13.そろそろ次のステップへ
日が過ぎて、翌日。
学校内では、休み明けの今日から、早くも昨日サービス開始したばかりのファルティアオンラインに関する話で持ち切りだった。
特に印象的だったのは、第1陣を逃した人が購入できた人を羨ましがる……という構図が、学内のいたるところで散見されたこと。
第2陣への期待感の高さをうかがい知れた。
――第1陣で予約を忘れた人は、第2陣に掛けるほかはない。
しかし、第2陣以降は予約がなく、生産され次第市場に逐次投入されるらしいので、第1陣を逃した人は本当に運次第になる。
あとは、私のユニーククラスのことも、話題に上がってた。
どんな感じかって? お、思い出したくない……。
私、別に哀れまれるようなユニーククラスだとは思ってないんだけどな。そこまで悲惨かなぁ?
「華ちゃん」
「佳歩ちゃんおはよ。昨日はどうだった?」
「昨日は全然だったよ。私は9になったけど、他のみんなはようやく6か7になったくらい」
「そっかぁ……プレイヤー密度、やっぱりまだ減らないか……」
「それでも、いくらかは別のエリアに進出して、減ってきてはいるみたいなんだけどね」
「見事に出遅れちゃったね」
「うん」
昨日の、ヴェグガナーク周辺の混雑具合からして、私みたいな例外でもなければモンスターの奪い合いになってしまっていたとしても、想像に難くない。
ということは、佳歩ちゃんの所属するパーティもそのあおりを受けていてもおかしくはなかった。
「私と一緒に探索してた時は、レベル5くらいには上がってたと思うんだけど……」
「うん。そこから、少ししかあげられてないの。最初はみんなから、私だけずるい、みたいな目で見られちゃってちょっと申し訳なかったな……」
「あはは……」
それなら、ん~、そだなぁ。
「今日は予定空いてるから、佳歩ちゃんのパーティに参加しよっか?」
私がいれば、私のクラス特性の兼ね合いもあるし、モンスターの奪い合いになるようなことにはならないだろう。
私は学業優先って決めているから、帰ったら宿題をこなすことから始めるけど、まぁ、それが終わればほとんどフリーだ。
今日の宿題の量自体だけど、夕方から夜くらいなら時間は十分にとれる。
果たして、私の提案に佳歩ちゃんは満面の笑みでありがとう、と頷いてくれた。
「でも大丈夫。今日は別のエリアに進出してみようって言う話になったしね。ほら、オープンワールドだから、単純に街から離れるだけでプレイヤー密度もどんどん下がっていくしね」
「なるほど……」
そう言われてみれば、納得できる話だ。
オープンワールドのゲームだと、単純に街からどれだけ離れているかで敵の強さが変わってことが多い。ファルティアオンラインもそのようになっているため(もちろん例外はあるけど)、ある程度レベルが上がってくれば、街から離れるだけでプレイヤー密度の低いところでレベリングが可能となっている。
そういったこともあり、佳歩ちゃん達は早くもヴェグガナークの周りから離れたところに行こうとしているのだろう。
「あとは、フィールドボスとか敵拠点のところに突っ込むとかもありだしね」
「敵拠点……あぁ、ゴブリン村とか? あとはフィールドボスならビッグリザードマンとかでしょ?」
「そうそう。まぁ、ビッグリザードマン相手だとちょっと不安は残るけど、ゴブリン村は、結構そこらにあるみたいだから」
「なるほどねぇ」
「うん。とりあえず、今日の目標は全員でレベル10になることだ~って、パーティのリーダーも言ってたしね」
「あはは……結構ハードそう。頑張ってね」
「まぁ、勉強もあるし、無理しない程度には、ね。……ところで、華ちゃんの方はどうなの?」
「私? 私は、まぁ――」
クラス特性の件があるから、私自身はプレイヤー密度が高い低いは特に関係なくレベリングはできそうではある。
そう言った意味では、むしろレベル上げの方面では課題は未だできていないとみていい。
ただ、問題は調合関連の方だ。
意外と、品質指数の評価が厳しく、なかなか高い品質のものを作れていない。
あと、資金。
さすがに、いつまでも初期装備のままというわけにもいかない。いずれは、ヴェグガナークの周辺から旅立つことも視野に入れているし、そうなると初期装備の性能の乏しさが仇になってしまう可能性が高い。
資金の調達と、腕のいい生産職を探すことが目下の課題と言えた。
「資金調達と、生産職の人達かぁ……華ちゃんが使う武器とか防具とか作れそうな生産職の人なら、紹介くらいはできそうだよ?」
