127.情報の整理をしよう
怒涛の急展開で、命からがら神殿跡へと逃げかえることに成功した私達。
そこには、先に帰ってきていたらしいゆーかさんとれあちぃずさんがテントを張って焚火を起こしており、焦燥した私達を驚いた様子で出迎えてくれた。
「おかえり――って、どうしたの、何かあったの?」
「火精の洞窟の最奥で、Rボスと出会ったの。もう命からがら逃げかえってきたよ……」
「ハンナさんが最後に使ったアビリティ、あれがなかったら多分リスポーンしてた……」
「そうだったんだ……。まぁ、火精の洞窟っていうくらいだから、イベントのテーマからして何かしらの重要な手掛かりか何かが眠っているとは思っていたけど……そっか。火精の洞窟には、Rボスが潜んでたんだね」
まぁ、ゆーかさんやれあちぃずさんは、そもそもあの洞窟で手に入るような素材にはほとんど用がないだろうから、行くことはないだろうけど……念のために、注意喚起はしておいた方がいいだろう。
「でも、なんで急にあんなのが……」
「ん~……ちょっと掲示板見てみるか……」
ゆーかさんが掲示板に上方が出回っていないか、確かめてみる。
が、少したって、公式イベント参加者専用の公式掲示板にはダークサラマンダーはおろか、Rボスの情報すら出回っていないと項垂れた。
う~ん、公式掲示板には出回ってないのか……。
外部サイトにアクセスして、攻略W〇kiの掲示板も確認してみる――が、Rボス、と検索しても前回のイベントボスだったり、通常フィールドでの何かしらのクエストで出てくるものだったりで、この公式イベントに関するRボスの出現情報は、(少なくとも現段階では)出回っていないようだ。
「こうなると、現状では私達だけで考察を重ねるしかないわけだけど……」
「一体、何がキーになったんだか……」
ほんと、あのRボスの出現って急だったもんね。
遠目には、何の変哲もない祭壇だったのに。……いや、祭壇ていう時点で一種の伏線ではあったか。
でも、だからってあんなヤバそうなのが出てくるとは思わないじゃない。
私達、運が悪かったら本当にリスポーンしてたよ。
「お嬢様。ただ今あの洞窟から持ち帰ることができた戦利品を選り分けていたのですが、一種類だけ入手した数に対して持ち帰った数が合わない物がございました」
「数が合わないもの?」
「はい」
ミリスさんが、困ったようにその戦利品を確認していたスペースへと導いた。
「えぇっと、数が合わなかったのはなんだったの?」
「火精の魔法石です」
「火精の……」
それを聞いて、私はハッとする。
火精の洞窟に、火精の魔法石。そして異常な精霊たちの活動に、狂ったフェアリーたち、果てには邪竜といういかにも邪悪な存在。
一致する符号があまりにも多すぎる。
「一度、情報を整理してみたほうがいいのかもしれないね」
「情報の整理、ですか」
「うん」
私がそう言ったのがキーになったのか、目の前に一つのクエストウィンドウが表示される。
内容は、今まさに私が言った、現在集まりつつある情報を元にこのフィールドで何が起こっているのかを推理して見せる、というものだった。
どうやら、私以外のみんなにも同じものが表示されたらしい。
クエスト自体は現在組んでいるユニット全員で共有されているものの、解答権は各個人に別個で与えられているため、各自で解いても、協力し合って解いてもいいようにできているようだ。
報酬はイベントポイントなんだけど……私の場合は〈契約〉の効果でアギトさん達に全部行っちゃうから、実質無報酬に近い。
それでも、クエストという形になったことで、一種のナビゲーションが付いたのは収穫と言っていいだろう。
クエスト受注と同時に入手したクエストキーは、『精霊の異常』『フェアリーたちの狂暴化』『火精の祭壇』『消えた魔法石』の四つ。
まぁ、答えがうっすらと見えかかっているパズルだし、ほとんど考えなくとも正答へは導けそうではある。
【精霊の異常】キーアイテム/クエストキー
このフィールドの南方は、火の精霊が活発に活動しているにも関わらず、その力はあまりにも弱弱しいらしい。
そのせいか、このフィールドの南方は異様な寒さに包まれている。
状態:分析中▼
Q1.精霊の力が弱い原因は?
