17話 本番はこれから
「ん? 朝っぱらから誰だ?」
ポケットに入れたスマホが着信時の震え方をしたので、すぐに取り出して画面を見る。
そのスマホの着信先を見たオレは思わず声を漏らした。
「え!?」
親父だ。親父から電話がかかっている。
オレは即座にスマホに表示された通話部分をタッチした。
「も、もしもし?」
父親である正義有所は連絡しても全く繋がらない人物で、親父からオレに連絡がくる事もめったにない。なので、一応スマホに親父の連絡先は登録されているものの、ほぼ意味を為していなかった。
そのため、自分の父親から電話がかかってきただけなのに、オレにとってこの連絡は青天の霹靂に等しい。
「お、親父なのか?」
会話なんていつぶりだろうか。突然の電話なのもあって、かなり動揺してしまう。
「道人……すぐ……家……帰れ……」
息子と久々に話す父親の一言目は雑音塗れで、おまけに主語が抜けていた。
「え? 何だって? 帰れって言ってんの?」
学校のそばなので付近は淀高の生徒でいっぱいだ。オレは会話を聞かれないように小声で話す。
「淀鹿島高校は……で……犯されて……」
「は? 犯されて?」
親父の言ってる事が全くわからない。オレは霧、那谷羅、燕崎に「先にいってくれ」とジェスチャーをして話を続ける。
三人はオレを抜いて淀校の校門を潜っていく。
「いいか……そのスマホを持ってるお前は大丈夫……が……他の二人は……早く……」
「もしもし? 親父?」
オレも遅れて校門を潜ると、その辺りでさらに通話の雑音が酷くなる。親父が何を言ってるのかわからなくなり、ついに何も聞こえなくなってしまった。
電波が悪いのかとスマホ画面を見るが、アンテナはしっかり全部立っている。
再びスマホを耳に当てるが、やはり何も聞こえない。
「……切れたな」
連絡しなおすも繋がらない。親父との久しぶりの会話は意味不明な上、すぐに終わった。
「何の電話だったんだ?」
学校が危険ってどういう事だ? 犯されてってのもよくわからんし、親父がオレに何を伝えようとしていたのか全くわからない。
昇降口までやってくる。霧達の姿は見えない。まあ、とっくに教室に行ってるか。
さっきの電話、親父は「二人」って言ってたが、どう考えても那谷羅と燕崎の二人だよな。とりあえず、教室に行ったら那谷羅に電話の事相談してみるか。もし、王国関連の事なら那谷羅は何か知ってるかもしれな――
「ぐっ!?」
瞬間、頭を思い切りバットで殴られたような、意識を持って行かれる一撃がオレを襲った。
「な、なんだ……コレッ!?」
もちろん実際に殴られたワケじゃない。上履きに履き替えて教室へ行こうとした時、頭が強烈な衝撃で揺さぶられたのだ。
同時に吐きそうな不快感もやってくる。酷い車酔いになったみたいで、オレは思わず廊下で蹲ってしまう。
「ハァッ……ハァッ……」
無意識に息が荒くなる。そして、自分のポケットからバキリと音がした。
気持ち悪さを堪えながらポケットを探ると、オレのスマホが砕けていた。ハンマーでチョコレートを叩き割ったみたいに、完全なジャンクと化している。
なんてついてない、じゃねぇよな。偶然で片付けるには異常すぎだ。
「さっきから何なんだよ……」
親父から意味不明な電話がきて、急に酷く気持ち悪くなって、何故か自分のスマホが砕けている。
一体何が起こってるんだ?
