141.謎の紙片と令嬢の追憶
軽くステータスの確認をしていると、遅れてログインしてきた鈴が部屋までやってきた。
「お待たせ」
「うん」
ミリスさんに鈴の分のお茶も頼んでから、すでに注がれていたお茶を一口飲む。
――と、
「あれ、髪飾り……」
「あぁ、これね」
手探りで王女付きの侍女によって取り替えられた髪飾りに触れて軽く弄んでから、
「ちょっと公式イベントの時に取ったスキルが原因でいろいろあってね」
「詳しく聞かせて」
「うん、もとよりそのつもりでいたしね」
私は、第二回公式イベントでどのように動いたのかとか、その時に取った【叡智】スキルのことなど、今に至るまでの経緯をざっくりとかいつまんで話した。
鈴は、何とも言えない表情になってから、
「…………地雷、踏んじゃったね」
「あはは……正直今回ばっかりは、ね。私もそう思ったよ」
結構所有効果がよかったし、『魔法使い』のクラスとも相性がよさそうだったから取得したんだけど、まさかこんな大型の地雷が埋め込まれているとは思いもよらなかった。
「……久々のログインだし、お店の在庫もちょっとまた確保したいと思ったから素材集めに行きたいと思ってたんだけど、ハンナがクラスアップ果たしてレベルがリセットされたんなら、しばらくはレベリングにした方がいいのかな」
「かもね」
ちなみにミリスさん以下、側付き枠の従者達は私のクラスアップの影響こそ受けていないものの、護衛枠のフィーナさんとヴィータさんは騎士見習いというクラスに変化していた。
騎士見習いと言っても、しばらくは私の側に付いて武者修行、みたいな感じでしばらくは変わりないみたいなんだけど。
側付き枠の従者達も、ミリスさんとサイファさん以外は厳密にはメインクラスが侍女ではないので、クラスアップの条件を満たせば自由にクラスアップさせることができる。
ミリスさんとサイファさんの場合、『侍女』や『ガヴァネス』はもともと最上位クラスの一種で、これ以上のクラスアップは王城勤めの特殊クラスにしかなれないとのことなので、私自身の立場を変えていくほかないとのことだった。
ま、そりゃそうか。
サブクラスの一つでメイド系のクラスを取得している斥候三姉妹とて、そのメイド系のクラスは現在『侍女見習い』だが、その時点ですでに第三クラス。つまり、順当に考えれば次が最上位クラスということになる(ちなみにメイド系のクラスはオールワークス、セクショナリー、侍女見習い、侍女となるそうだ)。
そんなわけで、今晩は私とフィーナさんとヴィータさんのレベリングということで話がまとまった。
「ごめんね鈴、せっかく大きな仕事終えて思いっきり遊べるっていうタイミングでこんなことになってて」
「別に気にしなくてもいいよ。私としてはむしろ、面白そうな展開になってきたって感じ」
多分だけど、ランクアップチャレンジが発生すると同時にクラスシナリオも進行していくとかそんな感じなんだろうけど、いよいよエリリアーナさんと第一王子関連の物語が本格始動する感じになっていくのかもしれない、と大好物を目の前にしたような目つきで鈴が予想を立て始めて、私は思わずうっそりとしてしまった。
見ている人にとっては面白い話なんだろうけど、自由にゲーム内の世界を動き回りたい身としては、いろいろしがらみが増えるのは困るのだ。
――とはいえ、仕方がなかったとはいえ、イベントの流れで承諾してしまった以上、もう受け容れるほかはないのだけれど。
「なんにせよ、目下の問題はレベリングと――あと、早々にランクアップチャレンジを発生させないと」
クラスレベルには不親切なことにその時点での最大レベルが表示されていない。つまり、その時になって初めてクラスランクによるレベル制限に引っかかってしまったことが判明するのだ。
クラスレベルはそのままPCレベルの上限にも直結してるこのゲーム、クラスレベルが低レベルの状態で制限がかかるようだとフィールドを動き回れる範囲がかなり制限されてしまう。
正直今の状態で何レベルまでクラスレベルが上がってくれるかわからないものの、最悪を想定してレベル10でその制限がかかると仮定して、できるだけ早くランクアップの条件を探し出す必要があった。
ただ――問題もあるんだけど。
「【社交】スキルの存在が痛いなぁ」
【社交】スキルには、所有効果には含まれないものの、実はパッシブ効果に通常の戦闘で得られる経験値が減少してしまうというとんでもない効果がある。
「スキルレベルが上がるにつれて、普通なら戦闘で得られる経験値の減少率も軽減されるものなんだけど……」
残念なことに、【社交】スキルは成長する毎にどんどん荒事から遠ざけられてしまう、私にとってはマイナススキルでしかなかった。
その分社交バトルで得られる経験値が激増するから、効率よくレベルアップするにはとにかく社交界に参加しまくるしかない。要は、令嬢ロールをがっつりさせられるようなスキルである。