[生まれたてで力が弱い][何者かに力を奪われた][力の強い精霊がいなくなった][火の精霊のいる場所が異常だから]
【フェアリーたちの狂暴化】キーアイテム/クエストキー
精霊とフェアリー種は、密接な関係にあるようだ。精霊の力によどみが生じるとき、自然界に様々な異常が生じる。自然環境が狂うとフェアリー種は精神バランスを崩し、狂暴化してしまうらしい。
状態:解析済み
【火精の祭壇】キーアイテム/クエストキー
火精の洞窟の奥に作られた、石材で作られた祭壇。周囲には燭台が設置されている。
邪竜ダークサラマンダーはこの場所に現れた。
Q1.ダークサラマンダーはなぜ現れた?
[実は姿を消していただけ][餌の匂いがしたから][召喚の儀式を行ったから][住居に転移で帰ってきたから]
【消えた魔法石】キーアイテム/クエストキー
火精の力が凝固して個体と化した、宝石のような魔石。
これを作れる時点で上位精霊クラスは確実。大精霊が存在するならば、その周辺は魔法石の鉱床にもなりうる。
Q1.魔法石と一連の異常との関連性は?
[魔法石がダークサラマンダーにより汚染された][大精霊クラスの火の精霊が死亡した][大精霊クラスの火の精霊が捕らわれた][火の精霊が何かしらの病気になり、魔法石が大量に生まれた]
いつも通り、明らかに違いそうな選択肢も紛れ込んでいるものの、際どくて判断付かない者も普通に混じっており、状況証拠が整っていても私一人では消去法になってしまいそうだった。
最も判断に迷うのは、精霊の力が弱い原因。
ダークサラマンダーが現れた理由はなんとなく予測がつくし、魔法石と一連の異常との関連性についてもジェシカさんに聞けばどうにかなるだろう。
逆に、そこさえわかればもう解けたも同然だろう。
ということで、私は早速ジェシカさんにいくつか聞いてみることにした。
「この魔法石ですか? いえ、特に異常は感じられませんね。私のマナに対する感性が狂っていないのであれば、淀みのない、澄み渡った綺麗な火精の力の塊です。生み出された際にも、精霊自体にはこれといった以上はなかったと見ていいでしょう。取り扱いには注意が必要ですが、ハンナ様であればご心配には及ばないかと」
「そっか。これには特に異常はないんだね」
「はい。私にはそのように感じ取れますが……いかがなさいました?」
「うん、ちょっとね。あと、これって精霊の生き死にと関係あったりするの?」
「精霊の生命との関係性ですか? はい、確かにあるかと。魔法石は精霊の力の余力が凝固してできたもの。逆に言えば、自らの力を貯め込んだ、非常時の時に使える命綱のようなもの。生み出した精霊が命の危機に陥ったならば、当然それを補うために、現存する魔法石を自らの内に取り込むなりして、力を取り戻そうとするはずです」
「そっか。じゃあ、最後に、これを生み出した精霊はまだこの辺りのどこかにいるのかな……。それともすでに……」
「さて……そのあたりは今ある情報だけでは判断つきませんね。お隠れになられた可能性もありますが、まだこの地のどこかで生きている可能性も十分にあるかと思います」
「う~ん、そっかぁ……」
これはちょっとばかり困ったなぁ。完全に絞り込めるかと思ったんだけど、そうでもないみたいだ。
可能性はあるという言い方だと、逆にすでにこの魔法石を生み出した精霊(=大精霊)は死亡しているという可能性もあるわけで。生きているなら、それこそどこかに捕らわれていたり、何かしらの病気で大量に魔法石が生み出されただけという可能性だって否めない。
完全に、あてずっぽうで行くしかないのか……?
