表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

大魔女レイアの愛する物語たち

十年に一度、今年の魔王封印勇者バイトは俺だ!

作者: ノワール

 悪しき魔王を、勇者が冒険の末討ち倒す。


 多くの国では、それはおとぎ話らしい。

 しかし、この国では違う。

 はるか昔から国の近くにある森の奥、その険しい山の方で瘴気が溜まりやすい場所があり、定期的に魔王が出現する。

 そして人々が魔王に苦しめられているのを見かねて、女神ヴィータ様は聖剣を勇者に与え、魔王は討ち倒された。


 それ以来、魔王が出現する度に聖剣に選ばれた勇者が旅立った。

 かつては百年に一度だったそれは、今では十年に一度になった。


 簡易的な封印で十年ほどしか保たないが、魔王が勢力を増す前にさっさと再封印するシステムが構築されたらしい。その方が被害がほとんど出ないで済むのだとか。


 そして今年は、その十年に一度の勇者選抜の年だ。






 ここエディオンの王都には、国中から我こそはとやる気に満ちた、十代から二十代の若者が集まっている。


「お前らー!!!勇者になりたいかーーーー!!!!!」

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」


 司会の問い掛けに、怒号のような返事が返る。


「聖剣が欲しいかーーーーー!!!!!」

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」


 そう、もはや魔王討伐はイベントと化していた。

 十年に一度の、国中大盛り上がりの一大イベント。

 十年分の力しか持たない魔王は誰でも簡単に封印できる。しかし一応命の危険はある。そこで希望者を募り、選抜していたのだが…。

 いつの間にかイベントになっていた。


 勇者も既に女神の神託などは受けず、期間限定のバイトと化している。

 おとぎ話のように国の英雄になるとか、お姫様を妻にとか、そんなものはない。ただ、一般的な王国人の社会人としての年収数年分の褒賞のみである。


 しかし、裏を返せばめちゃくちゃに美味しいバイトなのである。

 年齢制限こそあるが、男女問わず、応募資格を満たしている若者はこぞって応募するのである。

 昔は選抜試験も厳しいものだったが、年々簡単でゲーム的になり、運の要素も多くなっている。


 当たれば一生遊んで暮らせる宝くじほどではないが、もし選ばれれば超ラッキー。

 さらに選抜試験の模様は全国に映像で中継され、他の番組を圧倒する視聴率を誇る。

 賭博の対象にもなり、正に国中の注目を集めているのだ。


 遠い他大陸では大陸間戦争が激化しているというのに、中立国であるエディオンは今日も平和なものである。


 運の要素もかなり大きいとはいえ、目立てば話題にもなり、人気者。

 十九歳のレックスも、彼女欲しさに目立ちたくて参加した口だ。


 数万人とも言われる参加者がいるのに、勇者になれる自信があるわけではないが、頑張れば中継に抜いてもらえるかもしれない。


 参加者全員マルバツクイズ、アスレチック、水中コイン集め、度胸試しのスカイダイビング射的、野球、サッカー、エトセトラ、エトセトラ…。


 一ヶ月に渡る様々な試験をレックスは全力で戦った。マルバツクイズでは勘に頼り、アスレチックは若さに物をいわせ、水中コイン集めではライバルのゴーグルを引っ剥がし、スカイダイビングはノリで飛び降りたら良い感じに着地し…団体競技では味方に恵まれ、個人競技では運に恵まれ、気付けば聖剣を賜っていた。


「勇者決定!!!!!今年の聖剣に選ばれたのはこの方です!!!!!皆さん、盛大な拍手をどうぞ〜!!!!!」


 閉会式にて表彰台に登壇し、レックスは両手を突き上げて喜んだ。

 賞金、副賞、個人賞…他にも多くの賞があり、多くの人が受賞しているが、やはり注目はレックスだ。


 なにしろ勇者だ。

 バイトとはいえ勇者。聖剣に選ばれし者。まさにヒーロー。


「今のお気持ちをマイクにどうぞ!」

「まさか自分が選ばれるなんて思ってなかったので、めちゃくちゃ嬉しいです!あと、えっと…彼女募集中です!」


 学校で新入生が自己紹介で言ったら白けに白けるだろうそんな台詞も、勇者なら言える。観客席からきゃー!と黄色い声援が飛ぶ。


 やった。俺はやった。童貞卒業は近い。やらずの二十歳(ヤラハタ)は回避できるかも…。


「それでは、第一王女様から聖剣の授与です!」


 この国のどんなアイドルより人気のプリンセスから直接聖剣を渡される。見たこともないような美人の姫がにっこり微笑んで、俺を見つめながら聖剣をくれるのだ。男冥利に尽きる。