クラス特性【麗しの戦姫】のおかげで、これまではそれでもその効果を半分以上軽減で来ていたんだけど――【麗しの戦姫】の効果はクラスレベル依存。クラスレベルが1に戻ってしまった以上、その効果は期待薄と言ったところで、茶会などに参加することも視野に入れなくてはならなくなってしまっている。
「ま、なんにせよ。今は動くしかないか……」
「そういうことだね」
とりま、今日のところはさっくりレベル10とまではいかなくても、せめて一桁台後半まではレベリングしたいなぁ。
――とは思ったものの、『ヴェグガナルデ公爵令嬢』の時の最終フィジカルから引き継いだ10%の上乗せ分と、装備品はこれまでにも使っていたものがほぼすべて継続して使い続けることが可能だったことで、思ったよりも被ダメージは多くないことが分かり。
結果としてこの日は、クラスアップした当日であるにもかかわらず、僅か一時間ちょっとで早くも一けた台を脱し、10レベル台にまで達することができてしまった。
まぁ――獲得できるフィジカルポイントも、1レベル辺り5ポイントから4ポイントに若干減ってしまったから、それでもステータスの成長はやや鈍化してしまったことに違いはないんだけどね。
そんなこんなで日は移り火曜日の夜。
ちなみに昨日は令嬢教育の日だったので割愛だ。公式イベントも終わって平時に戻ったし、クラスも『王族候補』になったということで、やや張り切り気味だったサイファさんのしごきが少しハードだった、とだけ言っておこう。
今日は鈴と一緒に調合三昧をする予定でいたのだけれど、いつも通りログインした私は、普段通りのように見える王都の屋敷の自室で、見慣れないものがテーブルの上に置いてあるのを発見した。
「なんだろう、これ……紙切れ……じゃ、ないよね。なんかの本の切れ端みたいな感じだし……」
やや黒ずんだそれは、何かの本のページをちぎったもののように見える。
「おはようございます。今日は外は雨が降っておりますよ。お出かけにはやや向かないと思いますが、いかがなさいますか?」
「あ、ミリスさん。……そうだみたいだねぇ、こっちでは今日は雨が降ってるんだね」
リアルではよく晴れた一日だった。が、ファルティアオンラインの中は、少なくとも王都周辺は雨のようだ。
その証拠に、テラスにそのまま出ることもできる大きな窓の外からは、雨音が聞こえている。
これは幸先よくないなぁ、と思いながら、でも今日は鈴と調合三昧をする予定だったし関係ないか、と頭を振る。
それよりも、だ。
ミリスさんに、この机の上に置いてある紙片のことを聞いてみよう。
「…………テーブルの上の、紙片……ですか? 申し訳ありませんお嬢様、私には何が何だかさっぱり……」
「そうなの? 見えないの、これ?」
「はい。私にはいつも通り綺麗に片付いたテーブルのように見えますが……お嬢様には、何かの紙片が乗っているように見えるのですか?」
私はコクリ、と頷く。
なんだろう、これ。
【気配察知】のスキルが、何か普通ではない気配の存在を報せてはいる。
発生源はこの紙片からなんだけど――これ、ただの紙片じゃないのかな。
とりま、放っておいても何かがわかるわけでもなし。私はその紙片に触れてみることにした。
――すると。
途端、視界がセピア色に染まり、ややノイズ混じりの視界へと切り替わった。
どうやら何かのイベントが発生したらしい。
場所は、見た限りでは変わってはいないように思える。
ヴェグガナルデ公爵家の王都邸にある、私の部屋。
ただ、細部がやや異なっているのか、若干いつもと異なる雰囲気でもあった。
そして――いつもの私の部屋と最も異なる点。それは、今まさに目の前にあるティーテーブルの椅子に、何かが座っている点だ。
他に何かないか、と見渡してみれば、その何かからやや離れた場所で、同じような存在がジッと佇んでいるのも発見した。
その何か達は、何やら靄が人の形に固まったような、そんな感じの外見をしており、とてもそれが誰であるかを見抜けるような外見ではなかった。
「う~ん……なんかいきなりわけのわかんないイベントが始まっちゃったなぁ……とりあえず、この人? の話を聞けばいいのかな……」
とりあえずそう思った私は、反対側の椅子に座り、どうかしたのかと聞いてみた。
「すみません、どうかしたんですか?」
『――ぜ――――ぜなの。なぜ、――はわかってくれないの……? 私はどうすれば……』
「……え?」
ノイズ混じりの、聞き取りづらい音声。しかしその女性らしい声は、明らかに何かに思い悩み、そして嘆いているような感じがした。
けれど、肝心の悩みの内容まではしゃべってはくれず、同じ内容を繰り返すばかり。
やがて離れたところで佇んでいた何かがゆっくりと近寄ってきて、椅子に座っている何かの肩に、まるでその何かを気遣うかのように手を乗せた。
