7話 那谷羅心理に友達ができた
「誰だお前は?」
詰多の顔が不機嫌に染まった。全く隠そうとしていない。まるで、目の前のデザートを取り上げられた子供のようだ。
「那谷羅心梨だ。今日から淀鹿島高校に通っている」
「そうか。で?」
那谷羅に対する抗議なのか、詰多はやたらチラチラと霧に視線を向けている。那谷羅に「察しろ」と見せつけているようで言葉も威圧的だ。早く指導室に行きたいという焦りと期待が漏れている。
「どうして身体に巻き付けているのか興味があってな」
「巻き付ける? 何の話だ?」
「女性の下着を大量に身体へ巻き付けているじゃないか」
ザワッと空気が揺れた。
「私の下着かと思ったが違うようだ。ああ、すまない。以前あげた下着なんだが、返してくれないか? 下着をあげるのは悪いことらしくて、ミチヒトから怒られたんだ」
「な、なななななななな何をッ!?」
「何を? 私の下着を必死な顔で回収してくれたではないか」
「知らんッ! 知らん知らん知らん知らん知らん知らん知らんッ!」
この場にいる生徒の視線全てが一点に集中し、その集中先である詰多はモロに動揺した。
「しかし、下着とは身体に直接巻き付けるものだったのだな。たしかブラジャー? は、胸部分を覆うように身につけるモノと聞いていたし、えーとパンツだったか? それは股間部分に――」
「さっきからお前は何をくだらん事をッ! 相手を陥れるような嘘をつくんじゃない! 停学にされたいかッ!」
「私はウソなど言ってないぞ?」
真っ赤な顔をして抗議する詰多とは対極に、那谷羅は無表情のまま首を傾げて頭の上に「?」を浮かべている。
「ああ、そうか。詰多教諭はわからないのか。私もナサナ殿に教えてもらって、キチンと下着を身につけられるようになったからな」
「だからくだらん事を言うなと言っているだろうがぁッ!」
詰多は那谷羅に詰め寄り、もう喋るなとばかりに真正面から睨み付けた。
「俺を舐めているのか? こんな問題行動する生徒を放っておくほど、俺は甘くないぞ?」
「ふーむ、勘違いとは思えないのだが」
那谷羅は詰多の襟元を指差し、聞いた事のある言葉を呟いた。
「祓線!」
瞬間、詰多の衣服が消滅するように吹き飛び――上半身に巻き付く色とりどりの下着が見えた。
「よかった、勘違いではなかった」
弾帯のように巻き付いている下着は詰多の上半身にピッタリと張り付いている。雑巾のように絞られている部分が全くない。下着が詰多の上半身に表面積いっぱい張り付いており、パッと見は普通の衣服を纏っているように――見えるワケないな。
なんて変態模様抜群衣装だろうか。アレを着ている(?)詰多を見て嫌悪感を抱かない者なんていない。
つまり、コレは誰が見てもドン引きする。
「「「「ぎゃああああああああああああああああ!!」」」」
殺人現場でも見たかのような悲鳴が、詰多からも野次馬してた生徒達からも上がった。
「な、なななななななななッ!!??」
「ななな? 私は那谷羅だぞ?」
「ぐあああああああああああッ! 那谷羅あああああああああ!」
詰多が拳を震わせ、そのまま振り上げる。那谷羅の顔面に拳を振り下ろす気だ。クソッ! あの教師正気かよ!
