11.夜のログインは妹と一緒に
さてと。考察の時間はここまで。
唐突に発生したイベントで中断せざるを得なかったけど、そろそろリアルでも夕食の時間になっちゃうし、一旦ログアウトしよう。
っと、その前に、ポイント全然振ってなかったし、ログアウト前に割り振ってしまおう。
後々になると、また忘れちゃいそうだし。
――よし。
「ミリスさん、さっき言った通り、私これから一旦ログアウトするんだけど、戻ってきたら早速なんだけど調合のこと、教えてくれるかな?」
「かしこまりました。……あ、そうでした。お嬢様が考え事をなさっている間に、奥様の侍女より伝言と預かりものを賜っておりまして」
伝言に、預かりもの? あ、もしかしたらアトリエ関係のことかな。
つか、早くないかな!? 考え事してたとはいえ、まだ10分くらいしかたってないんだけど!?
「従者には従者の、専用のクラススキルというものがあるのですよ」
「へ、へぇ、そうなんだ。…………それで、伝言と預かりものというと……もしかして、アトリエのことですかね?」
「その通りにございます。お嬢様がこの世界にご来臨なされると聞いた際、念のためいつでも使えるように準備を、と命じられていたため、すぐにでもご使用は可能とのことです。どうせですから、食後はそちらに場所を移してみましょうか」
おぉ、ぜひとも!
調合のための機材がどんなものなのかはまだ確認してないけど、この部屋じゃ器材を広げるのに適さない。ってことくらいは、私にもわかるしね。
というわけで、これ以上ゲーム内にいると本当に夕食を食べ損ねてしまうので、ミリスさんに挨拶をしてログアウトした。
「ん、ん~……はぁ。喉乾いてるな……スポドリ飲も」
リアルに戻ってきた私は、それなりに喉が渇いていることに気づき、まずはスポドリで水分を補給することに。
それから、軽く体をほぐして、ダイニングに行こうと自室の扉に手をかけたところで、
「あ、華……ごはん、できたって」
「お~、ぴったりのタイミング」
ひとりでに扉が開き、その向こう側から私にそっくりの少女が一人、現れた。
この子は私の双子の妹で、山田鈴。
物静かな性格と淡々とした口調が特徴で、学校は私と同じ高校に通っている。
鈴と連れ合って、私達はダイニングキッチンへと向かう。
そこでは、すでに料理が食卓に並べられており、いつでも食べられる状態になっていた。
私と鈴が卓に着いたところで、私達のお父さんもタイミングよく脱衣所から出てきた。
食卓では、たわいもない話が始めに展開されたが、しばらくして話題が尽きると、私からそういえば、といった感じで鈴に話を振ってみる。
「鈴はゲーム、どう?」
「多分、順調? 華は?」
話の内容は、ファルティアオンラインについてだ。
鈴も、実はファルティアオンラインをプレイしている。
それも鈴の場合はただの遊びじゃなくて、半分仕事も入っているみたいなんだけどね。
お昼に会わなかったのは、単純にキャラメイクやチュートリアルで手間取っていたからだろう。
何しろ、佳歩ちゃんですら手間取って私との合流の約束を午後からに変更したくらいなのだ。
仕事の兼ね合いで、佳歩ちゃん以上に手間取ってお昼が遅れてしまったとしても、何らおかしいことではなかった。
「順調かなぁ。ユニーククラス引き当てて、ちょっとマイナス面が今後結構響いてきそうだけど、今のところは問題ない」
「……驚いた。まさか、公式サイトのMtn.ハンナって華のこと?」
「さすがにわかるか……」
「まぁ、ある意味わかりやすいからね」
苦笑しながら、やっぱりかと鈴は残りの白米をすべて口に運んだ。
ま、山田(Mtn.)華だもんね。安直といえば安直過ぎるか。
「しっかしなぁ……ゲームと現実の時間倍率が等倍って言うのも、ここ最近じゃなかなか聞かないなぁ。ここ最近だと、ファルティアオンラインだけじゃないかな?」
「短い?」
「どうかなぁ? 時間倍率上げたら上げたで、今度は法定時間規制義務だっけ? それ関係でログインできる時間に制限がかかっちゃうし。一概には言えないよね。まぁ、私は時間倍率高いゲームで、短時間でがっつり遊びたいって言う本音もあるけど」
鈴もそうでしょ、と聞き返せば、コクリと頷く。
「おおむね同感。でも、私のは完全な遊びじゃないよ。仕事も入ってるから」
「あはは、確かにね」
そりゃそっか。
話題沸騰中の新作ゲームがいよいよサービス開始となれば、話のネタにはもってこい。
配信者としては、このビッグウェーブに乗らない手はないんだろうね。
なんといっても、鈴は超大手事務所に所属する、絶賛売り出し中のアイドルなんだから。
きょうび、Vtuberとアイドルを兼業することは当たり前。
VR技術が発展して以降、アイドルたちの活動の場も、半分はVR空間へと移されることになり、結果としてアイドルがVtuberを兼業することも珍しくはなくなったのだとか。
鈴も同様で、アイドルを始めたきっかけこそ街頭でヘッドハンティングを受けたことだったけど、アイドル活動の舞台の半分は、やっぱりVR空間での活動となっている。
「……華も、入ればよかったのに。企画とか、いろいろたのしいよ?」
「私は、そう言うのはノーサンキューかなぁ。事務所に所属するとなれば、例えVtuber専門でもなんか行動阻害されそうだし」
