24.妨害クエスト終わりて……
巨大トレントは、それから間もなくして、私達の総攻撃の前にあっけなく倒れた。
もともと、それ以前にレッドゾーンまで弱らせていたのもあったんだけど、間にかなりやばいサプライズアタックがあったおかげで、二戦連続でボス戦をやったような感覚だった。
ほら、往年のRPGだとよくあるじゃない。一戦目で凶悪なボス戦として君臨しているように見せかけた耐久戦を仕掛けてきて、条件を満たしたらイベントが発生して一気に弱体化する奴。
あんな感じだ。
なにはともあれ、煙幕の実(私達命名)からの闇ギルドの麻痺矢攻撃で窮地に陥るも、マナさんのおかげで無事に生還できた私達は、クエストの最終報告をするべくエレノーラさんの元まで戻った。
すでに時間が遅いということで、エレノーラさんの執務ももう終了しているとのことで、エレノーラさん付きの侍女さんに案内されたのは屋敷内の、エレノーラさんの私室。
私と鈴が、店の出店関連で彼女に支援の依頼を持ち掛けた時に通された部屋だった。
そこで私達を出迎えたのは、
「ハンナっ! あぁ、ハンナ、無事に帰ってきてくれたのね! よく頑張りました。あなたは我が家の誇りだわ」
いや、私を迎えたのは。
エレノーラさんの熱い抱擁と、過大なのではないかと思うほどの感謝の言葉だった。
「はい、エレノーラさん。無事に帰ってきましたよ」
「えぇ。わかるわ。この温かみは人形なんかでは感じないもの。――まぁ、私の制止を振り切って危険を冒したことについては、旦那さまにも伝えて今後の扱いを検討させてもらうけれど」
「え~と、それはつまり……?」
「まぁ、今回のあなたの行動は、貴族令嬢らしからぬ、身の程を弁えない愚行でしたからね。詳しくは旦那様との話し合い次第ですが、何かしらの制約は付くでしょう」
「うぐぅ……」
受け入れがたいけど、まぁ私のユニーククラス的にそういう役回り的なものがあるから、こればかりは受け入れるしかなさそうだ。
あまりきつい制約じゃなければいいんだけどなぁ、と思いながら、エレノーラさんの言葉の続きを待った。
「そうそう、今回のことでさすがに商業ギルドの方でも少し危機感を覚えたらしくてね。ある程度なら、利権とか関係なく、当家でもヴェグガノース樹海の素材を採集してもよいことになったわ。結果オーライといったところなのかしらね……」
おぉ……それはつまり、妨害クエストで何かしらの条件を達成したことによる、特別報酬という奴なんだろうか……。
通常なら、妨害クエストは達成してもあまり旨味がない、逆に受注しなかった際に受ける被害を防ぐクエストのはずだし。
「何事もなく、無事に戻ってきてくれたご褒美を上げなくてはね。ということで、ハンナには今後、ヴェグガノース樹海への立ち入りを許可することにします。もしかしたら、あなたに余裕がある時にはあなたに頼むこともあるかもしれないから、その時はよろしく頼むわね?」
「やた! 何か必要なものがある時は遠慮なく頼ってください!」
「えぇ。期待しているわ。他のみんなにも別途で何か報酬を上げないとね。後日、遣いの者を冒険者ギルドに向かわせるから、それまで待っていてちょうだいね」
こうして、私の自業自得から始まった危険な香りしかしない妨害クエストの幕は、トモカちゃん達樹枝六花のみんなが協力してくれたおかげで、最高のハッピーエンドを迎えることができたのであった。
妨害クエストだったにしては珍しくちゃんとした報酬も出た、と樹枝六花のみんなもほくほく顔。
その後はお疲れ様会的な乗りでエレノーラさん指示のもと、軽い夜食を伴う茶話会が開かれることとなり、森での私達の立ち回りが披露されることになった。
エレノーラさんは私達の話に、感心したり驚愕したり、時には私がピンチに陥った話で再び泣きそうになったりと、大忙し。
ちなみに、鈴の配信はエレノーラさんへの報告が終わった段階でお開きとなっている。
人の目もなくなった鈴は、一気にリアルの自宅にいるときのような、のびのびとした雰囲気であった。
そうして楽しい一時はあっという間に過ぎ去って、私達はログアウトの時間が近づいてしまった。
「いやぁ、妨害クエストと言っても千差万別なんだなぁって、今回のクエスト受けて感じたよ」
「私はちょぉっと不完全燃焼だったかなぁ。あの煙幕の実の時のあれ、あのまま暗部NPCの接近を許してたらどうなってたんだろうなぁ。今もまだ気になるよ」
「あらあら、ねこまねきさんは好奇心旺盛なのね。でも、あまりその話はしないでいただきたいわ。きっと、ろくでもないことになっていたはずだもの」
「ろくでもないこと?」
「えぇ。ハンナちゃんはこれでも、こちらの世界では私の娘で、れっきとした貴族令嬢なの。貴族令嬢がそういった犯罪者たちの手に落ちた後のことなんて、考えなくてもわかることでしょう?」
いや、だからその考えなくてもわかること、がいろいろあり過ぎてわからないんですけど――とでも言いたげな顔で、ねこまねきさんは『う~……』と最後まで気にし続けているのであった。
