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29.弟と邂逅


「お疲れ様、華」

「鈴もお疲れ~」

 昼食のために一旦ログアウトし、私達はリアルへと戻る。

 鈴は昼ご飯を食べながら、メッセージアプリで事務所と連絡を取り合っているようだ。

「ん〜……これは、まずい流れかな? 私は一陣勢ということもあって、リスナーからの反応が良かったみたいだけど……他の購入済みメンバーの配信で一人だけ、調子が振るってない子がいるみたい」

「そうなの?」

「うん。……もともと、こういうゲームは初めてって言ってて、第二陣からの開始だったんだけどね。パッとしないスターティングだったのかも」

「大丈夫?」

「う~ん……、フォローに向かってあげたいんだけど……選んだ場所が、正反対の北西の街、なんだよね」

「北西の街っていうと……」

 あぁ、確か鉱山と金工の街、だったっけ。

「フェルペンスかぁ……あそこ、金属製の物がとても安値になるんだっけ?」

「うん。山地ということもあって、付近には薬草類もたくさん生えている土地柄らしいから、NPCのポーション類もコスパ的にヴェグガナークに次いで第三位。冒険するなら、RPG初心者にはうってつけの場所なんだけど……」

 それでも、うまくいかなかったと……。

「私とは別の子がそれなりに近い街にいるみたいだから、その子がフォローしに行くって」

「そか。それはよかったね」

「うん……」

 鈴たちにも、いろいろあるんだなぁと他人事のように(事実私にはそうなのだけど)思いつつ、私は残りの一口を口に頬張って、ごちそうさまをした。


 昼ご飯を食べ終わった私達は、それぞれのタイミングで再びゲームにログインする。

 二人してアトリエにログインした私達は、軽く会釈すると、

「それじゃ、私は本館の自室に行ってるから」

「うん……。何かあったら、行けばいいかな?」

「どうだろうね……」

 弟君関連でもうすぐにでもユニーククラスがらみのイベントに進展があると伝えると、鈴はそれならそれでいいと言って、図書館の方へと向かっていった。

 私も私で、自室へと向かって歩いていく。

 すると、角を曲がったあたりで侍女の一人と遭遇し、

「あ、お嬢様。こちらにいらっしゃいましたか。奥様から、旦那様と弟様が返ってきたのでサロンへ向かってほしいと伝言を預かっています。ついでに食堂でお食事も一緒に取る様にと」

