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僕は勇者の勇者になる  作者: 三浦サイラス
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4話 那谷羅心理のフォローをしなければ

「那谷羅心梨だ。よろしく頼む」



 「那谷羅さんは外国暮らしが長かったそうです。那谷羅さんがわからない事、みんな教えてあげてね」



 柔らかな声と柔和な笑みが特徴な我がクラス担任、竹柴聡美(たけしばさとみ)と一緒にやってきた那谷羅の自己紹介はつつがなく進んでいる。転校生が来る事はクラスの噂にすらなかったので、那谷羅が教室に入ってきた時は思い切りザワついた。しかも美少女なので男子は完全に浮ついている。



 「なたらしんりってどういう字を書くんですかー?」



 そんな浮ついた男子から質問が飛んできた。



 「字? ああ、漢字というヤツだな。任せてくれ」



 那谷羅はフンスと得意気に鼻息を慣らしながら黒板のチョークを握った。



 「那谷羅心梨とはこう書く」



 瞬間、グシャリとチョークが砕けた。那谷羅がツッパリでもするようにチョークを黒板に押しつけたのだ。


 で、押しつけて粉々になったチョークを、そのままペンキでも塗るようにして名前を書き始める。



 ジェイソンステイサム



 「…………」



 静寂がクラスを支配した。生徒も教師も誰もが黙っている。困っている。



 「聞かれると思ったからな。名前の漢字は一生懸命練習したんだ」



 全員の顔に「どこが?」と書かれているが、ドヤ顔しながらチョーク粉のついた手を叩く那谷羅には見えてないようだった。



 「な、那谷羅さん。チョークは砕いちゃダメだからね? 使い方知らないなら、後で教えてあげるから。外国暮らし長かったんだもの。仕方ないわ」



 さすが教師だ。この静寂を「外国暮らし」でどうにかした。いや、どうにかしようとしている。

 「す、好きなモノ! 那谷羅さんが好きなモノって何なのかしら!」



 まずはこの空気を変えようと、竹柴先生が話題を振る。



 「好物か。バッタとカエルだ」



 己の信念でも語るかのように、那谷羅は真っ直ぐ発言した。



 「あと、クロニファルドも好きだな。味付けせずとも食べられる肉なのがいい」



 「く、くろにふぁるど?」



 無機物か有機物かわからない単語が出てきて、竹柴先生もオレ達も戸惑う。



 「人より少し大きい四足歩行の獣だ、必ず六匹で行動する。チームワークが完璧で何度も襲われた。一度、脇腹と首と両腿と両腕を同時に噛みつかれた。なかなか危なかった」



 何言ってんのコイツ?



 「あの時、噛みつかれたのが私でよかった。私でなければ確実に死人が出ていただろう」



 それは常識的に考えて誰であっても死んでるだろ! と、クラスの誰もがツッコミたがっていたが、そこは初日の転校生。ツッコミ辛さの方が勝っているため、またもみんな黙ったままだ。


 どうやらクロニファルドってのはデカイ狼っぽいが、そんなヤバい獣に首やら脇腹やら噛まれてコイツ死ななかったのかよ。どういう事だよ。 モース硬度9なの?



