110.宮廷鉄扇術
ログインルームからゲーム内に移動してそう時間を置かずに、ドリスさんとの会談の時間は始まった。
「お邪魔しております。Mtn.ハンナ様におかれましては、ご機嫌麗しゅうございますね」
「ドリスさん。ご機嫌麗しゅう。本日は学園での授業もある中、ようこそいらっしゃいました。まずはゆっくりお茶など飲んでお寛ぎください」
「いえ、お気になさらないでください。これも当家とヴェグガナルデ家、両家の関係を密にするための一環と思えば当然のことです」
「それでも、王都フェア・ル・ティエールから遠路はるばるお越しいただいたのは事実ですので」
「ふふ、お気遣いいただき、ありがとうございます」
やがてメイドさん――パーラーメイドによるお茶菓子の給仕が終わると、私達は主題の前に軽い雑談をし始める。
「……そういえば、ハンナ様はドレスを新調なさいましたのね。先日のドレスとはかなり趣が異なっていますわ」
「あぁ、このドレスですか。えぇ、このドレスは昨日届いたばかりのものなんです。知り合いの異邦人に依頼して、新しく製作していただきました」
「そうだったのですね。丈は短めですが夜会でも普通に着用できそうな仕立てですね。……でも、不思議な感じがしますわね。なんと言いますか、私達が普段そのような場で着る正装用のものとは少々雰囲気が異なると言いますか……」
鋭いな。
もしかしたら、コンバットドレスが持つ特殊効果の力の余波みたいなものをうっすらと感じ取っている的な感じなのかな。
「普通のドレスではないのは確かでしょうね。このドレスは一応コンバットドレスですので」
「コンバットドレス、だったのですか。道理で……でも、だとするとハンナ様は、今後夜会などに出席なさる時も、そういったものを着用なさるのでしょうか」
「そのつもりですが……ダメ、でしょうか」
「いえ。ダメということはないかと。通常の令嬢や夫人などは出費を抑えるために通常のドレスを仕立てることが多いですが、武門出身の婦女は普段は裾上げすることで動きやすいよう丈を短くし、夜会では裾を戻してイブニングドレスとしても着用できるコンバットドレスを毎回仕立てるとも聞きます。問題はないでしょう」
「それを聞いて安心しました」
コンバットドレスはダメなのではなくてむしろOK。ただ、普通のドレスよりも格段に高いから、普通であれば控える傾向にある、と。
それほどまでに見る機会が少ないのか、依然として興味深そうな顔で私のドレスを眺めてくるドリスさん。
「その、私も貴族の令嬢という立場上、ある程度はものの目利きについても学んでいるのですが……見せていただいてもよろしいでしょうか」
「構いませんけど……」
「では、お言葉に甘えて……」
そのままドリスさんは席を立つとテーブルを迂回し、私の横に座ってまじまじとドレスを見つめ――観察し始めた。
そして数十秒たつと、はふぅ、と気持ちを落ち着けるかのように深く息を吐いた。
「私、コンバットドレスなど着用したことはもちろん、ほとんど見たこともないのですけれど――それでも、これがすごい力を秘めていることだけはわかりましたわ。これを作った方も、本当にすごい方なのでしょうね」
「あはは……まぁ、例の共同研究に関して、彼女も携わる機会があると思いますので、会う機会はあるかと思います。ご所望でしたら、その時にご注文なさるのもよろしいのではないでしょうか」
「そうですわね。これほどのものとなれば、宮廷鉄扇術も合わせれば賊に襲われた際、自力で窮地を脱することも可能になってきそうですし――少し、考えてみましょうか」
どうやら、アスミさんに上客が訪れるフラグが立ったようだ。
もしかしたらクエストになる可能性もあるかもしれないけど――大変そうだったら、今の私の対応がきっかけともいえるのだろうし、手伝った方がよさそうだ。もしもの時には、声をかけてみることにしよう。
しかし――宮廷鉄扇術ね。気になるワードが出て来たなぁ。
生産系スキルでは今やプレイヤーの間でもおなじみになった、『師弟システム』だけれど、この『師弟システム』は生産系スキルに限らず、様々なスキルに存在している。
生産系スキルとそれ以外とで大きく違う点としては、リアルと同じように流派と呼ばれるものがあることだろうか。
