15.図書室――突破口を求めて
水曜日。今日も私は、宿題を終わらせた後、ファルティアオンラインへとログインしていた。
本日は寝るまでアトリエで調合をする予定でいた。
「そういえば――お嬢様は、ポーションの品質を上げていきたいのでしたよね?」
「え? うん、そうだけど……」
一昨日の調合で余った分の素材も合わせて、ポーションの素材は十分ある。
この分なら、今晩も素材を切らすことなくポーション作りに集中できるだろう。
そう思って、マナランプに火を灯していたら、横合いからミリスさんがそんなことを言ってきた。
一朝一夜でどうにかできることでもないし、よりよい素材を厳選しながら【調合】スキルのレベルを上げていくなどして、地道にやっていこうかなと考えていたんだけど――なにか、効率よく品質を上げるような調合法でもあるのかな。
「でしたら、図書室などへ行ってみてはいかがでしょう。エリリアーナお嬢様は、同じように行き詰まってしまった際、よく図書室へと赴いていらっしゃいました。もしかしたら、そこに何か突破口があるかもしれませんよ?」
図書室……図書室か!
そっか、貴族のお屋敷だもんね。
当主の書斎以外にも、そういったところがあってもおかしくはない。
それに、言われて気づいたけど、大事なことを一つ、すっかり忘れてしまっていた。
「地道に同じ作業を繰り返すだけじゃなくて、いろいろな方法を探して、試行錯誤していくことも考えないといけないか……」
「そういうことですね。それから、素材の品質を良くして完成品の品質の底上げを図りたいのであれば、温室をご利用なさることも考慮すべきかもしれません」
「温室……?」
てことは、素材を自分で育てるってことだよね。
私、家庭菜園もやったことないからちょっと不安なんだけどな……大丈夫かな。
植物を育てるなんて小学校の頃にやった、アサガオの観察日記以来だよ。
「温室については、使用する旨の報告を旦那さまや奥様に相談すれば、後は庭師と打ち合わせをして、育てたい植物の種を渡しておけばよいかと存じます」
「お~、至れり尽くせりだ」
そういった便利なものが用意されているなら、これを利用しない手はないよね。
ちなみに温室へはアトリエ棟から直通で行けるようになっていた。
しかも結構大きめの温室が3つも。これなら、いろいろと育てられそうだ。
「あ、でも……種を持ってないからすぐには無理か……」
「そのあたりは、取り寄せるしかないですね……。あとは、エード草や昨日採取した妹切草をはじめ、一部の草花は株ごと採取したのでそのまま植えて、後から種を採取してもよいですし……購入するのであれば、後ほど購買担当の者に申し伝えましょう」
「うん、お願いね」
とりあえず、今晩も調合三昧で過ごすつもりでいたけど、闇雲にやっても同じことの繰り返しになって非効率的だろうから、予定変更して早速図書室にでも向かうことにした。
図書室は、本館の一階にあった。重厚な扉の上には、『図書室』と確かに部屋の名前がそのように刻まれている。
「『図書室』……ここが、そうなんだ」
扉を開ける。
中は紙の匂いで満たされており、天井につるされたシャンデリアが部屋を仄明るく照らしていた。
蔵書数はかなり多いらしく、この分ならポーションの品質を上げるための手掛かりが見つかりそうだという謎の自信すらわいてくるほどだ。
「とは言ったものの……この中のどれを探っていけばいいのやら……」
とりあえず本を読んでみよう、といった感じでやってきた図書室だけど、ここからどう動いていけばいいのかわからないし。
適当にぶらつきながら、それらしい本がありそうなエリアを探していくしかない、か……。
「えっと……こっちから見ていくかな」
とりあえず、扉に一番近い方の、向かって右側の本棚から順番に見ていくことにした。
「『いばらのこじょうのおひめさま』『おかしのやかたのきゅうけつひめ』『おおぐいあおむし』『あかひげこうしゃくとひみつのちかしつ』……この辺りは、どれも児童向けの本だなぁ」
「そうですね。貴族の子女や、文字の読み書きを必要とする平民などは、手始めにこういった書物を読むことでこの世界の文字や言葉使いなどを知っていくのですよ。……そういえば、ハンナお嬢様はどうなのでしょう」
そう指摘されて、言われてみれば……と私は不安に駆られ、適当に目についた児童書一冊を手に取って読んでみた。
……うん、普通に日本語の、平仮名だけで構成された文章にしか見えないね。
「普通に読めるみたいですね」
「そうですか。……ちゅーとりあるの時にいた、擬似領域でのテーブルマナーの件といい。そして今こうして文字が読めることといい……。ハンナお嬢様には、やはりエリリアーナお嬢様だったころの記憶が、少なからず根付いているのかもしれませんね」
「あはは、【博識】スキルがまさにそれなのかもしれませんね」
「まぁ。【博識】がスキルとして……? それは間違いなく、エリリアーナお嬢様の記憶の断片から来るものでしょう。そうでなければ、この世界の全てが初めてのはずの異邦人が、そのようなものを最初から持っていようはずもありませんからね。……しかし、なるほど。そういうことでしたら、エリリアーナお嬢様の他の記憶も、何らかのスキルという形で相当受け継いでいるとみてよさそうですね。これは、その時が来たら磨き甲斐がありそうです……!」
「ひぇ……」
あれ、よくわからない方向性に火がついてしまったみたいだけど、大丈夫かな……?
