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32.鈴に言い負かされる弟君


 夜になり、一旦夕食を食べにリアルに戻ってから、再びログイン。

 今晩は鈴も一緒にログインしてパーティを組むことになっていたので、屋敷内で合流するまで部屋で待機となる。

「……う~ん、でも探索前に食事かな。満腹度がヤバいや」

「食事ですか。では、私も一緒に取らせていただきますね」

「え? サイファさんも?」

「はい。ちょうどいいので、さわり程度にちょっとしたテーブルマナーも一緒にと思いまして」

 あ、そういうこと。

 まぁ、別にいいけど……。

「といっても、この後Mtn.ハンナ様は再びお出かけなさるということでしたから、ちょっとした豆知識程度のものですが」

 テーブルマナーの豆知識程度って、一体どんなものなんだろう。

 私もゲーム内で何度か体験したけど、いろいろカトラリーを取り換えつつ食べていく、みたいなことくらいしかまだイメージ付かないんだけど……。

 ミリスさんは、一応鈴の分も合わせて三人前用意するといって、部屋から出ていった。

 ミリスさんが部屋を出ていく際にサイファさんがなにか頼みごとをしていたみたいだけど……まぁ、今言っていた、テーブルマナーの豆知識に関することなんだろうな、とあまり深くは考えなかった。

 やがて鈴がやってきて、それから事情を話してサイファさんと一緒にローテーブルのソファーにみんなで腰かけたあたりでミリスさんも戻ってくる。

 配膳が終わって、サイファさんから先ほど言われた通りにテーブルマナー……の豆知識を聞くことになったんだけど、本当に豆知識程度のことだった。

 一応実践編もやらされた(そのためだけに、それほど厚くはないクラブハウスサンド的な料理を出された)けど、要は『サンドイッチにも一応はカトラリーは使えますよ』程度のことと、その際の扱い方くらいだった。

 鈴は興味深そうに試したけど……やがて断念して、そのままかぶりついていた。

 私も試したけど――うん、思いのほかスッといけた。

 食べ終わった後に探索前の日課としてステータス確認したら、【淑女(公爵)】スキルと【貴族】スキルが1レベルあがっていたから、多分そのあたりの補正を受けたんだろう。

 う~ん、相変わらず意味不明なスキルだ。

 それから準備を整えて、私は再びイダノア丘陵へと向かった。

「……う~ん、新しいモンスターが出始めてる? アップデートのせいかな」

「多分そうかも。アプデ内容に、一部エリアの出現モンスターの調整ってかいってあったし」

 夕方に来た時には、出現モンスターはアプデ前と変わらない内容だったけど、夜になったら明確にその差が出ていた。

 野営中なのか眠りこけているゴブリンやリザードマン達はいいとして、なにやら白っぽいもやもやがそこら中にただやっており、それらにも敵モンスターのマーカーが付いていたのだ。

「あれは、ホロウスピリットですね。怨念の一種ですが確固とした意思を保てておらず、あのような形となっているのです」

「ホロウスピリット……非実体型のアンデッドか……」

 掲示板では、墓場などのいかにもなエリアでしか出てこないという話だったけど……。

「この辺りは、あまり知られてはいませんが古戦場ですからね。夜になるとあのような存在が出てくるというのも、納得できる話ではあります」

「もっとも、確固とした意思を持たないがゆえに周囲の生物に無差別に襲い掛かりますので……あぁ、ちょうどいい。あそこで野営中のクリーチャー達が襲われていますよ」

 ホロウスピリットは、野営していたゴブリンとリザードマンの混成部隊に憑りつくと、そのまま緩やかに相手のVTを減らしていった。

 一方で、憑りついているホロウスピリットはVTの緑色のゲージの上に、赤い部分が重なって伸び始めていることに気づく。

 ――あれ? 普通、レッドゾーンだと背景は透明になるはずじゃ……。

 そう思って、いや違う、と即座に否定する。

 あれは、最大VTを超えて、回復しているんだ。

「ホロウスピリットの恐ろしいところは、ああして、周囲の生物に無差別に襲い掛かり、生命力を吸収して自身の活動力に変えてしまうという点にあります。単体だからと慢心して手を出したら、数多の生物を吸い殺して活力に満ちた強敵だった――などという話は、よく耳にします。くれぐれも、手を出すときは慎重に」