特に武技系スキルの師弟システムについては、指示したNPCによって流派が違うことも少なくないようなので、まずはいろんな流派に体験入門してみて、自分に会った流派を選ぶのが一番効率的だと言われている。
今回のこれは――もしかすると、扇系スキルの師匠プレイヤーに関する話に発展する可能性があるかもしれない。
扇系のスキルのアビリティは、スキルレベルの上昇だけではパッとしない物しか覚えられない。
もしかしたら、師匠NPCに弟子入りすればより多くのアビリティを覚えられるのではないか、とひそかな期待を寄せてドリスさんに質問してみた。
「ドリスさん、宮廷鉄扇術というのは……?」
「宮廷鉄扇術はあくまでも、武器と言える武器を扱えない貴族女性向けに編み出された、王国淑女の最後の防衛手段ともいえるもの。ただ、他に自衛手段を持っているのであれば、別に無理をして会得せずとも十二分、というのが今の王国の風潮でもありますから……」
なるほど、宮廷鉄扇術を学んでもいないのにモンスター達と渡り合えていた私には、必要性としてはそれほど高くないと判断したのかもしれない。
まぁ、そういうのがあるのなら、きちんと学んでおいて損はないだろうし。
習得済みの武技アビリティも少ないのは事実なので、頃合いを見計らってサイファさんに相談してみるのもいいかもしれない。
「ハンナ様、ご期待していただいているのであれば申し訳ないのですが、私は宮廷鉄扇術に明るくはありません」
「え? そうなの?」
会談の目付け役として同席していたサイファさんにそう言われて、私はちょっと当てが外れてしまう。
「クスッ、そうですわね。サイファ様ほどに武芸に明るい方でしたら、敵は近づける前に撃退で来てしまえるでしょうし、そうでなくても短剣術もなかなかのものと聞いた覚えがあります」
「ロレリア流短剣術ですね。私としては、同じく我がロレーリン家家伝のロレリア流弓術の方が得意なのですが……」
「えぇ、存じております。……なんにせよ、サイファ様は自前で防衛手段をお持ちですので、宮廷鉄扇術など持つ必要性は薄いということになりますわね」
「そういうことです」
なるほどねぇ。サイファさん、確かに教材探し兼外出中の目付け役という名目で私の冒険に着いて来るようになった当初から、ヤバいくらいの強さを誇ってたし。
まぁ、今でこそ追いつきかけて入るけど――私にはまだクラスアップも控えているから、サイファさんには今後も戦力的な意味でもお世話になるんだろうなぁ。
はてさて――サイファさんに宮廷鉄扇術を教えてもらうのが望み薄となると、残るはエレノーラさんか、あるいは他にあてを探すか、だけれど……。
「エレノーラ様も期待薄でしょう。エレノーラ様は天使族ですから素で武において多方面に秀でているでしょうし、ヴェグガナルデ公爵とご結婚なさる前も槍術において名を馳せていたとか」
「私も聞いたことがありますわ」
ふむぅ……エレノーラさんも期待薄か。となると、後は……宮廷鉄扇術の話を持ち出してきたドリスさんとか、どんな感じなんだろ。
そう思ってドリスさんを見ていると、彼女は私の考えていることに気が付いたのか、若干慌てたようなそぶりで拒絶の意を示してきた。
「えっと、ハンナ様……? もしや、私に鉄扇術のご指導をご所望ですか?」
「う、うん……鉄扇術の話持ち出してきた本人ですし、どうなんだろうなぁ、と思いまして」
「そう、ですわね……。私も宮廷鉄扇術を嗜んではおりますが、あくまでもないよりはまし、程度の実力しかありませんわ。そもそも私達貴族は、騎士などでもない限り基本は身を守るのも護衛達に任せてしまうケースが大半ですし、私もそのご多分に漏れず実戦で用いたことはありませんの。ですから、私がハンナ様に教えるなど烏滸がましいかと存じます。――ただ、師となりうる方を紹介することはできるかもしれません」
「そうなんですね。それでは、お願いできますか?」
「かしこまりました。では、フェルペナード伯爵夫人に掛け合ってみますわ」
「ありがとうございます」
ふむ……とりあえず、宮廷鉄扇術とやらを教えてもらえる算段が付いた、ということでいいんだろうか。
宮廷鉄扇術でいい扇系のアビリティが手に入ればいいんだけど。
基礎技みたいな感じのアビリティだけじゃなくて、華々しい効果を持ったアビリティも使ってみたいしね。




