25.テスト明け
ここは、私――山田華や私の双子の妹である鈴、そして私達の幼馴染みである友永佳歩ちゃんが通う公立高校の、とある一年生用のHR教室。
私は今、今回の期末考査最後のテストと必死に格闘していた。
トン、トトン。ス、スー……。
耳に入り込んでくるのは、ペンタブの上をペンが走る音。
操作しているのは私で、ペンタブレットの液晶には見本用の写真を基に描いている、私のイラストが表示されている。
この光景を何も知らない外部の人間が見れば、私は学校の教室で、テストの最中に堂々とお絵描きをしているように見えるのだろうが。
無論、そういうわけではない。これは私にとって立派な美術の期末試験であり、お題として示された写真画像を見本に、私らしさをアピールした画風でイラストを描け、という何ともな内容のテストなのである。
今このHR教室には、私と同じクラスに割り振られたクラスメイト全員が集まって、同じように授業を受けている。
おおよそ3割程度の人は私と同じ科目のテストを受けているので、それぞれの液晶を覗けば、その人ごとに異なった趣きの、実に華やかな画面が映し出されているはずである。
ちなみに、残りの七割の人達も、それぞれ違う科目のテストを受けているはずである。
それは、この時間が『芸術』のテストだからだ。
きょうび、何でもかんでもパソコンで授業を受ける時代である。
ならばこそ、芸術のような人によって内容が異なるテストであっても、一々教室を移動せずともこうして一つの教室内で済ませられてしまう。
――ん~、大体、こんなものかな。
見本の写真と見比べてみる。
おおよそ、写真内に映し出されているものはすべて書き写したはずだ。
無論、書いているのはイラストなのだから全く同じようにというわけにもいかないし、私の個性が出てしまっている分、ややアニメ調のイラストにもなってしまっているが――課題である私らしさを出した模写イラストは完成しているので、これで問題はないはず。
これで一旦『解答終了』ボタンを押して、このイラストをキープしておく。
こうしておけば、いざ追加で編集を入れている最中に時間が来てしまっても、キープしておいた状態のイラストがそのまま先生のところに行くので、0点にはならないという仕組みだ。
――ん。残りは後5分くらいか。結構時間を使っちゃった。
軽く見直す時間もほとんどないな、と思いながらも、それでも可能な範囲内で見直しをしていると、やはり途中でテスト終了を報せるチャイムが聞こえてきた。
同時に、私の画面ではテスト時間終了を報せるウインドウが表示されており、確認ボタンを押さない限り一切の操作を受け付けない状態になっていた。
この状態で確認ボタンを押すと、テスト画面自体が閉じて、普段私が学校で使わせてもらっているPC端末のメイン画面に戻る様になっている。
もちろん、迷うことなく押してしまう。
どのみち押さずにいても、1分後には自動で同じような処理が行われるようになっているのだ。
ややあって、テスト監督を務めていた担任の先生(たまたまこうなった)が傾注を促してHRをさくっと終わらせる。
何せ今日はテスト最終日。つまり、この後生徒たちはようやく禁欲期間から解放されて、部活がある人は部活動、そうでない人もそれぞれが思い思いのことに存分に打ち込むことができるようになったのだから。
そして先生たちは――この後、テストの採点という、地獄の時間が始まるんだろうな。
なにせ、一学年だけでも百数十人といるんだし。それを数日以内に終わらせないといけないなんて、地獄以外の何ものでもなさそう。
半日にも満たず、一日二、三科目のペースで行われるのも、その日のうちに少しでも採点業務を終わらせるためなんだろうな。
ともあれ、私はこのあとやることなんて特にないし。
「んっ、ん~……はぁ。ようやっとテスト期間が終わったぁ~。鈴も今日はオフらしいし、合流して一緒に帰ろうかな……」
このまま家に直帰して、ファルティアオンラインにログインかなぁ……なんて考えていたら、後ろから佳歩ちゃんが話しかけてきた。
「華ちゃんお疲れ~。確か、今日は鈴ちゃんも休みだったんだよね。鈴ちゃんも誘って、一緒にギャラバいこ」
「おお、いいねぇ」
ギャラバ、正式名称ギャラクシーバックス。世界的にも有名なカフェチェーン店だ。
様々なフレーバーのコーヒーを販売していることで有名で、学校の近くにも出店しているので学校帰りに寄る人も多い。
もっとも、その向かい側にはライバル企業のトトーレカフェも出店してきているので、うまい具合に客は分散しているんだけどね。
手早く帰り支度をすると、ちょうどよく隣の教室から私のいる教室へと入ってきた鈴と合流して、学校付近のギャラバへと移動する。
そして店内で注文をして、それぞれが頼んだ商品が届いたらそのまま店内の空いている席に腰を下ろした。
喉も乾いているし、まずは駆け付け一杯。
「……ん~っはぁ、癒されるぅ~」
「あは、華ちゃんすごい飲みっぷりだね」
「喉乾いてたしねぇ。それじゃ改めて――皆、テストお疲れ~。」
「うん。テスト期間中ずっと禁欲してたから、これで存分にゲームに打ち込めるよ」
「私も。イベントとか、夏休みはてんこ盛りだし、無理しない程度に楽しむ」
「……鈴は、本当に無理しないようにね」
「善処はする」
鈴の言うイベントは、ゲーム――ファルティアオンラインの公式イベントとかじゃなくて、アイドル活動の方のイベントだ。
夏といえば夏休み。
