9話 勇者の仲間が現れる
詰多の件のせいで、あの日以降の那谷羅は大人気だった。
「ねぇねぇ! 那谷羅さんなんでそんなに強いの?」
「お願い! 柔道部入って! 那谷羅さんなら全国どころか世界だっていけるよ!」
「那谷羅さんって強くて美人ですごいよなー。何人が告白して玉砕するか賭けない?」
「こないだ那谷羅さんとすれ違ったんだけどさ。いやー、オーラ溢れてたわー」
「那谷羅さんの手品ってどうやってんの? 私もブワァって風巻き起こしたいの!」
「な、那谷羅さんと目があっだぁ! お、おで幸せぇ!」
一週間前の転校初日に、いかんともしがたい空気を作った人間という印象は消え失せている。初日の心配は完全に消え失せ、那谷羅は今じゃクラスの有名人だ。詰多を嫌う生徒が多いのもあって、普通に感謝している生徒も多かった。
「リンリンってば大人気すぎない?」
「そうだな。オレと一緒に教室を出られない程度には大人気だ」
詰多は淀高からいなくなった。無論、この間の件があったからだが、それだけではない。詰多は教師や生活指導という立場を利用して、生徒に脅迫等の悪事を働いていたらしい。つまり噂は本当だったのだ。
これら事実が生徒間で話題となっているが、学校側はやめさせようとしていない。もういなくなった人間だし、今の世の中はヘタに蓋をしたり隠そうとする方が面倒くさくなる。放っときゃ勝手に消えていく話題と判断したようだ。
「ま、こんなのは今だけだ。部の勧誘も告白も全て断っているし、容姿も数日経てば見慣れる。再燃するような話題もないしな。来週にもなればさすがに落ち着く」
「おー、さすがセイギだ。冷静な分析だね」
オレは霧と校門前で話していた。何でも霧は那谷羅とこれから買い物に行く約束をしているのだが、那谷羅は人気者故に校内で捕まっている。蕾も用があるとかでいないため、オレは那谷羅が来るまで霧の話し相手になっていた。
「セイギもあたし達と一緒にくればいいのに。リンリンも喜ぶだろうし」
「今日は民宿の手伝いがあるんだ。オレの収入源だから休むワケにもいかん」
小遣いを稼ぐ意味もあって、オレはときどき民宿の手伝いをしていた。簡単な部屋の掃除や事務室の留守番程度だが、ちゃんとバイト代をもらえる。その辺でバイトするよりも拘束時間は短いし、もらえる額も多いので断る理由はなかった。今日みたいに、急な予定に対応できない時があるが仕方なし。
「那谷羅が変な行動したらその都度注意してくれ。それがヤツの為だ」
「虫捕まえてムシャムシャするんだっけ?」
「そうだ。北淀鹿島に行くんだよな? そこなら虫なんていないだろうが、売り物を新種の虫だと思って食べるかもしれん。よく見といてくれ」
那谷羅は虫をそのまま口にするが、それは本物だけに留まらない。
この間、可愛らしいテントウムシのキーホルダーをリュックにつけてきたクラスメイトがいて、あろうことか那谷羅はそのキーホルダーを口にし、バリバリと食べてしまった。リュックに止まっている見知らぬ虫だと思ったらしい。鉄製のキーホルダーなんですけどね!
もちろん那谷羅は持ち主に謝罪したし弁償もした。さらに「もう虫は口にしない」とまでいったが、三日後に禁断症状が出たのでオレが虫を食べるよう説得した。夜中になると無意識に森を彷徨い木を囓りはじめる那谷羅は見てられなかったのだ。うん、どんだけ虫好きなんだよコイツ。冬になったらどうする気だ。
「アハハ。リンリン面白いなぁ」
「お前、目の前で鉄をバリバリかみ砕く無表情系女子を見てみろ。ホラーだから」
ちなみにテントウムシキーホルダーを食べた那谷羅の感想は「歯ごたえがあって美味い」だった。これ、虫と思わせればダイヤでも食べそうだなぁ?