 と言われたので、行先を急遽サロン――要は談話室へと変更することになった。

 あぁ、ついに弟君とのお話かぁ。

 う~ん、ドキドキするなぁ。

 どんな子なんだろうと興味と期待に後押しされながら、私はエレノーラさんとウィリアムさん、そして弟君が待っているであろうサロンへと足を運ぶ。

 開いた扉の先で私を待っていたのは、三者三様の視線。

 エレノーラさんからは、私がゲームを始めた初日の夜と同じ、私を歓迎するような視線。

 ウィリアムさんからは、何やら探るような、様子をうかがっているような視線。

 そして弟君と思われるほぼ同年代のように見える少年からは、突き刺すような敵意しか感じられない視線だ。

 う~ん、特に弟君からの視線がひどいな。

 その敵意は主に私を介してエリリアーナさんに対し送っているのだろうけど――その体は、今は私が動かしているので、結果として私に向けられているのとほぼ同義といえた。

「エレノーラさん、来ました。あとウィリアムさんお帰りなさい。えっと、オリバー君も」

「はい。ただいま帰りました」

「えっと、あはは……」

 うわどうしよう。

 挨拶自体はこの上なく丁寧だったけど、全然歓迎されてないよねこれ。

 とりあえず、案内されるまま引かれた椅子に座って、それから周囲の様子をうかがう。

 もちろん、ここに来るまでにモーションアシストはオンにしておいたので、最低限動作は見苦しくはなかった。はずである。

「……ずいぶんと、ぎこちなくなったものですね、姉上……」

「そりゃあ……私、マナーとかまだ全然ですし」

 だが、弟君にとってはそれでもまだ不合格点だったらしく、言いとがめられてしまった。

「オリバー。控えなさい」

「ですが父上――」

「くどいぞ」

「…………っ」

 さすがに出合い頭に敵意むき出しで突っかかったのはウィリアムさんにとってもダメだったらしく、オリバー君は厳しくとがめられた。

 それがオリバー君的には耐えられなかったらしく、そのまま席を立って部屋から走り出ていってしまった。

「あ、あはは…………えっと、私、来たらまずかったです?」

「いや。もともとはあれを紹介するために君をここに呼んだのだから、来てもらわねばこちらが困っていたところだったよ」

 しかし……と、ウィリアムさんは私越しに開いたままの扉を見やる。

「あれには、君がすでにエリーとは違うのだ、ということを口を酸っぱくして言い含めておいたのだがな……やはり、駄目だったか……」

「私は彼にどう接すればいいんでしょうか……?」

「できれば、姉として接してほしいと思っていたところだが――あの様子だと無理だろうな。それに、あれでは異邦人としての君や鈴嬢にも危害が及ぶとも限らん」

「危害、ですか……?」

「あぁ。エレノーラの手紙にも書かれていたが――鈴嬢のことだ。あちらの世界での君の双子の妹ということで、エレノーラもいろいろ適宜を図ったそうだが――」

 鈴にも、何かしらの影響が出る、とか……?

 それは、ちょっと困るかなぁ。

 撮れ高的には、いいのかもしれないけど。

「あれで一応は、当家の次代を担う嫡男ではあるのだが…………やはり、そろそろ潮時ということなのだろうか……」

 ウィリアムさんが、再び私を見定めるような視線を向けてくる。

 それが、新しいクエストか何かのフラグになっていそうな気がしなくもなくて――

「おや。どうかしたかね」

 ウィリアムさんが、怪訝そうな表情で私を見つめてきた。

 じっと見つめすぎたかな。

「あ、いえ……別に…………」

「そうか? ならばいいのだが」

 慌てて取り繕うも、何かのイベントか何かのフラグが立ったのではないかと一つの懸念を抱きつつ、私は用意されていたお茶に一口、口を付けた。


 その後は、主役である弟君が感情のままに暴走してこの場を脱走してしまったことで場が白けてしまい。

 もはや話の続きをする空気でもなくなってしまったということで、この場はお開きとなった。

 これにより、弟関連のイベントもひとまずは終わったのでやることがなくなってしまった私は、再び鈴と合流するべく図書室へと向かった。

「あ。ハンナ。お疲れ様」

「お疲れ〜、鈴。散々だったよ……」

 サロンであった一幕を事細かに鈴に教えてあげたら、鈴は予想していた範囲の内だったのか、やっぱりそうなったか、と口に手を当てて笑いながらそう言った。

 おぉ……。私のこと絡みで笑っているんだけど、ゲーム内で令嬢やってる私よりお嬢様っぽい。

 私も負けてはいられないな。

「鈴は、エレノーラさんからの課題は進展あった?」

「ん~、全然。【言語】スキル、あまり成長しなくて……」

「まぁ、第二スキルだし、仕方がないか……」

「うん。他の生産職が、生産活動の片手間に読書して、それを数週間でようやくレベル10。私は、彼らよりは読書できる機会にも恵まれているし、読書する時間も多くとってるけど、それでもまだ5レベル」

「そかぁ……」

「それだけじゃない。前提条件のうちのもう一つ、【知見】派生条件もわかっていないから、課題を達成できるのはまだずっと先の話」

「あぁ~、それもあったねぇ……」

 【知見】スキル。これも、私が【博識】スキルのツリー情報で調べた限りでは、本を読むことでレベルが上がり、さらに生産活動や採取活動をすることでもレベルが上がるらしい。そういった意味では、【言語】スキルはあくまで通過過程であり、真の【博識】の前提スキルはあくまでも【知見】スキルということになるのだろう。

