128.ルルネさんと会話
ある程度話がまとまったところで、私達はアギトさんから、契約時に提示した報酬のポーションのほかに、Rボス討伐用に追加のポーションを作ってほしいと頼まれた。
まぁ、別に私はそれでもいいんだけど。
ただ――数がちょっとたくさんあるから、結構頑張らないと……。
「ポーション、結構な数を頼まれたみたいだけど、大丈夫?」
「まぁ、ゆーかさん達にも手伝ってもらえれば、何とか……」
「素材集めだね」
「うん。私達が集めてきたものだけだと多分足りないと思うし、私達仲間内の補充分も手が回らなくなりそうだから」
「そうだね……」
それから、食事休憩のために一旦ログアウトすることにして、続きは夕食からということになった。
夕食後は、ゆーかさん達はもちろんのこと、アギトさん達もポーションの素材集めに向かってくれることになった。
アギトさん達いわく、自分たちが使うポーションの素材なんだから率先して集めに行ってくれるとのこと。
幸いにもというか、この神殿跡の周囲にはヒルアベリーやリックスベリーなどの治療薬素材や魔力の源泉に分類される素材のつる草がたくさん生えているし、少し距離はあるけど治療薬素材にカテゴライズされ、V-POTベースβの素材にもなるベオーク草やM-POTベースβの素材になるニード草も生えているので、各種ハイポーションの量産にも事欠かない。
「それじゃあ、私達はポーションの素材集めに行ってくるからね」
「うん。行ってらっしゃい」
素材集めに行ってくれるみんなを送り出して、私はすでに集めた素材を使ってせっせと調合三昧をする。
なお、素材に関しては、例によって夕食時のログアウトの時に一旦アギトさん達に預けていた。ミリスさんに預けたままにしておくと、そのまま通常エリアにお持ち帰りされちゃうからね。
「あら。あなた……ハンナさんだったかしら。先ほどぶりね」
「え? ……あ、ルルネさん」
ミリスさんと一緒に調合三昧をしていると、横合いから不意に声を掛けられる。
誰だと声のした方へ顔を向けてみれば、そこにいたのは見覚えのある革鎧に身を包んだ冒険者風の少女、ルルネさんが立っていた。
「こんばんは」
「はい、こんばんは。ルルネさんは、これから料理か、もしくはその素材集めですか」
「そうね。今は、また料理でもしようかしら、と考えていたところなの。どうせなら今回のイベントでお知り合いになった生産職の人と仲良く――なんて考えていたのだけれど、なかなかうまくはいかない物ね」
「そうなんですか?」
「えぇ。私は元々、このイベントにはソロで参加していたのよ」
「え?」
それはまた、勇気のある……。
「私あなたと同じも従者NPC持ちのユニーククラスでスタートで、所持品に関して結構厳しめのハンデを背負っているの。でも、イベントの概要を聞いて、楽しむだけならソロでも十分参戦可能だと判断した。ただそれだけの話よ」
所持品関係で厳しめのハンデ、ね……。ちょっと引っかかるというか、状況証拠的にそろそろルルネさんのユニーククラスに関してその正体がちらつき始めているけど、彼女が秘密にしている以上は聞かないでおくのが得策か。
私はあえてそこには触れないようにして、ただ純粋に彼女の話には共感できる点がある、と話した。
「それは私も同じかな。公式イベントのフィールドにしかない素材もいっぱいあるみたいだし、私達はそれ目当てで参加している口なんだよね」
「私も似たようなものね」
「そうなんだ。…………、その、ソロでも大丈夫って言ったけど、本当に大丈夫なの? 倒れたりしたら、せっかく集めた素材もすべてなかったことにされちゃうみたいだけど」
「別に。素材自体は、持ち切れない分は従者に預けているんだし、ピンチになったら従者を送還してしまえば問題はないでしょう。回復系のスキルを持っていないわけでもないし、拠点に戻って休めばVTやMPの回復ができる」
「それは……そうだけど」
「それに、倒された時はイベント開始時の状態にロールバックされる、と説明はされたけれど、試してみたら、『通常フィールドからイベントフィールドに移動時』の状態にロールバック、というのが適切な表現だったみたいね」
「えぇっ!?」
それってつまり……私達は言葉通りに受け取ってしまったけど、実際にはあれこれ手を尽くせばイベントフィールドにいくらでもアイテムを持ち込めるって言うことだよね!? もちろん、クラス特性で所持品制限がかかっていないメンバーがパーティにいる場合は、の話だけど。
「まぁ、万が一操作ミスをしてしまって、碌な準備をしていない状態でイベントフィールドに移動してしまったとして。それがリスポーン時のロールバック時に適用されるデータとして固定されてしまったら、確実に今回のイベント、詰んでしまうもの。人によっては、ゲーム離れする理由にもなりかねない。ユニーククラス持ちに盛れなくサブ垢チケットなんて豪勢なものを配るくらい、ユーザー離れ防止に余念がない運営だもの、それくらいの配慮はしていると思ったけれどね」
「確かに……」