――と、そこで視界のノイズはひどくなり、セピア色の空間はモノクロへと変わり――やがて光に包まれ、私は元居た場所へと戻された。
「…………何だったんだろ、今の……」
「なにが?」
「あ、鈴」
どうやら知らないうちに鈴もログインして、私の部屋に入ってきていたらしい。
「マーカーが消えてたし、何かのイベントの最中でアバターだけが置き去りになっているような感じだったから待ってたんだけど……何かあったの?」
「うん、実はね……」
私は鈴とミリスさんに、今しがたの不思議な空間での出来事をわかる範囲で説明してみた。
「う~ん、それは多分、ハンナのアバターの元になったキャラ――エリリアーナさん、だっけ。その人の過去にまつわるエピソードを追体験する感じのイベントじゃないかな」
「あぁ、うん。なんかそんな感じの雰囲気はしてたかも」
鈴は、少し考えて自身の見解についてそう話してきた。
うん、なるほどね。確かにそんな感じはしたかも。ただ、肝心の内容はわからずじまいだったんだけど。
一方のミリスさんにも、思い当たる節はあるらしく。
「……おそらく、鈴様の予想は正しいかと。エリリアーナお嬢様に付いていた侍女から聞いた話でしたが、エリリアーナお嬢様は第一王子殿下が、その……浮気をなさっていた際、よくこの場所でお嘆きになられていたという話ですから」
「あぁ、そういう……」
つまり先程のイベントの光景は、その時の追憶を追体験するためのものだったのだろう。
あまりにも唐突だったし内容もやや端折り過ぎていた感じだったからわけがわからなかったけど、そういうことだったんだね。
――う~ん、でも気になるのはなんで、そんなイベントがいきなり発生するようになったのか、だよね。
「……あ、システムメッセージだ」
「メッセージ? なんて出てるの?」
「えぇっと、なになに……」
システムメッセージの内容は、『イベントキー『嘆きの断片1』を入手しました』というものだった。
『嘆きの断片』ね……。なんかあまりよさそうな雰囲気のキーアイテムじゃないのは確かなんだけど……。
入手したキーアイテムの詳細を確認してみると、とある令嬢の無念の思いが具現したもの、という触れ込みのランクアップチャレンジ用のアイテムのようだった。
【嘆きの断片1/30】クラスシナリオキー
クラスシナリオフラグ進行キー、ランクアップチャレンジ始動キー
悲恋の末の死を遂げた故人・エリリアーナ・ヴェグガナルデの霊魂が、あなたの活躍に嫉妬し、その活動エネルギーを悪い方向で増大させた結果発生したもの。
ヴェグガナルデ公爵家のヴェグガナーク本邸、フェア・ル・ティエール王都邸、及びル・ティエール城、フェアルターレ国立中央学園の内部に散らばっており、全部で30個ある。
しかし、すべて集めるには嫉妬心を向けられているあなたが活躍を続けていく必要がある。
回収済み数/現在存在する断片の数:1/5
効果の欄を見るに、これを集めていくことで『王族候補』のランクアップチャレンジが解放されていくという仕組みらしい。
専用のクラスシナリオが組まれているユニーククラスらしく、クラスシナリオを進めなければランクアップチャレンジも発生しないというシステムのようだ。
「だとすると、『王族候補』の最初のランクアップの条件は、もしかしたらエリリアーナさんに関するシナリオを進めることが鍵なのかもしれないね」
まぁ、そんな感じなのは確かだ。
「……今の話を聞いている限り、エリリアーナお嬢様の魂は未だ天に召されていない、という可能性があると……?」
「まぁ、『嘆きの断片』なんていうアイテムが出てきたことを考えると、そう考えるのが一番しっくりくるんじゃないかなぁ、今のところは」
どちらにせよすぐにどうこうできる問題でもなさそうなのは確かだ。
だってこれ、詳細説明にはヴェグガナーク本邸とフェア・ル・ティエール王都邸、ル・ティエール城に国立中央学園っていうところに合計で30個あるって書かれてるんだよ?
フェアルターレ王国全土って書かれてないだけましなんだろうけどさ、それでもどれだけ走り回らないといけないのさって話よ。
しかも後半二つはまだ行ったことないし、現時点で行けるかどうかすらわからない場所だし。
「……なんだか、『王族候補』になって最初のランクアップは、一筋縄ではいかなさそうだよ……」
「まぁ、頑張って。私も手伝えることは手伝うから」
「ありがとう、鈴……」
とはいえ、今は手加減も何もない状態。果たしてどうやって探せばいいのやら……。
……………。
そう言えばミリスさん、第一王子が浮気していたことにエリリアーナさんが嘆いていたって言ってたよね。
ということは………なるほど。
どうやら、探す場所はある程度絞り込むことができるみたいだね、これは。
まぁ、今解放されている断片が、現時点で進入可能なエリアにあるなら、の話なんだけど。