「まぁ、気長にやっていくだけだけどね……。読書も、こうしてやってみるとなかなかに悪いもんじゃないってわかったし」

「おぉ~、新たな趣味の開拓!」

「うん、結果的に。今度、リアルでも面白そうな作品、なんか探してみようかな……」

 なんか、意外なところで新しい発見与えてくれるなぁ。

 私じゃなくて、鈴が、なんだけど。

 これほどプレイヤーたちの中で苦戦が続いているにも関わらず、【博識】スキルを求める人が継続して読書をしているのは、単純に【博識】スキルの恩恵が大きいからだけじゃなくて、そういう理由もあったのかもしれない。

 それ以降の時間は図書室で本を読んだり、アトリエに行って調合三昧をしたりして過ごしておおよそ平穏な時間を過ごせていたのだが。

 夕方が近づいてくると、またしてもエレノーラさん付きの侍女――リサさんがやってきて、再び波乱の兆しが出てきた。

「失礼いたします。お嬢様、鈴様」

「なんでしょう、リサさん」

「奥様より言伝を預かって参りました。まず、お嬢様におかれましては改めて弟様をご紹介したく、本日はご夕食の席を用意したいとの言伝を預かっております。お嬢様にはお話したいこともあり、可能であれば参加していただきたい、とのことですが――ご参加くださいますか?」

 最後は、疑問形だけどやや強めの口調。どうやら、好感度的には拒否権はないみたいだ。

 侍女さんがそう言い終わると同時に、私の視界には一つのメッセージが表示される。

 ――ランクアップチャレンジ:令嬢生活は難しい に挑戦できるようになりました。

 このタイミングでこれが来るの?

 いったい、チャレンジの内容は何だろう……。

 悩んでいても仕方がないし、ランクアップしないとそもそも成長もできないので断る理由もない。

 私は二つ返事で話を受けることにした。

 それから、リサさんは鈴にも視線を向けた。

「それから……今回は、鈴様にも弟様をご紹介したいとのことで、参加が可能なようであればお席を用意する、とのことでした。いかがいたしますか?」

 思わぬ申し出に、私達はとっさに鈴と顔を見合わせる。

 少し考えたのち、鈴はコクリと頷いて、参加の意思表明を渡しにしてきた。

 そしてそのままリサさんにも返答する。

「…………わかりました。それでは、二人で参加させていただきます」

「かしこまりました。では、奥様にそのようにお伝えいたします」

 そう言って、リサさんは部屋から出ていく。

 去っていくリサさんを見送ってから、私は鈴にどうして参加する気になったのかを聞いてみる。

「単純に、興味本位。あと、ハンナの話を聞いた限り、弟君はとても感情的で短慮。この屋敷に出入りするなら、顔見せ程度はしておいた方がいいと思って」

 なるほど、確かにそれは言えてる。

 あの感じだし――鈴が私の関係者だと知ると、ここで顔見世しておかないと、後々不審者扱いされた挙句難癖付けて追い出されかねないし。

 ウィリアムさんやエレノーラさん達の力を借りれば、それでも何とかなかったことにはできるだろうけど――鈴の精神衛生上、あまりよろしくないのは確かだしね。

 そうしてゲーム内での夕食の時間が近づくと、再びリサさんがやってきて、食堂へと案内し始めた。

「では、食堂へお連れいたします。……その、弟様のことにおかれましては…………」

「うん。まぁ、大体のことは、見逃すつもりで入るけど……」

 私は前に、鈴にプレイヤーのこの世界での立場を教えたことがある。

 だから、貴族たちが私達に害をなそうというなら、大体は私達が有利に立ち回れるような仕組みなっていることを、鈴も知っていた。

 これは、それに関連する受け答えで、少なくとも今回のゲーム内での会食イベントの間は、鈴自身が何かしらの実害を被っても、目を瞑るつもりでいるということだった。

 まぁ、登場したてのキャラクターに対してあれこれ文句を言うのも、鈴的にはよろしくないと感じたんだろう。

 ゲーム内密着配信中だし、鈴自身のリスナーへの配慮ということもあるのかもしれないし。

 ともあれ、私は私で、何かエレノーラさん達から話があるみたいだし、いまはそちらの方を気にしないといけないだろう。

 ランクアップクエストのタイトルのこともあるし、一体何を言われるのだろうな、と思いながら、私はリサさん、ミリスさんに続いて食堂へと向かった。



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