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137.母親と王女とのお話


 どんちゃん騒ぎで幕を閉じた第2回の公式イベント。

 その熱気も冷めならぬままイベント終了のアナウンスが流れ、私達はリアル準拠の時計が正午を刻むと同時に通常エリアの、最後にイベントフィールドへ転移したポイントへと送還されることになった。

 もちろん、一度もイベントフィールドから帰還していない私達は、イベント開始前に集合していた場所、すなわちヴェグガナルデ家の王都邸が送還先だ。

「ん~、帰ってきた……」

「イベントフィールドは夜だったから、窓から差し込む日の光が眩しいね」

「とりま、リアルでもお昼だし、お昼ご飯食べに一旦ログアウトする?」

「そだね。ハンナさん、客間借りてもいいかな」

「うん、いいよ。……大丈夫かな、ミリスさん」

「問題ありません。皆様がこの屋敷にご帰還時、そうなさるかと思い、人数分の客間を用意してあります」

「ありがとう」

 とはいえ、客間の用意を指示したのは斥候三姉妹達のうちの二人だったみたいだけど。

 ミリスさんは、私と一緒にいたしね。その辺りは必然的にそうなるだろう。

 ミリスさんに案内されるまま、客室へと向かっていく三人とその従者達を見送ってから、私はよっこらせ、とソファに腰かけてくつろいだ。

 ミリスさんの部下に当たる侍女が入れてくれる紅茶を飲んでから、さぁ私もログアウトをしよう、とメニューを開きかけたところで、対面に座っていたサイファさんがこう言ってきた。

「ハンナ様。エレノーラ様から言伝があります。あちらの世界で昼食も兼ねた休息を取ったのち、可能であれば来てほしい、とのことでした」

「エレノーラさんから? なんだろう。ご飯食べてきてからでいいんですよね」

「はい、そう伺っております。……おそらくですが、ハンナ様がご習得なさった【叡智】スキルのことかと存じます」

「【叡智】スキルの、かぁ……そういえば、取っちゃまずかったようなこと言ってましたよね」

 【叡智】スキルのほかにもう一つ派生先として示されていた、【研究】スキルの方がよかった、とか何とか言ってたよね。

 何が拙かったのか、その時は結局聞けなかったけど。

「何か取っちゃいけない理由でもあったんですか?」

「そうですね。ただ、今はお嬢様も祭典が終わった直後です。気分を切り替えるためにも、一旦あちらの世界に戻られた方がよろしいかと思います」

「そっか」

 サイファさんが思案するような顔でそう言う。

 サイファさん自身も、今ここで離すべきかどうか悩ましいことなんだろう。その上でそう言ってきたということは、後回しにしても問題ない事か、もしくは心の準備が必要なナニカが待ち構えているか。

 そのどちらかだ。

 とりあえず、サイファさんからも一旦のログアウトを促された以上、時間も時間だし、私もログアウトしてお昼ご飯を食べるべきだろう、と考え、メニューからログアウトを選択した。


 お昼ご飯を手早く食べ終わった私は、後片付けをした後は特にやることもなかったので、そのままゲームに再ログインすることにした。

 屋敷にログインすると、ログイン前にも室内にいた侍女さんが、まだ室内で待機していた。

「ミリスさん達は?」

「倉庫におります。先ほどまでお嬢様が参加していました祭典の戦利品の整理と、目録の作製をしています」

「そっか」

 倉庫の管理に関しては、ボタン一つで管理も完璧、というわけにはいかない。

 入庫するだけ、あるいは出庫するだけならボタン一つで楽々収納できることに違いないのだけれど、それだと実は、倉庫内のランダムなポイントにストレージから放り出されるだけ、というとんでもない落とし穴がある。

 これの何が悪いかって、ものと倉庫内での出現の仕方によっては時間経過による品質の低下が著しくなったり、最悪破損して『燃えるゴミ』や『燃えないゴミ』『廃液』などのいわゆるごみアイテムに変化したりしてしまうことがあるのだ。

 ゆえに欠陥ともいえるこの仕様があるおかげで、私達プレイヤーは、後で苦労したくないなら自力で倉庫を管理し、わかりやすいように定期的な整理整頓を心掛けなければならないのだ。

