136.そして時は流れ……
狙ったわけでもなく、単なる棚ぼたに限りなく近い形でダークサラマンダーのLA報酬。
その内容は通常ドロップ枠で入手した素材の一部の追加入手だった。
まぁ再戦できる可能性があるボスならともかく、このボスは今回のイベント限定の、それも勝利後に流れたアナウンスから察するにイベント全体を通して一回しか発生しないユニークボスの可能性が高い。
つまりレア枠があったとして、判定で落選してしまうようなことは考えにくいから、通常ならレア枠で入手できるような逸物も通常枠と同じ判定で確定入手していたとしてもおかしくはないはず。
LAボーナスで追加入手した追加素材は、おそらくそういった部類に入るはずだ。
ということで、拠点に戻った私達は早速ながらダイスロール大会を開き、LAボーナスの分配をすることにした。
アギトさん達との契約に関しては、素材に設定されているイベントポイントのこともなくはなかったが、そもそもの契約内容で私達が入手した素材に関しては私達の判断で自由にしてもいいということになっていたので、そのあたりも問題ない。
そうして開かれたダイスロール大会は、ある者はダイスの出目に歓喜したり、ある者は発狂したりそしてまたある者はダイスがネタアイテムのイカサマダイスではないのかと用意されたものを疑ったりと、悲喜交々ながら大盛況のうちに幕を閉じた。
同日、三日目の午後は、そんな感じでイベントの折り返しを何とか乗り切ることができた、という名目で軽いパーティ(という名のお祭り騒ぎ)をして、残りの時間が過ぎ去っていった。
そして翌日イベント四日目の朝には、アギトさん達はこの調子で他エリアや中央エリアにも進出する、と言って息巻いて旅立っていったいたものの、同日の昼間から午後にかけて他のエリアのイベントRボスも撃破のアナウンスが続々と流れ、アギトさん達が悲嘆たる表情で私達の元に戻ってきたので――まぁ、結果はお察しの通り、といったところだったのかもしれない。
かくして今回のイベントの主旨を推測で来た当初は、どういう結果になるのかハラハラドキドキしたものであったが、最終的には大団円で幕を閉じることができるだろう、というのが掲示板上で交わされた、イベントに参加したプレイヤー間での評価だった。
実際問題、最終日になっても追加のイベントボスが投入されたというようなアナウンスは流れなかったから、四日目に立て続けに倒されたRボスで、用意されていたボスはすべてだったんだろう。
そうして迎えた五日目の午前中。
私達は、野外用のテーブルを囲って、少し離れたところで再びお祭り騒ぎを繰り広げるプレイヤー達を眺めつつ、お茶をすすりながらまったりとした一時を過ごしていた。
「終わっちゃうね」
「うん、終わっちゃうね……」
「公式イベント、私達は初めての参加だったけど、凄く楽しめたよ。ハンナさん、事前準備に付き添ってくれてありがとうね」
「あはは……まぁ、私なんかで役立てたのなら何よりだよ」
といっても、私自身がれあちぃずさんやレアンヌさんにできたのは、イベント前日のちょっとしたパワーレベリング程度。
それも、実際にはゆーかさんと私で、ワンツーマンでのパワーレベリングをすることになったから、私はれあちぃずさんのパワーレベリングしかできていない。
つまり、ほとんど役立てていないのだ。
「それは間違いじゃないかな。確かにハンナさん自身は何もしていないのかもしれないけど、ハンナさんがいなかったら私達、二回目のランクアップのコツもつかめずに上限レベル30のままで今回のイベントに参加する羽目になってたわけだし」
「実際やったことといえばお茶菓子食べたり飲んだくらいだったけどね~」
「でも、実際のところそれが最適解だったなんてね」
「それは違いますよ、お二人とも」
れあちぃずさんの言葉を否定したのはクレアさん。
生粋の貴族令嬢出身ということで、彼女なりに思うことがあったのかもしれない。
「確かにあれはかなり型からは外れてはいましたが、それでもお二人ともハンナ様に合わせてテーブルマナーを守ろうと努力なされていました。その心意義は決して評価しなくてもよいものではありませんでした。マナーを守る目的は、公共秩序を保つというのももちろん含まれますが、一番の目的は相手を不快にさせない、という心構えにあると私は思います。それを実行に移そうとしたお嬢様のお心を、どうして無視できましょうか」
