20.課題達成のために
エレノーラさんに支援の約束を取り付けたとはいえ、店舗を用意するにはやはり時間がかかるそうだ。
それに、鈴はともかく、私はゲームの中ではあくまでも公爵令嬢――上位貴族という扱いになっている。
それは、治安指数が反映されるクラス特性【敵多き身の上】が関わっている、ということではなくて、エレノーラさん――つまり、公爵家の夫人が自ら陣頭指揮を執るということは、店舗設営から人員の配置まで用意された状態で、私達に引き渡されるということ。
そもそも【敵多き身の上】の効果はお店の中とかの、ある一定の条件を満たした空間では発揮されない仕様になっているからね。
んで、そうなると必然的に、ただ店を建てるだけ、という場合よりも時間はだいぶかかる。
当り前である。
貴族という時点で、雇う相手には気を遣わなくてはいけない以上、どうしても人選にかなりの時間がかかってしまうのだから。
店舗自体は既存のものを用意できても、人員だけはどうにもならないのである。
ということで、その間私達は日々のルーチン――素材集めとポーション作り、そして(鈴の)露店を引き続き継続していくことになる。
まぁ、今はそれに加えて、クエストという形で出された達成課題にも少しずつ目を向けていかないといけないんだけどね。
鈴の方はその前に、まずは【読書】スキルを取得するためのスキルポイントを貯めるところから始めないといけないみたいなんだけど。
私はと言えば、今は鈴に売って貰うポーションを作りながら、合間を縫って課題のポーションのレシピを探し始めている。
のだけど。
これがまた、なかなかに苦戦させられている。
「ん~……エリキシルポーション、かぁ。やっぱり、指南書の方にはなかったか……」
見落としがないように、指南書の入門編からもう一度確認を続けているのだけれど、指南書は入門編・初級編共に収穫なし。
あとは、混合ポーション図鑑に載っていなければ、また図書室で資料を探さないといけない。
リフレッシュポーションに、エリキシルポーションかぁ……。
でも、名前からして複合的な効果を持っていそうだし、載っているとすればやっぱりこの、『ファルティアの特殊な混合ポーション図鑑』が一番可能性高そうなんだよね。
試しにちょっと開いてみよう。
混合ポーション図鑑は、図鑑らしく五十音順にレシピが記載されているため、載っていればすぐに見つけられるはず。
私は、分厚い図鑑を手に取り、『あ』行の後半あたりを適当に開いてみた。
「『エウレカドリンク』……『エクステンドポーション』……『エフェクトリキッド』…………あった!」
エリキシルポーション!
やった、やっぱりこの本に載ってた!
どれどれ……確かに、必要な材料にVTポーションとMPポーションが含まれてるね。
あとは……えぇ!?
これ、本当に全部、『エリキシルポーション』の作成に必要なものなの!?
私は、そこに書かれていた『エリキシルポーション』のレシピに、ぎょっとして目を見開かずにはいられなかった。
【エリキシルポーション】消耗品/エリキシルポーション
エリキシル薬効(小~中)、探索復帰(VT回復小~中)
エリキシルパウダーを様々な薬効のポーションの混合液に投入し、その効果を高めた混合ポーションの一種。
使用する際は対象に振りかけるか、飲ませればよい。
必要な材料:(治療薬)、(魔力補給剤)、リフレッシュポーション、リゲインポーション、エリキシルパウダー
必要なスキル:調合
対応カテゴリー:(治療薬)、(魔力補給薬)、(複合治療薬)、(秘術の片鱗)
まさか、もう一つの課題である『リフレッシュポーション』まで材料に入っているとは思わなかったし、それ以上にヤバそうなものまで必要な材料に含まれていた。
――これ、今挑戦しようとして、達成できるのかな?
思わず、そう思わずにはいられないくらいに衝撃的な内容だった。
とりま、課題のポーションの片方が見つかったんだし、もう片方もこの『ファルティアの特殊な混合ポーション図鑑』に載っていないかどうか見てみよう。
………………うん、あった。
エリキシルポーションに続いて、こちらも混合ポーション――つまり、複数のポーションを足し合わせて作る、特殊なポーションであることが分かった。
【リフレッシュポーション】消耗品/エリキシルポーション
リフレッシュ薬効、探索復帰(VT回復微~小)、デバフ予防(一瞬~短)
各種異常回復ポーションの混合液にエリキシルパウダーを投入し、効果を一纏めにしたポーション。
気絶した仲間を戦線復帰させる効果もある。
必要な材料:解毒剤、麻痺解消ポーション、目覚ましポーション、リゲインポーション、エリキシルパウダー
必要なスキル:調合
対応カテゴリ―:(複合治療薬)、(状態回復薬)、(治療薬)、(予防薬)、(治療薬素材)
必要なのは、『解毒剤』『麻痺解消ポーション』『目覚ましポーション』と……これもエリキシルパウダーか。
なんなんだろ、このエリキシルパウダーって。
名前だけ聞いてもすごく重要そうで、それでいて強力な効果を秘めていそうなアイテムだけど……。
とりあえず、必要なのだとすれば、調べないわけにはいかない。
というわけで、再びエリキシルポーションのあたりまで戻る。
確か、エリキシルポーション探してた時に、付近にそれらしいレシピが載っていたはず――あった、これだ!
