123.不思議な料理人プレイヤーとの邂逅
そうしてフェアリー・狂達に苦戦させられながらもなんとか辿り着いた、神殿跡の東にある洞窟。
マップ上では、『火製の洞窟』と書かれていることから、本来ならこの辺り、南エリアは温暖ないし、高温のエリアであるのだろうけれど、何かしらの理由で今は常冬のエリアと化している。
そしておそらくは、その常冬のエリアと化した原因。それに通じる何かしらの手掛かりがあるのではないか、というのが掲示板上で飛び交っている推論なのだけれど――私達的には、そっち方面の攻略はあくまでも二の次である。
メインとなる目的はやはり、この洞窟や近辺で手に入る素材類の収拾だ。
結局フェアリー・狂達に遭遇すれば消耗を避けることはかなわず、一旦神殿跡まで戻って態勢を立て直す羽目にまでなってしまったものの、洞窟の前はランドマークにもなっていたのでリザルトとしては上々だろう。
道中で集めた素材を元に、使った分のポーションを作り直した私達は、改めて洞窟周辺の探索をすることにした。
「この辺りにも通常のフィールドには出回らない、面白そうな素材がたくさんあるなぁ」
「だねぇ。あ、これ、いい木材になりそう。ブレイズオーク。火の魔力をふんだんに含んだ木材……みたいなんだけど、この異常気象のせいか氷の魔力も含んでいるんだって。これでアクセ作ったら、【環境耐性】スキルのブースト効果が付けられるみたい」
「あ。ほんとだ。それで【環境耐性】スキルを擬似的に得られるようだったら、もっとイベントフィールド動きやすくなりそうだね。――こっちには赤熱花にサラマンドラ。あ、あっちの倒木には見慣れないキノコも生えてる。あれなんだろ」
いずれもイベント専用フィールドで手に入る素材や通常フィールドでは見かけない効果を持つ素材なので、これを名指しで必要とするアイテムのレシピはないだろうけど、その分対応カテゴリが多く設定されている。
ありていに言って、いろんなものに使うことができる優秀な素材だ。
それに特殊効果も見慣れない物ばかり。集めておいて、損はないものばかりだ。
特殊効果が有害なものしかない物でも、リバシア草やリバシアリキッドなどを使えば効果を反転させて面白いバフ効果に転化させられる可能性だって十分あり得る。
ちなみに調合で扱わない木材関連の素材の効果まで見れているのは、【叡智】スキルのおかげである。
【博識】スキルから変わらない、安定の生産補助スキルだ。
「洞窟の中はどうする? 探索する?」
「う~ん……悩ましいところだけど、レアンヌさん達の装備を整備するとなると、金属素材が欲しいところなんだよね……」
修繕に必要な素材の内、基本素材の方には金属の元になる鉱石素材も含まれている。
金属素材がランダム指定で必要素材として抽選されてしまったら、そこはもう試行錯誤でどうにかしていくしかないだろう。
【金工】スキルは使ったことがないから手探りだけど、『簡易金工セット』は持ってきているから、作れないこともなくはないでしょ。
「レアンヌさん達の防具の修繕をするときに必要になるだろうし……その時に金属素材を求められた時のために、早いうちにインゴットの作製にも挑戦しておきたいんだよねぇ」
「あぁ……そういえば、【金工】スキルは未だ使ったことがないんでしたっけ」
「そ。まぁ、最悪【土魔法】の〈エクストラクト〉使えば、お手軽に金属素材をインゴットとして抽出できたりするみたいなんだけど……効率が悪いみたいだから、できれば自力で何とかしたい」
魔法使いのクラスをサブクラスとして取得したことにより、各属性魔法や【吸収魔法】のスキルをアビリティとして取得した私。
当然ながら、それらの初期習得アビリティはすでに確認済みで、【土魔法】の初期アビリティは二つあること、またそのうち一つは生産系スキルに役立つというか、生産補助系の魔法であることがすでにわかっていた。【水魔法】における〈ピュア・クエリア〉の魔法と同じようなものだ。