ミリスさんの方を見てみる。
うん、表情が読めないや。
少なくとも、今は大丈夫と言うことにしておこう。
――さてと。
この辺りが児童書だとすると、この辺りには探しているものはなさそう。
これだけ広いと、そもそも探すのも手間がかかりそうだし――ここは、大人しく他の人に頼んだ方がよさそうだ。
ということで、助けてミリえも~ん。
「ねぇ、ミリスさん」
「はい、調合に関連した書物の棚でございますね。こちらにありますので、着いて来ていただけますか?」
「ありがとう」
「いえ」
というよりも、元よりそのつもりでここへ来たのではありませんか、と突っ込まれてしまった。
や、忘れてたわけじゃないんだけどね。
どうにもゲーム内とはいえこれだけたくさんの本に囲まれると、どうにも圧倒されてしまうというかなんというか……うん。素直に忘れていたって認めたほうがよさそうだね。
「調合関連の棚でしたらこちらですね。薬の調合を始めたばかりの人向けの本であれば、例えばこちらなどがお勧めの本になります」
「どれどれ……」
最初にミリスさんから手渡されたのは、『薬剤調合指南 入門編 ~これであなたも立派な薬師~』といういかにも入門者向けの指南書。
中には、調合するための器具の名称や使い方はもちろん、実際に調合するにあたって気をつけたほうが良い注意点や素材ごとに異なる薬効成分の抽出方法などが、わかりやすく図解で示されていた。
それから、ミリスさんはその近くにあった初級編と中級編も一応キープ。
……あ、これインベントリに入れられるんだね。
ゲーム内とはいえ、一応『自宅』という扱いになるからかな。
街中の図書館だったら、こうはいかないかも。公共施設だし、貸与物ってことになるだろうし。
「返すときは、ミリスさんに頼めば大丈夫そうかな……?」
「はい、お任せいただければ、私が戻しておきますよ」
「ありがとう」
とりあえず、手に持って持ち運ぶのも面倒なので、一旦インベントリに入れる。
あとは……あ、これとか面白そう。『ファルティアの特殊な混合ポーション図鑑』。
なんか、指南書には載ってなさそうな穴を埋められそうな本だし、それなりに調合の腕前が上達したら、これに載っているものも作ってみようかな。
とりあえず、ミリスさんがキープしてくれたものも含めて本館の自室に戻り、ローテーブルの上に出してもらう。
そして、お茶の準備をするという彼女を見送って、早速指南書を入門編から読み進めていくことにした。
器具の名称や取り扱い方法などは、一旦飛ばす。
そもそもそのあたりは、もう小中学校の理科の授業ですでに似たようなものを散々学んだし、今さら感があったしね。
というわけでそれらは後回しにして、興味を引いたページだけを読んでみることにする。
――ん? これは……『魔力を注入する際、例えば治療効果のあるポーションを作るときは、回復魔法を使用できる人がやると品質が上昇しやすい』かぁ。
回復魔法って、ポーションに込めることできるんだ。へぇ……あ、でもこれを実用レベルで使うには、【魔法干渉】スキルが必要になるらしい。
例えば、【回復魔法】の『リトルヒール』に【魔法干渉】の『シーリング』の魔法を添えれば、それだけで品質が少しだけ上昇する。
両方とも初期スキルとして習得済みなので、試そうと思えばすぐに試せる方法だった。
これは、明日にでも試してみよう。
さて、入門編にはこれ以上有用そうな情報は載っていなかった。
となると、次に読むべきは初級編だ。
こっちには、薬を調合するにあたって準備する素材の入手方法についても詳しく載っていた。
薬の素材の入手方法は、指南書によれば大きく分けて三通りあるらしい。
まず、一番簡単な方法が、『買う』である。
街でNPCに対価を払って購入するだけだし、危険もないのでいつでも手軽に利用できる、一番単純な方法。
ただし欠点として、まず最大でも市場に出回っている分しか買えない上、その時の在庫状況に応じて値段も上がっていく。
つまり、PCが群がれば群がるほど、NPCから買うことが難しくなるということである。
あとは単純にお金がかかる。
お店をやるなら、材料の原価のことも考えないと、いずれ詰むことになるということだ。
それが嫌なら、二番目や三番目の手段に切り替えていくしかない。
二番目の手段は、『採取』しに行くこと。
多分、大半のプレイヤーはこれを選択するだろうね。
一部、冒険に出たプレイヤーから買い取る生産職もいるだろうけど、そういう人たちも最初の方はやはり、材料を買い取る資金もないから、やはり自給自足しないといけなくなる。
そう言った意味では、ほとんどの人が一度は通る道という奴だろう。
デメリットはもちろん、『モンスターに襲われる危険』だね。
採取しに行くなら、装備を整えることも必須条件だ。
そして最後が、『作る』こと。
材料は自分で『作る』という手段もある。
ミリスさんにさっき言われた、『温室』で栽培するという手段もこれに該当するし、なんなら薬効成分を抽出した中間素材を作ることだって、実は可能だったらしい。
そのレシピも、初級編にはしっかりと載ってた。
【V-POTベースα】消耗品/素材
VT回復小~
薬草などから薬効成分を抽出したもの。
様々な薬の原材料になる。
対応カテゴリー:(治療薬素材)、(粉末)、(燃料)
必要な材料:エード草、妹切草、メウシ豆、(治療薬素材)、(水)、(凝固剤)
幸いなことに、材料も昨日アイーダの森で妹切草とメウシ豆を採ってきたことで、全て揃っている。
凝固剤についてはスライムゼリーが凝固剤として使えるしね。