134.VSダークサラマンダー アーミーズ・シンボル
その魔法は、誰が放ったものだっただろうか。
何が起こるかわからないから、行動不能系デバフを発生させる可能性がある攻撃は絶対に使用しないという取り決めのもと行われた、今回のレイドバトル。
しかし、誰が放ったのかはわからないけれど、誰かの放った水属性の魔法が当たった瞬間、ダークサラマンダーの体表面が薄い氷の幕のようなもので覆われてしまい、動かなくなってしまったのである。
「『全身凍結』……」
それは、紛れもなく行動不能系デバフに属する、『凍結』のエフェクトだった。
一瞬、ダークサラマンダーのVTゲージの下に、そのデバフがかかっていることを示す、雪の結晶のようなアイコンが表示される。
そしてそれと同時にボス特有の、主にVTが一定割合を切った際にかかり、それまでとは行動パターンが一変するうえに各種ステータスも一時的に上昇する状態――いわゆる『怒り』状態になったことを示すアイコンも表示された。
私達が最も懸念していた、行動不能状態からのカウンターアタック。
それが今まさに、放たれようとしていた。
「ちっ……誰だ、凍結なんてかけやがったのは……」
「悪態なんてついている場合? ――来るわよ!」
アギトさんの悪態に、女性パーティのリーダーが突っ込みを入れて集中を促す。
その言葉の通り、ダークサラマンダーのカウンターは始まろうとしていた。
徐々にボス戦エリアの体感温度が上昇してきている。
地形効果を確認すると、再び『灼熱』状態が付与されているのが確認できた。
即座に私とは別の、地形効果操作組のメンバーがその『灼熱』を消そうと試みるも、『灼熱』は消える気配がない。
これは――ダークサラマンダーに、私達がやっていたことをやり返されているんだ。
「この『灼熱』はダークサラマンダーのアビリティによるものだ。多分――新しく追加するタイプの。何をしても、きっとなくならない」
「くそっ、そういうことか……面倒だな……」
幸いにも、この新しく追加された方の『灼熱』は、時間制限があるのか、10分も凌げば消えてしまうようだ。
が、
「お嬢、さま……」
辛そうな表情でミリスさんが呼びかけてくる。
『灼熱』による継続ダメージの量からして、VTの上限が少ないミリスさんはもちろん、私達プレイヤーでさえ、その10分をしのぎ切るなんてことは難しい。
でも、どうにかしてその10分を耐えないとこのダークサラマンダーとの戦いは、敗戦の色が濃厚となってしまうだろう。
どうしようか、と思い始めたところで、
「〈セインチュアリ〉――!」
ゆーかさんの声が広間に響き渡った。
瞬間、周囲に付与される新たな地形効果。
きらきらと銀色の光の粒子が漂うこの領域は、『簡易聖域』という地形効果のエフェクト。
ここへ来る前に聞いた説明によるならば、この地形効果が有効になっている間は決してVTが0にならなくなる上、環境系の地形効果を上書きするらしいので、新たに付与された『灼熱』もこれで無効化されることとなった。
ただ、その代償はやや大きいともいえるけど。
もともと、私を含めてようやっと正気が得られるかどうか、という形の今回のレイドバトル。
ゆーかさんの〈セインチュアリ〉は保険であり、ここで使ってしまったとなるともう失敗は許されないことになる。
〈セインチュアリ〉の効果が切れる前に、なんでこうなってしまったのか、その原因を突き止めなければ次同じことが起きた際、ほぼ確実にこちらの負けは確定してしまうだろう。
私はふと思うことがあり、確実な心当たりがあったわけではないものの、自らが保有しているスキルの確認作業に入った。
「ハンナさん?」
「さっきの『凍結』、本来ならみんなが使ったアビリティのどれにも付与効果なんてついてないはずなんだよね」
「あぁ、そのはずだけど……」
「なら、考えられるとするなら一つしかない。【統率】系のスキルでなにか特殊な効果が追加されたか、もしくは私のクラススキルが何か悪さをしているのか――」
「特殊な効果って何だよ……」
「さぁ……考えられるとすれば、装備品の効果が共有されるようになるとか、そういう効果しか考えられないんだけど……」
以前やっていたほかのMMOでは、自身のスキルや装備品の効果が一定範囲内のプレイヤーに共有されるなどという強力な効果を持つスキルも存在していた。秘奥義的な、かなり限定的な条件下でないと発動できないものの、ここぞというときにそれを使って、幾度となくピンチになったパーティを立て直したことがあった。
その経験からするに、このゲームでもそういった効果を持つスキルやアビリティなどがある可能性が、まったくないとも言い切れない。
実際問題、『凍結』効果が付いていないはずの攻撃に『凍結』効果が付与されてしまったし、なんなら普通の攻撃を受ける分には『凍結』なんて無縁であろうダークサラマンダーに、バッチリ乗っかってしまった。
これはもう、私の装備品の効果にある、耐性無視の『凍結』付与効果が何らかの形で共有されてしまい、発動してしまったとしか思えなかった。
「……あ! そう言えば私、そんな感じの効果持っていた気がするわ」
「そういえば私も……」
「言われてみれば俺もだな……」
私の言葉に、口々にパーティリーダーを務めるプレイヤー達がそんなことを言い始める。
どうやら、みんなにも覚えはあったらしい。
「効果自体が強力な分、倍率補正がかなりきついから実用性には欠けると思って放置していたんだが……こうして同じ効果が出そろうと、かなり実用性を帯びてくるみたいだな……」