 レックスはただ片膝をついて手を掲げるだけだが、王族に支える近衞騎士の叙任でもある。勇者は特例で騎士に叙任され、バイト終了後も引退騎士として扱われるのだ。大した額ではないが、死ぬまで騎士年金も貰える。騎士の証のピンバッジも貰える。合コンで見せたらきっとモテる。


 この時、レックスは人生最高の日を迎えていた。





 それから数日後。

 レックスは王宮に呼び出され、講義を受ける。道中の注意事項、騎士としての禁止事項や心構え、魔王封印後の手続き、エトセトラ、エトセトラ…。


「そういえば、魔王ってどんな感じなんですか?」


 レックスは、ふと疑問に思ったことを口にした。おとぎ話では色々な形で描かれるが、現実の魔王についてはあまり情報がないのだ。今の魔王は今の十年封印システムになってから、ずっと同じ魔王のはずだが…。


 すると、魔王担当の王宮文官は微妙な顔をした。


「若い女性の姿です。とはいえ魔王であり人間ではありませんから、変に感情移入しないように」

「へー。あ、美人なんすか?」

「…まぁ、そうですね。だからと言って変に絆されないように」

「はい!バイト代欲しいっすから!」


 そんな会話があり、講義を終え、テストを受けて合格し、いよいよ出発の時が来た。


 魔王のところまでは約一ヶ月。様々な交通機関が発達した現代でも、密林を超え険しい山を登るのは簡単ではない。その山の周囲は瘴気の関係で精密機械も魔導具も使えないらしく、空から行くこともできない。


 魔王討伐チームは騎士、探検家、医療関係者、荷物持ちを中心に数十人のチームとなる。


 出発パレードは盛大なものだった。全国に中継され、多くの国民が盛大に見送ってくれる。黄色い声援をくれる女の子の中から、好みの子を中心に手を振り笑顔を振り撒き、レックスは旅立った。


 魔王を封印して凱旋した際もパレードがあり、それから各種手続きを終えればバイトは終了だ。


 しばらくは広告に使われたり、映像番組にも呼ばれたりする。うまくいけばそのままタレントとして成功する場合もあるが、レックスはそんなにうまくやれないだろう。

 これまでの多くの勇者がそうだったように、時と共に人々の記憶は薄れ、それに伴い露出も減り、忘れ去られていく。

 レックス自身も、九歳の頃に見た勇者のことはもう覚えていない。数ヶ月くらいは色々なところで見たような覚えがあるが、すぐに見なくなった。





 魔王までの道のりは大変だった。長い魔王封印の歴史の中で安全なルートは確立されているらしく、騎士や探検家は野営にも慣れたものだ。医療関係者や荷物持ちも、そういった過酷な環境下での仕事の経験が豊富な者ばかりらしく、ド素人はレックスだけ。


 周囲に散々迷惑を掛けつつ、ひーひー言いながらの行軍となった。周りは最初から分かっていたのだろう、レックスに嫌な顔はしないし文句も言わないが、足手纏いを痛感してレックスは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


「ここまでしんどいとは思ってなかったっす」


 夕食時、レックスはぽつりとつぶやいた。


 同じ焚き火を囲むのは隊長の騎士オーガスタを始め、各部門のリーダー達だ。もちろんチーム自体は経験豊富な年長者が多いが、勇者が基本的に若者の為、なるべく各部門のリーダーは若手が選ばれる。

 当然、箔がつく役であるため、どの部門でも出世頭のエリートである。ド庶民のレックスとは住む世界が違う人々だが、上流階級の人々というのはえてして人間ができているもので、皆さん非常に良い人達である。