「本当? それなら必要になったらお願いできるかな」
「もちろんだよ。資金に関しては、どうする?」
「ん~、そっちに関しては、ポーション屋でも開こうかなって」
「ふ~ん……露店でも開くの?」
「そんなところかな」
実際には、ゲーム内の『母』に頼んで資金を工面してもらう方法を取る可能性の方が高そうだけど。
ただ、そっちもただで、とはいかなさそうだけれどねぇ。
なにせ、相手は公爵夫人だ。
新しく事を始めるというのなら、相応の何かを見せなくてはいけないだろう。
まして、ポケットマネーから拠出してくれるというのならなおさらの話だ。
「なにか、単純な話じゃなさそうな顔してるけど、そっちはそっちで無理しないでね」
「うん。ちゃんと限度は超えないようにするから大丈夫だよ」
学生の本分を見失うのは論外だからね。
それから時間はあっという間に過ぎ去り、放課後になる。
帰宅して、さらりと宿題を終わらせて時計を確認する。うん、今日は宿題が少なかったから、夕方もゲームする時間に恵まれたね。
ゲームにログインする準備をするために、一旦台所に行こうとドアを開けたら、同じく自室から出てきた鈴と鉢合わせてしまった。
「あ、鈴。鈴も、宿題は終わり?」
「ううん。私はこれから。今日は、レッスンがあったから。飲み物取りに、降りるとこ」
「そっか。じゃ、頑張ってね」
「うん。華は、もう終わったの?」
「終わったよ~。今日は少なかったからね~」
「うらやま。私も、早めに終わらせてインしたい」
「頑張れ」
手を振って応援しつつ、ゼリー飲料をもって自室にこもる。
う~ん、やっぱりアイドルとかって、大変そうだ。
さて、準備できたし、私はゲームにログインするとしましょうかね。
ログインルームを経て降り立った先は、昨日使用していたアトリエ棟の寝室だった。
ミリスさんも、今日はこちらで控えていてくれてたのか、ベッドから降りた直後に声をかけてきてくれた。
「お嬢様、おはようございます」
「おはようミリスさん。……こんにちは? こんばんわって言った方がいいのかな?」
「時間帯的には微妙な時間帯ですし、私達からすればお嬢様は寝起きのようにも見えますからね。反射的におはようございます、と言ってしまいましたが……悩ましいものです」
あはは……本当に、些細なことだけど非常に悩ましい問題だこれ。
まぁ、こんなことをいつまで考えていても、おそらく満足できる答えは見つからない。
とりあえず、ミリスさん達側から寝起きのように見えるのだから、おはようございますで統一することにした。
「今日は、またいろいろと素材を集めてみようかなって」
「左様でございますか。護衛はいかがいたしましょう」
「草原に行きがてら呼ぶから大丈夫かな。ミリスさん、今回もよろしくね」
「かしこまりました。では、一旦お嬢様の部屋へ向かいましょう」
「うん、わかった」
ミリスさんに言われて、私は本館の自室へとファストトラベルする。
「では、コンバットドレスにお召替えいたしましょう。準備してきますので少々お待ちください」
それから、すぐにミリスさんの手によって私はコンバットドレスへと着替えさせられる。
毎回思うのだけれど、このコンバットドレス――初期装備の割には結構華美で、人目を引くのよね。
もうちょっと地味な防具って装備できないのかしら。
スキルポイント手に入れたら、【鎧】スキルとか取れるか試してみようかな。
「ポーションなどは私が作った物を持ちましたが、念のためお嬢様もお持ちください。……持てますか?」
「ちょっと待って…………うん、整理すれば大丈夫」
ミリスさんから渡されるものの、アイテム欄は『始まりのVTポーション』や『始まりのMPポーション』で大半が埋め尽くされており、まずはこれらをどうにかしないといけなかった。
とりあえず、チュートリアル報酬でもらったそれらを一旦、ローテーブルの上に放出した。
「これは……?」
「昨日の、チュートリアルの報酬で手に入ったものだよ。通常なら、プレイヤーたちはこのポーションでしばらくはしのいでいくんだろうけど……」
「お嬢様は、私がおりますのではっきり言って不要でしたね。奥様に適切に処分していただけるか、お願いしてみますか?」
「ん~、なら時間がある時にでもお願い」
とりあえず、今は限りある時間を有効に使って、素材集めに勤しみたいからね。
それから平原に出て、護衛二人を呼ぶと早速その辺をうろついて素材になりそうなものをどんどん採取していく。
