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30.ランクアップチャレンジ:令嬢生活は難しい


 食堂へ着いた私達を出迎えたのは、先ほど私がサロンに出向いた時と似たような視線だった。

 エレノーラさんの歓迎するような視線、ウィリアムさんの見定めるような視線。そして相も変わらず、私――今回は私達――に鋭い視線を向けているオリバー君。

 鈴は、ちらりとオリバー君に視線を送ると、やれやれ、と言わんばかりにため息をついた。

「……では、食事を始めるとしよう」

 致し方なし、と言いたそうに頭を振って、ウィリアムさんはそう音頭を取った。

 そうして始まった晩餐会。

 私はモーションアシストを再びオンにしているからあれだけど、鈴も周囲を軽く伺っては真似するようにマナーを遵守しようと頑張りを見せている。

「……時に、ハンナ。君は、私の留守中に無理をしたそうじゃないか」

「えっと、はい……。その節は、申し訳ありませんでした」

「あぁ。君は時間さえあれば解決した問題を力づくで解決しようとし、結果として人数こそ少なかったとはいえ、他人にも迷惑をかけた。その責任は、君自身でとらないといけない。これはわかるね?」

「はい」

 まぁ、ウィリアムさんの言っていることも事実だし、言い返すことはできない。

 あの時はマナさんの機転で最善のクエストエンドを迎えられたけど、あれが一つでも間違っていたら、きっともっとクエスト終了まで時間がかかっていたことだろう。

 下手をしたら、数日単位で時間がかかっていたかもしれない。

 そうなれば、全員が学生の樹枝六花のみんなにも貴重な時間を使わせてしまったかもしれないし、そうなっていたら迷惑どころでは済まされなかったはずだ。

「うむ。心得ているようで何より。……そこで、君にどう責任を取ってもらうかだが――エレノーラと魔道具を介して直接相談して話し合った結果、君があちらの世界ではどうであれ、こちらの世界では私達の娘という扱いになっている、という自覚をこれまで以上に持ってもらうことにしてもらった」

「はぁ……」

 う~ん……?

 よく、話が見えないな……。

 私は思わず首を傾げる。ついでに、対面に座っていた鈴も、当事者の一人としては妨害クエストの顛末が気になっていたらしく、やはり首を傾げる。

 結局、私は何をすれば許されるんだろうか。

 私達の疑問も、今の言葉だけだとわからないだろうとわかり切っていたのか、ウィリアムさんはごもっともと言わんばかりに頷いて、その驚くべき結論を話し出した。

「というわけでハンナ。君には社交界に出てもらうことにした」

「社交界?」

「ああそうだ。貴族令嬢としての意識を持ってもらうなら、やはりそれが一番手っ取り早いからな」

「差し当たっては、あなたには時間がある時に令嬢教育を受けてもらうことにしたわ。まぁ……何かと理由をつけて逃げるのも構わないけれど――その時は、きっと面白いことになるでしょうね」

 言いながら扇子を開いて、鈴の方を見やるエレノーラさん。

 ひぃ、なんか怖そうな微笑を浮かべているんだけど!?

 鈴を見ると、真っ青な顔になってブンブン、と首を縦に振っている。

「わ、わかりました……。時間がある時は、極力令嬢教育を受けさせていただきます……」

「まぁ、ありがとう……! あなたならそう言ってくれると信じていたわ!」

 私がそう答えると、エレノーラさんはあたかも感動しました! と言いたげな表情で両手を合わせて大喜びした。

 ……ま、まぁ、怖かったのは事実だけど、そもそも公爵令嬢っていうクラスだし、その程度はあっても当然かなって思ってたし。

 むしろ、その時がようやっと来たか……とすら思うくらいだったんだけどね。

 でも、本当の恐怖はここからだった。

「ちなみに、この話自体は、このタイミングで――つまりは、夏の社交界シーズンが近づいてきた段階で君に伝える腹積もりだったんだが――」

「この前の一件で、さすがに私達も肝を冷やしてね。令嬢教育に対してより一層身を粉にしてもらうべく、本来予定していたよりも厳しい先生をお呼びすることにしたの」

「私達の娘であると同時に異邦人だから――と遠慮をして、本来ならば穏やかで優しい家庭教師の採用を予定していたのだが……。予定を変更して、少々厳しめの方に来ていただくことにした次第だ。自由を尊ぶであろう君にとっては、おそらくそれが一番の薬になるだろうからな」

「えぇ、その通りよ。だからね、ハンナちゃん……ぜひ、彼女たちを受け入れてくれると嬉しいわ」

 う……また、さっきの視線。

 形だけはお願いするような格好を取っているけれど、目はとても笑っているとは言えないし、何なら扇子で口元を隠しているのがより一層怒りを隠しているように見えてならなかった。

 私は、それに頷くことでしか返事を返せなかった。

「まぁ、嬉しいわ! 私達があなたのガヴァネスにと呼んだ方を、あなたは受け容れてくれるのね! それじゃあ、早速手配していた先生をお呼びしなくてはいけないわね」

 え、うそ。

 もう紹介する準備まで万端なの!?

 せめてこちらにも心の準備をする時間くらいは欲しかったんですけど!?

 そんな私の心の叫びを無視して、非情にも食堂の扉は開かれる。

 扉が再び開かれて食堂に入ってきた彼女は、妙齢の女性。

 釣り上がった目が、とても厳しそうな印象しか受けない女性だ。

 ――この人が……私の、令嬢教育を担当する先生?