「無理はするな。過去の勇者達は逃げ出そうとする奴や、文句ばかりの奴もいたらしいぞ。レックスは頑張ってる。君のペースでいいんだ」

「ありがとうございます。頑張ります。…でも、こんなに大変なら騎士様とかから選んだ方が良くないですか?」

「ん?ああ…教えられないんだっけ?」


 オーガスタが首を捻る。レックスには何のことか分からなかったが、医療部門リーダーのレトネが答えた。


「秘密でもないけど、事前に教える項目には入ってないよ。調子に乗る奴もいるからね。素行の悪くない勇者には教えていいはず」

「あ、そうだっけ。まぁレックスはいいだろ」

「うん、いいと思う」

「レックス、今は単なるイベントで、誰でもいいかのようなノリにしてるけど、一応ちゃんと聖剣が選んでるんだよ」

「え!?そうなんすか!?」

「うん。やはり体力のない人間は勇者になれないらしく、体力テスト系は普通にこなす人が勇者になるね。その他は聖剣によって導かれて優勝するんだ。選抜試験の時、やたらと運が良かっただろう?」

「あー、そうっすね。あれ聖剣のお陰だったんすか」

「そうそう、昔みたいな神託は必要ないけどね。相性なんだか適合率なんだかはっきりしてないけど、ああやってちゃんと選抜しないと魔王は封印できないんだよ」

「なるほど。あーでも、運だけじゃなくてちゃんと聖剣に選ばれたって聞くと嬉しいっす」

「だからと言って調子に乗って増長するなよ?過去には秘密裏に()()された勇者もいるんだからな」


 オーガスタが笑って言うと、レックスはぶるりと震えて「肝に命じときます」と呟いた。それを見てリーダー達は爆笑した。


 そうして密林を越え、険しい山を超えて一ヶ月。山の上に聳え立つ城に辿り着く。

 こんな険しい山の上で城など建築できるわけがない。これは魔王が魔術によって生み出した城である。


「これが…魔王城…」

「さて、この中へはレックス、君しか入れない」

「はい…行ってきます」


 何故勇者しか入れないのかと言うと、それは魔王との盟約によるものなのだが、それはレックスには知らされなかった。


 魔王城の中は思ったより明るかった。外観はもの寂しく冷え冷えとした怖さがあったが、中は豪華なだけの、ただのお城である。人の気配はない。レックスはなんとなく最上階を目指し、勘を頼りに歩いていった。


 そして辿り着いた、一際大きな両開きの扉。城のかなり上階に位置する部屋だ。


 ごくりと息を呑んでから、レックスは扉を押し開いた。






 その部屋は天井が高く、装飾は荘厳を極めていた。おとぎ話そのままのお城、謁見の間。奥には背の高い玉座がひとつ。威厳溢れるその玉座には、場違いなほど華奢な女が座っていた。


「おー、来たか来たか!勇者よ!よくぞ来た!」


 とんでもない美少女だった。魔女を思わせる漆黒の髪、紫色の瞳。口元には鋭い牙が見え、肌はどこまでも青白い。しかし、美しい。この世のものとは思えない完璧な造形の顔、どこまでも美しいラインを描く肢体。


「どうした?近うよれ。遠慮するでない」


 惚けて固まっていたレックスに、魔王が語りかける。


「遠路はるばるご苦労だった。復活して十分現世を堪能した。すぐにでも封印してもらって構わないのだが…せっかくだから最近の人間界の話を聞かせておくれ。それだけが封印中の楽しみなのだ」


 魔王がパチンと指を鳴らすと、目の前に長テーブルと椅子が現れた。上には美味しそうな料理が並んでいる。


「毒など入っておらんから安心せい。国王との盟約でな、最後の晩餐は宮廷料理人の最高のフルコースを作って、城から転移させてもらえることになっとるのだ」


 魔王に勧められて、レックスは放心状態のまま椅子に座った。目の前の料理は見たこともない贅沢な料理ばかりだ。まだ暖かく、湯気すらうっすらと漂っている。


「まずは食べよ。なに、我は逃げぬよ。封印もそう急がずとも問題はない。美味いぞ」

「あ…ありがとうございます。いただきます」


 やっとのことでレックスも思考が回ってきた。そうだ、会ってすぐ封印する必要はないと言われていた。なんなら数日かけてもいい。その裁量は勇者に任せる、と言われていた。


(え…?この超可愛い子を封印するの?俺が?)