そうこうしているうちに、一人また一人と、時間的にこれ以上接続しているのが難しくなってログアウトしていく人が増えていった。
そして、ついに樹枝六花の中でもトモカちゃんを除いたメンバーの、最後の一人がログアウトしてまった。
「ハンナちゃん、鈴ちゃん。二人のお店、完成の時を待ってるからね~。それじゃ、また一緒に冒険しようね~」
光と共にログアウトしていくマリーナさんを見送って、私達は顔を見合わせる。
無論、私達もそろそろログアウトしないとまずい時間だ。
明日からはまた学校だしね。
「ん……、時間ももう23時を回ったし、私達もログアウトしようか……」
「うん、そだね」
「それじゃあエレノーラさん。私達は、今日はこれでログアウトしますね」
「えぇ。三人とも、今日は本当にありがとう。私も、これからはこれまで以上に領内の警備を強めていくわ。今回みたいなことが、もう起きないようにしないと」
「あはは、頑張ってください」
「えぇ。あなたに無茶をさせないためにもね」
それじゃあ、おやすみなさい。
そう言って、エレノーラさんとも別れて、私達は退室したところでログアウトボタンを押したのであった。
そしてそれから数日後。
月曜日からは、もうテスト週間に入ってしまったので、私達はあまりゲームの時間を取れずにいた。
そんな中でもやはり息抜きは必要で、今日も私と鈴は自分たちの労いのためにちょっとばかりの甘みを求めて、ゲームの中にログインすることにした。
現実であまりそういうものを食べると、体重計という天敵が襲い掛かってくるから夜は食べられないんだけど、今の時代はVRゲームなんて言うシロモノがあるからねぇ。
こういう時は、本当に重宝するよ。
んで、ログインして鈴と合流して、早速ミリスさんに甘いものを――と、彼女に話しかけたところで、エレノーラさんに呼び出されてしまう。
「……甘いもの…………」
「まさか、エレノーラさんに呼ばれるなんてね。エレノーラさん、甘いお茶菓子用意してくれてるかなぁ……」
二人して、同じような言葉しか出てこない。
私達の頭の中は、今甘いものを食べることで埋め尽くされているのだ。
――う~ん、それにしてもここのところ立て続けにエレノーラさんのところに行っている気がするな。
半分は、私達側から自発的に向かってるんだけどさ。
今日は一体、何の用向きで私達を呼んだんだろ。
「エレノーラさんからの要件って、今日は何なんでしょう」
昨日妨害クエストが発生したおかげで、私に対する暗部系のNPCからのヘイト値に限っては、再び0に戻っていた。
ナビAIの話によれば、一つの通常クエストにおいて、プレイヤーから妨害クエストと呼ばれる類のクエストの発生判定が行われる機会は受注時のみ。
通常クエストの受注時に妨害クエストが発生しないと確定すれば、そのクエスト中は敵意を向けられているNPCからの妨害を受けずに遂行することができるし、発生すると確定してもその回数は1回までと限定されているので、発生した妨害クエストを何らかの形でクリアしてしまえば、以降は同じクエストの範囲内であれば、妨害クエストが再発する可能性はゼロとなる。
早い話が、私が今受けているのは当初エレノーラさんから出された課題に関するものしかないはずなので、妨害クエストの線はないはずなんだけれども――なんだかなぁ。
それでも、なんかこう――エレノーラさんが纏っている気質とでもいうんかね。
相対すると、やっぱり妙に緊張しちゃうんだよねぇ。
「奥様からは、お二人のお店に関する経過報告だと聞いています。これは他の使用人から伝え聞いた話なのですが、北区の商業区で一件、公爵家の名で空き店舗の改装工事が開始されたとか――おそらく、それも絡んでいるのかもしれません」
「おぉ……ということはついに」
「はい。お二人のお店が出来上がるのも、時間の問題となったということでしょう。奥様もああ見えて、領の発展につながるかもしれないと、お二人には密かに期待を寄せているのです。ですから、お二人とも頑張ってくださいね」
「もちろん!」
「お店をタダ同然でもらえたようなものなのだから、当たり前です」
私はいつも通り感情そのままに、鈴も若干嬉しそうな声色で、しかし普段通りに大人しい口調で侍女さんに返事を返した。
そうして、どんなお店ができるのかな、などと二人であれこれ妄想をしながら屋敷の廊下を歩いていたら、あっという間にエレノーラさんの執務室へと到着してしまった。
「奥様。お二人をお連れしました」
『入りなさい』
「では、どうぞお入りください」
「はい」
若干緊張しながら、執務室の扉を開ける。
エレノーラさんは、机の上の書類を眺めながら私達に声をかけてきた。
「とりあえず、そこのソファに座ってちょうだいな」
「わかりました」
