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ゲーム始めたら公爵令嬢だった件  作者: シュナじろう
母からの出店支援、その代価は
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18.店舗出店に向けて


 鈴からリピーター来たと聞いたのは、その数日後のことだった。

 この前と同じように、鈴と一緒にポーション作りに励んでいた際に、

「ハンナ。昨日卸してくれたポーション。リピーターがいっぱいついたみたいだよ。売れ行きも凄くて、前回よりも量が多かったのに、むしろ早く売り切れた」

「ほんとうに!?」

 と、興奮して身を乗り出すようにして聞き返してしまったほど、それは喜ばしい話だった。

「うん。この分なら、これからも私が自作したのとハンナが作った分。二人分纏めて売っていくのありかもしれない」

「うんうん、私としてもありがたいよ。おかげで不良在庫抱えることもなくなるし、ゲームマネーも入ってくるしね」

「私としても、在庫が増えて、トップランナーとミドルクラス、ライトプレイヤーの住み分けもできるから、とてもありがたい。取り分は、どうする? 私は、ハンナのポーションの分は全部ハンナの物でもいいんだけど」

 取り分か……。

 でも、私が作った分も、鈴がいないと結局は不良在庫になって処分に困っちゃうんだよね。

 この数日中に、鈴が不在の時に一回露店を開いてみたんだけど、やっぱり露店だととても営業できるようなものではなかった。

 開店してしばらくは問題なかったんだけど、ある程度時間が経ったら話を聞きつけたのか、敵性NPCがやたらと現れるようになったのだ。

 挙句の果てには、周囲のプレイヤーの露店にまで迷惑が掛かり始めたので、泣く泣く露店を畳んで撤退せざるを得なくなったほど。

 私にはやはり、露店はできないらしい。

 店の中では敵性NPCの出現がない、という触れ込みだったけど、露店は路上での販売。あくまでもシステム上は屋外なため、例外にはならなかったようだ。

 よって、現状では作ったポーション類の販売はすべて鈴に任せるしかない状況。

 私としては、むしろ手数料を支払ってもいいくらいの恩を感じている。

「全取りはさすがに私も気が引けるよ。せめて、三割はもらってくれないかな」

「それはもらい過ぎな気がする。でも、ハンナがそういうならまったくもらわないのも悪いし、二割でどう?」

「じゃあ、それで」

 鈴は鈴で、私のポーションがいい客寄せになっているのか、かなり私に配慮している気がする。

 だから、二割というのは鈴なりの妥協点なんだろう。

 それくらいなら私としても納得できたので、以降は私が作ったポーションの分に関しては私の取り分が八割、鈴の取り分が二割の計算で分配することになった。


 それからは、ポーションを作っては鈴に販売を委託して、という日々がしばらく続いた。

 評判が評判を呼び、プレイヤー・NPC問わず、リピーターがいっぱいついてくれたからだ。

 鈴もこの機を逃す手はない、とゲームにログインできる日は、材料を集めてきては、アトリエに通いながら南西区で露店を開いてポーションの販売に勤しんでいた。

 無論、毎日とはいかない。

 鈴はあれでアイドルなのだ。

 レッスンもあればライブなどのイベントもあるし、なんならテレビ番組などの収録だってある。

 なのでたまに間隔があいてしまうこともあったけれど――それでも、露店を開いた時は他の調合師プレイヤーよりも頭一つ抜けた売り上げを達成するくらいには、人気が出ていた。

 資金も順調に増えつつあり、今は私の所持金も数十万Gを超えるほどにまで溜まっている。

 そんな折――私達はいくつかの新たな課題を抱えることになってしまい、それについて話し合いをすることになった。

 ――ちなみに今日はゲームの正式サービス開始から数週間後の土曜日の夜。鈴は、収録を終えて帰ってきてからのログインだった。

「今のところは、かなりいいペースできてるね」

「うん。このペースを、下げたくはないよね」

「そうだね」

 私達のポーションの売れ行きは好調。

 ミリスさんの指導もあり、私達のポーションは他のプレイヤーと比べても上位に位置する品質・性能を誇っており、ゆえに人気も高かった。

 このペースを、下げたくはない。

 むしろ、このままもっと高みを目指したくもある。

 でも――それが許されない理由もいくつかある。

 まず、鈴がアイドルで、ゲームをできる時間に制約があるということ。

 仕事なのだから仕方はないのだけれど、このせいでお客さんの一部からは不満の声が出始めているらしい。

 といっても、それほど大きなものではないのだけれど、それでもこのままいけばいずれは――という懸念は捨てきれない。

 次に、露店という販売形態の限界だ。

 当然ながら、露店というのは屋外、それも大抵は大通りなどの路上に展開することになる。

 すると、どうしても人の通りを阻害しない範囲でしか店側も客側もその場を利用することができず、結果として需要はあるのに機会を逃してしまう、というような機会ロスが発生してしまう。

