138.クラスチェンジチケット(なお強制使用)
「王位継承……ですか? 私が?」
「はい、そうです」
リリアーナ王女は、そう言いながら私にあるものを自らの側に控えている王女様付きの侍女を介して渡してきた。
一つは、控えめながらも煌びやかに宝石がちりばめられた、銀色のティアラ。ミスタリウムという金属でできているらしい。
【ル・ティエール・プリンセスティアラ】装飾品/頭
起死回生の輝き(7/7)、VTスリップダメージ下限、緊急転移(3/3)、王者の象徴、シリーズ効果:ワイルド、ル・ティエール城フリーパス
身に着けているものがフェアルターレの王族ル・ティエール家の関係者であることを正式に証明する、ミスタリウムで作られたティアラ。女性専用。
正式に王族として迎え入れられた者にのみ、このティアラを身に着ける権利が与えられる。
【起死回生の煌めき】残り7回/CT 0:00
探索不能になりうるダメージを受けた際、VTを1だけ残した状態で探索不能を回避し、その後VTとMPを最大値まで回復し、全てのデバフを解除する。さらに装備者と、装備者と同じユニットに属するメンバー全員に装備者の最大VTの30%を耐久値とする『プリンセスバリア』のバフを10分間付与し、あらゆるダメージを耐久値分だけ無効にする。バリアは耐久値が尽きるか効果時間が過ぎると消滅し、防ぎきれなかったダメージはそのまま貫通する。
この効果は7回までCTなしで発動可能で、CTを1セット消化するたびに蘇生可能回数が1回回復する。CTは残り回数の多さにより変化し、残り回数が少ないほど早く回復する。
【VTスリップダメージ下限】
VTスリップダメージに下限が設定され、スリップダメージで探索不能にならなくなる。下限は一律でベース最大VTの10%。
【緊急転移】残り3/3回
街中のランドマークを指定して転移可能になる。機能的にはメニューからのファストトラベルと変わりないものの、何らかの契約を交わしていないNPCと共に転移できる点で異なる。
ただしともに連れていけるNPCはパーティの残り枠数分。
【シリーズ効果:ワイルド】
すべてのシリーズ効果に対応可能。
試しにその詳細を見てみたけど、ものすごく強い、としか言えない性能だ。
というか、これ常用してたらゲームバランス崩すんじゃないかな。
……まぁ、プリンセスの名を関しているあたり、さすがに私は装備することはできないみたいだけど。
もう一つは髪飾り。こちらは手渡しではなく、今私が着けている『ヴェグガナルデ家の髪飾り』と交換する形で新しく着けられた。
「これは……?」
着けられた髪飾りのことも気になるし、手渡されたティアラのことも気になる。
「それは、持つ者がフェアルターレ王国の王族として迎え入れられたことを示す証であり、同時に正当な王位継承権を有することを示すものでもあるわ」
「王族……王位、継承権? 本当に私がですか!?」
さすがに話が急すぎる。
「ちょ、ちょっと待ってください。私は公爵令嬢なんですよ? 王族じゃなくて。それにプレイヤー――異邦人ですし」
百歩譲って、王族として迎え入れられるだけなら、まぁ……うん、有用なスキルを習得した人を逃したくないから、立場も公爵令嬢ということでちょうどいいから、ということでまだ無理矢理理解することはできる。
でも、その上で王位継承権までついてくるというのは少々理解が追い付かない。
「おかしいことではないでしょう? あなたのこちらの世界でのお父様は、私の父である現国王の実弟なのですから。王位継承権も今のままでは下の方に位置するとはいえ、確かに存在しています。――もともと、王位継承権自体はあなた自身にもあるのですよ」
「それは……」
知らなかった、は通じないか……。前々から、サイファさんにもそんなようなことは何度か言われていたし。
「それに、あなたの権勢についても、考えていきましょうか」
「権勢……?」
「はい。まぁ、言い換えれば懇意にしている王侯貴族、といったところでしょうか」
そうして、リリアーナ王女は私が懇意にしている……ということになっているらしい貴族の家を上げていった。
実家のヴェグガナルデ家は言わずもがな、オリバー君との仲も悪いわけではなくなった。
西の守りを司っている二家、レクィアード公爵家とフェルペナード伯爵家との仲も良好。レクィアード公爵家とはこの前のイベントを通して令嬢れあちぃずさんと仲良くなったことで良好な関係となったし、フェルペナード伯爵家とは同じ派閥だ。
設定的には、この体の持ち主が私になる前の、エリリアーナさんがいた頃から仲が良かったというし、私も懇意にさせてもらえることになったし。
そして――フェアルターレ王国の最後の四大貴族こと、ロレーリン侯爵家。サイファさんがガヴァネスを引き受けていることに加え、今月の初めに開かれたお茶会でも令嬢と仲良くなれたことで、今後の付き合いにもよるがやはり良好な関係と言える。
極めつけは神殿だ。
聖女見習いのゆーかさんとも縁ができたことで、おそらく今後は神殿とも絡みが出てくる。
