135.VSダークサラマンダー 終幕
〈アーミーズ・シンボル〉などのパッシブ・アビリティへの対策は、一応装備品などを外すなどすれば簡単に済む。
だが今戦っている相手はダークサラマンダー、果たして装備を弱くしてどれほど相手のダメージを防ぎきれるか。それが問題だ。
しかしながら、ダークサラマンダーに『水濡れ』状態が付与されてしまっている現状で、さらに私の装備品の効果が共有されてしまっていては、禁忌としている『凍結』の付与をしてしまう可能性が少なからず高まってしまう。
それに、そうするとしてもどれくらい減らせるのかがまた問題になってくる。
私がこの戦闘に呼ばれた理由は、地形効果操作要因としてである。
そして私が使えるアビリティの中で、『灼熱』を打ち消せる地形効果操作系アビリティは、装備アビリティの〈オーシャンカプリシャス〉しかない。
少し悩んだ結果、やはり私が装備品を調整することで対応策とすることにした。
扇子と首飾りの装備を外し、ドレスも初期装備のコンバットドレスに装備変更する(初期装備は所持品枠を消費することなく、ボタン一つで変更可能なのだ)。装備が一瞬で貧弱になってしまったが、仕方がないし、今回の戦闘においては問題も少ない。元より今回の戦闘で、私の役割が役割なのだ。
それ以外の諸問題は、些末な問題でしかなかった。
――今回の戦いで肝要な、火属性ダメージへの対策も含めている点では、いささか不安要素は付き纏うところだけど。
その辺りはもう、完全に支援組になったんだから、別の手段を探すしかないと割り切るしかない。
幸いにも、手袋の装備アビリティ〈アクアマナシールド〉は、火属性のダメージ対策に特化気味で、火属性ダメージならその耐久値の減少量がかなり少なめで済むようだ。
だから、ダークサラマンダーの攻撃がこちらに向かってきたら、〈アクアマナシールド〉で対処すればいい。
これで、少なくとも単純計算で『凍結』のリスクはほぼ無くせたはずである。
それ以降は、ダークサラマンダーとの戦いは再び順調に事を勧めることができた。
懸念していた『凍結』デバフも、それ以降は一回も発動することはなく。
戦況の優劣は、再び私達側に傾いできた感じだ。
「ダークサラマンダーのVTがレッドゾーンに入ったぞ」
「あれが来るぞ、総員、準備はいいな」
アギトさん達、リーダー格のプレイヤーがそういった言葉を上げた、その時。
まるで図ったかのようなタイミングで、ダークサラマンダーが盛大に咆哮した。
「ぐっ……音でダメージとは……なかなかのインパクトだな……」
「ダジャレにもならないわよ、それ……」
とはいえ、今の方向は明らかに行動パターンが変わった合図だろう。
アギトさん達は落ち着き払っているけど、二度目だから落ち着いているだけなのかもしれない。
私達は初見だし、レッドゾーンに入った後の動きも『問題はない』の一点張りだったからちょっと不安なんだよね。
警戒はしておかないと。
果たして何が変わったのか。
一切の見落としもしないようにと眼に力を入れてダークサラマンダーの様子をうかがうが――以前、攻撃パターンはこれまでと変わらない。
では何が変わったのかといえば――あれか。
ダークサラマンダーの状態を示す簡易ステータス表示、その残りわずかとなったVTゲージの下の状態異常欄に新しいアイコン――輝くウロコのようなアイコンが付けられているのが見て取れた。
――【叡智】スキル〈叡智・生物学〉アビリティを発動しました。
【黄金のウロコ】火属性魔法/敵NPC専用パッシブ・アビリティ
効果:ピンチ時、全ダメージ75%ダウン、デバフ効果無効
護りの魔法の効果により、あらゆるダメージの最終値を減少。この効果は周囲の魔力環境により変動することがある。さらにあらゆるデバフの効果の影響を受けなくなる。
デバフ効果無効はデバフ無効とは異なり、耐性を無視して付与されたデバフ効果であっても、その影響が出始める前、かかったタイミングとほぼ同じタイミングで解除されるため、完全上位互換ともいえる。
この効果の特性上、デバフの効果をキーとするカウンターアビリティは発動不能となる。デバフそのものの発生をキーとするアビリティは、発動可能なままなので注意が必要。
これは――【叡智】スキルのアビリティか!