 レックスは混乱したまま、食事を始めた。


 食事中、魔王はあれこれと質問を飛ばしてきた。たった十年でも人間の世界とは大きく変わるものらしく、その変化を聞くのが楽しいらしい。


「ほうほう、今の服の流行はまた変なものだな!いや、でも百年ちょっと前に似たような流行りがあった気がするな!」

「そうなんだ。一周回って同じ流行が来るんだね」


 話し始めてすぐに敬語は不要と言われ、レックスも普通に話している。色々話をしている内に段々と慣れてもきた。名前を聞いたが、魔王には名前はないらしいので、魔王と呼ぶことにした。


 食後のデザートまで食べ終わり、ふうと一息つく。


「酒は飲めるか?」

「そんなに強くはないけど」


 また魔王がパチンと指を鳴らすと、高価そうな酒の瓶が現れた。


「国王の秘蔵の酒だ。これも盟約でな。かつての国王は、この要求を受け入れる時には歯軋りしておったよ」

「結構いろいろ要求してんだね。…うまっ!こんな良い酒初めて飲んだよ」

「ふむ。これは魔法世界からの輸入品だな。恐らくはグレーイル産だろう」


 そうして酒を飲み、ひたすら話をしていた。レックスの頭の中には途中から封印のことなど綺麗に消えていた。

 楽しすぎて、忘れていた。

 そんな風に夜も更けた頃…。


「なかなかいい時間だな。レックスよ。どうするか?もう何日か遊んでからにするか?それともすぐに封印して帰るか?」


 何でもないことのように、魔王が言った。

 しかし、レックスはその顔に、ほんの少しの寂しさを垣間見たような気がした。


「今日はまだいいよ。もうちょっと、美味い飯と酒を楽しみたい」


 レックスがそう言うと、魔王はぱぁっと顔を輝かせた。その満面の笑顔はどんな宝石も霞むほどの煌めきで、レックスは言葉もなく見惚れてしまった。


「そうか、そうか!いやぁ、楽しいなぁ!今まで来た勇者の中でもレックスは一番楽しい!それが明日も一緒に過ごしてくれるなんて最高だ!今年はいい勇者を選んでくれたな!聖剣に感謝せねばな!」


 自分を封じる聖剣のことをそんな風に言って、魔王は笑った。





 それから数日間、レックスは魔王と話し、食事をし、酒を飲んだ。二人で過ごす時間は本当に楽しかった。何より、魔王の笑顔が好きだった。澄ました顔だと大人びているのだが、笑うとちょっと子供っぽくなるのが可愛かった。

 何より、そんな彼女が夜遅くなると、寂しそうに「今日はどうするのだ?」と聞いてくるのが切なかった。そんな顔をさせる自分が嫌だった。


 だからレックスは聞いたのだ。





「なぁ…なんで抵抗もせずに封印されるんだ?」


 魔王は、ちょっと気まずそうな顔をした。


「昔は我とて簡単に封印されていたわけではないぞ。抵抗もしたし…人だって殺した。死にたくなかったからな。…しかし、諦めた。勇者には勝てん。女神の与えたもうたその聖剣は、我が強くなればやるほど比例して強化される。絶対に勝てぬのだよ」

「それで、大人しく封印される代わりに色々便宜を図ってもらうことにしたのか?」

「そうだ。美味い飯、美味い酒。復活してから勇者が来るまで毎日それらを提供してもらう。それと、聖剣の勇者が城に来たら少し会話の相手になってもらう。勇者がさっさと封印して帰るなら仕方なし、少し猶予をくれるなら人間達の話を聞く。そうやって、また十年を過ごすのだ」

「…封印されてる間って、どんな感じなんだ?」

「暗闇だよ。光も音もない、最弱だけの世界さ」

「…寂しくないか?」


 その問いを発した時、レックスは即座に後悔した。


「寂しいさ…しかし仕方がない。我は人間ではないからな。放っておけば、瘴気を超えた歪みとなった世界を崩壊させるらしい」

「そんなこと、誰に言われたんだ?」

「大魔女だよ。歪みになれば、世界を乱す前に大魔女が消しに来るらしい。過去には事故で勇者が死んでしまった時もあったらしいぞ。我の前の古い魔王だがな。その際はいよいよ王国滅亡か、というところで大魔女が現れて、魔王を消し去ったらしい」

