3話 知り合いのギャルと喋ってみる
「ありがとうミチヒト。ではな」
「うん、じゃあね那谷羅さん」
那谷羅を職員室まで連れて行き、その扉が閉まると、オレは「ふぅぅぅぅぅ~」と、膝に手を当て大きなため息をついた。
いや、別にいいんだよ? 好みなんてその人の勝手だよ? 大好きなカエル見つけてテンション上げていいよ? でも、まさか田んぼにジャバジャバ侵入しようとするとは思わないじゃん? 脊髄反射で入ろうとするじゃん? それはダメって何度言わせんだゴラァ! 本能が獣かぁ!?
那谷羅にとって通学路はグルメ街と変わらないらしく、何度も足を止めていた。まあ、オレの素晴らしきハンドリングで遅刻はしなかったがな!
「お? セイギじゃん。何かあったん?」
「霧か。こんな時間にいるとは珍しいな」
「珍しく早く目が覚めてさ。遅刻は二連続でストップです。いえーい」
「遅刻回数を誇らしく言うんじゃない」
目の前にいる雰囲気がいかにも陽キャな女子、久城霧は満面の笑顔で「どうよ?」とばかりにピースサインを見せつけた。
オレはファッションに疎いが、所謂ギャルというのは霧のような女子を言うのだろう。
制服のスカートは短めにしているためふとももの露出が高く、髪型はサイドアップ。シャツは襟元のボタンだけ外し、腰にカーディガンを巻いているその姿は開放的だ。淀校女子の間で制服を着崩すのは珍しくなく、霧もその例に漏れない。
「えー、これでも成長したんだよ?」
「知っている。お前は一歩進んで二歩下がる女子だが、二歩下がらない時もある女子だからな。お前の成長が理解できないオレではない」
「でしょー?」
霧は自身の大きな胸を逸らしながら、鼻をフンスと鳴らす。
「小学生の時とか遅刻なんて毎日だったし、それと比べれば雲泥の差だね」
「一生オレに感謝しろ。あの時クラスにオレがいなければ、お前は小学生にして停学だったぞ」
「あー! ひどーい! セイギがいなくても二十連続くらいで遅刻は止まってたよ!」
「遅刻回数を誇らしくいうなと言ってるだろうが」
霧とは所謂幼馴染みの仲であり、小学三年生からの付き合いだ。
コイツは朝に弱く、いつも学校を遅刻してくる為、その酷い遅刻癖をオレがつきっりでなおしてやったのだ。そのおかげで、毎日だった遅刻は週一程度となっていき、相当マシになった。少なくとも毎日遅刻はなくなった。
ああ、もちろんコレはオレの評価の為にやったことだ。いやー、初めて霧が遅刻せず一人で登校できた日は、教師も生徒も全ての視線がオレに集中したなぁ。アレはなかなか気持ちよかったぜ!
そのためコイツとの付き合いは長いし濃いし、霧はオレの本性を知っている。霧と仲良くなるまでのオレは素を隠してなかったからな。仕方なし。
「で、なんでセイギはこんな時間に職員室にいんの?」
「転校生を案内してたんだよ。なかなか苦労したぞ」
「苦労? その転校生って方向音痴だったの? スマホ使えばいいじゃん」
「スマホ使えば解決する問題ならよかったんだがな」
ちなみにオレのスマホは古すぎるせいで、ヘタなアプリを使うとすぐにフリーズしてしまう。動画なんてもっての他だ。できるのは通話とラインだけ。悲しすぎんか?
親に買い換えを訴えているが、その訴えが聞き入れられる様子はない。小遣いで買うのもダメと言われている。なんでもオレのためにも買い換え禁止らしい。オレのためってなんやねん! 意味不明である。
あー、おニューのスマホ欲しい。検索もロクにできねーんだぞこのスマホ。
「でも流石セイギだね。点数稼ぎご苦労様だよ」
「オレは総理大臣になる男だぞ。当然だ」
「でもさー。いつも思うけど、セイギって評判とか気にする必要あんのかな。素なんて隠さなくても、みんな認めてくれると思うんだけど」
さっきから霧の言ってるセイギとは、オレが小学生の時のあだ名だ。正義道人だからセイギ。単純明快すぎるあだ名である。
「わかってないな霧。評判や信頼ってモノは、得られるだけ得て何の問題もないし、己を偽ればその得られる量は倍増する。なら、やり得ってモノだ」
「でも、それってもったいない気すんだよね。セイギって絶対魅力的な男子だからさー」
「どういう意味だよ」
たしかにオレは魅力的だ。そう思われるように立ち回っているし、好意を持たれる事に隙は無い。
でもラブな方の好意は全く、でもないか。オレに好意を持つ女子の噂くらいなら何度も聞いたからな。噂だけ、というのは告白された経験が一度もないからだ。
まあ、別にいいけどな。恋愛事が発生すると、解決が非常に面倒な事態が起きかねんし。べ、別に悔しいとかそういうんじゃないんだからね!
