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124.火精の洞窟


 ゲーム内での夕食の後、リアルでの昼食まではまだしばらく時間があったので、私達はしばらく会話したり夜の探索に出かけたりするなどして、暇をつぶすことになった。

 私達はというと、アギトさん達が早めにログアウトして昼ご飯を食べて、午後にがっつりとプレイする予定と聞いていたので、彼らに合わせて私達も同じように動くことになっていた。

 待ち合わせ時間を決めて一旦ログアウトし、手早く昼食を済ませてからログインする。

 どうやら今回は本当に私が一番乗りだったらしく、まだ誰もログインしてはいない様子だった。

 ただ、一人を除いては。

「お帰りなさい、ハンナさん」

 その唯一神殿跡にいたプレイヤー、それはルルネさんとその従者さんだ。

 どうやら彼女はログアウトしていなかったようで、私達が昼食を食べにログアウトしている間もずっと料理をしていたらしい。

「ルルネさん、先ほどぶりです。ルルネさんは昼食食べなくて大丈夫なんですか?」

「ま、その心配はごもっともだと思うけれどね。私は私のペースでやらせてもらっていただけよ。ちょうどそろそろ切り上げて、ログアウトしようと思っていたところだしね」

 やや儚げな印象を受ける彼女の性質だったが、それで『私は私のペースで』と言われると、どことなく他者を寄せ付けないような印象に様変わりする。

 ルルネさんはメニューを操作し、そのままログアウトしていった。

 ログアウトしていく彼女と共に傍らで通常フィールドに転移していく、ルルネさんの従者NPC。

 ルルネさんが所有しているお店にでも戻ったのだろうけど――令嬢教育を受けている身として言わせてもらうと、去り際に見せた彼女――犬獣人のNPCのカーテシーが、どことなく貴族らしいというか、やけに上品な気がしてならなかった。

 やっぱり、ルルネさんには何か秘密がありそうな気がして仕方がない。

「……ま、そうはいっても、今は考えても栓無きこと、かな」

 現状、ルルネさんについて出そろっている情報は、ゲームを始めたらしい時期を鑑みて、やや進み具合が速い、といった程度のこと。

 しかしよくよく考えても見れば、例えば何かしらのクエストの代価として設備の整った店舗を手に入れるというケースは少なからず存在するため、ゲームの開始時期と彼女が持つ携行用調理キットの内容に違和感があったとしても、それを考慮すればその違和感もなくなってしまう。

 クエスト報酬で手に入れた店舗にそれらが置いてあったとしたら、おかしいことはなくなってしまうからだ。

 ゆえにやはり、ルルネさんのことで気になることがあったとしても、それについて考えるのは不毛としか言いようがないことと言えた。

「さて、と。……私は私で、午後の準備でできることを勧めておこうかな」

 私はその場にアイテムを取り出すと、それを地面に設置する。

 設置したのは、毛皮と木材で作られた簡易的なテントだ。

 午前中のプレイで私とミリスさんが調合三昧をしている傍ら、サイファさん達はテントらしきものを繕っていたのだが――それがログアウト直前になって、狙ったかのようなタイミングで完成したのである。

 私達は現在、アギトさん達のパーティと連結する形でユニットを組んでいるものの、基本的には彼らとは別行動。

 そして探索時は私とゆーかさんを主軸に、それぞれれあちぃずさんかレアンヌさんのどちらかとタッグを組む感じで探索を行っている。

 通常フィールドと同じように、各エリアごとに取れる素材に偏りとうか方向性と呼べるようなものがあるようだし、その方が効率的にイベントフィールドを回れるだろうと考えているからだ。

 しかしそれだと、何かあった時にゆーかさんが近くにいなかった場合、テントなしの状態で、野ざらしの状態で野営をすることになってしまう。

 さすがにそれは(ゲームとはいえ)精神衛生上よろしくないだろうとのことで、ゆーかさんが持っているのとは別にもう一つあった方が、何かと便利だろうと思ったらし。

 それで急ごしらえながらも簡易的ながらも組み立て式のテントを作り上げたとのことであった。

 そして、サイファさん達の頑張りの結果できたこのテントは、見てくれは本当に簡素なものであったが、性能はなかなかのもので、ゆーかさんが持っているのと同じく組み上げることで周囲に防寒結界を展開できるうえ、ランドマーク付近で設置すればそれがどこであれ、設置から12時間の間は結界範囲内のSECUREが150になるという優れもの。