「そうなのか…」


 それでは、魔王はどうあっても滅ぼされる運命なのだ。寿命がどれくらいなのか知らないが、天命を全うすることのない存在。


 それは…なんて哀しい存在だろうか。


「我は…静かに暮らしたかったのだがな…。それは世界が許してくれんらしい」


 そう言って、魔王は笑った。

 その笑顔はやはり、レックスの嫌いな寂しそうな顔だった。




 この世界を監視する大魔女アルトラヴィクタによれば、瘴気というのは悪しき人の心が(マジック・)(エッセンス)を染めた物らしい。

 大気を構成する空気と結合した魔素の中に僅かに含まれるそれは、地理的に溜まりやすい場所で、強力な魔物を生み出すのである。


 もう何百年も、封印を繰り返されてきた魔王は、人のかたちをしていた。言葉も話せるし、知能も高い。


 彼女はそれまでの魔王と違い、最初から人間を襲うような真似はしなかった。ただ静かに暮らしていたのだ。

 魔王が侵攻してこないことをいいことに、人間たちは勇者と聖剣の解析を進めた。


 そして、現在の封印システムが作られた。


 当初は魔王も抵抗した。静かに暮らしていたのに、突然勇者に奇襲をかけられ、封印されたのだ。抵抗し、時には魔王討伐チームの人間を殺したこともあった。


 何度も何度も訴えた。何もしない。静かに暮らす。だから封印しないでくれと。


 しかし人間は聞いてくれなかった。


 なんで。なんで。なんで。


 その答えは大魔女がある日来て教えてくれた。歪みが酷くなれば世界の危機が訪れるということ。瘴気のこと、魔王のこと。


 魔王は泣いた。たった一日かそこらの安寧と、十年の暗闇を繰り返す生涯。そんなのは嫌だった。でも、滅ぼされるのも怖かった。


 泣いて泣いて、いつしか諦めた。死にたくはなかったから、少しでも猶予を楽しむ為に国王と色々と交渉した。交渉は大魔女がしてくれた。彼女は居た堪れない目で笑って、国王から最大限の譲歩を引き出してくれた。


 魔王はレックスにそんな話をした。


 これまでの勇者は良くて二日、三日くらいだった。褒賞欲しさにさっさと封印して帰っていく。彼らは魔王のことなど、人と思っていない。


 レックスは違った。会話も普通にしてくれたし、何日も過ごしてくれた。確かに魔王は人間じゃないけれど、人として扱ってくれた。


 それがとても嬉しかった。


「できたら、次も、その次も…レックスが死ぬまで勇者としてきて欲しいな。つまらん人間が勇者だと、十年は長くて敵わん。レックスが次も来てくれるとなれば、楽しい気持ちで待てそうだ」


 魔王がまた寂しそうな顔でそう笑ったのを見て、レックスは決心した。







「…長いな…」


 オーガスタは呟いた。レックスが城に入ってからもう一週間。具体的な期限は設けていなかったものの、これまでの勇者で、これほど長くかかった者はいない。食料にはまだ余裕があるが、チームの中にも焦れた空気が蔓延してきていた。


「ちょっと、あれ…」


 レトネが引き攣った声を出した。城の方を指差している。レックスが歩いてきていた。


 ()()()()()()()


「封印、やめました!!!!!」


 レックスは高らかに宣言した。魔王は困惑と気まずさを

 顔に貼り付け、無言でレックスに手を引かれている。


「…レックス、どういうことだい?」

「可哀想なので、封印したくないです!連れて帰ります!」


 チームがざわついた。ひそひそと何かを言い合っている。決して友好的な雰囲気ではない。


 レックスは思った。皆知ってるのだ。知っていて、後ろめたさから城に入らない。後ろめたいから盟約もあれこれ融通を利かせていた。

 少女にしか見えず、人の言葉を話す存在を暗闇に閉じ込める後ろめたさ。知らないのはレックスだけだったのだ。


 オーガスタは剣に手を掛けた。


「魔王は勇者以外には殺せません。俺を殺しても、大魔女が消しに来るまで魔王は誰も殺せない。もしそれまでに魔王が暴れたらどうしますか?それに、聖剣を持った俺を殺すのは簡単じゃないですよ」


