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34.のんびりお茶会?


 木曜日の夜。

 私は今、ゲームにログインして、ローテーブルで鈴、ミリスさん、サイファさん、そしてエレノーラさんの四人と一緒にお茶を飲んで休息をとっていた。

 ちなみに、本日の令嬢教育も最初はこの前に引き続き、歩き方の練習だった。

 ただ、この前と違うのは、隣に鈴がいたことだ。

 どんなことをやっているのか興味があるということで一緒に受けたのだけれど、鈴はアイドルやっているだけあって好成績を収めており、サイファさんからは言うことなし、と太鼓判を押されていた。

 そして私に対する評価も相変わらず、

 筋はいいものの、まだまだという評価だった。

 あ、あとモーションアシストは今日で禁止になってしまった。

 直接モーションアシストのことを指されたわけではないけれど、『エリリアーナ様の記憶に引きずられているようでは一向に成長しませんよ』と言われれば普通にそのことだとわかってしまう。

 『エリリアーナの記憶』。それが私のクラススキルに関係していることだというのは、これまでの公爵家関係者との会話の中でわかり切っていたことだった。

 だから、わからないはずもなく、私は泣く泣くモーションアシストをオフにした状態で改めて教育を受けることになった。

 まぁ、火曜日からリアルでも歩き方限定で実践を始めたおかげで、歩き方に関しては若干こなれてきたっていうのもあったからこそ、評価があまり変わらなかったのかもしれないけどね。

 途中でエレノーラさんが様子を見にやってきてからは、あまりにも私が緊張しすぎて失敗続きとなってしまったので打ち止めとなり、それ以降は労いの意味も含めてこうしてお茶会となったわけである。

 ちなみに労いの意味もあるといったが当然令嬢教育が終わったわけでもなく、必然的に隣に座るのは指南役であるサイファさんとなった。

 いつもは客人がいるときは隣に座る鈴は、本日は逆にエレノーラさんと並んで座っている。

「そういえば、昨日の打ち合わせの通りなら、明日はまた冒険に出られる予定なのですよね。調合に必要な材料も、やはり同時に集めたりするのですか?」

「その、予定だったんだけど……昨日は結局調合ができなかったので……」

 アトリエが大変なことになってしまったので、やむなく中止にせざるを得なくなってしまい。

 仕方なく、昨日はヴェグガノース樹海で素材を採取しつつクエストをこなして時間を潰すことになったのだ。

「う……その節は、大変ご迷惑をおかけしてしまい、誠に申し訳ありませんでした……」

「あはは、もう済んだことだから……ミリスさん、アトリエの復旧は明日には完了しそう?」

「現在、別館を管理・維持しているメイド、侍女総出で復旧していますが――器具の一部が破損してしまっているため、それらの納品を待たないといけません。復旧にはしばらく時間がかかるかと……」

「そっかぁ……」

 一応、自室の倉庫部屋には『始まりの調合器具』があるのはあるんだけど……肝心の熱源がないので、ポーション類は始まりのポーション以外一切作れないという難点がある。

 鈴は薬師のクラススキルに【火魔法】や【水魔法】が入っているので、最悪そちらを使えば問題ないのだけれど……。

「ということで、明日はちょっと別の地域を目指して街道を歩いてみようかなと」

 材料も放置しておくと品質がやがて低下していく。

 このため、集めた材料は一定期間内に使うのが望ましかったのだけれど、それができない以上、むやみに材料を集めても無駄になってしまう。

 特に対応カテゴリーに生鮮が入っている素材は、痛むのが早い。生鮮素材は素材としても優秀な素材特性を秘めているものが多いだけに、すぐに使えない状況となってしまったのはこの上なく致命的だった。