神殿との絡みは、貴族たちとはまた別の次元で油断できないという。聖女見習いのゆーかさんというのが何よりも大きいそうだ。
「どうかしら、ハンナさん。あなたは、ものの見事に、四大貴族に取り入ることに成功しているのよ? ゆーかさんという聖女候補筆頭の方とも親しくなったようだし――いわば、あなたは今、国内でも一、二を争う権勢を得ていると言っても過言ではないわね」
厳密にいえば、まだそうした主力勢力と言える家等と強く結びついたというわけではないものの、ロレーリン家とはサイファさんを通じて強いつながりがあるし、レクィアード公爵家は状況がヴェグガナルデ公爵家と似たようなものとなってしまっている。つまり、双方で異邦人が令嬢の体に宿り、そのまま異邦人が令嬢となった以上、同じ派閥としてまとまりだすのも時間の問題。
神殿も、ゆーかさんという重要な役職についているプレイヤーがいるからほぼ同じで、この時点でそうなることがほぼ確約されているといっていい勢力と三つも関係を持ってしまっている。
れあちぃずさんやゆーかさんと出会ったのは先週の話なのだけれど、同じプレイヤー同士ということで一緒に行動し始めたことは第二王子派閥の耳にはすでに入ってしまっているため、第二王子も密かに私のことを警戒し始めており、名乗りを上げる・上げないに関係なく、そのうち排除に動き出し始めるのではないかとリリアーナさんは予測を立てているらしい。
もとから第二王子やリリアーナ王女、そして私を排除しようと動いている第一王子は言わずもがな。これで、私は両方の王子から敵意を向けられている状況になったというわけだ。
「私が王位継承権を破棄する方向に動けば……」
「無理ね。すでに王国内の貴族たちも、元々二つだった派閥がさらに分かれて、三つ目の派閥ができ始めているわ」
ゲームスタートの時点で、すでに問題を起こしてしまっている(という設定らしい)第一王子は王位継承権の順位は最下位に下降しており、リリアーナ王女が現在王位継承権第二位。
今は、大きく分けて第二王子派と王女派の二つに派閥が分かれているらしいが――ほどなくして、勢力としてはそれほど大きくないが、権勢を増しつつある私を担ぎ上げようとする新たな派閥が出てくるだろう、とリリアーナ王女はそう推測を立てて、
「無論、あなたがリリアーナ王女殿下の下に付くことで、リリアーナ王女殿下が矢面に立つこともできるし、王位継承権の序列からすればそちらの方が正当性はあるのでしょうけど――」
「今の情勢を見るに、これから先の国家運営の命運を握るのは、良くも悪くも異邦人達となる可能性が高い。となれば、蛇の道は蛇。異邦人達を纏めるには、異邦人をトップに据えるのが手っ取り早い。ということで、私は王位継承争いから降りることにして、あなたを担ぐことにしたわ」
途中で口を挟んできたエレノーラさんの言葉を引き継ぐ形で、リリアーナ王女が自身よりも私の方が適任だから、と言う。
「あなたが拒否しようがしまいが、これはもう関係ないの。いいかしら――もう、すでにあなたを取り巻く環境は、動き始めているの。こうなったらもう、誰にも止められないのよ」
――だって、私がすでにそう動くと決めたのだから。
最後に、リリアーナ王女はそう言って、締めくくった。
あまりにも唐突な話の流れだし、王位継承なんてそれこそゲーム内でのしがらみが常に付きまといそうな、窮屈そうな未来しか待っていない気がする。
どうにかしてお断りしたいところだけど――多分、できそうにない気がする。
だって、
「あぁ、今さら逃げるのはなしよ。だって――【叡智】スキルのことについて話をするのと引き換えに、私の出す条件を飲む。それにあなたは了承したでしょう?」
今更逃げるだなんて言わないわよね、と温もりを感じさせない冷笑と共にそう言われれば、頷くことしかできないもの。
ここでやっぱりいいです、なんて言えば、それこそどうなるかわからない。
私は止む無く、その話を了承するのであった。
『クラスチェンジチケット『高貴なる叡智の持ち主』の効果による特殊クラスアップイベントが完了しました。クラスチェンジチケット『高貴なる叡智の持ち主』は消滅します。
・クラス1が『ヴェグガナルデ公爵令嬢』から『王族候補』になりました。
・クラス1のクラスチェンジに伴い、レベルとベースフィジカルがリセットされます。
・クラス1のクラスレベルがリセットされます。これに伴いクラス1のクラススキルのレベル上限が変更されます。
・クラス1のクラスはクラスチェンジ後、同一系統の上位クラスとなります。クラスアップボーナスとしてフィジカルポイントを20取得しました。
・クラス特性【挑戦者】が追加されました。
【挑戦者】(クラス:王族候補 ランク0)
推奨挑戦レベルが自身のレベルより5以上高い敵、またはPCレベルが自身のレベルより5レベル高いPCと戦うとき、全ベースフィジカルに10%のボーナス。EXフィジカルにMTLがある場合、MTLの10%分さらにボーナス。
VTが0になるダメージを受けた際、(クラススキル ÷ 2 )%の確率でVTが1残る。