とはいえ、レアンヌさんに打ち明けたように、素材の変換効率は最悪で、『金属成分10個分』でインゴット一個というレートは正直言ってぼったくりだ。
これならどうにかして自分で作れるようにした方が、まだ効率的だろう。
まぁ、いよいよレアンヌさん達の防具の耐久値がピンチとなってきたら、問答無用で〈エクストラクト〉を使うつもりで入るけど。
「そういった意味でも、できるだけ多くの功績を集めておきたいと思ってる」
「そっか……。その……ご迷惑をおかけしてます」
「大丈夫だよ。それに……この先【裁縫】スキルも令嬢教育に加わるんだもん。それに加えてもう一つ二つ生産活動に手を付けたところで、もうほとんど変わりないでしょ」
まぁ、メインは調合で、その次は現在の目標としている調合錬成。それ以外は何があっても時間がある時、と優先順位を設定するつもりでいるけどね。
それに――もし【金工】スキルや【木工】スキルを育てれば、令嬢教育でやることになる【裁縫】スキルと併せて、自前の武器を作ることだってできるようになるかもしれないし。
一応、確固とした目標はあったりするのだ。
いつになるかは、わからないんだけどね。
そうして、あらかた洞窟周辺の探索というか素材集めを終えたところで、いよいよ視線を洞窟の入口へと向ける。
「…………どうする? 一旦戻って、また体勢を立て直す?」
「う~ん……そうだね。物資を節約する意味でも、召喚する従者の人数は絞っていたけど、これくらい素材が集まればフルメンバーで探索できるだけの物資を調合できるだろうし。一旦、戻ってもいいかもね」
人数が増えれば、その分消耗品の消耗も激しくなる半面、できることも増える。
それをしなかったのは単純に物資が足りなかったからであり――今なら、まだそれほど時間が経っていないので、集めた素材で再び調合三昧することができるだろう。
今回はがっつり調合素材が手に入ったので、作れるポーションの量もそれなりに多数になる見込み。
であれば、今日の午後はフルメンバーで召喚しても問題ない、という算段だ。
午前中の探索を終えて戻って拠点へ戻る。
探索をしたとはいえ、洞窟周辺での素材集めだけだったので他に戻ってきているプレイヤーはほとんどおらず、私と同じような生産職が携行用キットを広げて、黙々と生産活動をしているだけであった。
とりあえず、せっかくのこういうサバイバルというテーマのイベントで、いつものようにミリスさんと二人でいつも通り黙々と調合三昧するのも味気ないので、私は適当な生産職のプレイヤーの元まで歩いて行って、一言断って側で調合することにした。
「ここ、いいですか?」
「え? あ、あぁ、構いませんけど……」
声をかけたプレイヤーは料理人のプレイヤー。
簡易テーブルに調理用マナバーナーに天火箱といった加熱機器や各種調理器具を広げ、食材を吟味しつつ様々な料理を次々と作り上げている。
私と同じように、傍らに従魔ではない、犬獣人のNPCを連れているが、服装はいたって普通――と言っては何だけど、サイファさんが探索に赴く際に着ているような、いわゆる狩人スタイルなので私と同じユニークスキルとはいいがたい。
単純に『店持ち料理人』当たりと見てしまっていいのだろうか。
「えぇっと、Mtn.ハンナさん、でしたよね」
「はい。私も、あなたのPCネームをお伺いしてもいいでしょうか」
「えぇ。私はルルネよ。イエンススタートで、クラスは……今は言わないでおくわ」
なんだろう、ちょっと含みを持たせたような笑みがちょっと気になるけど……なんなら、傍らにいる女性の視線がチラチラしているし、彼女が『え、ルルネ様……』と何かを言いかけたのを、鋭い視線で止めたのも非常に気になる。
他にも気になるところはある。
イエンスは今月に入ってから実装された新規フィールドだ。にもかかわらず従者を連れているというのは、クラスの成長速度からしてもちょっと早すぎる気がしてならない。何か、ユニーククラス持ちなりなんなり、特殊な事情があってもおかしくはない。