 ただ――クラス特性のおかげでストレージが使えず、クイックアクセス欄しか使用できない私にとって、そういった作業は重労働以外の何ものでもない。

 持てる数が本当に少ないのだ、最初から用意されている倉庫の大きさも相まって、多分まともにやろうとすればそれだけで一日使ってしまうのではないか、というほどである。

 だから、倉庫の管理もやって呉れるミリスさんには頭が上がらない思いだ。

「さて……エレノーラさんに呼ばれてるんだったっけ」

「左様にございますね。それなりに重要な用事なので、可能な限り早めにお話がしたい、と伺っております」

「それじゃあ、今から行きますかね」

「かしこまりました。では、ミリスさんをお呼びいたします」

 やっていることがあるなら無理をしなくても……とも思ったけど、わざわざ呼びに行ったということは、ミリスさん同伴で、という条件もあるのかもしれない。

 侍女さんの呼びかけで倉庫から戻ってきたミリスさんは、お待たせしました、と一言断ってから、

「ご昼食はもう済まされたのですか?」

「うん」

「食休みは十分になさいましたか? 異邦人の方々はあちらの世界にもご自身のお身体があるのでしょう? あまり食後間もなく体を横たえるとお体に差し支えますよ?」

「大丈夫だって」

 お母さんみたいなこと言うな、ミリスさん。まぁ、侍女ということで仕える相手の体を気遣うのも仕事の内なんだろうけど。まさかリアルのことに関してもここまで気遣いをしてくれるとは思っても見なかったな。

「あまり無理はなさらないでくださいね。……今から行くとなると、おそらく食堂にいるかと思われます」

「まだお昼時だもんね」

「おそらくもうすでにお食事は済んで、食休み中かとは思われます。なんにせよ、ご家族なのですから問題はないでしょう。向かいますか?」

「うん、問題ないならね」

「では、私もお側で一緒に話を聞くよう仰せつかっておりますので、僭越ながらお供いたします」

 そうしてミリスさんと一緒に自室からでると、私達は王都の屋敷の食堂へと向かった。

 食堂へと向かい…………あれ。

 そう言えば私、こっちの屋敷の食堂ってまだ場所知らなかった。

「ミリスさん、こっちの屋敷の食堂ってどこだったっけ」

 イベントの直前、ゆーかさんやれあちぃずさん、レアンヌさんとの待ち合わせではこの王都邸を使ったけど、イベントで使った調味料各種は、実際のところ準備自体はヴェグガナーク本邸の方で済ませちゃっていた。

 だからこっちの屋敷の食堂やそれ関連の設備は、未だにほぼノータッチなんだよね。

「……お嬢様、てっきりこちらの屋敷の食堂をご存じなのかとばかり…………」

 ミリスさんも少々あきれ顔。あはは……弁明の余地もない。

「ご案内いたしますので、ついて来てくださいませ」

「うん、お願い……」

 ミリスさんに着いて行き、改めて食堂へと向かう。

 食堂へ着くと、そこではエレノーラさんのほか、意外な人物が私を待ち受けていた。

「王女様!?」


「ふふ、ごきげんよう、ハンナさん。ご無沙汰ですわね」

 てっきりヴェグガナークの屋敷に入るものだとばかり思っていたから、少し驚いてしまったけれど……。

「王族にもいろいろと切り札はあるのですよ。あなた達異邦人が気軽に使える転移術ほど便利ではありませんが……」

「そうなんですか……」

 や、それにしても急すぎるというか……なぜにここに王女様までいたのか……。

 リリアーナ王女は命を狙われているって話だったし、正直びっくりした。

「まぁ、実際にはそんな切り札を使うでもなく、あなたが異邦人の祭典とやらに参加している間に、王都へ戻ってきただけなのですけれどね」

「あ、そうだったんですね」

 異邦人の祭典云々は多分、人づてにいつの間にかリリアーナさんのところまで話が伝わっていたんだろう。

 それにしても、NPC達が使う転移手段、というのも少し興味があるといえばあるけど。

「しかし、大丈夫なんでしょうか。その……命を狙われている、という話があったはずですけど……」

 私の疑問。

 Rクエストにまで発展したあのヴェグガナークでの一件。

 あれが片付いたとも聞いていないまま、果たして王女様が戻ってきてよかったのか、と私は思ったんだけど……。

「えぇ……それもそうなのですが。結局のところ、敵には懐まで入られてしまいましたし、その後ハンナさん達に身の回りの安全を確保していただくために、一仕事していただいたでしょう?」