さらに【挑戦者】クラススキルのレベル上限が(クラスレベル+1)×5%上昇する。
クラス1のクラススキルのレベル上限は現在 61 です。特性適用後は 63 レベルまでのスキルがレベルアップ可能となります(上限 64 )。
・クラススキル【淑女(王族候補)】を習得しました。通常スキル【叡智】がクラススキルに移動しました。【博識】スキルは通常スキルに移動します。
称号:王族のターゲット を手に入れました(王族系NPCから一定以上の関心を向けられる。敵意・友愛・尊敬などの種類は問わない/王族系NPCが関係するイベントやクエストが発生しやすくなる)
称号:王族に負けた を手に入れました(王族系NPCが関係するイベントやクエスト、社交バトルなどで王族に言い負かされる/王族系NPCに逆らいにくくなり、王族系NPCの好感度が上がりやすくなる)』
クラスが変更された旨のシステムメッセージが流れ、イベント中に【叡智】の習得と同時に手に入れたクラスチェンジチケットが消費された旨のメッセージも流れた。
やはり、このチケットの効果は強制的だったみたいだ。まぁ、『確約』された未来、だからねぇ。仕方がない話として、観念するしかないか。
さて。
とびっきりとんでもない話が来てしまって忘れかけてしまったけれど、ここへ呼ばれた本来の目的である【叡智】スキルの話についてようやく話の筋が戻ることになった。
「それでは、ハンナさんが王位継承争いに参戦することを了承してくれたのだから、こちらも約束を果たさないといけないわね」
王位継承争い、ね。陰謀渦巻く血みどろの争いなんて、ごめんこうむりたいんだけど。
「さて、今回話の争点になった【叡智】スキルについて話をしていくのだけれど――その前に、ハンナさんはこんな逸話に聞き覚えはないかしら」
リリアーナ王女は謳うような感じでその逸話を語り出した。
『停滞せしファルティアの大地に無数の異界の民が降り立つ。彼らの訪れにより生じた波紋は、やがて停滞せしファルティアに変革と繁栄をもたらすであろう』
「聞き覚えがあるような、ないような……」
「さすがに、結構時間が経っているから忘れちゃったかしらね。あなたがこの世界に来た最初の日の夜に、同じ逸話を語ったのだけれど」
「あ、そういえばそうでした」
エレノーラさんが苦笑しながらそう言えば、私もハタと思い出す。
そうか、ゲームを始めた初日の夜に食事に誘われて、その席で聞いたんだった。
「それならば、話は分かりやすいかしらね。まぁ、細部は国とか、地域とか、宗派とか、そういったもので若干違うケースもあるけれど、どれも大体このファルティアが長い停滞期になった時には異邦人がどこからともなく表れて、良くも悪くもファルティア全土に変革や繁栄を与える。だから異邦人とは良好な関係を築きましょう。というよな、そんな感じのことを語っているわね」
ふむふむ……。
「エレノーラさんは、過去にも異邦人が存在した、というような話もしてましたよね」
「えぇそうね。過去にも、ファルティアが長い停滞期に陥った時、どこからともなく異邦人が現れたとされているわ。そして――」
「変革によりいくつかの国が併合したり消滅したりして、最終的に今の国々の原型が出来上がったわけね」
「なるほど……でも、それと【叡智】スキルにどのような関係があるんでしょう」
それだけだと関係がないように思えるんだけど……。
「変革には痛みがつきもの。その痛みには当然、争いも含まれる」
「そうした争いの中で、新たな国が出来上がったりもしたりしたのだけれど――最終的に、今大国として扱われている国々は、そのルーツをたどっていくといろんな経緯で王位に就いた異邦人達に辿り着くのよ。――強力なスキルを持った、ね」
「【叡智】スキル持ちももちろん、その中には含まれるわ。そして――奇しくも、このフェアルターレの原点ともいえる異邦人が持っていたとされるスキルにも」
フェアルターレの、原点…………じゃあ、リリアーナ王女がかなり押し気味で私に王位継承争いへの参加を促したのも――
「【叡智】持ちの異邦人によって起こされた国に再び異邦人が現れ始めた。そして王位継承権を持つ公爵令嬢の体に宿った異邦人が、同じ【叡智】スキルを習得した。これはもう、運命としか言いようがないでしょう?」
あぁ、確かにそれはその通りだ。
そして、そういう伝承があるのだとすれば――
「【叡智】スキルの習得は、王位継承争いにおいて、あなたにとって武器の一つにもなるわ。あなた自身が異邦人である、ということも合わさればなおさらね」
「だから、リリアーナ王女は自らの王位継承権をあなたに譲ってまで、あなたに王位についてほしい、とお思いになられたの。……まぁ、ハンナちゃんにとってははた迷惑だったかもしれないけれどね」
「酷いですよ、エレノーラ様」
「申し訳ありません」
くすくすと笑い合いながら笑いあう二人を眺めながら、私はサイファさんがなぜ【研究】スキルだったなら、と言ったのか、ようやく理解に及んだのであった。




