欲しいんですけど」

「………………、」

 少しの間、しまったと言いたげな表情で硬直するサイファさん。

 やがて、平身低頭謝罪をしてきた。

「私としたことが、失礼しました。実家で狩りをしていた時の癖が出ていてしまっていたようです。では、以降は牽制射撃に重点を置きますね」

 ハンナ様や鈴様の実力に期待しておりますよ、と無駄にプレッシャーをかけてくるサイファさんだった。



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