【博識】の時にも似たようなアビリティはあったけど、モンスター相手だとドロップ情報以外は効果が簡易的過ぎてイマイチパッとしなかったからあまり気にしてこなかったんだよね。
だから気にしてこなかったんだけど――これは格がまるで違う。
欲しい情報が、ここまでピンポイントで来るとは――なるほど、最上位スキルなだけはあるね。
さて、これで見る限りだと、ダークサラマンダーは普通のボスとは異なり、このボスの『怒り』の琴線は特定のデバフ――『凍結』状態に掛かった時に集約されているようだ。
その分、条件を満たしたときの反撃は苛烈だったし、それを避けようとこちらも使うアビリティに制限を掛けようとすれば、必然的に戦闘が長期化しやすくなり、その間に『灼熱』の地形効果が息を吹き返しかねない。
その辺りが『灼熱』の地形効果のいやらしさも相まって、絶妙なバランスで難敵として成り立っている、そんな感じの敵だ。
それにこれ以降はこの『黄金のウロコ』のおかげでより頑丈さに磨きがかかってしまい、戦闘時間がかなり長引いてしまうことだろう。
なるほど、地形効果操作班は使用可能なアビリティが全員で合わせてもまだストックが2~3回分あるから、あのまま行けば私の出番はなくなるかもしれない――そう考えていたけど、『問題ない』の一言で済ませていた理由も含めて、だいたい理解できた。
要は、ダークサラマンダーのこの、最後の悪あがきともいえる時間稼ぎで前回チャレンジ時は地形効果要員のアビリティを全部使い切ってしまって、それでもVTを削り切れなくて負けてしまったと、そういうことだったのね。
なんであれ、答えがわかってしまえばもうこちらのものだろう。
「次の地形効果は……」
「私だね」
もともとの取り決めで、レッドゾーンに入ったら私の装備アビリティを使うことになっていた。それも、あの『黄金のウロコ』の効果のことを考えてのことなんだろう。
「そうか。ここまで来たらもう、出し惜しみもなしだ。いっちょ頼むぜ、ハンナさん」
「うん、任せて。〈オーシャンカプリシャス〉――!」
ダークサラマンダーのVTが残り2割を切ったところで、いよいよ私の出番となった。
この一瞬だけ、再びクイックアクセス欄から『オーシャンプリンセス』を選択して装備し、その装備アビリティをコールした。
〈オーシャンカプリシャス〉――地形効果を上書きする類のアビリティの中でも、とりわけその影響力が高いとされる、天候操作系の魔法アビリティ。
天候を大嵐に替えてしまうため、効果時間中はダークサラマンダーも含めて全員が『水濡れ』状態になってしまうのがネックといえばネックではあるが――このアビリティさえ発動してしまえば、この戦闘中において私の役目はお役御免。
あとは再び初期装備にして、この無骨な洞窟内の壁の花にでもなって、戦闘の行く末を見守るのみであった。
「なんだ、これは――」
「すごい、凄いぞ。威力がまるで段違いになったぞ。四倍近くにはなったんじゃないか!?」
「だな! 氷属性魔法も二倍近いぞ!」
〈オーシャンカプリシャス〉を発動してから、各所からそんな言葉が上がり始めた。
といっても、音も結構雨音で遮断されてしまうから、近くで発せられた言葉しか聞こえなかったけど。
〈オーシャンカプリシャス〉の効果は視界不良、投擲困難、【水属性】【風属性】【雷属性】の消費MP&CTを大幅にカット、同属性の威力&攻撃範囲を特大アップ、さらに火属性アビリティの威力を85%ダウンさせる&範囲を大幅縮小、そして常時『水濡れ』状態付与などとなっている。
これにより、ローコストでダークサラマンダーのVTをゴリゴリ削ることが可能になった。
なお、屋内なのに大嵐なんか召喚してよく水没などしない、という突っ込みは野暮である。