 暗に抵抗する意志を示すレックス。オーガスタはしばらく迷った後、剣から手を離した。


「…ひとまず、帰ろうか」


 どうやら、若手騎士の自分の手に負える事態ではなさそうだった。


 山を少し降り、その日の野営ではリーダー組の食事に魔王も座らせた。


 魔王は突然レックスに手を引かれて城の外に連れて来られ、困惑したまま固まっている。

 人間たちの前で下手なことはできない。が、レックスの気持ちは凄く嬉しい。繋いだ手から熱が全身に回ったようだった。今も胸が熱い。顔も熱い。赤くなってないか心配だ。


(なんなのだ、このドキドキは。ま、まさか我はレックスを…)


 長く生きてはいるが、人生経験の皆無な魔王だった。


「…俺がずっと封印しなかったら、実際どうなるんですかね。聖剣は十年後に新たな勇者を選ぶんですか?」

「いや、契約を切らないと勇者の任は終わらない。今はその…魔王に情を持たないように、毎回契約を切らせて、魔王と会うのは一回だけになるようにしていたんだ」

「…まさか一回で魔王に情が湧いて連れ出すなんて思わないじゃない」


 オーガスタとレトネはため息を吐いた。これからどうなるのか。自分たちも管理責任を問われるかもしれない。


 その時、普段は無口な荷物持ちリーダーのウガンスが珍しく口を開いた。


「…いいじゃないか。聖剣の選んだ勇者が決めた道だ」

「ウガンスさん…ありがとうございます」


 それから、勇者は皆との会話に積極的に魔王を交えていった。

 最初は刺々しい態度だったチームの人々も、魔王のあまりにも人間的な面を見て行く内に打ち解けていった。


 レックスと魔王はいつも一緒に過ごした。レックスは惜しまない愛情を魔王に注ぎ、魔王もレックスを前にしたときは、少女のようにはにかんだ。


 王都に帰還する頃には、チーム全体が二人を応援する空気になっていた。





 通常は先触れを出し、帰還に合わせてパレードの準備が成されているものだが、事情が事情なので、まずは勇者と魔王、それとリーダー組だけが秘密裏に王都入りし、王宮に向かった。


 王宮では、国の重鎮達と国王が揃った会議が始まった。

 前代未聞の事態に、誰もが意見を出しているが、やはり好意的なものは少ない。中には『所詮人間ではない』『さっさと封印すればいい』『役に立たない勇者など処分してしまえ』といった物騒なものもあった。

 魔王は俯き、ぎゅっと拳を握っていた。レックスを処分しようなどと言う意見が出た時には痛いほど握った。自分のせいでレックスが死んでしまうなんて、絶対に耐えられない。

 その拳を、隣に座るレックスは優しく包み、それから手を繋いだ。


 国王は重鎮達の意見を聞きながら、そんな二人を見ていた。

 やがて国王が手を挙げると、場はしいんと静かになった。


「魔王よ、はじめましてだな。私はエディオン国王、エルクロイスト」

「は、はじめまして。魔王である…」


 魔王の脳裏には、はるか昔の記憶が蘇った。


 静かに生きていたのに突如攻め込まれた。

 何もしないと言ったのに痛ぶられ、封印された。

 復活する度に人間たちは封印しにきた。

 誰も話なんて聞いてくれなかった。


「遠慮しなくて良い。其方の気持ちを聞かせてくれないか」


 魔王が顔を上げると、威厳はあれど優しそうな国王の顔があった。魔王を蔑むでもなく、憎むでもなく、穏やかな顔で見ている。


「虚無の世界での十年は、寂しい…。怖いし、苦しいし、何もなくて時間が経つのが遅いのだ。その内何年経ったのかも分からなくなって、いつまで続くのか分からなくなって、気が狂いそうになる。やっと復活しても、一人で一ヶ月くらい静かに過ごしたら、すぐに勇者がやってきて封印される。我は…静かに暮らしたいだけだ」

「仮に、封印されないまま其方を生かしたとして、もしレックスに何かあれば、もう封印はできない。かつて封印システムができる前に勇者が事故死した際は、大魔女が魔王を消しに来た。恐らく其方も封印ではなく消されることになるが、それでも良いのかね?」


