19.支援の条件と達成課題
永遠とも思える須臾の間、固唾をのんでエレノーラさんの言葉を待つ。
エレノーラさんは、ゆっくりと紅茶に口を付けてから、続きを話し始めた。
「まず、一つ目の条件。二人のためにとはいえ、私の私財から出すのだもの。当然、それに対するリターンはなくてはならないわ。その辺りはよろしくて?」
きた、と思った。
半ば予想通りの条件。
私と鈴は、互いに顔を見合わせて、それから頷く。
他者に出資してもらう以上、多少の利益の還元は、やはり仕方がない話だ。
「そのあたりの基礎的なことは弁えているようで結構。落第点は免れたようね」
どうやら、試されていたらしい。
今の回答いかんでは、援助をお願いしても断られていたのかもしれない。
覚悟をしておいてよかった、と思わず胸をなでおろしたよ。
「肝心の還元してもらう金額についてだけれど、これについては一定金額ではなく、利益の何割かを払ってもらう形にしましょう。そうね――うちの領では、事業を営んでいる人たちには、純利益の30%を税として支払ってもらっているの。だからそれに倣って、純利益の30%ということにしておきましょう」
「わかりました。必ずお支払いします」
どうにか話はまとまってよかった、と安どする私達。しかしミリスさんはまだ動こうとしない。
彼女を見るにどうやらエレノーラさんの話は終わっていないらしく――
「殊勝ね。今の時点で席を立っていたら、支払ってもらう利益の率を改めていたところだったわ」
そんなことを言われて、ぎょっとした。
あっぶなかったぁ。
こういう場での大先輩である、ミリスさんの様子をうかがっててよかったよ……。
エレノーラさんは、先達を見てそれに倣うのは大事なことよ、と嬉しそうに微笑んで、それから更なる条件を突き付けてきた。
「それじゃあ、次の条件を言うわね。まず、鈴さん。あなたはこれから、可能な限りこの屋敷に通い、【博識】スキルを身に着けなさい。ハンナと一緒にお店を開くなら、調合師としての腕前もハンナと並ぶ程度になってもらわないと困るわ」
「それは……それまでは、資金の援助もなし、ということ……ですか?」
「いえ。一つ目の条件を理解していたみたいだし、そのあたりは信用できると判断したから、援助するのは確定よ。ただ、その上で以降の条件を言っているの。条件は利益の還元のほかに、追加条件として別に二つ。一つは今言った通り、鈴さんに対するもの。あと一つはハンナに対するものになるわね」
なるほど。
つまり、利益の還元は前提条件で、それ以外に私達にそれぞれ別個で達成課題が出される、ということか。
これは別の意味で、かなり難しそうなものが来そうな予感がしてきた。
事実、鈴に出された課題はとても難しいことが予想される。
【博識】のスキルに関して、スキル詳細でそこに至るまでのツリーも確認できたんだけど、【博識】を習得するには、まず【読書】を習得し、そこから派生する【言語】と、条件付きで派生する【知見】の三つを習得しないといけない。
つまり、【博識】は第3スキルだったのだ。
「ハンナ」
名前を呼ばれて、我に返る。
そうだ、鈴に出された条件の厳しさに驚いてしまったけど、私にも出されるんだった。
「ハンナ。あなたにはいくつかのポーションを作って、提出してもらいます。作ってもらうのは、エリキシル薬効を効果に含む『リフレッシュポーション』と、品質指数1200以上の『エリキシルポーション』。提出する際には、ミリスに納品すること。ただし――課題のポーションのレシピについてはあなた自身でたどり着きなさい。ミリスに直接、答えを聞くことは許しません」
「は、はい? ……えっと、ヒントをもらえたりとかも……」
「えぇ。あなたたち自身で探し出しなさい。鈴さんを経由して聞き出すのも禁止します。他の異邦人の方に答えを求めるのは――まぁ、それくらいならしてもかまいませんが、そちらは少なくとも、現段階で市場に出回っているポーションを鑑みるに、期待するにはあまりにも絶望的でしょうね」
なんか、市場調査はバッチリとされているみたい。
掲示板関連についてはNPCでは規制を張ることが難しいせいか、プレイヤー同士での情報交換は禁止されなかったけど、鈴を介してミリスさんに、という手はしっかりと禁止されてしまった。