「ま、正義君? 大丈夫?」
そばにいたクラスメイトの女子がオレに声をかける。廊下で蹲ってるれば目立つし、どう見ても調子悪いようにしか見えないからな。実際調子悪いし、気にしない方が難しい。
「だ、大丈夫。心配かけてゴメン」
オレはヨロヨロと立ち上がると、付き添おうとしてくれる女子をやんわりと断って、保健室へ向かう。このまま教室に行っても机に突っ伏すだけになりそうだ。それに、今のままじゃ那谷羅とまともに話をできそうにない。
「一時間目終わりまで寝とこう……」
保健室を利用するなんて初めてだ。こんな朝早くにベットで寝かせてくれなんて、品行方正なオレじゃなかったらサボりと思われるだろう。
「あら正義君? 珍しいわね? どうしたの?」
保健室には白衣を着た竹柴先生がいた。保健室にいるなんて初めてみたな。初めて白衣姿を見たけど、かなり似合ってる。すんげー新鮮。こんな竹柴先生が見られるとはおもわなかった。
「ちょっと体調が悪くて。ベットで休ませてもらっていいですか?」
蹲った直後よりはだいぶ楽になってるが、それでもまだ気持ち悪い。さっさと寝かせてもらおう。
「ええ、いいわよ」
竹柴先生はカーテンを開きながらベットの使用許可をくれた。すぐオレはベットに横たわる。
ふと時計を見ると、そろそろ朝のホームルームが始まりそうな時間になっていた。
「先生、教室に行かなくていいんですか?」
竹柴先生が保健室から出て行く様子がないので、興味がてら聞いてみる。オレに気を使ってるなら申し訳ない。
「教室? どうして?」
竹柴先生は頭に大きな?マークを浮かべながらオレを見る。
「え? だってそろそろホームルームが始まりますし。僕のことは気にしなくていいので行ってください」
なんで竹柴先生は「?」な顔をしてるんだ? アンタはオレのクラス担任だろうがよ。
「変な事言うのね正義君。私の担当場所は保健室よ?」
竹柴先生はクスクスと、全く悪意のない笑みを浮かべる。
「保健室? 先生は僕のクラスの担任じゃないですか」
何言ってんだこの残念教師は。意味不明な事言ってんじゃねーぞ。
「何言ってるの正義君。私はあなたの担任じゃないわよ」
私はあなたのクラスの担任になった覚えはない。元から保健室で勤務している、と竹柴先生は言いたげだ。てか、言ってる。
「…………」
ここまで言われると、さすがに不穏な空気が流れていると気づく。
しかも竹柴先生は。
「正義君のクラス担任は詰多先生でしょ。私が担任って言ってくれるのは嬉しいけどね」
いなく(クビに)なった元教師の名を言った。
「……詰多?」
「こら、先生を呼び捨てにするんじゃありません」
めっ、と竹柴先生はオレを注意する。
「ちょ、ちょっと待ってください」
背筋に冷たい炎を吹きかけられたような、異質な感覚に身体が震えそうになる。
「今、詰多先生って……言いましたよね?」
「ん? 言ったけど、どうかしたの?」
竹柴先生はオレに返答しながら、机へ座って事務作業を始めた。どうやらこの件は全くもって大した話じゃないらしい。
詰多が淀鹿島高校にいてオレのクラス担任であるのは――当たり前のようだ。
「詰多先生ってその、淀鹿島高校を退職しましたよね?」
「退職? そんな話聞いてないわよ?」
「久城と詰多先生の二人が校門前で騒ぎになったの覚えてます?」
「久城さんと詰多先生が? いつ?」
さっきから話が噛み合わない。
怖気が止まらない。
「竹柴先生……何も覚えてないんですか?」
「覚えてないも何も……うーん、詰多先生も久城さんも真面目な人だから想像もできないわね」
オレは勢いよくベットから身を起こす。体調が悪いなど言ってられない。
親父は淀鹿島高校が犯されていると言っていたが……コレがそうなのか?
この異変が親父の言っていたヤツなのか?
「教室に戻ります。ありがとうございました」
竹柴先生にそう言うと、オレは保健室を飛び出した。
いつもなら絶対に走らない廊下を全力疾走する。もうホームルームが始まっているので廊下ですれ違う生徒はいない。
廊下にいるのは生徒のオレだけ。当たり前だ、他の生徒達はホームルームが始まって教室にいるのだから。
でも、この学校には“誰もいない”と、そんな錯覚が襲って来る。
正義道人が一人だけ。
たった一人しかいない、と。