33.調合三昧、できたらよかったな……
翌日のログイン。
とりあえず、今日はVTポーションとMPポーションを中心に造っていく予定だ。
そして明日は令嬢教育に時間を割くとして、その翌日はヴェグガノース樹海で状態異常系ポーションを集めて、土日のどちらかで混合ポーションを作りまくる。
来週の月曜日には再び令嬢教育を……とまぁ、そんなルーチンをとりあえずは考えている。
そんな話をサイファさんと話をして、それなら日曜日にがっつりと令嬢教育を……などと言われてしまい、断り切れずに受け入れてしまった――という一幕はあったものの、とりあえずはサイファさんも私(と鈴)の考えには前向き姿勢だったので問題はないと考え、私はアトリエに向かうことにした。
そしたら、なんとサイファさんが調合三昧しているところを見てみたいと言い出してきたので、ちょっと迷ったけど二つ返事で了承することに。
理由を聞いてみたら、令嬢教育とは関係なしに、調合とはどういうものなのかを見てみたくなっただけなんだとか。
昨日のオリバー君との一件のことがあったので、若干警戒しながらのログインだったけど、何も問題なく私は別館のアトリエへたどり着くことができた。
鈴も鈴で問題なく屋敷に入ることができたようで、玄関でばったりと合流できたからとりあえずは大丈夫のようだ。
「さて……それじゃあ、早速調合三昧と行きますか……」
「うん。そうだね」
「サイファ様、お茶をご用意いたしますね」
「はい、ありがとうございます」
机の端に陣取って、早速室内を見渡し始めたサイファさん。
私達は何とも言いようのない感情に浸りつつも、とりあえずはいつも通り調合器具を机の上に並べて、素材の選別から始めた。
「…………あれ? なんか、ハイポーションが完成しそう?」
「ほんとに?」
「うん」
未だにポーション類は無印ランクが現役を張っているが、タンクの人などはそろそろ上のポーションも欲しいといい出してきている現状。
モルガニアガーデンではすでに、そのハイポーションも作れるようになっている人もいるらしいけど、まさか私が作れるようになっているとは思いもしなかった。
「ふむ……お嬢様、少しよろしいでしょうか」
「ミリスさん? ……うん、いいよ。発言を許可します」
少し考えて、私はそう言うことにした。
この場にはサイファさんがいるし、初対面の時には『仕える者の提案を受け入れる際には許可します、と応えなさい』って言われてるしね。
「ありがとうございます。とりあえず確認をさせてほしいのですが、狙ってそうなったというわけではないのですよね?」
「うん。なんとなくで選んだらたまたまハイポーションになりそうだった、というだけなんだけど……」
少々、拝見いたしますとミリスさんは私が選別した素材類を吟味するように見渡して、やがて『ふむ、なるほど……』と呟く。
「これらの素材は、イダノア丘陵で採取されたものですね」
「うん、そうだけど……」
「あのあたりでは良質な薬草類が群生している場所がいくつかありますが、その中にはハイポーションの原料となる素材も紛れています。それが、今お嬢様がお選びになった材料の中に紛れていました。だからかと思われます」
「そうなんだ……」
「ただ、ハイポーションにはハイポーションで、また適した作り方というものがあります。よろしければ、私がお教えいたしますが……いかがいたしましょう」
そうなんだ……。
鈴と顔を見合わせる。
もちろん、教えてくれるのなら教えてもらわない理由などない。
「それじゃあ教えてもらおうかな」
「私も、お願い」
「かしこまりました。では、鈴様は見やすいようにこちらへお越しください」
鈴がこちら側に回り込んできたところで、ミリスさんのハイポーションの作り方講座が始まった。
「ハイポーション――この場合は、MPハイポーションですね。作り方として、まず注意しなくてはならないことがあります。それは、この『ヒルアベリー』です」
「ヒルアベリー」
「はい」
野イチゴみたいなやつか。
それをミリスさんは、10個くらいまとめて取って、それを小鉢に入れると乳棒で手早く押しつぶしていった。
「こちらは、熱するとハイポーションを作るのに必要な薬効が損なわれてしまいますので、このままの温度で果汁を取らねばなりません。必然的に、混ぜるタイミングは最後になります」
「なるほど」
それから、ミリスさんはその他の素材はいつも通りに調合していき、このままいくとVTポーションが出来上がる、というところで一旦マナランプを離して、
「『コルダウン』」