考えが及ばなかったことではあったけど……公式イベントで面白くない思いをしたから投げだす、などというのはありえる話だろう。
ユーザーを逃がしたくない運営からすれば、その可能性は少しでも潰したい、と思うだろう。
「そうでなかったとしても、倒されたとしてもイベントフィールドに来た時の状態にロールバックされる。裏を返せば、ランキングを気にしないのであれば、回復アイテムはトレード機能とリスポーンの仕様を駆使することで無限に確保できる。準備さえして来れば、擬似的だけどゾンビプレイだって実現は可能になる、という寸法よ」
それは……そこまでいく人って、なかなかいないと思うんだけど……。
でも、理論上は可能そうだから何も言えない。
というか、実際ルルネさんがそれやってそうだし。
「ま、私は彼女たちの好感度が惜しいから、そんなことはやらないけどね」
「あ、そうなんだ」
「まぁね」
ルルネさんは、ふふ、と笑ってからそういえば、と私の手元を除いてきた。
「あなたは、今何を作っているのかしら。それは……ポーション? にしてはちょっとドロドロだけど……」
「これはPOTベースだよ」
「POTベース……ていうと、ポーションベース……ポーションの素になる原液、ということかしら」
「うん。これがあると、品質の底上げができたり、作れる量が増えたりといろいろ恩恵があるんだ」
「ふぅん……ちょっと最後のはわからなかったんだけど、作れる量が増える、というのはどういうことなのかしら」
「うんとね……」
このゲームの仕様上、調合で作ったアイテムは一回の調合に付き完成品が複数個、というケースが大半だ。これをうまく使えば、調合一回分の素材から、目標物を二回分も三回分も作成することが可能となる。
例えばVTポーションの場合。必要素材は、治療薬素材二つに水。飲みやすくするために果汁を加えるケースが大半だが、必要最低限の素材はそれだけだ。
この時、治療薬素材をV-POTベースαにすると、必要な素材はエード草、妹切草、メウシ豆、治療薬素材、水、凝固剤が二セット必要ということになる。一見、必要素材が増えたようにもみえるが、V-POTベースは一回の調合で10個作成できる。加えて、治療薬素材として材料が被っているエード草、妹切草で同じようにVTポーションを二回分作ろうとした場合。エード草と妹切草は、合計で四つ必要なことになる。
単純計算の上でもやはり、V-POTベースαを用いたほうがコストパフォーマンスはいいのだ。
「そうなのね。……調合にも、いろいろあるのね」
「うん。といっても、全部が全部、それに当てはまるとは言えないかもしれないんだけどね」
ワンランク上のベースであるV-POTベースβは、性質としては同じとはいえ変換効率は若干下がる。
αとβでは、完成品の個数に微量ながら開きがあるのだ。
とはいえ、やはりベース経由で作った方が、完成品は多く確保できるのは確かなんだけどね。特に、ベースを使った場合はいくらか工程を短縮できる、というのが大きい。
すでに素材の薬効成分を抽出してあるのがPOTベースなのだ。つまり、POTベースの分は加熱などをして抽出する必要はなく。単純に、水で薄めて味の調整をして、それを瓶に詰めるだけで済んでしまう。それが何よりも大きい。
「ヒルアベリーがちょっと心許なくなってきたかな……」
「ヒルアベリーが必要なの?」
「うん。ヒルアベリーはハイポーションを作る時にVT、MP両方で必要になってくるから数が多い方がいいんだけど」
「そう……それなら、私が持っているのもいくらか分けてあげるわ」
「え? いいの!?」
「かまわないわ。ヒルアベリーとかのベリー系アイテムは、瓶に詰めておくと一個のアイテムとして認識されるから。その状態で、いくつか持ってきているの」
「そうなんだ。ありがとう」
「問題ないわ。持ち込みアイテムだから、通常フィールドとここを行き来すれば、いくらでも補充できるもの」
「うわぁ……」
なんというか、徹底してるなぁ。そんなこと考えもしなかった。
「ちなみにリスポーンしたり途中離脱したりした場合に初期化されるのは、イベントポイントとアイテムの情報のみ。つまり、イベントフィールドのマップ踏破状況まではリセットされないの。これがどういうことかわかる?」
「…………? ……………まさか、」
つまり、ランダム性は高いものの、イベントフィールドのいろんなところを見て回りたいなら、あえて途中離脱を繰り返すことも一つの手になるのか……。でもその場合はイベントポイントが全部パーになってしまうから、普通のプレイヤーならあまりやらない行動。
ランキングを気にしない人にしかできないような、かなり特殊な事例だ。けど確かに、禁止されているわけではないからルール違反ではない。
考えたわね、ルルネさん。
「たまには、ルールの裏をかくようなこともしないと、損するわよ」
「なるほど……一つ勉強になりましたね、お嬢様」
「だね」
ゆーかさんと話し合って、一旦通常フィールドに戻ってみるのもありかもしれないね。