「えぇ。そして、その機会を与えてくださったヴェグガナルデ公爵令嬢に最大限の感謝をいたします」
なんか仰々しい感じのお礼をもらったんだけど……まぁ、私の気持ち的には、としてはお付きの人達の言葉の方が近い感じだし――それを思うと、それなりのことはできた、と思ってもいいのかな。
そう思うと、なんとなく報われた気持ちになったし、それならそういうことにしておこう。
そうして私達の間ではゆったりまったりとした空気が漂っているものの――イベント中ではおなじみになった神殿跡の拠点では、もう賑やかというかうるさいといった方がいいくらいのお祭り騒ぎだった。
今日の午前0時から、通常フィールドとイベントフィールド間でのアイテム持ち込みの制限が撤廃されることになっている。
そのため、ルルネさんが通常フィールドに持っているというホームの倉庫からありったけのレア素材を使った料理を大放出。
その美味たるや、男性プレイヤーが揃って『うまい』と雄叫びを上げ、女性プレイヤーがタイミングを合わせたかのようにほおを緩ませて乙女が見せてはいけない表情になるなど騒がずにはいられないものだったのだから、うるさくなるのも仕方がない話だろう。
私達が飲み食いしているものも、また同じく。
私達はどちらかというとまったり派が揃っていたため、従者達のアイテム持ち込み制限も撤廃されたと知ったミリスさん達が屋敷から持ってきたらしいテーブルの上に、取り分けた料理を並べて会食よろしくテーブルを囲ってのんびりとその騒ぎを眺めている状態なんだけどね。
「改めて思い返してみると、怒涛の五日間だったなぁ」
「だねぇ。まぁ、ゲーム内では八日間なんだけどさ」
ゲーム内で八日間だったことを考えれば、まぁそれでも余裕のある行程だったとは思うけど。
むしろ、私達のエリアが少し速足過ぎたか、と感じるくらいですらある。
「ま、私としては、当初の予定は無事に達成できたから万々歳なんだけどね」
「当初の予定?」
「うん。イベントフィールド限定素材の収集。あ、そうだ。ミリスさん、肥料に使えそうな素材類の鑑定の方はどうかな」
「もうしばしお待ちを…………お待たせしました。こちらで採取いたしました畑の堆肥用の素材は、いずれも一級品と見ても遜色ない物でした。ドリスさんとの共同研究で使用する畑に撒くのも問題はないかと」
「そっか。それならよかった」
肥料に使えそうな素材のうち、フェアリー(狂)達から入手した鱗粉は、イベント終了後にドリスさんに確認してもらって、使えそうだという評価になったらそのまま堆肥として撒くつもりだ。
フェアリー(狂)達の鱗粉は、いずれもイベント限定素材っぽい感じではあったけど、期間中に新しく取得した【叡智】スキルで鑑定した結果、フェアリー種の周囲で天候操作系のアビリティを使えば通常フィールドでも収集できるようなので、結論としては通常フィールドでも入手可能な素材ばかりだった。
そしてフェアリー(狂)から入手した素材類は、アイテム素材にしてしまうとマイナス効果が付いてきてしまう。
それらの素材は、直接的な影響を及ぼさない堆肥の素材にしてしまうのが一番だとミリスさんは言っていたから、大人しくそれに従うつもりだ。
「潜在的に作物に影響が出てきそうな気はしなくはないんだけど……」
「不思議と影響はないんですよね。フェアリーたちにとって、土葬と同じようなものなのでしょうか」
「あはは……」
肥料として使うことが、結果としてフェアリーたちにとっての土葬になるって、どんなご都合主義だ。
まぁ、とにかくミリスさんやドリスさんの判断次第ではあるけど、ドリスさんのOKももらえたなら早速畑に撒いてみるつもりだ。
「不思議なものですね。狩りに出ている時と同じ、緊張感のようなものは確かにありました。が……こうして振り返ってみれば、不特定多数の人達とそれと同時に行うというようなことはこれまでに一度もありませんでした。それに……いよいよ終わりが近づいてくると、不思議な寂しさを感じてしまいます。これが異邦人達の祭典というものなのでしょうか」