「すまない。遅くなった」
那谷羅が小走りでオレと霧のいる校門前にやってくる。息切れはしていないが、ローファーの爪先を何度か地面に叩いているのを見るに、慌ててやって来たようだ。
「そんな急がなくていいよリンリン。靴履く時間くらい待てるって」
「しかし、遅刻は悪い事だ。時間を過ぎてしまった私は急がなくてはならない」
「私は全然気にしないよ。大丈夫」
「昔の霧は遅刻とかしょっちゅうだったからね。休日に遊ぶ約束をしても、本人は家でずっと寝てるとかいつもの事だったよ。よく霧の家へ起こしに行ってたなぁ」
「わー! ダメー! 言っちゃダメだよセイギ!」
「ハハハ。今じゃ良い思い出だろ?」
オレにからかわれて赤くなった顔を両手で覆う霧。うーん、あざとい。
「二人はとても仲が良いな。きっと素晴らしいパーティになれる」
「パーティ?」
聞き慣れない言葉に霧はキョトンとした。
「一人では無理でも、みんなで協力すれば目的を達成解決できる。そんな仲間の事だ」
以前、那谷羅は魔王を倒すためにパーティを組んだと言っていた。きっとその時の事を言っているのだろう。
「へー、仲間かぁ。あ! もしかして、リンリンってばパーティ組んだことあるの? どんなパーティだった?」
純粋な霧の質問だったが、那谷羅は考え込むように顔を伏せる。
「……凄いパーティだった、と思う」
魔王なんてのを倒しに行く仲間なのだから、その頼もしさはとてつもなかったはずだ。那谷羅が何度も窮地を仲間達に救われたのは想像に難くない。
「そう、みんな強かった……はずだ」
その思い出を語るならきっと誇らしいはずだが――なんで歯切れが悪いんだ?
那谷羅はパーティの詳しい話をしようとしなかった。
「那谷羅さんって北淀鹿島に行った事あるの?」
那谷羅が言いにくそうにしていたのでオレが話題を変える。チラリと霧を見ると「サンキュー」とばかりにウインクしてきた。話を振った本人である霧が話題を変えるのは不自然だからな。
「北淀鹿島という場所には始めて行くな。どんな所なんだ?」
「お? リンリンってば北淀鹿島知らないんだね。フッフッフ、こりゃ無表情仮面が壊れる時が来たかもしれないなー」
「それじゃあ霧。那谷羅さんをよろしくね」
「うむセイギ。リンリンはこの私が任されたよ」
霧は強引に那谷羅の腕を組むと、放課後の一時を過ごすべく出発した。
「レッツゴー! 今日はリンリンと一緒に北淀鹿島散策だー」
「おお、今日は浮かれているなキリ」
「そりゃ浮かれますよ。金曜日の放課後だし、リンリンとお買い物に行くんだからさ」
「そういえば何を買うんだ?」
「うーん、それは私もわかんない。買い物ってテンションだからさ」
「そうなのか」
「そうなのです」
たぶん本人達にその自覚はないだろう。那谷羅の腕へしがみつくように抱きついてる霧と、そんな霧に為すがままにされている那谷羅は、端から見てると完全なバカップルにしか見えなかった。
「こっちは小遣い稼ぎに行くか」
いつか二人と北淀鹿島で遊ぶためにも、今日は体力と時間を犠牲に懐事情を回復させておこう。
北淀鹿島とは真反対にある民宿イセカイへ帰るべく、オレは二人を見送った後踵を返した。
淀鹿島高校は駅に近く、放課後は遊んで帰りたいと考える生徒が多い。
そのため、オレみたいに用事でもなければ、この時間帯に南淀鹿島側の通学路を歩く生徒はいなかった。
「だとしても、北と比べて南は静かすぎるよな。淀校生徒が歩いてないだけで、人が住んでるのか疑いたくなるとか、すごい所だよなぁ」
実際住んでるオレが言うのはおかしいんだが、思うモノは思うので仕方がない。
今の通学路は淀校生徒どころか、オレ以外誰もいない。道路は車が一台も走っておらず、虫の鳴き声と、オレの独り言だけが周囲に響いていた。
何の根拠もないが、こんな空間なかなか無いと断言できる。音がなさすぎて耳はキーンとするって、絶対貴重な体験だよなぁ。
「ねぇ」
「わぁッ!?」
無音の景色を見ながら弛緩しきっていたら、いきなり背後から声をかけらた。
ビビるわ! って、人だと? どっから沸いて出た? さっき何となく振り返った時、誰もいなかったはずだが?
「び、びっくりしたぁ」
前方に弾け飛ぶようにつんのめったオレは、すぐに背後を振り返る。
「ディバーンは一緒じゃないの?」
そこにはボリュームある髪をツインテールにして、パッチリとした目でオレを睨み付ける女子が立っていた。背は那谷羅と同じくらいで美少女なのも同じ。目鼻立ちがハッキリしており、華やかな印象を受ける女子だ。睨まれてるけどな!
コイツは淀校の制服を着ているが、またもオレの脳内淀校生徒ベースにいない生徒だ。
てことは、この女子も那谷羅と同じ転校生?