「でもまあ……うん。あたしだけがセイギを知ってるってのも悪くないか」
「光栄に思ってろ。オレの本性を知っているのはお前しかいない」
「アハハ、そうだね」
手を口元持ってきて笑う霧は素直に可愛いかった。その笑顔は確実に異性を勘違いさせるオーラに包まれている。ある意味心配になるなぁ。
「あ、こないだスーパーで久しぶりにおばさんに会ったんだ。これからもセイギをよろしくって言われたよ」
「ふん、あの母親はまだわかってないのか。昔、よく霧が家に来てた時、オレが色々教えてるのを見てたはずなのに。よろしくしてやってんのはオレだっての」
「おじさんは相変わらず?」
「ああ、相変わらずだ。全然家に帰ってこねーよ」
なんというか、美人という人種はもっと自覚を持つべきだ。霧しかり那谷羅しかり、もっと己が何者なのか知っといた方がいい。勘違いする方もさせる方も不幸にしかならんぞ。
「おー、正義くんに霧ちゃんではないかー。おはよー」
オレと霧が並んでクラスに向かっている途中、昇降口で蕾襟果と出会った。
高校で知り合った霧の友達だ。すなわちオレの友達でもある。
霧と同じギャル系の人種だが、違うのはダウナー系女子という事だ。纏う雰囲気は霧と真逆であり、口調はのんびりしている。動きもどこかフラついていて、体調でも悪いのかと聞きたくなってしまうが、蕾曰く仕様らしい。なので、心配で声をかけてくれる親切な人達に申し訳ないとか。なら、その動きのクセ直せよなぁ!
「おはよう蕾さん」
「今日もキリッとしてるねー正義くん。いよっ、無冠の恋愛王ー」
何を言ってんだこの女は。褒めてんのか貶してんのかわからねーんだが?
「んんー? おかしいなー? 正義くんは別にーだけど、どうして私は霧ちゃんとこんなトコで会ってんでしょー? 霧ちゃんと最初に会うのは授業中か、始業ギリギリの時間にやってきて目を開けたまま絶賛睡眠中の二択なのだが?」
霧のヤツ、そんな超人的特技を手に入れてたのか。少し興味あるんだけど。
「むー! ひどいよ襟果! 凄い特技みたいに言わないで! あたしは朝で、なおかつ座ってないと目を開けて眠れないの! 昼とかベットの上とかじゃ無理だからね!」
どういう訂正だ。別にお前がどういう条件が揃わないと目を開けて眠れないとかどうでもいいわ! あと、条件つきでも目を開けて眠れるってのは立派な特技も特技だぞ。うん。
「しかしまー、こーんな時間に正常な霧ちゃんを見るのは新鮮だねー」
「ふっふっふ襟果よ。存分に褒め称えるがよいぞ」
「あ、そうそう。正義くん、転校生と登校してたでしょー? 私見てたぞー」
む? 見られていたのか。
「転校生が二組に来るって聞いてるけどー。その関係なのかなー?」
「いや、たまたまだよ。登校中に偶然会ったから職員室まで案内したんだ」
何だと? 蕾は那谷羅を知ってるのか。なんつー地獄耳だ。オレは転校生の噂も、ましてやその転校生が二組ってのも知らないというのに。くっ! 敗北感! 殺せっ!
教師にも生徒にも上々な評判であるこのオレが知らない情報を知っているとは。この蕾襟果とかいう女子。認識を改めなければなるまい!
「転校生のお世話は正義クンの仕事になるのかなー? 大変だねー」
「転校初日は不安でいっぱいだからね。お世話は喜んでやらせてもらうよ」
正直に言えば嘘である。あの女の世話はかなりやりたくない。
これはオレの直感だが、那谷羅にはまだ“ある”と思う。登校中にバッタとかカエル(カエルは未遂)を捕まえて食べるような女子なのだ。これだけで終わると思う方が間違いだろう。
那谷羅はまだ何らかの本性を秘めているはず。さすがに人間を食べはしないだろうが――食わないよな?
オレは一年二組のクラス委員長だ。どんなに気分が乗らなくても、転校生の世話をする義務があると思っているし、それはオレの評判に繋がる。那谷羅がカニバ文化持ちだろうキャトルミューティ好きだろういと、ノーの選択肢はない。ふんばり所だぞオレ! ガンバ!