モンスターや敵性NPCなどはすべて護衛にお任せだ。
一応、定期的に【激励】や【補助魔法】などでバフをかけているし、いざとなればポーションや【回復魔法】もあるから早晩やられることもないでしょう。
というわけで、私は安心して素材の採取に集中できた。
「ん~、エード草にマージ草。お、エリキシ草もあった。ラッキー」
【調合】スキルによる恩恵なのか、それとも【博識】スキルによる恩恵なのか、素材の名前や秘めた薬効、それに品質などがウインドウですべて開示された状態で採取できるのは大助かりだ。
でも……気になるのは、やっぱり手に入る素材の品質なんだよねぇ。
「お嬢様、何かお考えですか?」
「うん。ポーションの品質を上げるにあたって、工程とかは数をこなせば時期に腕が上達するだろうから、いずれは解決するんだろうけど……問題は素材の品質なんだよねぇ~」
これがどうにかならないと、そのうち作ったポーションの品質も頭打ちとなってしまうであろうことは想像に難くない。
どこか、高品質な素材の手に入りそうなところがないものか……。
「ん~、高品質な素材、薬草……。草といえばやっぱり森とかだよね……」
「お嬢様、森に入られるおつもりですか?」
「へ? あ、まぁ、さすがにこの辺りで手に入る素材だと、限界に達するのも早そうだしね……」
「そう、ですか……。その、お嬢様にこう申し上げるのは誠に心苦しいのですが……少々、時期尚早ではないかと……」
「そう?」
「はい。まず、森の中ではゴブリンやコボルトなどといったクリーチャー達は拠点が近いということもあり、基本的にパーティを組んで武装をしています」
「つまり、草原の奴よりも手ごわいっていうことね?」
武装していれば、それだけ攻撃も強力になるし、戦闘慣れしているとなれば耐久性も高くなるだろうからね。
ただ、それだけなら他の冒険者=プレイヤーなら、少し頑張ればいけなくはない範疇ではあるらしいけど。
私には残念ながら、それに加えてもう一つ、気をつけないといけない点があった。それを私は失念していた。
敵性NPCの自然発生、というリスクだ。
「そこまで危険なの? 暗殺者とか悪漢とか、そういった連中も森で襲ってくる奴の方が強いの?」
「えぇ。森の中なら、隠れられる場所はいくらでもありますから。草むらの中、木陰、木の上などが最たるものですが――一番厄介なのは、そうした隠れ場所から、弓矢や暗器による遠隔攻撃手段が使用されるという点です」
「あ~、そっか、そういうことか……」
確かに、草原だと隠れる場所がないためにそうした攻撃手段だとむしろ間合いに入られやすく危険。
だからこそ、敵性NPCも草原ではそうした武器を使用してくる奴は出てこなかった。
でも、それらの武器の真価が最大限に発揮されるような環境かだったらどうだろう。
むしろ、弓矢や暗器を使うような敵しか出てこないのではないだろうか。
「なるほど。じゃあ、対策を立てるまでは、むやみに森に近づくのはよした方がよさそうだね」
「えぇ。少なくとも、森へ赴くのは【麻痺耐性】と、それから可能であれば【気配察知】のスキルを習得してからのほうが良いでしょう」
ふ~む。スキルの習得かぁ。
それなら、たいして問題ないかもしれないね。
というのも、なんだかんだでスキルポイントがもう1ポイント手に入っているからだ。
入手元は、【側仕え召喚】がレベル10に到達したことによるもの。
どうやら召喚系のスキルは、実際に召喚をしていなくても、対応する従魔(従者)と一緒に行動さえしていれば経験値が溜まっていく仕様らしく、私の持ってるスキルの中でも【側仕え召喚】のスキルは特に抜きんでた成長力を誇っていたのだ。
まぁ、ゲーム内では四六時中ミリスさんと行動を一緒にしていたのだから、それは当然の帰結なんだろうけど。
あとは、もうそろそろ【護衛召喚】もレベル10に到達しそうだし、それでもう1ポイント手に入ったら、合計2ポイント。
ヴィータさんが言った二つのスキルは、両方ともそれで習得できる見込みだ。
この分なら、明日か明後日にはアイーダの森には入れそう。
そうとわかれば、のんきに採取をしている場合じゃないね。
この後、私は素材の採取を中断して、草原の敵やクラス特性で自然湧きする敵性NPCを時間の限り狩りまくった。
そして見事に、【護衛召喚】もレベル10に到達し、スキルポイントが2ポイントになったので、早速【麻痺耐性】と【気配察知】のスキルを習得した。