〈セインチュアリ〉の効果で10分間は誰も倒れない状態になっているのをいいことに、私達はダークサラマンダーそっちのけで考察に入ってしまった。
とりあえず、話をしながらではあるが私の持っているスキルの確認はあらかた終了した。
やはり該当するスキルは私も持っていて、それも三つも該当してしまっていた。
一つ目は、パーティリーダーを務めているみんなが顔をしかめる原因となった【統率】系スキル、【指揮】。厳密にはそれの習得アビリティであり、自動発動系のアビリティである〈アーミーズ・シンボル〉。
効果は、自身の持つ装備品の特殊効果のうち、味方または敵を対象とし、何かしらの影響を及ぼす効果を特定範囲内のプレイヤーと共有するというもの。
特定範囲内、というのはその(アーミーズ・シンボル)を持つプレイヤーの、(アーミーズ・シンボル)が属するスキルに依存する。例えば【指揮】スキルであれば自身が属するユニット内であれば別のパーティにも適用されるし、私の持つ【統帥】の場合は、半径70メートル以内にいる、同じ敵をターゲットとするプレイヤー全員に効果がある。
アギトさんが言う通り、これの効果自体は自身の装備品が持つ特殊効果次第でとんでもないことになり得るためか、その倍率補正自体はかなりひどい塩梅に設定されている(それこそ参照元の効果の1%とか1.1%とか、その程度の世界)ため、通常であればそれほど実用性はないように思われていた。
しかしこうして〈アーミーズ・シンボル〉持ちが複数揃ってしまうと、人数によっては実用性を帯びるようになってきてしまい、あながち無視できない効果となってしまうことがここへきて判明してしまった形だ。それも、とてもいや~な形で。
「私、実はそれ以外にも同じ効果の奴持ってて……」
「似たような効果の奴……もしかして貴族絡みの、か?」
「それとあと、令嬢絡みの奴」
皆も持っている〈アーミーズ・シンボル〉にプラスアルファという形で、私はさらにクラススキルの方でも同じような効果のアビリティをいつの間にか習得してしまっていたことに気づかされた。
「【貴族】スキルのアビリティで〈ノウブル・ゾーン〉っていうのがあって、それでT.Rank×1%の倍率で同じ効果。あと【淑女(公爵)】の方でも〈レディ・ゾーン〉っていうのがあった。こっちも効果自体はまったく同じで、倍率はT.Rank×0.5%だって」
「その、T.Rankってのは……」
「簡単に言えば爵位ランクのことだね。リファレンスによれば、王様が最高でT.Rank8、王太子と王族がT.Rank7、以下公爵がT.Rank6って続くみたい」
「ちなみに一番下は男爵かと思いきや、騎士でT.Rank0なんだって。その上に準男爵のT.Rank1が来て、男爵はT.Rank2だって」
私の説明を補足するように、レアンヌさんが話を引き継いだ。
「う~ん……なんにせよ、ハンナちゃん一人だけで倍率補正10%か……それでハンナちゃんの装備でデバフの付与効果はどんな感じ?」
「えぇっと……」
私の装備品に乗っかってる特殊効果のうち、耐性無視で『凍結』を与える効果は、シリーズ効果『氷雪の女帝』があるからどれも実質30%超え。下手をすると40%に達するものまである。
単純計算でも、このレイドバトルに参加しているプレイヤー全員のすべての攻撃に、最低保証付与率が少なくとも25%~40%の『凍結』デバフが乗るわけである。
水属性魔法が使われたおかげで水濡れ状態にもなっていて、それによる追加判定も起きるから余計に、だ。
しかも水濡れ状態による『凍結』の付与判定は、共有された効果によるものではないから(アーミーズ・シンボル)などの倍率補正を受けない。追加判定の『凍結』発生確率、最低20%がそのまま設定されることになる。
パリィによる判定を除いたとして、それでも単発で20%のくじを何十回と繰り返していれば、それはもうかなりの確率であたりを引き当ててしまうことになる。
それだけでなく、他のプレイヤーの装備品の効果も一人一人は無視できる程度とはいえ、今回はその人数もそれなりに揃っている。
『凍結』でなくても、他の行動不能系のデバフになっていた可能性だってそれなりにあったようだ。
「俺達の見立てが甘かったか……」
「まだ、負けが確定したかどうかまではわからないけどね」
「……それもそうか。まぁ、なんにせよ。せっかくゆーかさんが作ってくれたチャンスタイムなんだから有効に使わわんと勿体ないよな」
「うん。それに、私、伊達に聖女見習いスタートだったわけじゃないから。まだまだ、これ系の切り札は隠し持ってるよ?」
これ系、というのは今発動中の〈セインチュアリ〉と同じ系統の切り札、ということか。
いったいゆーかさんのユニーククラスは、どれくらい後方支援に長けたクラスなんだろうか。
「それは末恐ろしいことで。PvPのチーム戦が開かれたら、ぜひとも敵として関わりたくはないな。さて――思いもよらない形で『凍結』が付いてしまう可能性が出てきたけど、そんなわけで守りには期待できそうなことが分かった。というわけで――全員、攻撃再開だ!」
「突然のことで水を差されて、いつの間にかバフも切れてしまっていたわね。バッファーはかけ直して」
私の持つスキルと装備品の特殊効果のせいで、思いもよらない危機を招いてしまったけれど。
ゆーかさんのフォローのおかげで、どうにか持ち直したみたい。
ひとまずほっとしたところで、仕切り直しとなったレイドボスの攻略が再開された。