 しかもテント類は設置すると持ち主が回収するかある程度離れない限り、その場に設置されたままになるという特性を持っている(ログアウト時はその場に従魔/従者がいるかどうかで変わってくるらしいが)。

 つまり、このイベントが終わった後も、普段使いできるだけの性能がある逸品なのだ。

 他にもこのテント独自の効果として、使った素材に薬草類の素材もふんだんに使われているためか、『癒しの領域』と『魔導師の領域』という二つの効果を持っている。

 それぞれ、テントの効果範囲内にいる限り、VT(MP)を毎秒5%ずつ回復していくという効果だ。

 休憩してVTやMPは回復したい、でもポーションなどの消費は押さえたいというときに役立つ効果だろう。

「ま、ゲーム内ではさっきまで休息していたわけだし、野営具の必要性は薄いといえば薄いんだけどね……」

 それでもやはり、あるとなしでは心構えという者に差は出るだろう。

 それから、私は暇なのでミリスさんやサイファさん達、従者を可能な限り召喚して、待ち合わせているメンバー全員が揃うまで彼女達と話をして待つことにした。


 本日の午後は、いよいよ火精の洞窟内部の探索を行っていく予定だ。

 メンバーは、午前中と同じく私とレアンヌさん。ただし、物資も揃ったので私は従者NPCをフルメンバーで呼んでいる。

 サイファさんにもいつものようにセシリアさん以外の従者を呼んでもらっているので、本当にいつも通りの布陣だ。

「洞窟の外でさえ、異常な行動をするフェアリーたちに翻弄されて苦戦気味だったのですから、洞窟内はそれ以上の難敵がいるかもしれませんね」

「ふむ……物資の消耗を抑えるためにと我々の召喚を控えていたのはわかりましたが、あまり無理はなさらぬ方がよいですよ」

「肝に銘じておきます」

 アリスティナさんから軽くお叱りを受けてしまった。が、素材がなければ追加のポーションなどを作ることもできないし、素材はフィールドを探索しなければ手に入らない。

 リスポーンを覚悟で、最初は素材集めをしないといけないのは誰しも同じことだろう。唯一の救いなのは、リスポーンした際にはイベント開始時の状態に所持品も含めてロールバックされる、という今回のイベントの仕様だろう。

 これのおかげで、最初の素材集めで失敗しても、消耗したアイテムはすぐに戻ってくる。時間は多少無駄になってしまうかもしれないが、挽回自体はかなり簡単なのだ。

 であれば、最初はやはり玉砕覚悟での素材集めでも問題はないだろう。

「それじゃ、早速入っていきましょうか」

「そうね」

 レアンヌさんの言葉に頷いて、私達は洞窟の中へと足を踏み入れる。

 洞窟の内部には燭台などの人工物がそこかしこに設置されていたが、それらには火が灯されておらず、光源か暗視系のアビリティ、もしくはそういった効果のあるアイテムは必須と言える環境だった。

「ふむ……燭台のデザインからして、何かの崇拝対象がここには祀られていたのかもしれませんね」

「エリアの名前からすると多分、火に関係する精霊か何かだとは思うんですけど」

「まぁ、その可能性は高そうですが……」

「エルフとしての所見になりますが、空気中の魔力は火属性のものが多めに感じられます。このような空間では本来、割合的には土属性のものが多く、次いで闇属性。火属性の魔力に関しては混じらないこともないことはないのですが、それでも火山の中にある洞窟でもない限り、闇属性に勝るほどではない……はずなのですけれど……」