「否定はできない……かな。V専の友達に聞いたけど、身バレしないようにしてると、やっぱり精神的な制約はいつも感じるって」
あっははぁ。やっぱりそっかぁ。そこはあるかぁ。
偏見かもしれないけど恋愛面でも結構制約掛かりそうだし……やっぱり、私は自由気ままにプレイしていきたいな。
ちなみに体感時間を引き延ばされるゲームなどをやる場合、リスナー側も専用のアプリを使用して、同じように同倍率で体感時間を引き延ばされるVR空間に入らないといけない。
こればかりは、仕方がないことであるのだが――その点、ファルティアオンラインの場合は時間の流れが現実と同じため、リアル空間でスマホやPCなどから普通に視聴することができる。
鈴がファルティアオンラインの配信を始めたのも、この辺りを考慮しているらしい。
なるほどね。確かに、いちいちVR空間にダイブしないといけないのは、リスナーからしても面倒くさいもんね。
賢いねぇ。
その後、お風呂に入るために席を立とうとしたら、鈴にゲーム内で会えないか、と迫られた。
どうやら、妹もスタート地点をヴェグガナークに選んだらしく、お互いのスタート地点が一緒だと知ったらゲーム内でもいつでも連絡が取れるように、フレンド登録をしておきたいとのことだった。
まぁ、私としても別に差し支えある話というわけでもなし。
それに、互いに何かあれば、協力を仰ぐこともできるだろうし、フレ登録しておくに越したことはない。
「まぁ、大丈夫と言えば、大丈夫かな。ミリスさん――従者になったNPCに確認はしてみるけど」
「……いいの?」
「うん。まぁ、私にもこの後は予定があったけど、言っても調合の手ほどきをしてもらうだけだしね。それと同時でよければ問題ないかな」
「いいよ、その条件で。それじゃ、後でよろしくね」
「うん」
それじゃ、と手を振って、私は風呂場に向かった。
夕食と入浴を済ませて、寝支度を整えた後ログインをしたら、ミリスさんは待っていましたと言わんばかりにアトリエまでの案内を始めようとしてくれた。
ただ、鈴との約束があるから、私は一旦ストップをかけたんだけどね。
「実は、また人を招待したいんだけど……」
「左様にございますか? では、調合の手ほどきはいかがいたしましょう」
「ん~、とりあえず、その人――私の双子の妹との、話次第かな」
「双子の妹……あぁ、あちらの世界でのことですね。なるほど……了解いたしました」
「それじゃ、ちょっとお迎え行ってくるね~」
「かしこまりました。お茶の準備をしてお待ちしておりますね」
「よろしく~」
手早く待ち合わせ場所に指定した広場にファストトラベルして鈴と合流。
鈴のPCアバターは、鈴が仕事で使用しているアバターと紐づけられているため、すぐに発見できた。
なんなら、鈴のことを知っているらしい人達がいて、人垣もできていたしね。
「さすが。有名人だね」
「ん……でも、オフの時にも群がられると、正直困る……」
「高い有名税だね……」
「ん」
「とりあえず、移動しようか。パーティ申請出すから、承諾してくれる?」
「わかった」
パーティ申請を出して、即座に承諾のお知らせが返ってくる。
これで、鈴も私の部屋に招待できるようになったわけだ。
鈴――ゲーム内でも実名を使っているようだ――を連れて、屋敷の自分の部屋にとんぼ返りした。
「ミリスさんお待たせ。向こうの世界での妹を連れてきましたよ」
「お帰りなさいませ、お嬢様。そちらが、お嬢様のあちらの世界での妹様なのですね」
「うん、そう」
「失礼ながら、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「鈴。山田鈴」
「鈴様ですね。私はお嬢様付きの侍女、ミリス・モルガンです。よろしくお願いいたします」
「…………よ、よろしく、お願いします」
鈴は、何やら驚いたような表情でミリスさんに返した。
まぁ、あれだけ立派なお嬢様風の挨拶――カーテシーっていうんだっけ、そういうのをされたら、普通は驚くよね。
鈴は、説明してほしいと言いたげな顔になったけど、私も後回しになりつつあることを推し進めたい。
「ミリスさん、とりあえずさっき言ってた場所、案内できる?」
「アトリエですね。かしこまりました。鍵は、先ほども申し上げましたように奥様付きの侍女より預かっておりますので、問題なくご案内できるでしょう」
「そか。じゃ、よろしくね」
「はい。では、早速向かいましょう」
こちらへどうぞ、と先導するミリスさんに続いて、鈴と並んで屋敷の中を歩いていく。
その間に、鈴に『ヴェグガナルデ公爵令嬢』について軽く説明をしておいた。
鈴は、大体理解はできた、といった様子ではあったものの。
どこか羨ましそうな表情で私を見てくるのであった。
「……デメリット差し引いても、優遇され過ぎている気がする」
「実際に詳細話すと、普通ならそれどころじゃないって悪い意味で頭抱えると思うけどね~」
そこで、お互い話題が尽きて、話が途切れる。
そのタイミングを計ったかのように、鈴との話が途切れて間もなく、私達はアトリエに到着した。どうやら、私達はそれなりに長い間、話をしていたようだ。