これはゲームなのだし、そういったのもありといえばありなんだろう。
無論、現実でそんなことが可能だったとして、実行でもしてしまえばそれこそ水没しかねないけど。
――ん? なんだろう、『黄金のウロコ』の情報が更新されている。
【黄金のウロコ】火属性魔法/敵NPC専用パッシブ・アビリティ
効果:ピンチ時、全ダメージ11.25%ダウン、デバフ効果無効
護りの魔法の効果により、あらゆるダメージの最終値を減少。この効果は周囲の魔力環境により変動することがある。さらにあらゆるデバフの効果の影響を受けなくなる。
デバフ効果無効はデバフ無効とは異なり、耐性を無視して付与されたデバフ効果であっても、その影響が出始める前、かかったタイミングとほぼ同じタイミングで解除されるため、完全上位互換ともいえる。
この効果の特性上、デバフの効果をキーとするカウンターアビリティは発動不能となる。デバフそのものの発生をキーとするアビリティは、発動可能なままなので注意が必要。
おぉ……〈オーシャンカプリシャス〉の効果、火属性の攻撃だけに限定されていると思ったら、アビリティなら何でもOKだったのね。
――そう言えば、〈オーシャンカプリシャス〉の効果の一つに、『大嵐の海と同じ魔力環境に変更し』という文言があったっけ。
もしかしたら、それがうまい具合に影響しているのかもしれない。
海と火属性、明らかに相性最悪だもんね。
……まぁ、あれだ。氷属性の威力も上昇した、と思っている人がいたけど、実際には魔法の威力が上昇したんじゃなくて、相手のダメージ軽減率が下がって攻撃が通りやすくなった、という感じみたいだし、厳密には違うんだけど――状況が状況なだけに似たようなものだから、黙っておくことにしよう。
『黄金のウロコ』の守りを崩されたダークサラマンダーは、それに加えて威力をほぼ二倍にまで増やされた水属性魔法もあって、『黄金のウロコ』を発動する以前にも増して速くVTを削られていき――最後は、
「あ……雷だ」
そっか、海上でも積乱雲で雷が発生することってあるもんね。天気予報でたまに聞くし。
それがちょうどダークサラマンダーの頭上で発生したらしく、生成された落雷エフェクトはまっすぐダークサラマンダーの頭へと直撃し――それでVTが0になったようで、パリィーン、と無数のポリゴン片となって粉々に散ってしまった。
どうやらそれは〈オーシャンカプリシャス〉を発動した私の攻撃としてみなされたらしく。
――イベントボス:ダークサラマンダーを倒しました(No.3/5)。
――条件を達成したため、イベントフィールドの特定エリアの異常気象が解消されます。
――Congratulations!!
――イベントボス:ダークサラマンダー は天候による無差別ダメージで倒されました。特殊ボーナスが発生します。
――Congratulations!!
――イベントボス:ダークサラマンダー のラストアタックボーナスを獲得しました。
と、LAボーナスは私に決定してしまった。
そしてそれだけではなく、どうやら天候による無差別ダメージでも全員に特殊ボーナスが与えられるらしい。
なんていう偶然なんだろうか。
しかしながら、私としては手柄を横からかっさらってしまったようで、幾分かいたたまれない。
「えぇっと……LA、どうやらもらっちゃったみたいです」
「ハンナさん……や、流石にあれは誰も予想がつかないって……」
「あはは、ちゃっかりおいしいところだけ持っていきやがって、このこの」
あはは……さすがにこれはもらえないかなぁ。
とりあえず、この後みんなの予定を聞いて、大丈夫そうだったらこのLAをどうやってみんなに分配するか、話し合うことにした。