ちなみに霧と蕾は一組だ。クラスが違うので転校生(那谷羅)とは無関係の位置にいる。頼れないのは仕方なし。
「はー、今日もダルダルだなー。熱があるワケじゃないのにさー」
「最近調子悪めだよね襟果」
「うーん、何でだろなー。昨日は気がついたらトイレでだらしない恰好してたし。あ、コレってもしや、噂に聞く夢遊病?」
「え? だらしない恰好ってどういう――」
「おいお前ら! さっさと教室に行かんか!」
霧と蕾の会話を遮る怒号が聞こえた。淀校にいる大半の生徒が聞きたくない、不快な声だ。
「もうすぐ始業――久城? はっ、まさかお前がこんな時間にいるとはな」
詰多重。淀鹿島高校の体育教師だ。体育教師だからってワケじゃないが、オレの二倍はあるだろう筋肉とその体格は威圧感満載だ。男子が二、三人体当たりしても平気で跳ね返しそうな肉体をしている。
で、この詰多は体育の他、生活指導を担当している教師でもあり、こっちの方が有名だ。
何故なら、その生活指導は生徒間での噂が最悪だからだ。
なんでも気に入らない生徒に冤罪を押しつけて停学にしたり、進路を脅しに使ったり、逆に気に入った女子は冤罪を取り下げる代わりに“何かしらの要求”したりと、そんな噂が絶えない。
この噂ってどうなんだろうな。オレは優秀であっても正義の味方ではないし、友達が決定的に侮辱されたワケでもない。どうでもいいとまでは言わないが、噂の真偽を調べようとは思わない。そもそも、教師の素行を調べるなんてリスクがありすぎる。
「いつもこうして欲しいもんだな。俺に声を張り上げさせてる大半の理由はお前なんだ」
「す、すいません……」
悪い事など何もしてないのに霧は謝った。霧はいつも遅刻しては詰多に怒られているから、本能が負けてしまっているようだ。
「どうせ正義に迷惑をかけてるんだろ? いい加減、遅刻するとか恥ずかしいと思わないのか? それともなんだ? いつも説教している俺への嫌がらせか?」
普段だったらオレの関わる所ではない。遅刻している霧は悪いし、詰多は生活指導という仕事を霧に対して行っているだけだ。
もちろん、その指導が何の生産性もない説教なのは見てわかるし、そんな説教をされる霧には同情する。もっとまともな指導しろよ詰多に呆れもする。だが、それが罰というモノだ。霧が遅刻を続けるなら受け入れなければならない。
「お前の指導という余計な仕事のせいで、俺の帰宅時間が遅くなっているからな。ワザと残業させてるんだろ? 俺をイジメるのは快感か?」
「そ、そんなこと……」
「何がそんなことなんだ? ああ?」
だが、今日の霧は遅刻しなかった。二連続の遅刻でストップした。オレや他生徒からしたら大した事ないが、霧にとっては大進歩だ。成長したのだ。それは認められなければならない。
霧は未熟という殻にしっかりヒビを入れている。ほんの僅かであっても昨日より一つ成長しているのだ。
そんな霧がこんなクソ教師に嫌みを言われる筋合いはない。
「先生、もう始業時間ですよ。そろそろ職員室に戻った方がいいと思います」
「む?」
こういう所で評判ってヤツは効くな。モロに分かりやすい霧へのフォローと詰多に対する抗議だったが、オレに不満が向けられた様子はなかった。
「フン……」
去る前に詰多は霧を睨み付けて職員室へ帰っていった。
霧は詰多の姿が消えるのを確認すると、大きく胸を上下させながら息を吐いた。
「ありがとねセイギ。助かったよ」
「慣れてるからね。このくらいどうってことないさ」
オレはしょげている霧の頭を優しく撫でる。
「詰多先生はああ言ってるけど、僕は霧の成長を知ってる。やれる子だってわかってるから、そんなにヘコまないでよ。霧に元気がないと、僕も元気なくなるからさ」
「う、うん……エヘヘ」
「うはー、正義くんって平気でそういう事言うよねー。すごいなー。私じゃなかなかできないよー。いや、私じゃなくてもできませんわー」
「ハハハ。僕はただ霧をフォローしてるだけだよ」
大袈裟な。頭を撫でるとか、こんなのバッタを捕まえて食べるより簡単だぞ。ククク、この程度でまたオレの評判が上がるとはチョロすぎだなぁ!
おっと、詰多に言った通り始業の時間は近い。オレ達も早く教室に行かなければ。
「正義くん。タイミングあったら転校生紹介してねー。どんな子か気になってるんだー」
「あ、私も私も。セイギの友達なら私も友達になりたいし」
「なら、二人に紹介できるよう、今日中に転校生と仲良くなっておかないとな」
そんな事を話しながら、オレ達三人は一年の教室がある三階に向かった。