 彼女は入り口付近のお誕生日席に立ち、エレノーラさんの合図に従って自己紹介を始めた。

 ゴクリ、と喉を鳴らして唾を飲み込む。

 鬼軍曹――とでも言いたくなってしまいそうなその女性が、ついに口を開いた。

「奥様のご紹介に預かりました、サイファ・ロレーリンと申します。以前はエリリアーナお嬢様に対する王太子妃教育を任されておりました。此度はMtn.ハンナお嬢様にお教えできる機会をいただけたこと、恐悦至極にございます。Mtn.ハンナお嬢様に置かれましては、以後お見知りおきいただけますようお願い申し上げます」

 ひぃ、この人、とんでもない爆弾発言したんですけど!?

 というか、妃教育を担当していた人ってめっちゃくちゃ厳しい人間違いなしじゃん。

 ――あ、私、もしかして……詰んだ?

 お願いします、別の人と変わってください。

 ……などと、言えるような雰囲気でもなく。

「よろしくお願いします」

 私がそう答えたところで、早速サイファさんの不興を買ったらしく、最初の小言が飛び出してきた。

「なるほど……噂はかねがね聞いておりましたし、食事風景や日常風景もこの家に私が到着して以降、密偵殿の協力を得て常に覗いておりましたが。やはり、エリリアーナお嬢様とは別人になられたのですね。それも、どちらかといえば――いえ。私語は慎むと致しましょう。ですが、これは鍛えがいがありそうですね……。見事なマイナス100点ぶりです」

「そ、そこまで……ですか」

「はい。まず、歩き方と椅子への座り方、そして食事のマナーがなっておりませんでした。あれで社交界に出れば真っ先に笑われ者にされて爪弾きにされるでしょうね。

 それから従者に対して下手に出ていたのもマイナスです。従者に対しての扱いはすぐにでも直してください。良いですか、貴族社会で上下関係は何よりも重要なものです。特に使用人に対してはそうです。

 相手はお嬢様に仕える身なのです。相手が自己紹介をしたり提案などされたりした際に、側仕えや護衛などで下につけてもよいと、仕事を任せても良い判断としたなら、以降は『お願いします』ではなく『許可します』とお応えください」

 ひぅ、手厳しいというか、厳しすぎる……。

 鈴も自分に言われてるわけでもないのに顔を引き攣らせてしまっているし、同じく対面にするオリバー君など、私に敵意を向けていたはずが、ポカンとした表情で私とサイファさんを見比べている。

 ――って、現実逃避してる場合じゃないよ!

 えぇと、とにかく返事を返さないと。

 ここは、差し支えないように『わかりました』くらいでいいのかな。それとも、『わかった』にした方がいいのかな。

 でも、一応この人は先生だし……。

「わ、わかりました」

 結局、私は『わかった』ではなく『わかりました』と言うことにした。

 サイファさんは、何とも言えないような――おそらくは、まだ不満顔――で、しかしそれでも構わないだろうととりあえずは合格点を出してくれた。

「はい、結構です。……では、Mtn.ハンナ様におかれましては、私を受け容れていただけるとのことでしたので、まずは普段お嬢様の御世話係をしている方と打ち合わせをさせていただきます。エレノーラ様、よろしいでしょうか」

「許します。ミリス、一緒に行きなさい」

「かしこまりました」

「お嬢様が立派な淑女となられるまで、末永くお側にいられることを期待しております」

 最後にそう言って、サイファさんは深々と貴族らしい礼――なんていうだっけ、これ。とにかく、とてつもなく下手に出てきた。

 そして、礼から治ると、そのままミリスさんと連れ立って食堂から出て行ってしまう。

 呆然としてしまっていく扉を眺めていると、エレノーラさんから声をかけられた。

「さて……では、サイファさんはミリスと共に今後のマナーのことに関して話を詰めてきてくださいな。それが終わり次第、ハンナは今晩からサイファさんの教えに沿った動きを心掛けるように。サイファさんがいない時は、ミリスから礼節や動き方に関する指導が入るでしょうから、それに大人しく従うこと。もし破ったら――わかりますね?」

「は、はい。ぜひ努力させていただきます」

「結構です。……これに懲りたら、無茶をするのはやめるのですよ?」

「はい……」

 妨害クエストは、発生さえすれば受けなくてもヘイト値自体はゼロにできる。

 さらに同種のペナルティをもらうのを防ぐためにも、今後は極力妨害クエストは拒否することにしよう。

 眼前に表示されていたランクアップチャレンジのウインドウを確認しながら、私はそんなことをつらつらと考えるのであった。


 ――ランクアップチャレンジ:令嬢生活は難しい に失敗しました。これにより、当該チャレンジは自動で挑戦中へ移行します。

 ――条件を満たしたため、ランクアップチャレンジの詳細情報が開示されます。

『ランクアップチャレンジ:令嬢教育は難しい

 貴族の世界は恵まれているように見えてなかなかに過酷です。

 生き残るためには、最低限の礼節・作法を身に着けることが何よりも肝要。

 用意された指導役NPCから出される課題をこなしていき、指導役NPCから合格サインをもらいましょう。

攻略のヒント:

1.達成判定は印象値が判定開始時に-20以上になっていれば確率判定により行われ(最低合格率80%)、指導役NPCの印象値が高ければ高いほど合格率が高くなります。印象値の最大値は+100ですが、判定開始のタイミングで0以上であれば合格確定となります。

2.参照される数値は評価値ではなく特定のNPCからの印象値です。印象値は性質が好感度とほぼ同じものですので、ただ課題をこなすだけではなく、指導役NPCとの普段の接し方にも気を配りましょう。

印象値/サイファ・ロレーリン: -90/0

サイファ・ローレルのコメント:

 どこかの隠し子と同じかと思いましたが、こちらの指導に耳を傾けるだけの脳はあるようですね。矯正自体は可能でしょう』



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