 レックスはまるで考えてなかった可能性に血の気が引いた。自分が死んでも、今のシステムなら新たな勇者が選ばれると勝手に思っていたのだ。


 それでも、魔王は言った。


「その時は…それでも良い。レックスと共に生き、共に死にたい」


 繋ぐ手に力が入る。レックスも顔を上げた。


「決してご迷惑はかけません。二人で静かに生きます。俺が死ぬ前に、封印します」

「我も、人に仇なすことはないと誓おう。時が来ればレックスに封印される。もしレックスに何かあれば、一人で静かに生き、大魔女の沙汰を待とう」


 もちろん、会議室にいる多くの重鎮たちはそんな言葉を信用しなかった。誰もが危険性を訴え、何かあった際の責任の所在はどうするのか追及した。


 しかし、最後には国王が沙汰を下した。


「彼女が魔王になってから、自発的に侵略して来たことはない。我々人類が封印しに行った当初は抵抗はあり、犠牲者も出たが、長い間、黙って封印されてきた。彼女がそれ以外で人に危害を加えたこともない。もういいではないか。何かあれば、私は歴史に愚王として名が残るかもしれぬがな」


 そうして、魔王は静かな暮らしを許された。

 バイト勇者は、生涯の役目となった。


「これからは名前がいるね」

「其方…あなたが付けて」







 二人は王都から離れ、魔王の城に繋がる森の近くに家を構えた。時折近くの町に買い出しに行く。最初は遠巻きにして怖がっていた住民たちも、いつしか二人を受け入れた。

 オーガスタは監視役として、レトネは安全管理の為、町に住んだ。出世街道を外れるのに、自ら申し出てくれたらしい。しばらくして、恋仲になったと聞いて、四人で乾杯した。

 ウガンスも商会の仕事で近くに来たら顔を出してくれた。


 そうして、穏やかな日々が過ぎていった。





 三年ほどの月日が流れた。


 レックスが高熱を出した。流行り病で、確立された治療法はない。三人に一人が死ぬ、恐ろしい病だ。


 熱にうなされるレックスを看病しながら、魔王はちらりと聖剣を見た。今ならまだ、封印されることはできる。レックスの手に握らせて、己の首を掻っ切れば良い。

 ふっと笑って、そんな想像をやめた。


 また虚無の中で十年を過ごして、レックスがいない世界で復活してどうするというのか。

 レックスが死んでしまったら、大魔女のところに行こう。

 聖剣を握らせる代わりに、魔王はレックスの手を優しく握った。


「もし死んでしまっても、すぐに追いかけるからね。安心して。でも、もう少しだけ一緒にいたいな」


 そのまま、魔王は眠ってしまった。

 そして、夢を見た。

 黒髪に紅い目の美しい女が、二人の前に突然現れる。一度だけ会ったことがある。偉大なる大魔女アルトラヴィクタ。この世の全てを見通す者。


 大魔女は魔王のからだの中にある黒い光に手を突っ込み、いじくり回した。そうして光を白く変えて、取り出した小さな黒い光をレックスの白い光に突っ込む。黒い光はレックスの白い光の中で見えなくなってしまった。


 気付いた時には朝だった。レックスの寝息は穏やかになっていた。昼には目を覚まし、すぐに元気になった。


 そして、魔王は気付いた。


 全く変わることのなかった髪の長さが伸びた。日によって肌の調子が違う。妙に疲れるようになった。お腹が空くし、何より生理現象がある。


 そう、まるで人間みたいに。


 不思議に思いつつ、夢の話をレックスにした。

 レックスは飛び上がって喜んでくれた。


 そして、出来るはずのない子供を宿した時、魔王と呼ばれていた女性は、世界のどこかにいる大魔女に向かって、感謝の祈りを捧げた。きっと、何かの条件が整って、大魔女だからできたのだろう。レックスに出会わなかったら、こんな奇跡は起こらなかったに違いない。


 そうして、元勇者レックスと、元魔王アイシアは、三人の子供に恵まれ、幸せに老いて、数ヶ月違いで逝った。二人ともが、幸せな人生だったと笑って逝った。


 それ以来、あの山で魔王が生まれることは永遠になかった。


 そうして、二人の話は他の国のそれと同じように、おとぎ話になったのだった。

元のアイディアは「バイト勇者と、封印に慣れ切った魔王のコメディ」で、ほとんど対峙した時の会話だけのイメージだったんですが、設定だけでどんな話を考えてたのか忘れちゃって。

「どうせならバイトの選抜イベントも書こう」と書き始めたら、全然思ってたのと違う話になりました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