「はい」

「けれど、それでヴェグガナークにあった連中のアジトが壊滅したという報は、おそらく敵にも伝わっているはず。なにしろ、ヴェグガナークどころか、フェアルターレ内でも一、二を争う暗部組織ですもの。ヴェグガナークに遭った支部なんて、氷山の一角でしてよ?」

「……つまり、相手を刺激してしまった以上、どこにいても結局は同じことだ、ということでしょうか」

「そういうことね。なんだかんだでしばらくの間ヴェグガナークに居座っていたのは、それでもいろいろ準備が必要だったからよ」

「王族の移動ですからね。それはもう、緻密に諸々の計画を練らねばなりませんからね。私も、久々に貴族の夫人としてではなく、一介の天使として護衛に付いたわ」

 エレノーラさんまで護衛に付いたんだ……。

「エレノーラ様は天使族でいらっしゃいますから。上空から警護していただけるというのは、それだけで心強いものです」

 なるほどね……私がイベントに参加している間に、そんな動きがあったなんて知りもしなかった。

 ミリスさん達も人が悪い。そう言うことなら話しておいてくれればよかったのに。

 ちょっと不満を訴えるようにミリスさんに視線を向けると、申し訳なさそうに一礼した。

「申し訳ありませんでした。が、流石にせんだっての襲撃事件のことがあり、万一のことがあっては困ると、緘口令が敷かれていましたので」

 イベント中は衆目もあったし、王女を襲撃した暗部組織――ヘルズグロリアに加担する可能性のあるプレイヤーがどこにいるとも限らないから、うかつに話すわけにはいかなかった。そう言われれば、私は何も言うことはできなかった。

「まぁ、私のことはそんなところかしら。…………そんなことよりも、ハンナさん。今はあなたのことの方がよっぽど重要ですわ」

「うぇ、私ですか!?」

 確かに私、エレノーラさんから大事なお話があるということで呼ばれてここにやってきたけど、私にとっては王女様がここにいることの方が重要だったんだけど。

 王女様は、傍らで待機していた侍女さんに注いでもらった紅茶を一口飲むと、半眼になって私の方をジト目で見て来た。

「聞きましてよ。あなた、異邦人の祭典の最中にとんでもないスキルを習得なさったそうじゃない」

「……ミリスさんとサイファさんも言っていましたけど、【叡智】スキルのことですよね。一体どういうことなんでしょう」

「知りたいですか?」

「……できれば知っておきたいです」

「そう。ならば、ハンナさん。話をする前に、一つだけ条件があります。聞いていただけるかしら」

「えっと……」

 さすがに話が急すぎて少し怖くなってきたので、エレノーラさんの方を向いて確認してみる。

 と――

「ダメですわよ、ハンナさん。今は私が話しているのですもの、よそ見してはいけませんわ。それとも――」

 不敬罪で捕まりたいのですか、とやや冷ややかな声色でそう言われ、私はビクッ、と肩を震わせて慌てて視線をリリアーナ王女へと戻した。

 今のリリアーナ王女の顔は――、紛れもなく逆らってはいけない人のそれだ。

「…………わかりました。話を聞かせてください」

「では、条件を飲む、ということでよろしいのですね? 言質は取りましたよ?」

「そうしないと、話が進みそうもないので」

 なんかのイベントが始まったのか、決まった答えを出さないと先に進まなさそうな。そんな雰囲気もあったし。

 しかし私は、公式イベントの余韻がまだ抜けきっていないのか、これが王侯貴族の女性同士の話し合いであって、そういう場合はそう単純に話が進むようなケースではないことが多い、ということをすっかり忘れ去ってしまっていた。

 結果として、私はとんでもない事態になってしまうことになったのであった。



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