 それを解消するために最も手っ取り早いのが、店を持つことだ。

 事前に体験版でたんまりと資金を稼いでいた生産職プレイヤーの一部は、すでに店舗を持ち始めたらしいけど――これには多額の資金が必要になる。

 今の、二人で合わせて60万Gそこそこの資金では、小型の、あばら骨のようなスラムの店舗しか買うことはできない。

 これは、鈴が実際に商人ギルドで言われてきた言葉である。

 とまぁ、こうした理由から、私達は順調なスタートを切ったはいいものの、早々にピンチを迎えつつある状況だった。

 ただ、解決策がないわけでもない。

 一つ目に挙げた理由、鈴のゲームができる時間の制約については、本当に仕方のないことである。

 これは、鈴の仕事の話なのだから、他人である私がどうこうできる話でもないし、本人にもどうすることもできないだろう。

 でも、それ以外については私が頑張ればどうにでもなる課題ではある。

 それは、ゲームの正式サービス開始日に早くも訪れたクラスアップチャレンジで、ゲーム内での母ことエレノーラさんから言われたこと。

 店を開きたくなったら、エレノーラさんに相談しろという、あの言葉だ。

「なにか、一筋縄じゃ行きそうもない気配がするけど……それでも、この機を逃したくはないのよね……」

「ハンナ? どしたの?」

 甘い話には裏がある。

 あれだけの好条件だ、きっと代価も物凄いものを要求されるに違いない。

 だけど――

「背に腹は代えられない、よね」

「いや、だから何が?」

 軌道に乗りつつあるポーションショップを捨てたくはない、というのが私の、そして鈴の思いでもある。 

 ということで、私は切り札を切ってみることにした。

「ちょっと、『お母さん』にご登場願おうかな、と思ってね」

「お母さん? どゆこと……って、あぁ、エレノーラさんか」

「そゆこと」

 合点がいったと頷いた鈴だったけど、続いてどうしてそれでエレノーラさんが? という目で首を傾げてきた。

「なんで?」

「えっとね……」

 私は、初日の時点でランクアップチャレンジが発生したこと、それによってエレノーラさんとお話をして、いざ店を出すとなった時には援助してもらえるような話を聞いたことなどを鈴に説明した。

「なるほど……でも待って。それ、少し裏がありそうじゃない?」

「うん。正直、話が早すぎるというか……十中八九、何か条件を付けられると思うんだ」

 それこそ、例えば利益の一部を還元してほしい、などと言われたりするだろう。

 私は、流れで鈴と共同経営みたいな感じでここまで来てしまったわけだけど、だからこそ私の一存でこれ――『エレノーラさんの援助』という切り札を切るかどうかを決めるわけにはいかなかった。