私達が座る傍ら、エレノーラさんは一緒に入ってきた彼女付きの侍女に命じて、お茶の準備をさせる。
そしてエレノーラさん自身は、私の対面、室内の応接用に設えられたスペースの、ローテーブルを挟んで反対側の一人掛けソファーに腰かけた。
「もう耳にはさんでいるかもしれないけれど、巨大トレントの件が片付いたおかげで木材調達の目途が立ったから、二人のお店の内装工事も無事に開始することができたわ。でも、結果として二人の手を煩わせてしまった。だから、お詫びをしないといけないと思って、二人には悪いけど呼ばせてもらったの」
「お詫び……?」
「えぇ。それに、結果として娘をあんな危険な場所に向かわせてしまうなんて……あぁ、私は母失格だわ」
昨日の一件で、エレノーラさん自身もなんだかんだで自責の念に駆られているらしい。
こればかりは、私も心配をかけてしまった当事者として、何も言うことができなかった。
なので、気分を切り替えるためにも話の続きを促すことにした。
「それで、お詫びというのは一体なんでしょうか?」
お詫び、とは言われたけど、プレイヤー目線から言わせてもらえばこれもある種の報酬なのだろう。
となれば、樹枝六花のみんなへも報酬がそろそろ行くのかもしれない。
「あぁ、ごめんなさい私ったら、つい……。お詫びの内容なんだけれどね。とりあえず、物はすでに用意してあるの。あとはあなた達が気に入るかどうかなのだけれど――とりあえず、持ってこさせるわね。――ミリス、来なさい」
「奥様、お呼びでしょうか」
「えぇ。例のあれを、持ってきなさい。リサも、あれを用意なさい」
「かしこまりました」
ミリスさんが、エレノーラさんに呼ばれて、一度消えて、また戻ってくる。
再登場した彼女が一緒に登場した第三第四の侍女と共に携えていたのは――真新しい扇子と鞭。そしてコンバットドレスだった。
「護衛二人の話を聞くと、この前の戦いで、あなた達は若干不利な戦いを強いられたそうだけど、その一因には武具の性能によるところもあったらしいじゃない?」
「あ~、そういえば、はい。そろそろよりいい武器や防具を、と考えてはいたところです、ハイ」
正確には、ゲームを始めて間もないころに、もうその考えは持っていたんだけど……その後すぐに、資金調達で悩まされることになって、なんやかんやあって先日の妨害クエストである。
武器や防具の調達をしようとしていたのに、まさかそれが原因であんなクエストが発生してしまうとは思いもよらなかった。
けど、その結果としてエレノーラさんから――NPCから新しい武器をもらえるとは、それこそ棚から牡丹餅だった。
ちなみに、樹枝六花のみんなにはこれを超える(と思われる)品物を贈呈したらしい。
「お嬢様、早速ご試着いたしましょう。まずはコンバットドレスを」
「うん、よろしく」
新しいドレスは、『始まりのコンバットドレス』と違い、上質な布地のみで作られたらしい、外見だけで見れば普通の正装用のドレスそのままだった。
ただ――実際にその性能を見てみると、初期装備とは大違いの性能差があった。
手渡された武器も同じで、初期装備とは段違い。
鈴がもらったのは、着物と短刀、それからなにかが入っていそうな小箱が数個だった。私にはないけど、事前にヴェグガノース樹海への立ち入り許可が下りていたし、多分それの代わりなんだろうね。
鈴は一応、公爵家の外の人っていう立ち位置でもあるし。
さて、肝心の装備品の方だけど、こちらは同じようにそれまで装備していたものよりも良い性能だったのか、珍しく鈴の驚いた表情を見ることができた。
それにしても――エレノーラさんは見るからに西洋風のイメージが強くて、とても着物と短刀というイメージからはかけ離れているんだけれど……あ、でも。
ヴェグガナークって港町なんだよねぇ。ということは、その線で繋がりでもあるのかな
「これ……本当にもらっちゃっていいんですか?」
「もちろんよ、鈴さん。お詫びなんだから、遠慮しないで受け取ってちょうだい」
「……わかりました。ありがたく、活用させていただきます」
「私も、ありがとうエレノーラさん。大事に、使わせていただきます」
「えぇ。上手に扱いこなしてくれることを祈っているわ。さて――それじゃ、急に呼んでしまって悪かったわね。話は以上だから、もう行って構わないわよ」
「はい」
私達は、思いもよらない逸品を得たことでほくほく顔になりながら、勉強の続きをすべくゲームからログアウトする。
――あれ? そう言えば私達、何か忘れていたような――
妙に口が恋しいなと思いながら、勉強机に置いてあった飴を口の中に放り込んで、期末テスト対策のために数学のノートとの戦いを始めるのであった。
To be continued in next episode…
これにてこの章は終了となります。
次の章の部分を書き溜めようと思っていますので、少々時間が開きますことをお許しください。
次の投降日は24.2.10(土)あたりを見込んでいます。