「別の地域、ですか」

 サイファさんが首を傾げる。ちょっと、ざっくりしすぎたかな。

「うん。村とか、ちょっとした町とか、そういったのもありますよね。そう言った場所にも、たまには足を延ばしてみようかと思いまして」

 王国内マップは全プレイヤーにデフォルトで開示されているので、どのあたりに何があるのかは大体わかっている。

 それによれば、ヴェグガナルデ公爵領にはヴェグガナーク以外にも複数の村落や町があるらしいので、この際に行ってみようかな、と考えたのである。

「あら、いいじゃない。あなた達、冒険と言いながら結局領都の周辺しか出歩かないし、この際に領内視察に行ってみるのもいいのではないかしら」

「領内視察ですか……。でしたら、私も同行しても構わないでしょうか。なにか、Mtn.ハンナ様の今後の教育に役立ちそうなことが見つかるかもしれませんし」

「私の、教育に?」

「はい…………」

 サイファさんは、私の問いかけに首肯をしながら、視線でエレノーラさんに何かを問いかける。

 エレノーラさんが『まだ早いわ』と答えたので、結局その先はわからずじまいだったのだけれど、どうやら水面下で何かが進行しているのは確かなようだ。

「ふむ……それならば、そろそろ私達からも仕事を任せてみようかしらね」

「仕事……ですか?」

 エレノーラさんの頭上にクエストマークが付く。

 何気に、領主関係者からの初めてのクエストが発生したっぽいね。この前の妨害クエストを除けばだけど。

「えぇ。と言っても、仕事内容は本当に簡単よ。各村や町を巡って長に会い、ヴェグガナルデ公爵令嬢として挨拶をするの。それから、その村や町の人達にあなたの晴れ姿を見てもらえたら最高ね。ほら、とても簡単でしょう? 馬車は窓付きだから、誰に見られてもいいような格好で行ってもらうことになるけれどね」

「まぁ、それくらいなら……」

「お待ちください。気安く安請負はしないのも淑女の基本です。Mtn.ハンナ様、奥様はこうおっしゃっています。『令嬢教育の実地研修をしてみよ』と。本当にやり遂げられますか?」

 う……サイファさんから鋭い叱責が来る。

 本当なのか、とエレノーラさんに視線を向けてみるけど、

「それはそうと鈴さん――」

「えぇっと、どうなんでしょう――」

 エレノーラさんはそれくらいは自分で判断して見なさい、と言わんばかりに鈴と別の話――なんてことはない、ゲーム内世界とリアルとの相違点に関する世間話に花を咲かせ始めてしまう。

 ――印象値:サイファ・ロレーリン 5ポイント減少。現在-55。

 わぁ、印象値が下がってく!

 慌ててサイファさんに視線を向けてみれば、サイファさんはやれやれと言わんばかりにため息をついて、二度目はありませんよ、と前置きしてから何が悪かったのか説明してくれた。

 ――印象値:サイファ・ロレーリン 10ポイント減少。現在-65。

「貴族にとって社交界は戦場です。社交界では誰もが笑顔の裏に何かしらの企て、謀を抱えて臨みます。腹の内に野望を抱えない者など極少数。だからこそ――我々は腹芸を究め続け、相対すれば言葉を刃に替えて腹の内を探り合うのです。

 貴族と相対したなら、それが例え肉親であっても聞いた言葉の裏を探ること。耳で聞くだけでなく、第六感を働かせること。それが何よりも肝要です。それができないのであれば、搾取の対象とされるだけです」

 サイファさんはそれから、今さっきのエレノーラさんの言葉について詳しく解説をしてくれた。

 それに曰く――

『仕事内容は本当に簡単よ。各村や町を巡って長に会い、ヴェグガナルデ公爵令嬢として挨拶をするの。それから、その村や町の人達にあなたの晴れ姿を見てもらえたら最高ね。ほら、とても簡単でしょう? 馬車は窓付きだから、誰に見られてもいいような格好で行ってもらうことになるけれどね』

(訳:馬車で領内の各村や町に訪問行脚してきなさいただし、正装したうえでその姿を住民たちに見てもらうこと。その上で、村長や町長に令嬢として正式な挨拶をすること。令嬢らしくない行い、例えば戦闘行為などは許可しません。そういったことは護衛などにすべて任せること。それくらい簡単にこなせるようになってもらわなければ困ります)

 という内容だったらしい。

 また令嬢らしくない行いには、街道を直接自分の足で歩くことも含まれる。つまり、移動方法は必然的に馬車ということになるし、移動中も他者にいつ見られてもいいように正装することになる。

 私が思っていた以上に、とてもハードな内容のクエストだった。

「えぇっと、エレノーラさん」

「あら、ハンナちゃん。考え事は終わったかしら?」

「はい。受けていいのかどうか、サイファさんと考えてみました」

「そうね。サイファさんに相談するのはいいことよ。あなたの教育係だものね。それで、どうかしら。挑戦してみる気はあるかしら? あぁ、無理そうならいいのよ? ただ経験を積む手助けを、と考えただけだしね」