ミリスさんと素材の話をしていると、隣でサイファさんがしみじみ、といった感じでそう呟いた。
う~ん、今回のことは、サイファさんにとっても初めての体験だったんだし、彼女にもいい経験になったのならいいな。
「まぁ、狩りというか、サバイバルに限定するわけじゃないけど、大体こんな感じですかね」
とりあえず、今回のはたまたまテーマがサバイバルだっただけで、また次回は別のテーマのイベントが来るだろう。
だから、イベントが始まる時や終わる時のこうした雰囲気については肯定したものの、サバイバルだけに限定するようなものではないことだけは、伝えることにした。
「また来月……かどうかはわからないけど、しばらくしたら開催されるかもしれないし、その時はまた一緒に参加していただけるとありがたいです」
サイファさんはサイファさんで、サバイバル関係のサポート力はもちろんのこと、単純な戦力としてもトップクラスのNPCだ。
次のイベントの時にも側にいてくれるととてもありがたい存在であることに違いはない。
ただ、サイファさんはあくまでもガヴァネス。こういうイベント関連となると、参加するしないはサイファさんの判断にゆだねられるから、確実にいてくれるとは限らないんだけどね。
「それはその時になってみないとなんとも判断したしかねます。それに――もしその時の祭典が、貴族令嬢としてのハンナ様にとってふさわしくないものであれば、やはり参加は控えていただきたい、と思うのもまた事実ですから」
その点で言えば、今回も令嬢としての私にはふさわしくないイベントだった、と告げるサイファさん。
印象値が下がるほどではないものの、やはり貴族としてはこうしたイベントへの参加は思うところがあるようで、困ったような表情を見せていた。
ともあれ、彼女がそう言った反応を見せてきたということは、イベントへの参加自体は今後も黙認はしてくれるのだろう。
「…………私としては、あのバカ……もとい、第一王子殿下関連の問題が、次の祭典のテーマに取り上げられないかどうか、そのあたりが非常に関心を寄せているところですね」
「第一王子関連……」
サイファさんの言葉に、私はそう言えばそんなものもあったな、と思い出す。
『ヴェグガナルデ公爵令嬢』のクラスシナリオの全貌はそれとなく見え隠れしてきているものの、未だに第一王子との接触はない。
けど、もしサイファさんの言うように、イベントのテーマに第一王子関連のシナリオが選ばれるようなことがあったとすれば――その時はきっと。
「そうなったとしたら、多分私は、イベントの中心人物として、強制参加という形になるんだろうなぁ……」
前回、ゴリムラさんがそうだったように。
そして多分、ゴリムラさんの時以上に、イベントシナリオを大きく左右するような、私専用のイベントクエストが用意されることだろう。
「それも、その時になってみないとわからないことですね」
「身も蓋もない……」
「事実ではありませんか」
「ごもっともで……」
ぴしゃりとそう切って捨てたサイファさん。自分で話題を持ち出しておいてこれだもんなぁ。
まぁ、もし本当にそうなったらそうなったで、いろいろ面白そうではあるけど。同時に大変そうでもあるか。
社交イベントとかも用意されそうだし。
「そういえばハンナ様。一つお伺いしたいのですが……」
「なんでしょうか」
改まった態度でサイファさんはそう聞いてきた。
サイファさんは、悩ましい表情で、こう続けてきた。
「鈴様へのお土産は、いかがいたしましょう。あちらの世界においてはハンナ様の双子の妹様なのです。故あって参加できなかったのであれば、せめて土産の一つは用意すべきかと存じ上げるのですが」
「……あぁ!」
そういえば、今回参加できなかった鈴のことすっかり忘れてたな。
鈴も今回のイベントに参加できないことに関して、こればかりは仕方がないとは言っていたものの、凄く残念そうにしていたからなぁ。
「なにか、鈴に合いそうな武器や防具でも作ってみるとかどうでしょう」
「それはいい考えですね。それでしたら――」
「あぁ、それはいいかもですね。でもそれなら――」
頭からすっかり忘れていた鈴へのお土産を、サイファさんと一緒にあれこれ考えながら、私は残りわずかとなった料理に手を伸ばした。