「わかった、気をつける」

「それから、ホロウスピリットは死してなお現世にとどまる不浄の存在。火属性をはじめ、弱点は複数あります。鈴様は、【火魔法】や【水魔法】は使えましたよね?」

 鈴はコクリと頷いて、任せてと力強く言った。

「【雷魔法】はどうかな?」

「前身である光魔法は属性としては有効です。ですが、光魔法は威力に乏しいのであまりお勧めはできません」

 確かに言えてる。

 それじゃあ、私は後方に控えていた方がいいかな。

「【火魔法】なら、威力の低い魔法でも牽制にもなります。が、『ヒートウェイブ』は総合的にはそこそこの威力があるものの、今回求められるのは瞬間火力ですので、やはりお勧めはできません」

 なるほどね。

「それじゃ、私はいつも通り後方でみんなの応援かな」

「それが一番かと」

「そっか……。…………そういえば……」

 ふと、私は一つだけ可能性が思い浮かび、最後に一つだけヴィータさんに質問してみる。

「アレに【回復魔法】掛けたらどうなるかな」

「お嬢様。あれはすでに死んでいます。【回復魔法】は無効化耐性を持っていますので、かけても無効化されて意味がありませんよ」

「ありゃ。そうなんだ……」

 別のゲームで『アンデッドには回復魔法』というケースがあったので聞いてみたんだけど、ファルティアオンラインでは回復魔法にも一応は耐性の設定があるらしく、主にアンデッド系の『すでに死んでいる存在である』という表現の強化のために使われているみたいだ。

 芸が細かいな。

「それじゃ、探索始めよっか。明日はがっつり調合三昧の予定だから、いっぱい集めておかないとね」

「うん」

 それからは、ゴブリンやリザードマンと戦ったり、調合材料を採取したり、ホロウスピリットを(鈴やヴィータさんが)割とあっさり倒したり、クリーチャーの拠点に突っ込んだりとかなり濃厚な時間を過ごした。