それに、携行用の調理機具にしたってそうだ。携行用調理器具に組み込まれている各種器具。
一つ一つをよく見てみると、包丁やまな板など、基本的なものはさておいて、私もミリスさんに頼まれてどこからか調達してきたものを組み込まされた調理用マナバーナーや天火箱は、確かかなりの高額だったはず。
時期が早すぎる従者の存在に、高額な調理機具の各種。気になるところはとても多すぎる。何らかのユニーククラス持ちと言われた方が、まだ納得できるほどだ。
――とはいえ、現状では情報が少なすぎるので、これ以上の推測はできない。それに他人のことをあれこれ詮索するのもそれはそれでマナー違反なので、私はこれ以上は何も聞かないことにして、自分の作業に入っていった。
「ミリスさんはMPポーションをお願い。ハイポーションの材料も揃っているし、この材料と量なら明日――イベントフィールド基準なら明後日までは持つでしょう」
「かしこまりました」
ミリスさんと一緒に、二人でポーションをどんどん調合していく。
調合し始めてから少したって、サイファさんが斥候三姉妹やセシリアさんを呼んだうえで、レアンヌさんの従者であるジェシカさんと共に何かしらの共同作業をしたいと言ってきたので、レアンヌさんにことわりを入れてパーティを分割(ユニット単位では変わらず同じ枠内なので、何ら支障はない)。
サイファさんの希望通り斥候三姉妹を呼び出し、彼女自身はセシリアさんも呼び出して、ジェシカさんと一緒に少し離れたところで何か大きなものを縫い始めた。
「あれはテントでも作ってるのかな」
「ですね。革素材はカチュアやエルミナ、カリナが加工できるようですので、ウルフなどから取れた毛皮なども問題なく扱えているようです。私の見込みでは、あれも、素材を鑑みるに設置すると防寒結界が展開される特殊効果が付く可能性がありそうですね」
「いいなぁ……私の従者にはそんなことできる子、いないのに……」
近くからそんな声が聞こえてきたので振り向くと、ルルネさんが羨望の眼差しで私達を眺めてきていた。
「えぇっと……」
どう反応すればいいのか困り、私は思わず無言になってしまう。
「あぁ、うん、別にいいの。気にしないで」
「あ、はい……」
正直、気になる。
それはもう、とてつもなく気になるのだけれど、本人が気にするなと言っているのだから、気にしないでおくのが一番だろう。
そうして、ミリスさんと共にVT、MPポーションを作り上げていき、最後にダメ押しで少量のエリクシルポーションも確保したところでちょうどよくゲーム内での夕食の時間となった。
このころになると、先ほどは戻ってきていなかったゆーかさんやれあちぃずさん、そしてアギトさん達のパーティ。さらにはこの神殿跡を拠点に選んでいたほかのプレイヤーも多数ここへと戻ってきていた。
他のエリアや拠点になり得る地点を目指していって戻ってこなかったプレイヤーもいれば、逆に新しくここへやって来たプレイヤーもいて、こういうのはやはりこういうサバイバルイベントの醍醐味だなぁ、としみじみ思う。
「よかったら、午前中のゲーム内での料理は、私と一緒にどう? 同じ空間で生産活動を行ったよしみで、ってことで」
「そう、だね……」
私達は、レアンヌさんやゆーかさん達に振り返る。
「いいんじゃないかな。ご相伴にあずからせてもらおうよ」
「決まりだね。それじゃ、今作っていた中でも自信作の奴を取り分けたげるから、少し待ってて」
イベント二日目の午前中、ゲーム内での夕食――というより夜食は、こうして偶然出会った不思議な料理人プレイヤーからのおすそ分けとなったのだが、やはり高級な調理機器を組み込んだ調理キットを使っているだけあって、非常に豪華なラインナップとなったのは言うまでもなかった。
特にアギトさん達のパーティが、『サバイバルイベントでこんな豪勢な飯にありつけるとは思っても見なかった』と、涙を流しながらシチューをかき込んでいたのがすごく印象的だった。