【エリキシルパウダー】消耗品/素材
エリキシル薬効(微)、効果を纏める
エリクスボールと、様々な治療効果のあるハーブなどの粉末を配合した特殊な粉薬。
これ自体もある程度の効果を持つが、様々なポーションの混合液に投入することでエリキシルポーションを完成させることもできる。
必要な材料:エリクスボール、(治療薬素材)、(状態回復薬素材)、(水)、(凝固剤)
必要なスキル:調合
対応カテゴリ―:(複合治療薬)、(治療薬)、(魔力補給剤)、(治療薬素材)、(融合媒体)、(粉末)、(燃料)
う~ん、これにも未知の材料。
エリクスボール……こっちは本当にこの図鑑にも載っていない。
これは、早速手詰まりなのかな……いや、まだ。
まだよ。
これに載っていなくても、まだ図書室の本をすべて探したわけではないし、エレノーラさんとのお話の時にも、確かに『今の私達でも十分たどり着ける』と言っていた。
だから、地道にでもいいからとにかく今は探さないと――
「お嬢様、お出かけですか?」
「うん。ちょっと課題のポーションがらみで、ね」
「そう、ですか…………ん? これは……」
ミリスさんは、一瞬申し訳なさそうな顔をしつつ、テーブルの上に広げっぱなしの図鑑を見下ろして、おや? という表情になり、そして何かに気づいたかのようにクスクス、と面白がるように笑い声をあげた。
「ふふ……ふふふ、奥様、これはあまりにも……くっ、くふふふ……」
どうやら、その気づいた何かがあまりにも意外なものだったらしく、必死に笑いをこらえようとして、しかしうまくいかずに笑いがこぼれてしまっていた。
「え~っと、ミリスさん? どうかしたの?」
「あ、申し訳ありませんお嬢様。見苦しいところをお見せしてしまいましたね。ただ、あまりにも奥様の口止めに杜撰なところがありまして、思わず……」
思い出しただけでまた笑いがこみあげてくるのか、ミリスさんは振り払うように数回、首を横に振ってから胸に手を当てて、こう切り出してきた。
「お嬢様。エリクスボールくらいの作り方くらいでしたら、私がお教えできますよ?」
「え? でも、課題に関する直接的な助言は禁止って……」
「それはあくまでも『調合に関連した』ものについては、の話です。――以前話した、癒しの携帯食糧のことを覚えていますか?」
「え? …………あぁ、そういえば、そんなものも教えてもらっていたような……いなかったような…………」
確かあれは、初日の午後、だったっけかな。
「まぁいいです。とにかく、エリキシルポーションやそれに連なる材料について、大半は他のポーションだったり、ポーションベースのようなモノで制限に引っかかるので私からはお教えできないのですが、ただ一つ――エリクスボールについてだけは、その制限からギリギリ外れてしまっているのですよ」
「…………まさか、それってもしかして……」
「えぇ。エリクスボールは食べ物です。非常食、とも言い換えられますが――れっきとした『料理』なのです」
つまり、『調合』に関連していないということ!
「奥様に詰められても、こればかりはお嬢様に『もしもの時の料理』をお教えしただけ、ということになりますからね」
うわぁ、ミリスさん今物凄く黒い顔してる。
なんかこっちまでいけないことをしているような気分になってくるような……いや、実際今すごくグレーゾーンに足踏み入れようとしているのか。
まぁ、ミリスさんが大丈夫と言うなら、私はそれについていくまでなんだけどね。
一気に課題のポーションに至るまでのレシピを確認したことで、クエストも同時に二ページ分が達成済みとなる。
残りはあと2ページか……。
でもその2ページは、実際にそのレシピでポーションを作ってみることと、最後に提出用のポーションを作ることなのよね。
さすがに、こればかりは今すぐにとはいかない。
なによりも、材料が圧倒的に足りなさすぎる。
しばらくはここで足止め状態か……と、思ったけど、さすがに課題をもらった翌日にここまで来たのがむしろ順調すぎたのだ、と思い直し、私は気持ちを切り替えて、今度は鈴の課題に付き合うことにした。
――この時、私は一つだけ忘れていたことがあった。
それは、私のクラス特性の一つである【敵多き身の上】の効果。
この特性はステータスにおけるセキュアの項目の有効化と、セキュアの要求値の変更。そしてそれに伴う敵性NPCのポップが主だった効果であることに、違いはないのだけれど――実はもう一つだけ、気をつけておかないといけない効果があった。
そのことがすっかり頭から抜け落ちていた私が、とんでもない爆弾付きでそれを思い出させられるのは、この数日後のことであった。