「う~ん、これならかなりのポーションが作れそうだね」

「そうだね。……ねぇ、お店のこと。あれから、進展あった?」

「うんにゃ。内装工事が始まったっていう話を聞いて以降は、特には」

「そう……」

 鈴は、なにやら思案顔だ。

 とりあえず、私の特性で敵性NPCを引き寄せては考えたいことも思うように考えられないだろうし、ということで一旦屋敷に帰ることに。

 明日の調合三昧の事前準備(主に素材類を収納箱にしまったりなどだ)をするために屋敷内の廊下を歩きながら、鈴がその考え事を纏めるまで待つ。

「ミリスさん、エレノーラさんから、お店のことは何か聞いてる?」

「工事は順調に進んでいるそうです。ただ、やはりこの手の作業には時間がかかりますからね。今月末まではかかる、とのことでした」

「そう……。ありがとう。具体的な目途が立っているなら、よかった」

「鈴、もしかしてリスナーさんから?」

「それもあるし、プレイヤーたちの中でもまだなのかっていう声が少し上がってた。だから、この辺りで少し途中経過を聞いておきたくて」

「なるほどね」

 まぁ、ゲームなんだからすぐに建築も終わるだろう、って思っているプレイヤーは多いだろうし。

 でも、既存の店を買うならともかくとして、エレノーラさんは工事云々って言ってたから、ある程度の時間を要することは私達は考えていた。

 それは、鈴の露店に来てくれている人達の大半も同じ考えを持っていたので、せかしてきているのはほんの一部のプレイヤーなんだろうけど。

 それでも、鈴の心情的には、そろそろ焦りが出てきていたのかもしれない。

「大丈夫。今のを聞いて、リスナー達も落ち着いてくれたみたいだから」

「それならよかったけど……」

 ともあれ、鈴が言うように大体これくらい、っていう目途が立っているならそれに向けた準備も可能だ。

 ちょうどそのころは公式イベントの開催日が近づいているころだし、タイミング的にも良好。

 公式イベントの準備と併せて、同時進行で推し進めることができそうだった。

「目下の問題は、他のプレイヤーとの差別化。は、ハンナに任せるとして」

「えぇ、私!?」

「当然。品質指数が高いポーションは、現状ではハンナの専売特許。私のところに来てくれるプレイヤーも、半分はそれ目当てで来ている。だから頑張れ」

「あはは……」

 まぁ、お客さんが付いてくれてるなら、それは頑張る原動力にはなる。

 がっかりされないように、品質指数が高いもの、いっぱい作らないとね。

「ちなみに、私は売り子さんを頑張る予定。もちろん、私も自分のポーションは売っていくけど」

 今の感じだと、それがベストになってくる、のかなぁ。

 とにかく、今はお店が出来上がるまでの準備期間。

 私達のお店がうまくいくかどうかは、今が一番大切と言ってもいいだろうし、ポカしないように心がけないとね。


 さて、そんな話をしながら屋敷内を歩いていると、前方から歩いてくる人の気配が、数人分。

 屋敷の中はSECUREが300ととてつもなく高いので、敵性NPCというわけではないし……使用人さんかな。

 気配の出どころである、別館へと続く渡り廊下の方へと曲がっていくと、そこにいたのは――

「あ、オリバー君だ。こんばんは」

「……っ、姉上……」

 あ~、やっぱり敵意は向けてくるかぁ。

「令嬢教育はどうなされたのですか? こんなところで遊び惚けていたら、お母様に怒られますよ?」

「う……」

 痛いところを……。

 でも、本当にそこのところはあいまいにされたからなぁ。

 毎日受けないといけないのか、それとも数日おきでいいのか。その辺りは、何ともいわれていないのがちょっと怖くはある。

 ただ、サイファさんの様子を見る限り、エレノーラさんに悪く思われているという印象は受けないけど。

「鈴嬢。あまり姉上を甘やかさないでもらえないか」

「……なぜ?」

「なぜって……それは、先日鈴嬢も同席されていたのならわかっているだろう? 姉上には令嬢教育が……」

「そうですね。確かにそれはありますね。それで? ハンナは昨日、きちんと受けてたみたいですけど? それに、サイファさんも今日私達が冒険に出ていたことについて、特に咎めてはいませんでしたよ。それとも何でしょうか。オリバーさんは、キチンとエレノーラさんに確認を取ったのですか? そうだというなら、私達がこれから再確認しに行っても構いませんね?」

「うっ…………くっ!」

 私がオリバー君の詰問にたじろいでいると、横合いから鈴がものすごい勢いでまくし立てた。

 う~ん、これ、いいのかな。何か問題でも起こらなきゃいいんだけど……。

「オリバーさんこそ、こんなところにいていいんですか?」

 鈴は、最後の一手、と言わんばかりに一歩歩み寄って、じっとオリバー君に視線を合わせながらそういった。

「ぐっ…………。し、失礼する……!」

 オリバー君は、言葉を返す余裕がなくなったのか、バタバタ、とそのまま逃げるように立ち去っていった。

 あとに残された私達は、

「……今ので、よかったのかな?」

「さぁ? でも、私は間違ったことは言っていない、と思う」

 しばらくその場に呆然と佇み。

 やがて、やってしまったことは仕方がない、と結論付けて、さっさと別館のアトリエへ向かうことにした。


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