「ここは火山のそれに匹敵するものがあると……?」

「はい」

 サイファさんがジェシカさんにそう確認する。

「ちなみに、ここが火山であるという可能性は……?」

「ないんじゃないかな、多分だけど……」

 まぁ、多分ないと思うんだけどね。

 洞窟、と言っても小高い丘の麓にぽっかり空いた、という体の洞窟なのだ。

 中央の山なら可能性はあるかもしれないけど、ここが火山という可能性はかなり低いとみていいはずだ。

「皆さん、考察は後回しです」

「早速お出ましです。相手は……初めて見る敵ですね」

 アリスティナさんとルシアーナさんがそう声をかけてきて、私は考えを放棄し、現れた敵を流し見る。

 見た目は三対ある脚の内、最も尾に近い一対が歩行に適した長さに発達した、異形の蜂。

 残る二対の脚も、真ん中の脚はまるで道具を扱うのに適した人の手のような形に発達しており、蜂らしい脚は一番頭に近い一対のみとなっていた。

 ――グラウンドホーネットアーミー Lv.45

 レベル的には、私が戦うのには少々弱い敵だが、レアンヌさんが戦うにはまだ早い。それくらいの微妙なラインの強さだ。

 が、その数が問題だ。

 私達の前に現れたそいつらは、10体くらいまとまった群れを形成しており、また真ん中の脚に持つ武器も片手剣だったり、盾だったり、槍だったり杖だったりと、前衛後衛がはっきりした、非情にバランスの良い組み合わせだった。

「〈鼓舞激励〉“みんな行くよ”! 〈デュアルスペル〉〈トリプル・スノウストーム〉オールセット!」

「キシシシシッ――!」

 私が魔法を準備している間に、蜂達は器用に尾の部分を操って針をこちらに向け、その針を何本も射出してきた。

 ――って、射出!?

 杖を持っているから魔法ももしかしたら使ってくるかもしれないと思っていたけど、まさか毒針を飛ばしてくるなんて。

 さすがに10体もの多勢から放たれるそれらは、容易にアリスティナさんやフィーナさん達、前衛の守りを抜けてきてしまう。

「任せて! 〈ヒュージパラソル〉!」

 レアンヌさんが私達の前、前衛よりも後ろに躍り出て、傘を広げるとそんなアビリティを使用する。

 するとどうだろう、広げた傘が光を纏ったかと思った次の瞬間、その光が盾のようにさらに広がり、前衛の守りをすり抜けてきた蜂たちの針をキンッ、キンッと硬質な音を立てて弾いていくではないか。

 見てくれはそんな鋭いものを防ぐなんて不可能なように見える傘なのに、アビリティの効果で誰の持つ盾よりも丈夫で、広範囲をカバーできる盾のようになっていた。

「キシキシキシッ――」

 蜂達は、いらだたし気に尾を元に戻すと、素早く私達の方へ走り寄って近接戦へと移行してきた。

 杖を持った個体は、毒魔法も放とうとしている。

「〈デュアルスペル〉チャネル1リリース!」

 が、もちろん黙ってそれをやらせるつもりはない。

 十分引き付けたタイミングで、私は〈デュアルスペル〉にセットしていた〈スノウストーム〉を片方だけ(・・・・)解放する。

 敵は前方にしかいないし、〈スノウストーム〉のカバー範囲からして両チャネルとも放つのはさすがにもったいない。

 もう片方は、今はなった〈スノウストーム〉の効果が切れてから出問題ないだろう。

 ちなみになぜ〈スノウストーム〉にしたかというと、それはここが火精の洞窟という、いかにもなエリアだったから。

 仮にも火精の洞窟なんて言う場所に生息している彼らだ、火属性に耐性を持っていても別段おかしい話ではない。

 実際問題、私の【叡智】スキルによる彼らの簡易情報には、火属性には耐性を持っていることがありありと明記されている。

 〈バーニングウェイブ〉の拘束効果の強さは、相手の火属性への耐性に依存している。

 火属性に強い敵には、拘束力が落ちてしまうのだ。

 反面、洞窟の外が異常気象だからと言って氷属性にも耐性がある、ということはなかった。

 ゆえに、〈スノウストーム〉なら動きを封じることができると踏んだのである。

「よし、動きが止まったわ。総員で総攻撃よ!」

「「了解!」」

 私の号令にみんなが頷き、〈スノウストーム〉の効果で動きを止めた蜂たちに対し、一体に付き数人程度で総攻撃を仕掛ける。

 私はというと、蜂達の動きが止まっている間に、厄介な杖持ちの蜂達の元へ駆け抜けて、そいつらを何度も扇で叩いては、『凍結』状態を与えていった。

 やっぱり、魔法持ちは先に動きを止めておくに越したことはないからね。



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