 う~ん、これは……意訳すると、受けても受けなくても別に構わない、受けなかった場合も特に何も思うことはない、ってことでいいのかな。

「えっと、まだ私には荷が重いと思うので、今回はただ領内の町などを回るだけにしておきます」

「わかったわ。驕ることなく、無理そうだと思ったら引くのも重要なこと。戦略的撤退ということね。挑戦してもいいと思ったら、いつでも私のところにいらっしゃい。その時に、また改めて話を詰めましょう」

「わかりました」

 それでエレノーラさんの私に対する話は終わったようで、その後はまた他愛もない話が始まった。


 そうしていつものログアウトする時間帯が近づいてくると、お茶会(のマナー講習)もお開きとなり、本日の令嬢教育も終了となった。

 エレノーラさんは、去り際にミリスさんに紙を何枚か用意させて、それにすらすらと何かを書き記していき。

 書き終わったそれを、私にこう言いながら渡してきた。

「先ほどの『仕事』とは別に、私的にあなたに頼んでもいいと思った仕事をこれに纏めておいたわ。ただ、ここに書いてあるのはあくまでもさわり程度だから、気になったものがあったら私のもとへ聞きに来てくれると助かるわ」

 つまり、気になるクエストがあったらエレノーラさんのところで受けることができるということか。

 エレノーラさんを見送ってから、軽くその内容を流し見てみる。

 エレノーラさんが言ったように、書かれている内容自体はそれほど詳しくはなく、ただなになにをどうしてほしい、というような簡単なことしか書かれていない。

 ただ、領主関係者からのクエストというだけあって、NPC絡みの問題が多数を占めているらしい。

 例えば、○○という町で多発している盗難被害の捜査指揮や、○○という村で発生している獣害の、害獣駆除に派遣している部隊の指揮。

 ××という町から送られてきた陳情や、町と町を結ぶ街道で発生している問題の現地調査(多数のNPC同行アリ)。

 他にも仲裁や裁判など、『公爵令嬢』ならではと言えるようなクエストが多数を占めていた。

 一部は、詳細はエレノーラさんではなく冒険者ギルドで聞くように、と書かれているから、普通のプレイヤーでも受注可能なものも紛れているらしい。

 そしてエレノーラさんが書いたことからもわかる通り、リストはゲーム内での言語で書かれているらしく、鈴に見せても鈴は首を傾げるばかりだった。

 やはり、このクエストは私でなければまだ受けることはできないらしい。

 そこで、スクリーンショットで翻訳された後のリストを送ってみると、鈴はふむ、と少し考え始めて鈴なりの見解を言ってきた。

「大半は、ハンナの【指揮】スキルが絡んでいるみたいだね」

「だねぇ。むしろ、これがないと達成できなさそうなクエストがほとんどみたい」

 そうでないクエストなど、本当に仲裁や裁判、あるいは視察訪問などのクエストばかりだ。

「Mtn.ハンナ様。先ほども申しましたように、明日からは私もMtn.ハンナ様の外出に同行いたします。これらの仕事には、私も手伝えることがあると思いますし……実は、ロレーリン家は弓術の名門であり、冒険にも多少はお役に立てることはあるかと」

「おぉ……」

 意外な売り込みをかけてきたな。

 弓術の名門なのになぜエリリアーナさんの妃教育の教育係を任されていたのかっていう疑問は新たに生まれたけど……まぁ、そのあたりはいろいろ理由があるんだろうね。

「腕を鈍らせないよう、定期的に狩りにも赴いていますので、Mtn.ハンナ様の枷にはならないと自負しています」

「それは頼もしいや。それじゃ、ぜひよろしくお願いいたします」

「はい。こちらこそ、よろしくお願いします。Mtn.ハンナ様の教育に役立ちそうなものもいろいろと見つけていきたいので、可能な限りご随行させてくださいませ」

 こうして、意外にもサイファさんが新しく私の仲間として加わることになった。

 

 ――サイファ・ロレーリンが【側仕え召喚】で召喚可能になりました。

 ――サイファ・ロレーリンの従者はサイファ・ロレーリンの判断により自動で召喚されます。プレイヤーは召喚できませんのでご注意ください。

 

 ……なんか、めちゃくちゃ無視できないメッセージが来たんだけど。

 え? NPCがさらにNPCを召喚するって、ありなの?

 それ戦力増強的な意味で、すごくヤバそうなのが来ちゃった気がするんだけど。

 ログアウト間際にとんでもない情報ぶっこまれて混乱しながらも、私は翌日の学校に備えてログアウトするのであった。



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