唯一の救いは、このクエストの報酬が、私には現状無意味であるということ。また、誤答しても報酬は減らないということ。この二点だろう。
つまり、最悪あてずっぽうでもどうにかなるのだ。
ということで、これ以上の手掛かりがなくなった私は、大人しくもしもの時の最終手段――消去法に頼ることにした。
まずは『精霊の異常』の設問。これは『何者かに力を奪われた』かな。
魔法石が消失して、その後でいかにも邪悪そうなモンスター(というか実際に邪竜だったし)が現れた、ということは、精霊の力を奪い取ってそのモンスターが現れたということに等しい。つまるところ、イベントフィールドを取り巻く『異常』には、精霊の力を奪い去る何者かの介在がある可能性が認められるということだ。
そう思ったからこれを選んだんだけど……うん、正解だったみたいだ。
次は『火精の祭壇』の設問。これは、あの時感じた印象そのままに応えてみた。
私達が持っていた『火精の魔法石』がキーになって、あの祭壇を媒体とした召喚の儀式が行われた、といった感じだ。
実際、なんかミリスさんがオレンジ色の光に包まれたかと思ったら、その光が祭壇を取り囲む燭台に飛んでいき――そして、全ての燭台に火がともったかと思ったら、あのダークサラマンダーが召喚された。
こう考えるのが最もしっくりくるのである。
そしてその私の考えはまたしても正解であった。
あとは最後の設問――なんだけど、これが一番の曲者だ。
魔法石が汚染された。精霊が何かしらの病になった。この二つは、さっきのジェシカさんとのやり取りで誤答であることが確定したから、これだけは除外される。
が、残り二つ――精霊の命が失われた、と捕らわれた。これらは、どちらもそれらしい内容なので判断のしようがなかった。
最終的に私は、『火の精霊が捕らわれた』を選択。無論、勘である。
それでも、その勘が当たったのか、最後の設問でも見事に正答し、私は全問誤答なしでクエストをクリアすることに成功した。
それから少したって、私以外のみんなも解答が終わり、各自にそれぞれのメンバーの成績が表示された。
全問誤答なしで正答したのは私とゆーかさん。そして途中で帰ってきて、私達と一緒にクエストの設問を考え始めたアギトさんのパーティから一人。あとは皆『精霊の異常』か『火精の魔法石』のどちらか、または両方の設問で誤答したようであった。
「まぁ、なんだ……成績がなんであれ、今発生したクエストの内容から察するにだ。火精の魔法石っつぅアイテムをどこかに持ち込んで召喚の儀式ってのをやれば、Rボスに挑戦できるってことで合ってるのか?」
「まぁ、おおよそそんな感じかな」
とりあえず、掲示板に今のクエストでおおよそ判明した、今回のRボスの情報や出現条件などを投稿しつつ、私はアギトさんの要点をまとめたような質問に大体あってると返答した。
実際には儀式なんてする必要はなくて、なんなら魔法石を最奥部まで運べば強制的にRボスと戦わされる羽目になるんだけど。
でもあの空間、結構広かったけどレイドユニットを展開するにはちょっと狭すぎる気もしないでもなかったんだよねぇ。
あんな中途半端な空間にRボスを出現させるとか、今回のイベント、少々意地が悪すぎやしないかね、運営さんや。
とかく、今回のRボスと私の相性は最悪だし。
掲示板に投稿した後は、ランキング参加勢に任せることにして、私達は引き続きイベントフィールドの素材集めに勤しむこととなった。
――ちなみに、アギトさん達はRボス討伐戦のメンバー募集板を立て始めた。
彼らは最初からランキング報酬が目当てだったらしいので、そういった意味では今回のRボスは獲物以外の何ものでもないのだろう。
が。明日、早速結成されたレイドユニットが惨敗して帰還したことを伝えられると同時に、今度は私達までレイドユニットに組み込まれることになるのを、この時の私は知る由もなかった。