「ミリス。そういうわけだから、あなたもハンナたちが課題の答えに直接到達するような調合関連の助言は一切禁止します。いいわね?」
「承知いたしました。……課題に関する、調合関連のこと以外であれば、引き続きお教えしてもよろしいでしょうか」
「そうね……課題のレシピに必要な材料のレシピや採れる場所についても、直接的な答えは控えて。ただ、そうでなければ、そうね……ヒントのありかを教えるとか、そういうのであれば構わないわ」
「そうなると、お嬢様に今後お教えできるレシピについても、かなり限定されてしまいますか……わかりました。そう言うことですのでお嬢様、鈴様。今後は私はあなた達の師として、あまりお役に立てなくなるかもしれませんが、よろしくお願いいたしますね」
「う、うん……課題なら、仕方がないよね……」
それにしてもエリキシル薬効に『エリキシルポーション』と来たかぁ。
なんかかなり難しそうなポーションを出されたような気がするけど……。
私の考えていることが顔に出ていたのか、エレノーラさんはくすくすと笑いながら安心させるような顔でこう言ってきた。
「心配しなくても、付加価値や品質指数に目を向けなければ、今のあなたでも十分到達できるポーションよ」
「奥様、それくらいであれば助言しても問題ないので?」
「えぇ。この程度なら、直接答えにたどり着くには情報も少ないでしょう?」
「……確かに。お嬢様、奥様が仰られた通り、課題のポーションは名前だけ聞けば仰々しいですが、レシピと必要な素材を自力で探し出さねばならない、ということ以外はほぼ問題ないでしょう。それに、『リフレッシュポーション』にも『エリキシルポーション』にも、『始まり』などのランクが付いていますから」
「つまり、課題で出されたのはあくまでも無印ランクの――それこそ、今の私達でも手が届く範囲内なんだね?」
「もちろんでございます」
それならよかったぁ。
無理難題を出されたわけじゃなくて、今の私達にもクリアできそうな課題を出してくれたし――達成課題だから、お店自体は普通に用意してくれるみたいだし。
追加の条件は二つと言っていたし、これ以上はもう出されることはないだろうと思って、残った紅茶を一気に飲み干す。
私がカップをソーサーに置いたのを見てから、エレノーラさんは最後に追加条件を達成した後のことについて話し始める。
「二人が条件、というか課題を見事に達成したのなら――その後は、その成果に見合ったご褒美を上げないといけないわよね。そうねぇ……こういうのは、どうかしら。一人課題を達成する毎に、還元率を30%引き下げ。つまり、二人とも課題を達成したら、以降は利益の還元はしなくてもいいということ。どうかしら?」
それは、つまり……。
「二人とも課題を達成したら、その時は他の異邦人の方が開いているお店と同じ条件になる、ということね。悪い話ではないでしょう?」
「はい! 頑張らせていただきます!」
そういう条件なら、もう頑張らない理由なんてないよ。
実質ただでお店が手に入って、その上で課題を達成したら他のプレイヤーと同じ条件になる。
これは、代償として出された課題も、むしろ破格の条件とすら言い切れる。
――クエスト:母からの支援を求めて を開始しました。
『出店のための支援を求めて 1/4
店を出すために住民に支援を求めたあなたに、支援に対する利益の還元と、達成課題が出されました。
達成課題をクリアすれば、利益の還元率を減らしてもらえるようです。
ぜひとも達成課題をクリアし、あなたの取り分を多くしてもらいましょう。
クリア条件:1.以下の道具のレシピを見つける Next →
・リフレッシュポーション
・エリキシルポーション』
初めて表示された、チュートリアル以外のクエストのメッセージ。
どうやら、クエストは手順ごとにページ分けされており、必要であれば先の手順まで確認できるようになっているようだ。
これはとても親切な設計だ。
「鈴、頑張ろうね!」
「うん。私、頑張って本読むよ。ゲーム内のお勧めの本、教えてくれる?」
「もちろんだよ!」
私達は最後に、エレノーラさんに最大限の感謝をして、エレノーラさんの部屋を後にした。