詰多と那谷羅の体格差は明らかだ。詰多が本気で殴れば、那谷羅がどんな大怪我を負うかわかったもんじゃない。
「那谷羅ッ!」
幸か不幸か、那谷羅に最も近いのはオレだった。
即座にオレは庇うように那谷羅の前に立つ。
「ぐぅっ!?」
詰多の拳がオレの鼻っ柱に突き刺さる。
「ミチヒト!?」
たまらずオレはよろめいた。吹っ飛んで倒れそうになるオレを那谷羅が支え、慌てた顔でオレの顔を覗き込む。初めて無表情じゃない顔みたな。
「何をやっているんだミチヒト!?」
「な、那谷羅さんが殴られそうだったんだ。庇わないワケないじゃないか」
オレは安心させるように那谷羅へ笑顔を向けた。ふー、どうにか本性を隠して言えたな。
周囲は生徒がたくさんだ。フハハ、これでまたオレの評価は上がったな。
「イチチチ……」
詰多のヤツ本気で殴りやがって。鼻血が止まらないじゃねぇか。でもまあ、あんなの暴露させられたんじゃ本気にもなるか。大量の女性下着を身体に巻き付けた教師から殴られたとか、もの凄い話のネタになるな。一生擦っていこう。
ふう、那谷羅を庇えてよかった。女子の顔面にこんなパンチが当たったら、ケガだけじゃ済まない。アザとかできたら最悪だし、ヘタしたら一生モノの傷になったかもしれないからな。
「……ミチヒトはまた私を助けてくれたんだな」
那谷羅はオレに「ありがとう」と告げると、憎悪に満ちた詰多と対峙する。
「暴力を振るうのは悪い事だ。知らないのか詰多教諭?」
「うるせぇッ! このクソアマがぁぁぁぁぁ!」
完全に頭に血が上っている。詰多は暴力をやめようとしない。
こんどは那谷羅を蹴りつけようとしている。まずい、蹴りの威力は拳なんかとは比較にならない。女子じゃなくても、あんなの顔面にくらったら骨が砕ける!
詰多の足から、再度オレは那谷羅を庇おうとするが――そんな事をする必要はなかった
何故なら、その足は停止画像のようにピタリと止まったからだ。
「どうやら詰多教諭は知らないようだ」
那谷羅は蹴りつけてきた詰多の足を難なく掴んでいた。
「ぐうううううう!」
詰多は那谷羅に自分の足を掴まれどうしようもないようだった。華奢な女子の手なのに、万力にでも挟まれたかのように動かない。
「な、なんだコイツ!? ど、どうしてッ!?」
「少し頭を冷やしてもらおう」
那谷羅は掴んだ足を、埃でも払うようにしてブン投げた。詰多の身体が宙に浮き、校舎に向かって飛んで行く。
「がふっ!?」
投げられた詰多は派手に校舎の壁にぶつかり、そのままドサリと地面に倒れると動かなくなった。気絶してしまったらしい。
「…………」
気絶した詰多は当然だが、オレも野次馬の生徒達もみんな無言。
那谷羅のやった結果が飲み込めず、呆然とするしかなかった。
「……あ」
ポカンとしているオレ達を見て、那谷羅は罰が悪そうに下を向いた。
「もしかして私は……悪い事をしてしまった……のか?」
「そんな事ないよ!」
シュンと項垂れてしまい、表情が一気に暗くなった那谷羅の元に霧が駆けつける。
「ありがとう那谷羅さん! 私とセイギのために行動してくれて! ホントにありがと!」
「え? あ、ああ……」
霧は那谷羅の手を掴んでブンブンしながら何度も「ありがとう」と言い続けた。
「すごいね! 那谷羅さんて合気道とかやってんの?」
「アイキドウ? それは知らないが、私はただ力の流れるままにしただけだ。慣れれば誰にでもできる」
「え!? じゃあ独学の武術ってコト? すごーい! ヤバいってそれ! ヤバすぎだよ! めっちゃすごい! すごすぎじゃん! やっばー!」
霧は「すごい」とか「ヤバい」を連呼しまくり感動している。
「別にすごくはない。七英武具を使ったワケでもないからな」
「れじぇんだりー? 何ソレ? あ、名前言ってなくてゴメンね。私、久城霧」
「キリか。わかった」
「お、いきなりの名前呼びいいね~。私もリンリンって呼んでいい?」
「別に構わない」
「これからよろしくねリンリン!」
那谷羅と霧の二人が盛り上がってるからか、さっきまでの空気が一変した。霧が言ったからだろう。那谷羅が体格差のエグい詰多を投げ飛ばしたのは、何らかの武術という事にできたようだ。まあ、そうでも思わなきゃアレは納得できないよな。
「友達ができてよかったね那谷羅さん」
「あ! ご、ごめんセイギ! 大丈夫!?」