 鈴との共同経営という形が定着してしまった以上は、大きな決断をするときは鈴とも相談しないと。

「どうする? エレノーラさんに頼み込めば、少なくとも私達が今抱えている課題は、ほとんど解決するんだけど……」

「私は、別にそれでも構わない」

「いいの?」

「うん。だって、私はもうすでに、ハンナからいっぱいもらっちゃってるから」

「それって……」

「調合の師匠。ミリスさん」

「私、ですか……?」

 そこでなぜ私が、とミリスさんが戸惑ったように声を上げた。

「ミリスさんが?」

「うん。ハンナが、初日以降も私を誘ってくれたから、私はあれ以降もミリスさんに教えを乞うことができた。そうじゃなければ、多分あれ以降私は独学を強いられたはず」

 なるほど、確かにそれは言えてるか……。

 ミリスさんに師事してしまった以上、他の薬師NPCを見つけても、そのNPCには教えを請うことができない。

 得てしてそれは、私から鈴に対する、大きな贈り物になっていたということになるのね。

「だから、私はハンナの決定に従う。ハンナがこれが最適、と思ったのなら、私もそれに付いていくまで」

「鈴……えへへ。ありがと」

「ううん。気にしないで」

 それに、店を持てれば、私がいない時もお客さんにポーション売ることができるからね。

 そう言われてしまえば、私にもこれ以上鈴に何か言う理由はなくなってしまう。

 そうと決まれば、後は話は簡単だ。

 ミリスさんに頼んで、エレノーラさんとの渡りを作ってもらおう。

 ミリスさんは私達の会話を余さず聞いていたらしく、私が視線を送っただけで、一つ頷くいて唐突に姿を消す。

「消えた……」

「侍女には侍女のクラススキルがあるんだって」

「へぇ……プレイヤーサイドにも、侍女ってクラスはあるのかな」

「あるんじゃないかな。多分だけど」

 どうやったらなれるのかは、私にもわからないけど。

 しばらくしてから、ミリスさんは戻ってきた。

「奥様がお会いになられるそうです。奥様のお部屋へご案内いたしますので、お二人ともついて来てください」

「うん」

「わかった」

 ミリスさんに連れられて、私達は屋敷の三階にある一室まで移動する。

 そこは、いかにも貴族の夫人です、というような豪華絢爛な光景が広がっていた。

「いらっしゃい、ハンナ。それに鈴さんも。ちょっと掛けて待っていてちょうだい、夜中だから大したもてなしはできないけれど、お茶くらいなら出せるから。――ミリス、今回はあなたにも大きく関係するでしょうから、同席して一緒に話を聞きなさい」

「かしこまりました」

 今淹れるわね、とエレノーラさんはチェストの上に置いてあったポットに茶葉と魔法でお湯を入れると、少し待ってからカップに中身を注いだ。

「さ、どうぞ。…………それで、話というのは?」

 エレノーラさんに倣って、紅茶を一口飲む。

 それから、一息ついて、私は早速本題を切り出した。

「エレノーラさん。以前、初めて私がこの世界に来た日の夜。エレノーラさんは、私にこう言いました。『もしお店を出すのなら、エレノーラさんに相談しなさい』と」

「……えぇ。確かに、そういった記憶はあるわね。それに、私の私財から援助する、とも」

「私は――私達は、ここ数週間。主に、販売に関しては鈴に任せきりでしたけど、露店を開き、ポーションを売ってきました」

「知っているわ。一応、毎日ミリスから報告を受けているしね」

「そうでしたか」

 そりゃまぁ、ミリスさんの正式な雇用主はエレノーラさんであり、ウィリアムさんであり、そして公爵家なのだから報告が言って当然だけど。

「幸いなことに、私達のポーションは好評で、他のプレイヤーと比較しても一日当たりの売り上げ数は上位に食い込むのではないか、という予測も立っているのですが……」

「そう、ね……。ヴェグガナークの住民たちからも、あなた達のポーションは特に効き目がいいと好評ね。それで?」

「は、はい……。ですが、あいにくと鈴はあちらの世界での仕事の兼ね合いもあり、出店が不定期なのです。そのことで、少なからずお客さんから不満の声が上がっており……あとは、露店だからこその限界もそろそろ近づいて来てて」

「路上販売ではさばききれないくらいの需要に見舞われている、ということね。うれしい悲鳴というものではないの。なるほど、話は見えて来たわ。つまり、その時が早くも来た、ということなのね……?」

 その時が来た。

 それの意味を、私は正しく受け取った。

「はい……。そこで、先ほどの話に戻るのですが……。初日の夜に言っていただけた、あの言葉――あの言葉に縋りたいと思い、今日ここにやってきました」

「なるほど。決断としては、別に悪い話ではないわね。このまま露店で出店し続けるにしても、いずれは不満が爆発してよくないことになるだろうし――そうなるよりは、より効率よく客を捌ける、店舗形態へと歩を進めるのは、決して悪いことではないわ」

 その辺りは、評価しないでもないわね、とエレノーラさんは満足げに頷いた。

 次いで、私と鈴を見極めるかのような視線を向けてきて――その瞬間、私はなんとなく察した。

 あ、これやっぱり何か条件が付く奴だ、と。

 隣で鈴が、ゴクリ、と唾を飲み込むのを聞きながら、私はエレノーラさんの続く言葉を待った。


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