特にお盆シーズンとかそのあたりは、各地に帰省する人がいたり、旅行に出かけたりする人などで大移動が起きるから、ツアーとかフェスとかのイベントが毎年行われるんだとか。
「でも、今年は少し特殊。だから、夏休みの大イベントも、期間中はそれなりに家にいることができるはず」
「そうなんだ……」
「うん。詳しくは……ごめん。守秘義務があるから今は言えないけど」
「ふぅん……まぁ、大変そうじゃないなら、それはそれで安心するけどさ」
まぁなにはともあれ、少なくとも今日一日はフリーなのだ。
だから、今日はこの後、とことん遊び尽くすつもり。
「二人はさ。この後、ゲームにインするの?」
「もちろん。といっても、樹枝六花のみんなは、学校が違うからテスト期間のずれがあって、皆あと一、二日くらいずれちゃうんだけどね」
「私は……少し、遅れるかも。ちょっと、今後の動きで、VR空間でマネージャーたちと打ち合わせがあるから。でも……午後からなら、遊べると思う」
「そっか。じゃあ、午後からは私達と一緒にインする?」
「うん、そのつもり」
自転車で数十分以内の場所に家があるので、私達はやろうと思えば午前中にもログインすることはできる。
でも、鈴がそういうなら、私と佳歩ちゃんも午後からログインということにした。
う~ん、それにしても……何気に珍しい取り合わせになったな。
私と鈴は、半ばその場の流れでタッグを組む形になったけど、何気にこの三人で臨時パーティを組むのは珍しいからなぁ。
佳歩ちゃんは樹枝六花のみんなとの兼ね合いもあるし。
「どうする? 図書室で本でも読む?」
「う~ん……悩んでる」
「どうして?」
「実はちょっと……素材の在庫が……」
あ~、ね。
それは確かに大切だ。
欲を言えば、私もそろそろ新しい素材を求めて新天地へ冒険しに行きたいと思っていたところ。
ヴェグガノース樹海もそうだし、アイーダの森の先にあるイダノア丘陵や、さらにその先にあるヴェグガモル旧道とかにも行ってみたいと思っている。
ちなみに丘陵地帯へは、調合に熱中して冒険者ギルドなど忘れ去っていた期間に私も何度か足を運んだことはある。
イダノア丘陵は、素材自体街周辺の素材と大差ないんだけど、あっちの方が上質なのが手に入ったんだよね~。
何が違うんだろ。その辺りは全然謎である。
――といった感じで私があれこれ考えを巡らせていると、今度は鈴から私に話しかけてきた。
「そういえば。公爵家関係のあれこれはどうなってるんだろうね」
「あれこれって?」
「華の話を聞く限りだと、華のアバターのベースになったの、悪役令嬢っぽいキャラなんだよね?」
「あ~、うん。そういえばそうだったね」
それがどうかした――と聞き返そうとして、私も鈴が言わんとしていることに気づく。
そういえば、ファルティアオンラインは現実での日本の四季がそのまま反映される仕様になっていたんだっけ。
それで現実でもうすぐ夏休みに入るとすれば、ゲーム内でも夏本番になってくるわけで。
「悪役令嬢ものの鉄板設定の一つが、舞台の大半が学園。エリリアーナというキャラクターの『自殺』が、それと絡んでくるのか来ないかはともかくとして、ゲーム内に『学園』という施設がある以上、何かしらの『節目』がそろそろ来てもおかしくはないはず」
言われてみれば……そうかもしれない。
「エレノーラさんの話では、弟君はウィリアムさんから矯正を受けているっていう話。だけど、それでもゲームが始まってから一か月間、何のアクションもなしっていうのはさすがに待たせ過ぎ、か……」
「うん。だから、多分そろそろそっち方面でも何かしらの変化は起きるはず」
その辺りには気をつけたほうがいいと暗に言われて、私はこくり、と頷くのであった。
それからほどなくして私達はいったん解散し、それぞれの家に帰宅した。
家に帰るころには12時前になっていて、今日は休日だったらしいお母さんがすでにお昼御飯を作り始めていた。
今日のお昼ご飯は、冷やしそうめんだ。う~ん、つやつやとした麺がすごくおいしそう。
じめじめとした蒸し暑い外気にさらされていた私達にとっては、この冷やしそうめんは極上のごちそうだ。
着替えを終わらせて、手洗いうがいも済ませる。
しばらくして昼食ができたとお呼びがかかると、すぐに食卓に着いた。
しばらく、無言で麺を貪るように食べ続ける。
そして、ある程度そうめんが減ってきたところで、ようやっと鈴が打ち合わせから戻ってきて、私の対面に座り込んだ。
「ふぅ……打ち合わせ、終わったよ」
「お疲れ。鈴の分のそうめん、そっちだよ」
「ん。いただきます……」
ずずっ、と静かに音を立てながら麺を啜る鈴。やはり、この辺りは私とは正反対だ。
昼間のバラエティ番組を見ながら三者三様の食べ方でそうめんを食べ進めていく。
そして、私が最初に食べ終わり、ついで母さん。最後に鈴といった形で順番に食べ終わると、後片付けの手伝いをしつつ、改めて午後のことについて話し合うことになった。
内容は、鈴のアイドル稼業絡みで、今日の午後のプレイになにか変更点が出ていないかどうかの確認だ。
場合によっては、佳歩ちゃんともまた要相談になって来るしね。
「ううん。今日のところは、大体はさっきギャラバで打ち合わせたので問題ない」
「そっか。それならよかった」
なら、あれこれ考える必要もなし。
後片付けを終えて、栄養補給用のゼリー飲料の準備も終えた私達は、それぞれの自室に戻り、ゲームにログインする準備を始めた。