「ディバーン?」
「最近あんたの前に現れた女よ」
全く知らない名前を言われているが、この女の口ぶり的にディバーンとは那谷羅を指しているようだ。
「さあ、知らないですね」
オレは平然とウソをついてこの場を去ろうとするが、逃がすまいと女子から肩を掴まれる。
――全く振り払えん。なんて力してんだコイツ。
「へぇ、私にそんな口を聞くんだ。相手の力量差もわからないバカは何処にでもいるのね」
女子は不敵な笑みを浮かべて挑発するように言うと、オレの肩から手を離した。
「すいませんね。オレは相手を見て力量差なんてモノがわかる、あんたみたいな脳筋じゃないんで」
オレは負けじと挑発しかえす。初対面で無礼な真似されたんだ。少しはやり返さないと気がすまん。
「私を怒らせる前にディバーンの居場所を言った方が身のためだと思うけど?」
「実はさっき頭をぶつけてな。記憶喪失になってんだ」
「胆力あるわね。脅されてる自覚ないのかしら?」
「質問する時はもっと相手を敬った聞き方をしたほうがいいぞ。ま、した所で答えねぇけど」
完全にケンカ腰だが別にいい。もし、コイツが本気で那谷羅の居場所を聞くつもりなら、とっくに拷問なりしてるはずだ。上から目線なのもムカツクし、多少やり返すくらいなら煽って問題ない。つか、絶対煽る。
「あんた、まさかディバーンを庇ってるの?」
「答える必要ないな」
もちろんそれもある。那谷羅はオレの友達なんだ。突然出てきた怪しいヤツに友達の事を教えるワケねーだろ。プライバシーがどうとか言う前に、そんな堕落した人間になるくらいなら死んだ方がマシだ。
「……信じられない」
女子は酷く驚いた顔をしてオレを見た。
「この世界にいるヤツはあんたみたいなヤツばかりなの? それともディバーンと一緒にいるあんただけが特別なのかしら?」
何か不自然な質問だった。
この世界にいるヤツはって、まるでマルリリク王国にいるヤツがみんな薄情みたいな言い方じゃねぇか。たしかにオレは那谷羅を売る真似をしなかったが、そこまで言われる事か?
「あんた何者だ? なんでかオレを知ってるみたいだが」
「ああ、そうね。名前くらいは教えておきましょうか」
女子は頭を振って、ファサッとツインテールを靡かせる。
「私の名はルディ。あなたがよく一緒にいる勇者ディバーンの元仲間よ」
「仲間? 勇者?」
どうかしなくても気になる単語が二つも出てきた。
もしかしてコイツは前に那谷羅が言っていた、魔王を倒しにいった時に組んでたパーティの一人なのか?
「あんた、ディバーンとベタベタしてるけど、悪い事言わないわ。さっさと関係を切りなさい」
「なんでだよ」
「私は警告しているの」
ルディは何処からか瞬時に剣を取り出し、その剣先をオレの額にピタリとつけた。
「顔色一つ変えないのね。気にくわないわ」
ここまでしてオレにかすり傷一つもつけようとしないか。やっぱコイツ、オレに危害を加える気ないな。
「そりゃどうも。褒め言葉として受け取っとく」
長剣ってヤツだろうか。銀色の刃が陽光を反射しており、その銀は鮮血を飲み込んでも尚輝きそうな美しさがある。ゲームや漫画でしか見ないような武器が、オレの額を貫ける位置にあった。
「私はディバーンを殺しにきたの」
とんでもない言葉がルディの口から聞こえた。
「物騒事に巻き込まれたくないでしょ? だからさっさと関係を切れって警告してるの。あんな恥さらしに付き合ってたら不幸になるわよ」
殺す?
コイツは今、那谷羅を殺すって言ったのか?
「私がこれだけ言ってもまだディバーンと関わるってなら覚悟するのね。ディバーンをおびき出すエサにさせてもらうわ」
そう言うと、ルディはオレの額につけていた剣先を下げる。
「警告、したから」
ルディがカメラのフラッシュのようにカッと光ったかと思うと、同時にその姿が消えた。
周囲を見渡すがルディの姿はない。さっきまでと同じだ。通学路にいるのはオレだけで、車も誰も走っていない道路があるだけだった。
虫の鳴き声だけが響いているのも同じだ。
「殺すって……なんで那谷羅が殺されなきゃならねーんだよ」
何度目かわからない現実感のなさを味わったオレは、誰に言うでもなく呟いた。