【調合】スキルの、冷却用の魔法を使用した。
「このようにして、作製中の薬液を十分に冷ましたところで、先ほどのヒルアベリーを入れていきます」
お嬢様、どうぞ。と言われて、私は小鉢の中のヒルアベリーを、そのまま薬液の中に投下した。
その後、鈴がMPを込めると薬液が光り輝き、ポーションが完成したことを示すウインドウが表示された。
――新たなレシピを習得しました:MPハイポーション
【MPハイポーション】×5 消耗品/薬剤
MPを回復(大)、MP継続回復(小)、MAG強化(小/短)
より効率よくMPを補給できるように薬効成分を改良したポーション。
大半は熟達した者が手掛けたが、仕上げは駆け出しの調合師が行ったため、品質がかなり低下している。
市場に出回っているものの中では、少しだけ品質が良い
品質指数:450/1050
対応カテゴリー:(魔力の源泉)、(魔力補給剤)、(水)、(果物)
生産者:ミリス・モルガン、Mtn.ハンナ・ヴェグガナルデ、山田鈴
必要なスキル:調合
必要な材料:ヒルアベリー、(魔力の源泉)、(水)
【博識】注意点:ヒルアベリーは加熱しない。冷やした薬液に混ぜる。
「もし、他の薬草類と一緒に投入してしまった場合も、一応ハイポーションとしては完成しますが……品質は、お世辞にもいいとは言えない粗悪品ができてしまうでしょうね」
ふぅん、一応それでもハイポーションは完成自体はするんだねぇ。……品質は別問題として。
鈴の配信のコメント欄では、ハイポーションを作れたはいいものの品質がダメダメだった人がちょうど見ていたらしく、『そういうことだったのか! よし、拡散してから試しに行ってみるか!』と早速このことが拡散され始めたようだ。
そして――
パチパチパチ、と拍手の音が室内に響く。
そうだった、そういえば今はサイファさんもいるんだったよね。
「素晴らしいです。調合って、なんだかお料理みたいで面白いですね」
「……そういえば、サイファ様は趣味でお料理もなさるのでしたね」
おや。ミリスさんによってサイファさんの意外な趣味が明かされたけど……なんだか、雲行きが怪しくなってきたような気が……。
「えぇ。そうなのですが……実は、私が厨房に立とうとすると、なぜか皆さん、全力でそれを邪魔してくるんです。一体、なぜなのでしょう?」
あ……これ、料理させたらいけない奴だね。
きっと、サイファさんは完璧なように見えて、料理だけは絶対にできないとか、そういう人なんだろう。
「…………ちょっとだけ、興味が出てきたかもしれません。私も、やってみようかしら……」
サイファさんは、ミリスさんに視線を向けてみたが――ミリスさんも、今のサイファさんの話で大体のことが分かったらしく、
「……かしこまりました。私でよければお教えいたしますが――くれぐれも、自己判断でいらないものを入れようとはしないようにお願いしますね」
しかしまっすぐな視線で言われれば断りきることができなかったらしく、仕方がない、という雰囲気で了承したミリスさんであった。
「それはもちろんだけれど……なぜ?」
「調合は、料理と違って下手をすれば命に関わりますので……」
良かれと思って入れたものが原因で、毒ガスすら発生しかねない、と言われれば、さすがにサイファさんも恐怖を感じたらしく。
ちょっとたじろぎながらも、私達のところにやってきて、ミリスさんに調合のやり方を教わり始めた。
――って、結局やるんかい!
この後、当然のようにサイファさんは失敗を繰り返し、挙句の果てには様子を見にきたエレノーラさんにこの光景をがっつりと見られてしまい、サイファさんにアトリエ入室禁止が言い渡されたのだけれど――それは別の話。
あと、最後の一回で薬液が大爆発。
アトリエが滅茶苦茶になってしまって、数日間使用できなくなってしまったのでどうしてくれようか、と心の中で血の涙を流したのは言うまでもない。
――称号:毒と薬は紙一重 を手に入れました(薬剤の調合に失敗して毒薬を作る・毒ガスを発生させるかその一部始終を間近で見届ける/調合失敗時の毒ガス発生時に限定し、猛毒耐性微増)
――称号:調合はバクハツだ を手に入れました(薬剤の調合にファンブルして大バクハツを引き起こすかその一部始終を間近で見て猛毒+瀕死状態になる/調合失敗時のバクハツ・大バクハツに微耐性を得る)
――称号:教訓・計量は素早く正確に を手に入れました(料理または薬剤の調合でファンブル判定を出す。またはその一部始終を間近で見届ける/製菓または調合でファンブル発生条件を満たしたとき、ファンブル判定を僅かな確率で防ぐ)