 「しゅ、趣味は! 那谷羅さんの趣味は何なのかしら!」



 この話題を続けるのはヤバいと思ったのか、竹柴先生は話題を変える。



 「その、すまない。趣味は無いんだ。良ければ教えてほしい」



 意外な返答だった。好物と同じく凄いのが飛び出してくると思ったが、そんな事なかったな。



 「ああ、でも空を飛ぶのは好きだな。雲の上から景色を見ると、何処か晴れたような気分になる」



 あ、何か凄いのが飛び出してきそうな感じが。ヤバいパターンが始まるような気が。



 「へぇ、じゃあ那谷羅さんはグライダーとか好きなのかしら?」



 「ぐらいだー?」



 那谷羅は頭に「?」を浮かべて首を傾げた。



 「それが何か知らないが、私はただこうやって飛ぶ――」



 と、那谷羅はそこで何か思い出したようにハッとした。オレと目があったから「控えたほうがいい」って言われたの思い出したな。



 「冗談だ。人が空を飛べるワケないじゃないか。まだ海水が魔物の排泄物と言われる方が現実味ある」



 那谷羅は「空なんて飛べない」と誤魔化すように言っているが心配ないと思う。これまでの内容が全部冗談にしか聞こえないし。



 「そうだ。一発芸というのを考えてきたんだ。みんな見てくれ」



 誤魔化しついでとでも言うように、那谷羅は指先を窓の開いた先にある桜の木に向けた。今は六月なので緑色の葉ばかり茂っている。



 「祓線(フリオ)!」



 那谷羅が呟くと、銃に見立てた指先から衝撃波のようなモノが発射され、それが桜の木にブチ当たった。


 瞬間、葉が全て散る。散りきった。吹き飛んだ。


 いや、待て。吹き飛んだというか、コレ消し飛んでない? 散ったはずの葉っぱが何処にもねぇんだが?



 「随分と涼しくなったもんだねぇ~。いやいや、突風で散っただけだから~」



 むちゃくちゃヘタな歌舞伎調な上、棒読みが過ぎるボケ口上が無表情で繰り出された。


 何度目かわからない静寂が教室を支配する。キャラが読めない、予測できない転校生にツッコミする者は皆無だ。



 「私、渾身の一発芸だ。どうだろうか?」



 言い終えた那谷羅は再度のドヤ顔だが、クラスメイトの反応は見ての通りである。



 「は、はははっ! 那谷羅さんは凄いギャグを仕込んでくるんだな~」



 那谷羅が頑張ってるのは伝わってくる。なのでオレは笑った。笑ってやった。多少なりともフォローした。もちろん那谷羅のギャグなんて面白いと思っていない。同情だ。同情百パーセントだ!



 「ほ、ほんとそうだよな! 正義の言う通り!」



 「そ、そうだよな! 那谷羅さん凄い仕込みしてきたんだね」



 「うんうん! ここまでしなくていいって! たかが自己紹介なんだから!」



 オレに続いてクラスから軽い笑いが漏れる。ふう、よかった。オレの一言が緊張の糸を切ったようだ。


 こんな感じで(どんな感じだ)自己紹介は終わり、竹柴先生はオレの隣の席を指す。


 教室に入った時、不自然な空席がオレの隣に用意されていたが、つまり予想通りだ。暗に竹柴先生は那谷羅の世話を委員長であるオレに任せると言っていた。



 「よろしく那谷羅さん。わからない事があったらいつでも聞いてね」



 隣に座る那谷羅へ、オレは校内スマイルを向ける。ニカッ!



 「ではさっそくミチヒトに聞きたいのだが」



 那谷羅はオレの耳元に口を近づけて、ひっそりと告げた。



 「そこの木に手頃な大きさをしたセミがとまっている。誰に許可をとれば食べられるだろうか?」



 「……授業中じゃなければ勝手に食べていいよ。その、取り過ぎなければ」



 そこらの木にいるセミに飼い主はいないので、オレが言えるのはこれくらい――どうしよう。昼休み辺り、そこらで昆虫を食いまくる美少女が発生するかも。


 いや、別にいいけどね! しかし、残念系美少女ってこういうヤツを言うんだろうな。意味あってるっけ?


 那谷羅心梨という女子はクラスに「変な女子」「絡みづらそう」「合う話題がない」等々、悪いレッテルを貼られてしまった。


 自業自得なのだが……これはどうにかしないとな。那谷羅がクラスで孤立するのは絶対に避けなければならない。


 那谷羅の世話の意味がグッと増したホームルームは終わり、オレはどうしたモノかと考えながら一時間目の授業準備を始めてた。

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