那谷羅に夢中なせいでオレに気づくのが遅くなったからだろう。霧は慌てるように謝罪してオレのケガを心配した。
「心配ないよ。このくらいのケガ、小学生の頃は当たり前だったろ? 霧も徒競走の最中、何度も派手にコケて顔が――」
「わー! ダメー! 言っちゃダメだよセイギー!」
プチ恥ずかしい過去を暴露されそうになって頭を抱える霧を横目に、オレは那谷羅に「ありがとう」と礼を言った。
「霧も言ったけど、那谷羅さんは悪い事なんてしてないよ。仮にさっきのアレで糾弾されたら僕が全力で助けるから」
「私もだよリンリン! リンリンはアタシとセイギのために行動してくれたんだから! 胸張っていいよ!」
「胸を張っていい……か。うん、そうだな」
那谷羅は何処か寂しい顔をして呟くが、すぐにいつもの無表情に戻り、真っ直ぐな視線をオレと霧に向ける。
「この世界でキリやミチヒトのような人物と出会えるとは思わなかった」
「ふっふっふ。お褒めに預かり光栄だよリンリン。さあ今日からリンリンと私の友情を初めていこう!」
「霧はこんな脳天気なヤツだけどさ。良い奴なのは間違い無いから。心配しなくていいからね」
「うー! セイギってばリンリンの前でひどいこと言ってるー!」
頬を膨らませながら、霧は軽くポコポコとオレの胸を叩いてくる。ハッハッハ、お前オレ以外にソレやるなよ? された男子が可哀想だから。勘違いされまくるヤツだから。
「私と友達になってくれてありがとうキリ」
「こちらこそだよリンリン! いやー、ホントにリンリン凄かったよ! 普通は傍観して当たり前なのにさ! あんな勇気出ないないって!」
「……うん」
那谷羅は申し訳ない表情をしているが、さっきから何かひっかかるな。
なんというか、那谷羅はオレと霧に感謝されて嬉しいと思ってると同時に――怖がっているようにも見える。
無論、ただの勘でしかないし、何の根拠も理由もない。妄想に等しいとわかっているが、那谷羅を見ているとそう思ってしまうのだ。
過去に那谷羅は、人に感謝されたせいでどうしようもない目にあってしまったのか? と。
「霧ちゃん、正義クン……」
オレ達の背後から恐る恐る蕾が現れる。
「私何もできなかった。何にもできなくて……ゴメン」
「何もできないなんて言わないでよ襟果! 全然気にしなくていいよ!」
「ううー。霧ちゃーん」
蕾はバフッと霧の胸に飛び込んだ。泣いているようで、時々可愛らしい嗚咽が聞こえた。
「よしよし。落ち着くまで私の胸で泣いていいですからねー」
「ありがとー霧ちゃーん」
霧の豊満な胸にグリグリと顔を押しつける蕾は母乳を欲しがる赤子のようだ。
女子同士のそんなシーンを見続けてはいられず、オレはプイと二人から顔を反らしてしまう。
「顔が赤いぞミチヒト?」
すかさず那谷羅がツッコミを入れてくる。ほっとけ! 仕方ないだろ! 今の霧と蕾がやってるようなシチュエーションみたら、男子ってのは照れるもんなの! 霧単体は慣れてるけど、そこに誰かが混ざるのには慣れてないの!
「正義クンはムッツリだからねー。そんな反応になるんだー」
誰がムッツリだオイ。あってるけど。
「あ、私蕾襟果ー。よろしくね那谷羅ちゃん。あと、さっきは二人をありがとー」
「エリカか。わかった。で、むっつりとはなんだ?」
蕾の言った単語の意味がわからず、那谷羅は首を傾げて「?」を頭に浮かべた。
「つ、詰多先生!? な、何があったんですか!? って、これってッ!?」
騒ぎが大きくなったからだろう。校舎から芝崎先生や他数人の教師達がやって来て、全身に下着を着て気絶している詰多を見て驚愕していた。
この後、オレと那谷羅と霧は先生達に呼ばれて何が起こったのか説明した。気がついた詰多も右に同じだったろうが、あっちは軍事裁判みたいになっただろう。それだけの事をやってしまったからな。淀高どころか教職を続けられるかも怪しいとこだ。
今日は朝から色々とあった。こんな濃い一日は始めてかもしれない。
だが、まだオレの一日は終わらない。那谷羅が警察に行くのは、なし崩し的に必要なくなったが、弁当の件は残っている。
教師達に説明の終わったオレは帰路を急いで――気がつく。
「奇遇だな。ここがミチヒトの家なのか?」
オレの帰り道は那谷羅と全く同じで、帰る場所まで同じだった。
つまり、那谷羅はオレの親が経営している“民宿イセカイ”の客だったのだ。
……まだオレの濃い一日は続くらしい。